王の降臨 ― 全裸の王子様とノイズの少女
空はどこまでも青く、そして不気味なほどに「正確」だった。
西方帝都の街並みは、今日も創造主アンドレの設計通り、寸分の狂いもなく機能している。
行き交う人々。
定刻通りに響く魔導列車の音。
空中に浮かぶ監視の術式。
すべてが完璧な調律の下にあるこの世界において――
その出来事は、**本来起こるはずのない“観測済みの異常”**だった。
「キャアアアアアアアアアア!?」
西方帝都の片隅、魔法図書館へと続く裏路地で、私の絶叫が木霊した。
私、セラフィーヌは、手に持っていた魔導書を危うく落としそうになりながら、目の前の光景を凝視する。
ゴミ箱の隣。
陽光が差し込むその場所に――彼はいた。
彫刻のように整った顔立ち。
しなやかで力強い筋肉を纏った肢体。
そして何より、見る者を圧倒するような尊大なオーラを放つ美青年。
だが、問題はそこではない。
彼は――
一糸纏わぬ完全なる全裸だったのだ。
「……ここは、どこだ?」
青年は、私の絶叫など耳に入っていないかのように、ゆっくりと立ち上がった。
その堂々たる立ち振る舞いは、まるで戴冠式に臨む王のようであり、同時に――
あまりにも、あまりにも変質者だった。
「あんた……! 何やってんのよ!
そこ、人通りは少ないけど公道よ!?
すぐに何か着なさいよ!」
「服、か……。
今の私には不要な装飾のようだな」
青年は空を仰ぎ、満足げに息を吐く。
「今の私を包むのは、この溢れんばかりの
**【王者の気品】**だけで十分だ」
「王者の……何ですって!?
あんた、頭は大丈夫!?
今すぐ衛兵に突き出してあげようか!?」
私は顔を真っ赤にして叫んだ。
――その時。
手元にある携帯型の魔導端末、
**『ジュージュ』**が、これまで聞いたことのない警告音を鳴らし始めた。
『――警告。警告。
周囲に高濃度の未確認魔力を検知』
空気が一瞬、張り詰める。
『対象個体……照合開始』
『……識別コード照合中』
『……エラー』
「え……?」
『識別失敗。登録人格と一致しません』
『代替分類を実行』
『――対象個体:使徒No.9』
私の背筋に、ぞくりと寒気が走った。
「じゅ、ジュージュ……?
な、何言ってるのよ。
この全裸男が……使徒……?」
使徒。
それは創造主アンドレによって選ばれた、この世界の運命を左右する12人の「特別な人間」。
100億ノヴァという天文学的な魔力を巡り、
世界の再構築を賭けた――
**『使徒の戦争』**に参加する存在。
そんな伝説が、
全裸でゴミ箱の横に転がっているはずがない。
「……フッ」
青年が、ゆっくりと私の方を見た。
「端末が、私を“思い出せない”ようだな」
彼の瞳に、迷いが消える。
代わりに宿ったのは――
確信。
「構わん。
今は、その名で呼ぶのが相応しい」
彼は胸を張り、堂々と言い放った。
「我が名は――フィリップ」
「……は?」
「私は、この絶望に染まった世界の理を打ち砕き、
真の**【王道】**を歩むために降臨した存在だ」
「……いや意味わかんないし!!
いいから、これでも着なさい!!」
私は、さっき買ったばかりの魔法実習用ローブを彼に投げつけた。
青年――フィリップは、飛んできたローブを空中で鮮やかにキャッチし、肩に羽織る。
「感謝する、ノイズの少女よ」
「ノイズって何よ!」
「君の存在は、この世界の演算を狂わせる。
……実に、素晴らしい」
その瞬間。
路地裏の入口を塞ぐように、
黒い法衣を纏った男たちが現れた。
「いたぞ!
使徒No.9、フィリップだ!」
「アンドレ様の命により、その『王の証』ごと回収する!」
魔導兵器が一斉に向けられる。
私は恐怖で、声も出なかった。
だが――
フィリップは、笑っていた。
「見ているがいい、セラフィーヌ」
彼が右手を掲げる。
「これが、絶望を上書きする
**【王の力】**だ!」
青白い幾何学模様の術式が、空中に展開される。
それは魔法ではない。
世界のアルゴリズムそのものを書き換える光。
「顕現せよ、【王の証】!」
「演算開始――
対象の存在を、この時空座標から
**『無効化』**せよ!」
爆音。
魔力弾は消失し、衝撃波が追手を吹き飛ばした。
私は、ただ立ち尽くす。
「……何なのよ……この人……」
フィリップは私の手を取り、言った。
「オレは王だ」
「そして君は――
オレという王道を狂わせる、最高のヒロイン(ノイズ)だ」
「ちょっと! 勝手に決めないで!」
だが、その熱だけは――
確かに、私の手に残っていた。
こうして、西方帝都の朝は、
一人の全裸の王子様と、
一人の少女によって、塗り替えられた。
『――観測ログ更新』
『識別不能個体:真白悠真』
『英雄人格:フィリップ、前面化を確認』
『物語フェーズ・ワン、開始』
『……幸運を祈ります。
再び、世界を壊す者よ』
ジュージュの冷たい声が、
誰にも聞こえない場所で、静かに響いていた。




