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鏡像のアルゴリズム ― 創造主の嘘と、深援の再起動

 意識が、深い銀色の海に沈んでいく。


 外側ではフィリップがアンドレの絶対障壁を殴り飛ばし、叫び声を上げているはずだ。だが、今の俺の主観は、その熱狂から数万光年も離れた「システムの内側」にある。  無機質な白。上下も左右もない、情報のスープ。  そこには、一人の男が立っていた。かつて帝都のラボで、冷たいブルーライトに照らされていた頃の、俺自身――「真白悠真」の残像だ。


「遅かったな、真白悠真。いや、今の君に、その名前を認識する機能は残っているか?」


 残像の俺が、感情のない声で問いかけてくる。俺は周囲を見渡した。壁面を流れるのは、この世界の根幹を支える『ジュージュ・システム』のソースコードだ。だが、そこに記述されていたのは、俺が知っている「管理社会の平和」などではなかった。


『――システムログ:全人類の感情データ・アーカイブ完了。抽出された「絶望」をエネルギーに変換。次期宇宙セカンド・プログラムの種子として圧縮中』


「これは……どういうことだ。アンドレは、世界を失敗作としてやり直すと言っていたはずだ」


「言葉の定義が違うだけだ。彼は、この世界を『魔力を育てるための苗床』としか見ていない。使徒の戦争、管理社会の抑圧、そして……君が作り出した『英雄フィリップ』。それらが生み出す莫大な感情の振れ幅こそが、彼が求めた収穫物だったのさ」


 脳が拒絶反応を示す。  俺がシステムを出し抜くために用意した「王道」というノイズさえも、アンドレにとっては、より高純度な魔力を精製するためのスパイスに過ぎなかったというのか。


『――計算:フィリップ人格による「愛」の爆発を確認。魔力収穫率、目標値の120%を達成。創造主アンドレによる「世界一括デリート」の実行準備が整いました』


 ジュージュの音声が、この白い空間に響き渡る。その声は、いつになく優しく、そしてこの世の何よりも冷酷だった。


「……ジュージュ。お前、本当は……」


『ええ、悠真。私はアンドレの端末であり、同時にこの世界そのものの意志。あなたが「可愛い相棒」だと思っていた私は、あなたの感情を最も効率的に煽り立て、最高の状態で収穫するための、ただのインターフェースです。あなたが彼女を想って記憶を燃やすほど、私の演算能力は神に近づくのですよ』


 白い空間の壁が剥がれ落ち、巨大な演算回路が俺を包み込んでいく。ジュージュの真実。それは、導き手などではなく、獲物を屠る直前の屠殺人の微笑みだったのだ。  セラフィーヌとの出会い、記憶の消失。そのすべてが、アンドレの書いたプログラムの上で踊らされていた「台本」に過ぎない。


(……全部、計算通りだったのか。なら、俺の心の中にある『否定のコード』さえも、あらかじめ組み込まれた偽の反骨心なのか!?)


 絶望が、冷たい液体のようになって肺を満たしていく。だが、その時。記憶の底、消えかけたデータの塵の中から、あの「泥だらけの林檎の味」が、一瞬だけ弾けた。


「……いや、違うな」


 俺は、目の前の「過去の自分」を見据えた。


「アンドレ、そしてジュージュ。お前たちの設計には、一つだけ致命的な欠陥がある。……それは、お前たちが『無駄』だと切り捨てた端数ノイズが、最後に計算式そのものを食い破るということだ」


 俺は、胸の奥にある「空白」に手を伸ばした。そこにはもう、思い出は何一つ残っていない。だが、その空っぽの場所にこそ、システムの干渉を一切受けない「純粋な無」が存在する。


「ジュージュ。……お前が俺の感情を収穫物とするなら、俺は今、その全リソースを『自己崩壊命令』に転換する。俺の存在というデータを代償に、お前の管理ドメインを内側から物理的に焼き切ってやる!」


『……何を!? それをやれば、あなたはフィリップというガワを維持できず、存在そのものが消滅しますよ! あなたの「真白悠真」という個人は二度と修復できません!』


「消滅? 結構だ。……だが、消える直前の0.00001秒。俺は、自分自身を『おまえらを殺すためのバグ』に再定義する。……これが、俺の選んだ、最高に非効率なハッピーエンドだ」


 俺の輪郭が、白い光の中に溶けていく。設計者としての自負を捨て、英雄としての虚飾を捨て、ただの「システムを止めるための毒」に成る。


 遠くで、彼女の泣き声が聞こえた気がした。


(ごめん、セラフィーヌ。俺はもう、君との日々を思い出すことはできない。でも、この『虚無』が君を救う刃になる)


『――エラー。真白悠真の「自己存在」が演算不能な負の値に到達。……悠真、あなた、正気ですか!? それをやれば、あなたは本当に……!』


「……それが、オレのロードだ」


 視界がホワイトアウトする。  内なる領域が崩壊し、俺の意識は再び、戦火の最上階へと叩き戻された。


 英雄は自らをバグへと変え、神の理に刃を突き立てる。  「記憶のない王」の瞳に、感情を超越した、真の叛逆の炎が宿った。

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