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箱庭  作者: 梅木しぐれ
2/13

「僕たち人類は、天国へ辿り着いた」

 2063年1月14日が最初であった。

 この日、地球の全てを揺るがすほどの大地震が起きた。地殻変動の影響で、ほとんどの大陸は変わったが、一番の変化は人口であった。人類総人口約80億人いたが、この大地震で半分以上減った。

 激減した人口に対して、人類が起こした行動はあまりにも愚かだった。協力なんて言葉は存在していなかったかのように、争いを始めた。その結果、人が住めない土地が増え、伝染病が流行った。天災から、人災が起き、伝染病という三連コンボは後の世に“未曽有の大災害”として、歴史に名を刻んだ。

 しかし始まりに、終わりはつきものだ。

 2076年6月6日。

 Sleep。という組織の代表である柊唯博士と、その部下13人は生き残った人類に対して発表をした。

「僕たち人類は、天国へ辿り着いた」

 今までの苦しい現実に、生き残った人類は疲弊していた。疲れ切った脳みそに、その言葉は劇薬であったことだろう。人類はあっという間に、足の引っ張り合いを止めた。

天国ということは、そこには神がいる。

 Sleepは神を作ったのだ。

 住める土地は日々無くなっていく世界で、Sleepは“箱庭”という施設を建設。箱庭を管理する人工知能のM2が神の正体だ。

しかし人類最後の楽園は、残った全人類を救うことはできなかった。単純に収容人数の問題である。

 箱庭に踏み入れることができる人間は、ゲノム解析の結果で選別された。選ばれなかった人間の末路は、どの機器にも、書籍にも残されていない。選ばれなかった人間は、箱庭にいないのだから、残っていなくても不思議なことじゃない。

『箱庭のみなさん、おはようございます。本日も素敵で変わらない一日をお過ごしください』

 親の声より聞く合成音声に、下原紬(しもはらつむぎ)は手元の端末から顔を上げる。

 先ほどまで読んでいた『あの日から、今日まで』というタイトルの本は、この箱庭での常識だ。この場所に住んでいる人間で、知らない人はいない。

 紬は固まった体をほぐすように、伸びをする。呼吸を一つ吐き出してから、冷めきったお茶を飲む。その冷たさに、眉をよせたと同時に、扉が開いた。

「よォ! 起きているかい?」

 元気に笑う男に、知らず知らずのうちに紬も緩く口角が上がった。

「おはよう、悠解(はると)は今日も元気だな」

「あったりめぇよ! オレはいつだって元気いっぱいだぜッ!」

 その言葉を証明するように、力こぶを見せる悠解に「ノックしろよ」の言葉を飲み込んだ紬は、椅子から立ち上がり部屋から出る。長い廊下を、二人で並んで歩く。

「なあにが、『素敵で変わらない一日を過ごしましょう』だ。こちとら、そんな一日に飽きてきたところだっつーの」

「まぁまぁ。とにかく朝ご飯を食べに行こうよ」

「……そうだな。さあて、今日は何人いると思う?」

 にやり、と笑う悠解との質問に、紬は周りの様子を確認する。

 長い廊下を歩いているのは、悠解と紬しかいない。箱庭の大半の人間は歩かずに、歩行ドローンに乗って移動している。自動運転はもちろんのこと、一人一台支給される通信端末を接続すれば、同期されて通話も可能。食事だって頼めば、GPSによって運搬ドローンが運んできてくれる。何をしなくても、箱庭を管理しているM2が人類のために何でもしてくれる。

 この小さな世界で、わざわざ歩いて食堂に行き、ご飯を食べる人間は極めて少ない。それと悠解のように、直接人に会いに行く人間も少ない。

「んー……。やっぱり、十人はいるんじゃないか?」

「オレは五人もいねーと思うけどな」

 賭けにもならないような事を話しながら、辿り着いた食堂には誰一人いなかった。

『いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ』と、定型文とともに現れたドローンの案内に従い、テーブル席へと移動する。何度見渡しても、悠解と紬の二人しかいない。がらんどうの食堂は、静かすぎてドローンの駆動音さえも聞こえてくる。

「誰もいなかったな」

 悠解の呟きに、紬はただ頷いた。

 二人はそれぞれ食べたいものを注文し、すぐさま配膳された食事を黙々と食べる。

「やっぱり、食いもんはこうじゃねぇとな」

 悠解の言葉の理由は、悠解たちが生まれる前に箱庭で“飲む食事”が流行ってから、みんな噛まなくてもいい飲む食事がそのまま主流になっていた。もちろん二人のように、ちゃんと食べる人間もいたのだが、どうやら今日で最後の二人になってしまったようだ。

「みんながバカみたいに飲んでるアレは、腹にたまらねぇからいけねぇよ」

「まぁ、結局のところ飲み物だしね」

「やっぱり人間、よく噛んで、それぞれの味を楽しまねぇとな!」

「そう言いながら、俺のお皿に苦手なもの入れるの止めろよ」なんて、文句を言いつつも大人しく食べる紬に、悠解とは豪快に、そのまろい頭を豪快に撫でる。

「お前は育ち盛りなんだから、もっと食えっ!」

 ぐわんぐわんと、左右に揺れる頭に耐えながら紬は食事を続けた。

 食べ終わった二人の日課は、腹ごなしの運動に箱庭の中を散歩することだ。散歩しながら他愛もない、いつも同じ話を繰り返す。

 この世界は、ずっと一緒なのだ。

 ほとんどの人間にとって未知なんてなく、退屈で溢れていた。

「紬」

「なに?」

「やっぱりオレには、わからねぇ」

「なにが?」

「アイツらは、なんで毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、移動用ドローンに乗って、あの薄い板を覗き込んで、あれの何が楽しいって言うんだ?」

 悠解の言葉に、困ったように紬は笑う。

「実際に楽しいのもあるだろうけど、……楽だからだと思う」

 端末には箱庭の住民のために、多種多様なゲームも搭載されているし、わからないことも端末で調べれば、すぐに教えてくれる。けれど、この小さな箱庭では“わからないことが、わからない”人間がほとんどだ。そもそも何かに興味を持つ人間は少ないだろう。M2が用意したものを、思考しないで受け取るだけ。何もしなければ、穏やかな今日を享受できる。

 誰もがお互いに無関心で、傷つくことのない世界は柊唯が宣言した通り、まさに天国なのだ。

「オレはもっと知りたいことがあんだ」

「……ほとんどのことは、この端末で調べられるよ」

「紬、わかってんだろ?」

 咎めるような声色に、紬は目を逸らす。

「もっと、ちゃんと、知りてェんだ! 手元の端末で調べれば、わかるかもしれねェけどよ。……ほら、手ェ出せ」

 真っ直ぐ差し出された右手に、自身の右手を重ねれば、力強く、でも不思議と痛くなくて、なんとも言えない心地いい温度がじんわりと馴染んでいく。

「この形も、温度も、感触も、見て、触れないとわかんねぇんだ」

紬の指先を、頬へと持ってくる。その行動に驚いた紬は、咄嗟に悠解を見た。目が合ったことが嬉しいのか、目尻を柔く下げて微笑んだ。

「つまめ」

「へ?」

「ほら、早くつまめよ」

静かに催促する男に、おずおずとつまむ。弾力のある肌に、重なる手のひらと同じ柔らかな温度に、脈が速くなっていく。

「もっと」

「も、もっと?」

 困惑する紬を置いて、悠解とは「もっと強くつまめ」と指示を出す。言われるがまま、力を入れれば、痛みに顔を歪める。

「ご、ごめん!」

 パッと指先を離すも、最初から包まれていた手を今度は、両手で優しく、大切なものに触れるように包み込まれた。二の句が継げない紬は、ただただ黙って悠解との行動を受け入れる。

「この痛みだって、端末は教えてくれねェんだ」

柔く握る手を離したかと思えば、悠解との指先が紬の頬をつまむ。

「痛いか?」

「い、いや。痛くない、けど、少しくすぐったい、かな?」

「そうか、悪かったな」

 へらり、と気が抜けたように笑いながら、指先を頬から放す。

 少しだけ、ほんの少しだけ名残惜しいと思ったのは、内緒だ。

 空気を変えるように、いつものようなカラリと笑った悠解は紬に「今日はなにするよ、兄弟?」と問いかける。

「それじゃあ、今日は夜空について調べよう」

「お前は本当に星が大好きだな!」

「悠解だって、好きだろ?」

「……まあな! それじゃ、暗室に行くぞ」

 支給された端末さえあれば、M2に話しかけるだけで何も変哲もないただの暗室が、満点の夜空の下に変わる。天井に投影された光は、光は偽物であるが、何度見ても感嘆の息は漏れ、飽きることなどない。

 紬は星が好きだ。

 きっかけは確かにあった。あったのだが、それは何も劇的な出会いをしたわけではない。人によっては、気づかずに横を通りすぎるほどの些細なものだった。箱庭は、時間に合わせて施設内の明るさが変わるようになっている。夜時間に、ふと天井を見上げたその時だった――――――一条の光が、瞬きの間に横切ったのだ。

 きらり、と光って落ちていったそれに、紬はすぐさまM2に確認すれば『それは流れ星です。こちらはランダムで流れる設定になっています』と淡々と言葉が返ってきた。

 流れ星を見つけたあの日から、退屈で白黒だった世界が、一気に色がついた。だって、周りをよく見れば、自分が知らないもので、知らないことで、道が未知で溢れていた!

楽しくないわけがない!

それから毎日暗室に籠り、M2に星を、神話を、惑星を強請る日々が続き、今に至る。

 M2が投影してくれたふたご座流星群を見ながら、紬は思う。

 いつか本物の流星群が、星が、夜空が、見たいな。

「……なぁ」

 小さな、それは小さな声で悠解とは紬に話しかける。

「……なに?」

 つられて紬も、小さな声で返事をする。

 返ってこない返事に、紬は横にいるはずの悠解との方へ視線を向ける。自分と同じように天井に投影された星を見ていると思っていたら、真っ直ぐと紬を見ていた。驚きのあまり、声も出なかったが、真剣な表情に思わず唾を飲み込んだ。

「外に出てみねぇか?」

「え?」

 聞こえなかったと思ったのか、悠解は「だから、外に出てみねぇかって、聞いてんだ」とキッパリと言った。

「いやいや、聞こえてる、聞こえてるって!」

「聞こえてんなら、返事しろよな」

「だって、外って、そんな」

 外は未曾有の大災害によって、住める土地は無くなった。だから、この箱庭から出ることは自殺と一緒だ。出られるわけがない。命を投げ捨てるほどの願いじゃない。……願いじゃないんだよ。

「未曾有の大災害つっても、何千年前だと思ってんだ! 変化し続けるのが世界だぜ? あんがい外は、人が暮らせるようになってるかもしんねぇだろ」

 いたずらっ子のように言ってのける悠解との言葉に、納得する紬であったが、少し考えてやはり無理だ、と首を横に振る。

 紬も悠解も、いや今箱庭に住んでいる人間は、箱庭で生まれ、箱庭の中で育った人間だ。最初からここで生まれた生命体であり、出入り口がどこかなんて知らないのだ。

「なあに、ここに入ったやつが数千年前にいたんなら、外と繋がる出入り口はどっかにあるから安心しろよ。もし外が本当に危険なら、先に探索ドローンを外に出せばいいだけの話だろ?」

「……そうだとしても、肝心の出口はどう見つけるんだよ?」

「そんなのM2に聞けばいいだけだろ」

 実に簡単で、簡潔。

 なんてことなく言いのけた言葉に目を丸くする。

 今までだって、わからないことはM2に聞いていたのだ。質問したことに対して『わかりません』と返ってきたことはないし、そもそも箱庭の管理をしているM2が出入り口を知らないわけがない。

 流れるような手つきで、悠解は自分の端末へ「箱庭の出入り口を教えてくれ」と話しかける。手持ち無沙汰な紬は、悠解を横目で見ながら、今もなお天井に振り続ける流れ星を止めた。

「あ? なんだ?」

 困ったような声を上げる悠解に、紬は話しかける。

「どうかした?」

「紬、それがよ……」

 戸惑いとともに差し出された端末の画面には、今まで読んだことがない文が表示されていた。

『認識できない言葉ありました。お手数をおかけしますが、もう一度お願いいたします』

 紬と悠解は、静かにお互いの顔を見る。

 こんな文章見たことがなかった。知らないことなどないと、数多のことを教えてくれたM2が“わからない”と答えるなんて夢にも思わなかった。

 少し考えた悠解が、もう一度端末に話しかける。

「“出入り口”ってなんだ?」

『建物や施設などで、入る時と出る時に使われる場所です』

「なら―――この“この箱庭の出入り口”は、どこにある?」

『認識できない言葉ありました。お手数をおかけしますが、もう一度お願いいたします』

 先ほどと同じ言葉に、二人はM2の明確な“拒絶”を感じた。

 初めての経験に紬は、無意識のうちに唾を飲み込んだ。

 あたりまえにM2は味方であると信じていた。無機質な拒絶に二人はどうすることもできないまま、ひとまず暗室を出た。

 二人を包む無音に、紬は居心地が悪いのかチラチラと少し前を歩く悠解を見やる。その視線に気づいているのか、いないのかわからないが悠解は紬に振り返ることなく進んでいく。周りを見れば、移動用ドローンに運ばれながら、端末に夢中の人間は知っているのだろうか。なんでも答えてくれる、なんでもしてくれるM2が拒絶することを。

 握りしめた端末に視線を向けても、やはり先ほどのことがなんだか現実に思えなくて、紬は自身の端末で確認しようとした、その時であった。

『上田悠解、止まってください』

 後ろから咎めるような合成音声に、二人の足は止まる。振り返れば医療用ドローンと移動用ドローンがすぐそばまで来ていた。

『健康状態に異常を感知しました』

「オレの健康状態に異常だぁ?」

『要検査が必要です。こちらの移動用ドローンにお乗りください』

「待て待て待て、本当にオレなのか?」

『間違いはありません』

 ずいずいと医療用ドローンが近づくほどに、おずおずと悠解は後ろへ下がっていく。一歩たりとも譲らない機械に、悠解は息を一つ吐き出した。それから、状況を上手く呑み込めていない紬へ「おい」と声をかけた。

「な、なに?」

 自身が驚いていることにも気がついていないのか、両目を大きく開いたまま紬は悠解を見る。健康状態に異常がある。と言われた自分よりも顔を青くしている紬を見て、悠解は―――。

「なあに、オレより驚いてんだよ! ちょっくら検査して、すぐ戻ってくるから安心しろ! オレが検査でいない間、ちっと大変だろうけどよ“失くしたもの”探しといてくれ」

 首がぐわんぐわんと左右に揺れるほど、豪快に、紬の頭を掻き混ぜるように撫でる。その強さに意味のない声を上げながらも、紬はその行動を受け入れた。一通り撫でて満足した悠解は、そっと頭から手を離し、最後にぎゅう、と紬を抱きしめた。それから自ら移動用ドローンに乗り込んだ。

「―――頼んだぞ」

 真剣な眼差しに促されるまま、紬は頷いた。

『移動します。危ないので離れてください』

 医療用ドローンの指示に従い、紬は一歩下がる。安全を確認した医療用ドローンと移動用ドローンは紬を置いて走り出す。悠解を乗せた移動用ドローンが見えなくなるまで、紬は黙って見送った。

 見送る紬の指先が震えていたことを、悠解だけが知っていた。














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