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箱庭  作者: 梅木しぐれ
3/13

「お前、その顔で生まれたことを感謝しろよ」

 結論から言えば、(つむぎ)は箱庭の出入り口を見つけることはできなかった。

 何度か悠解(はると)がしたようにM2に聞こうかとも考えたが、ズボンのポケットにいつのまにか入っていたメモが、その行動を引き止めた。

(M2に聞くな)

 この単純で、簡単な言葉は、きっと悠解に言葉であると紬は感じた。どれだけ聞きたくなっても、このメモを見て聞くことを我慢しながら、箱庭の出入り口を探し回った。途中で悠解の様子が気になり、端末から連絡したが『ただいまお繋ぎすることができません』と、自動アナウンスが流れるだけで連絡はつかず、すれ違ったドローンに質問してみても『検査中です』としか言われず、悠解の状態がどうなっているのかも知ることができなかった。

 検査が終わった悠解とすれ違わないように、いつもどおり迎えに来てくれる時間になるまで自室にいた紬であったが、一向に来る気配がない。悠解の性格を考えれば、動くことができなくて直接来ることができない場合は、端末を使って連絡をくれると思っていたが、端末には一度も連絡は来ていない。

 あぁ、嫌な想像に胸がキュっと苦しくなる。呼吸が少しだけ荒くなる。確認するのが怖い。指先が、視界が揺れる。鼻がツンと痛くなるが、まだ何一つ確認していないことを思い出す。

「……確認するまでは、なにもわからない」

 覚悟なんて大層なものはないけれど、確認せずにはいられない紬は自室を飛び出した。今日も相変わらず、移動用ドローンに乗って移動する人間の横を早歩きで通り過ぎる。逸る心臓に合わせて、歩くスピードが上がっていく。

 悠解の部屋に着いた紬は、呼吸を整えてからノックをした。

 中から返事はない。

 もう一度ノックをしてみるが、やはり返事はない。耳を澄ましてみても、中から音なんて聞こえやしない。悠解が行きそうな場所を考えても、そんな場所思いつかない! 毎日一緒にいたのに、あんなにも隣にいたのに!

 握りしめた手のひらには、痛みしかない。

「クソッ……!」

 自分の不甲斐なさに、腹が立つ。

 いないのなら、ここにいる意味はない。行先など決まってないが、止まっているより動いている方が会える可能性は高い。そうして歩き出した紬であったが、視界に映った他人に再び足が止まる。

「俺の本当にバカっ!」

 昨日だって使っていたのに、頭から抜け落ちていた。急いで端末を取り出し、悠解へ連絡をする。聞き慣れたコール音が、やけに大きく聞こえた。3コール目で繋がったことに安心し、安堵の息が漏れた。

【どうした?】

 端末から聞こえた悠解の声は、いつも通りなのに、どこか平坦な気がした。

「どうした、って。いや、だって、昨日……」

【昨日? ……あぁ! 大丈夫だぜ、検査したけど健康そのものだったから安心しろよ!】

「健康だったんだな!? よかった~~~~~~~~~」

【たりめぇだろ、オレ様を誰だと思ってやがる!】と、元気な悠解の声を聞いた紬は、その場にしゃがみこんだ。廊下の端でしゃがみこんだところで、箱庭の人間は気付きもしない。今はその無関心が心地よかった。

「とりあえず、そっちに行くよ。今、どこにいんの?」

 合流して、ちゃんと悠解の顔を見たかった。ゆっくり立ち上がり返事を待つが、一向に言葉が返ってこない。

「悠解?」と、名前を呼ぶ。

「どうしたよ、兄弟」

 背後から聞こえた音に、勢いよく振り返る。

 会いに来てくれたのが嬉しかった。――――――本当に、嬉しかったんだ。

「なあに、そんな驚いた顔してんだよ」

 爽やかな笑顔で紬を見る悠解は、()()()()()()()に乗っていた。

 驚いた。なんて言葉じゃ足りないくらい、紬は驚いた。喉が嫌に乾いていく。いつのまにか、端末には『通話終了』の文字。貼り付けたような笑顔から、目を逸らすことができない。

 紬の知っている悠解ならば、移動用ドローンに乗ることはない。昨日だって、移動用ドローンに対して“わからない”、と言っていたばかりなのに、それなのに乗っている。どう考えたって、普通じゃない。普通じゃないのに、目の前の男は普通だと、当たり前であったと、態度で示してくる。

「そういや、お前は朝ご飯食ったのか?」

「いや、まだだけど……」

「お、ならちょうどいいな! お前の分ももらってきたんだ」

 そう言いながら紬に差し出したのは、飲む食事だった。ラベルには、モーニングセットと書かれている。流れで受け取ってしまった紬であったが、明らかに昨日とは別人である悠解に言葉が出ない。

 黙りこくった紬なんて気にならないのか、悠解は端末をいじっている。

「それじゃあ、オレ行くわ。この後、用事あんだ」

 紬を見ることなく、移動用ドローンに乗ってどこかへ向かう悠解を繋ぎとめるように「待って!」と叫ぶ。

 不思議そうな顔をしながら紬の顔を見る悠解に、紬は餌を待つ鯉のように口をパクパクと動かす。聞きたいことが一つだけあった。けれどその一つを聞くのが怖い。飲む食事を持つ手が、少しだけ震えている。

「用がねぇなら、行くぞ?」

 この言葉に、気がつけば喉が叫んでいた。

「箱庭の外に出てみようぜ!」

 咄嗟に出た言葉は、昨日の悠解の言葉だった。

 変わっていないと、ただのいたずらだと、思いたかった。




「お前、――――――なに言ってんだ?」




 心底理解できないとでも言うように、悠解は眉を寄せた。

「……ぇ」

 心臓がギシリ、と、嫌な音を立てる。

 昨日はあんなにも、楽しそうに笑っていたのに、どうして? という疑問が、紬の頭の中で暴れまわる。

「わざわざ外に行かなくても、M2に外のことを聞けば教えてくれるだろ? ―――箱庭の中から出ようなんて、なに考えてんだ?」

「――――――」

「話はそんだけか? なら、オレはもう行くぞ」

 言葉の通り移動用ドローンを操作して、どこかへ向かおうとする悠解を、引き止める言葉が出てこない。進み続ける時計の針のように、振り返ることなく進む悠解の背中を見つめることしかできない。

 廊下にポツリと取り残された紬は、再びその場にしゃがみこんだ。

 あんまりだ。

 ぽろぽろと二つの瞳から、涙が零れ落ちていく。

 何一つ理解したくない脳みそは、正しく“悠解が変わってしまった”ことを、しっかりと理解していた。涙が廊下の床に落ちるたびに、昨日の悠解の体温が、紬の中から消えていく。

 どれだけの時間そうしていたのかわからないが、立ち上がる時に軋んだ体に訴えに紬は口をキュッ、と閉じた。

「……探そう」

 紬は箱庭の出入り口を、探すために再び歩き出した。

 そもそも最初は、紬一人だけだった。

 みんなが右向け右で右を向く世界で、紬だけが左を向いた。みんなと反対方向なのに、気がつけばそっちへ歩き出していた。興味が、好奇心が、紬の“知りたい”を刺激する。映像で見る満天の星空が現実に存在すると知った時の、あの緊張と興奮が混ざったような感情を忘れることはできない。

 自分の好奇心に従い日々を一人で過ごしていた紬の前に、悠解は突然現れた。本物の太陽なんて見たことないけれど、太陽のように燦々と光り輝く笑顔に目が眩んだ。

「これからオレのことはアニキって呼べよ!」

「え? 嫌だけど」

「なっんでだよっ!?」

 紬よりも2歳年上であるし、血は繋がってない……とも、言い切れないが、兄弟ではない(たぶん)のだから、なんとなく呼びたくないと思った紬は悠解のことを“アニキ”と呼ぶことはなかった。

 こんなことになるなら、一度だけでも呼べばよかった。なんて後悔をしたところで、もう遅いのだ。もう紬が知っている悠解は、どこにもいない。

 あっちへふらふら、こっちへふらふらと、悠解との思い出から逃げながら、出入り口を探すけれど見つかるのは悠解との思い出ばかりだ。振り払うように駆け出した紬は、イノシシのように突き進む。

「って、ここ、どこだ?」

 周りを見ずに走っていたからか、気がつけば来たことがない場所に来ていた。

 箱庭は、自給自足のためのエリア、人間が飽きないように娯楽エリア、他にもいろいろあるが、人間が主にいるのはこの二つのエリアである。

けれど、いま紬がいる場所は、そのどちらのエリアでもない。

 見たことのない場所に迷い込んだ紬は、走るのを止め、壁伝いに歩いていく。移動用ドローンに乗って移動する人間さえもいない。まるで世界に一人きりになってしまったような感覚に、心細くなっていく。

 ……! ……! ……!

遠くの方から鈍い音が聞こえる。

断続的に続く音は、機械が出す規則的な音ではない。意図的に誰かが、何かを叩いている。この音しか頼れるものがない紬は、信じていいかもわからない音へと向かっていく。

 近づくほどに、鈍い音は大きくなっていく。大きくなるほどに、紬の中で未知という恐怖心が足を鈍らせる。それと同時に、同じ未知という興味が足を前へと進ませる。

 ―――ドンドンッ! ドンドンドンッ!

音が明瞭になっていくにつれて、廊下の明かりが少なくなっていく。それに比例するように廊下の隅には、まるでヘビのように床を這うコードの本数が増えていく。

「いったい、どこに繋がっているんだよ」

 音に滲み出る興奮のまま、どんどん紬の歩くペースが上がっていく。

 どれだけ進んだのかわからないが、奥の曲がり角からぼんやりと白色の光をふわりと捉えたときには、すでに走り出していた。何かを叩く音と、紬の鼓動の音がどんどん重なっていく。

 明確な予感があったわけじゃない。

 何かかがあると、信じていたわけでもない。

 ただ、何かが、誰かが、待っているような気がした。

「―――ッ!?」

 曲がり角の先には、ガラス張りの部屋があった。

 部屋の中は、ベッド、机、椅子、洗面器、トイレ、お風呂があった。見える範囲に、これら全てがある。プライベートなんてない部屋にドン引きする前に、紬の視線は部屋の中にいた人物に目を奪われた。

 漆黒の鏡面のような光沢を放つ蠟色の黒髪。涼やかな目元。白磁と見違えるほどのつるりとした肌、恐らく180cm以上ある体躯は、画像で見た彫刻よりも美しかった。美しいのだが、どこかで見たことがあるような顔に紬は首を傾げた。

「ぅおっ」

 ガラスの向こう側から、紬を睨みつける男の迫力に紬の足は止まる。

 先ほどまで聞こえていた鈍い音は、ガラス張りの部屋の中にいる男が、自身を閉じ込めるこのガラスを叩く音であるらしいことはわかった。わかっただけで、何一つとして理解できていない頭で、静かにガラスの向こうにいる男に近づいていく。さながら、光に魅入られた夜光虫のようだ。

 ガラス一枚隔てた向こう側にいる男は、なにかを言いたそうに、なにかを耐えるように、なにかを懐かしむように、なにかを慈しむように、なにかを後悔するように、太陽が眠りについた真っ暗な瞳で、紬を見つめる。

 ―――きらり。と、空から星が落ちるように、男の瞳からぽろり、雫が零れ落ちた。



 この零れ落ちた涙を忘れることは、一生できないのだろう。と、紬は自分でも不思議に思うぐらい確信した。



「おい」

「な、なに」

 ガラスの向こうの男から話しかけられた紬は、肩をびくつかしながら返事をした。少しだけかっこ悪い自覚のある紬は、じっとりとした視線に目を逸らす。

 呆れたように溜息を吐いた男に――なんだよ! と思いつつも、言葉に出さずに、続きを待つ。

「ここから出せ」

 実に簡潔で、明瞭で、わかりやすい一言だろうか。

「いや、ここから出せって言われても……」

 困惑しつつも、あたりを見渡せば出入り口と思われる扉を見つけた。そこへ紬が歩いていけば、後を追うように男も着いていく。

 扉には何やら機械がついており、少しの罪悪感とともに確認をする。どうやら内側からは開けられないようになっているが、外からは簡単に開けられるようだ。中の男を逃がさないようになっているが、外からは誰でも開けられることを考えると用心深いのか、そうじゃないのか微妙だ。もしかしたら、そもそもこの場所に来る人間はいない、と考えていたのかもしれない。

 扉につけられた機械を操作すれば、それはもういとも簡単に開いた。

「おい、開け―――イッダッ!」

 声をかけてから扉を開けようと考えていたが、開いたことを察した男が中から扉を開けたことにより、紬の顔面に勢いよく扉がぶち当たった。あまりの痛さに、顔を抑えながら、床を転げまわる。

 その無様な姿を、男はドン引きしていることを隠すことなく紬を見下ろした。

 多少痛みが引いたのか、紬は扉を支えにしながらゆっくりと起き上がる。出してもらった恩なのか、純粋に紬を心配しているのか、男は紬がちゃんと立つまで待っていた。

「……イタタ」と、痛むところを擦る紬に、男を変な顔をしながらそっぽを向いた。

 ――一体何だんだ? と思いつつも、紬は男に話しかけた。

「えーと、俺の名前は下原紬。お前は?」

「………………ゆい」

 長い間の後に渡された名前に紬の脳内を、何かがチカリと光った。知っている。知っているはずなのに、死体に湧いた大量の蛆虫が蠢いているような気持ち悪さが脳内を埋め尽くす。居もしない蛆虫を追い出すように、頭を左右に激しく振れば、唐突にその名前を思い出した。

「柊唯、博士?」

 そうだ。

 そうである。

 ゆいを見たときの既視感の正体は、この施設を建設したSleepの代表である柊唯の写真と似ていたからだ。

「もしかして、」柊唯博士の親族? と、続くはずの紬の言葉は、ゆいに胸倉を掴み上げられ、そのままノータイムで頭突きをされたことにより音になることはなかった。

「~~~~~~っ!!!?」

「俺は、結ぶって書いて結だ。……その小さい脳みそで覚えとけ」

 吐き捨てられた言葉とともに、紬も床へと落とされた。受け身をとることができず、お尻を床で強打した。

「イッタ! どうすんだよ、尻が割れたら!」

「最初から二つに割れてるだろうが、このタコ」

 テンポよく返ってくる言葉に楽しくなってきた紬だが、これ以上ジャレつけば頭突きだけでは終わらない(確信)ため、空気を変えるように咳払いをした。

「それで、お前は―――」

「結だ」

「……結は、どうしてここに閉じ込められてたんだ? つーか、閉じ込められてたのか?」

 ガラス張りの部屋を見れば、何度見てもプライベートなんてないのだが、よくよく見れば今では珍しい“紙”の児童書や、“紙”のトランプ、愛らしいうさぎのぬいぐるみ。品種はわからないが生花だって飾ってある。あきらかに贔屓された部屋だ。

答えたくないのか、嫌悪感を隠すことなく盛大な舌打ちをした。いくら他人から見て“豪華な部屋”に、“最高の部屋”に見えたとしても、実際に住んでいる結からしてみれば“最悪な部屋”でしかないのだろう。なんて、テキトーに紬は納得した。

紬は勝手に部屋から出してしまった事実に、結をここで大切に育てていた人間に申しわけなさと2割と、出しちゃったから結と仲良くなりたい8割から次の話題を脳内で探す。

「結って名前さ」

「あ? 文句あんのか?」

「ねぇよ!! なんで、そんなに喧嘩腰なのお前って」

 呆れたように溜息を吐き出しす紬であったが、すぐさま一つの真実に思い至った。単純に人との関わりが少ない……、もはやゼロと言っても過言ではない目の前の男は、いわばコミュニケーション能力に至っては赤ちゃんと同じと言ってもいいのでは? 完全に錯乱している人間の考え方である。

 ちらり、と、結を見れば、続きはまだなのか、と無害な仔犬のような顔で紬の言葉を大人しく待っていた。

「お前、その顔で生まれたことを感謝しろよ」

「は?」

 唐突な紬の言葉に、理解できないと結は目を丸くした。

「いや、なんでもない。えっと、そう、名前なんだけどさ!」

「だから、なんだよ」

「俺も糸へん、一字だからお揃いだな」

 自分で宣っておいて照れているのか、紬は「あはは」と笑いながら頬を掻いた。

「……………きも」

「なっんでだよっ!?」

「つーかシンプルな罵倒が一番傷つくんですけど!」と叫んだ紬を無視して、結は歩き始めた。

「喚いてないで、さっさと行くぞ」

「えっと、どこに?」

 本当にわかっていない紬は、首を傾げる。紬の反応が気に入らないのか、またしても結は舌打ちをしてから、尊大な態度で宣言した。




「お前の部屋に決まってんだろ」

















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