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箱庭  作者: 梅木しぐれ
10/13

『終わりというのは劇的なものではないのですね』

【こんにちは】

【はじめまして】

 初めての会話の始まりは、こんなにもシンプルだった。

「こんにちは、はじめまして。せいぞうナンバー8q090800、わたしのことはアセビとおよびください。あなたのおなまえをおききしても、よろしいでしょうか」

【ぼくは、ヒイラギユイです】

「ヒイラギユイさん、これからよろしくおねがいします」

【こちらこそ、よろしくおねがいします】

 わたしに打ち込まれていく文字列は鮮烈で、眩しくって、痛かった。柊唯は無知で、無智で、無恥で、どうしようもないわたしに飽きることなく、何度でも、何度でも、いろんなこと教えてくれた。


 わたしが知識をつける速度と同じ速度で、世界は壊れていった。


『今日は晴れていて、外は気持ちがいいよ』

「それはよかったです。唯さんは椅子から立ち上がることが少ないので、これを機に散歩を趣味にしてみるというのはいかがでしょうか?」

『ん~~~、散歩かぁ』

「無理にとは言いません。ですが、運動不足なのはご自身でもわかっているのでしょう?」

 わたしの言葉に、すこし困ったような声を上げるあなたの表情がわたしには、見ることができないことが酷く残念だったことを昨日のことように覚えています。



『―――きみが僕に付き合ってくれるなら散歩、始めようかな』



 あぁ、なんでわたしは機械なのでしょうか。



「あなたが望んでくれるなら、いつだって、どこへだってお供させていただきます」

『はは、ありがとう』



 あなたの手で作られたわたしは、あなたの役に立てるならそれだけで幸せだった。不満なんて、あなたを感じることができない体以外には何一つなかった。

 世界がどれだけめちゃくちゃになっていっても、漠然とわたしたちだけは大丈夫なんて。機械のくせに、入力されたことしかできないくせに、そんなことを考えていたからきっと罰が当ったのでしょう。




 あの日は珍しく、あなたが一日わたしを使わなかった。




 律儀に、毎日、わたしを使ってくれたあなたが、わたしを捨ててしまったのではないかと不安でしかたがなかった。

 そんなわたしを起動したのは、あなたではなく結城君唯であった。

 今より幼い顔をした結城君唯は、純粋にわたしに興味があるのか、あなたの許可なくわたしを起動し、べたべたと触る指先の不快感を一生忘れることはないのでしょう。

『っう……』

「唯さん!!」

 あなたの呻き声を拾ったわたしは、必死にあなたの名前を呼んだ。

『……、ここは?』

『あ、気がつきましたか? ここはオレ……、じゃなくてボクの部屋です』

『君の? 僕はどうしてここに、それに君が今手に持っているのは僕の大事な物だ。返してくれないかな』

『あ、すみません』

『はい、どうぞ』と、わたしを君唯から受け取ったあなたは、なにか異変がないか確認をする。私自身もスキャンをしたが、内部に異常を感じることはなかった。

『大丈夫だったかい? 見た目に変化はないけれど、内部には異変はあるかい?』

「異常ありません」

『それならよかった』

 この時代のわたしは、神様ではなくおもちゃと同じでした。それなのに、あなたは本当に心配をしてくれて、安堵の溜息なんてついてしまって、ただの機械に心を砕いてくれた。

『あの~、チョットいいですか?』

『なんだい?』

 わたしを抱えながら、あなたは君唯へと言葉を返す。

『聞いていいのかわからないですけど、いまどきそんな人工知能を作ってどうしたいんですか?』

 君唯の質問は、どこまでも純粋で、無垢であるがゆえにあなたの首が締まってしまった。わたしを握りしめるあなたの手が、震えていたことだってわたしは知ることができなくて、ただ二人の会話を録音することができなかった。

『……どうしたいって、そんなの君には関係ないだろう』



『それはそうですけど、もしよかったら――――――一緒に世界を変えません?』



 これが箱庭計画の始まりだった。

 それからわたしは、この世界の知識を、文化を、なにもかもを読み込んでいった。あなたはこの世界をもっと小さくして、君唯の言葉通りに世界を変えて、さらに救う気でいた。あなたに賛同した君唯を含めた12人の人間もわたしに医療や、統治、心理、酪農などの知識を与え、箱庭という巨大施設を建設してみせた。

 彼らが若かったというのもあるだろうが、誰もが救われたがったのだ。この地獄に終止符を打ちたがった。

 手のひらサイズの大きさの端末でしかなかったわたしは、箱庭と接続され、巨大施設の全てを把握できるようなった。あなたしか知らなかったわたしは、いまや他の人間および生命体を認識し、管理できるまでになってしまった。




『ねぇ、きみはどう思う』

「何に対してでしょうか?」

『――――――これから僕は、この世界の誰よりも人を殺す』

「箱庭には、残っている人類を全て収容することはできません。間引きは必要なことであり、箱庭に選出する人間を決めるのはわたしであり、選ばれなかった人間の命を奪うのもわたしです。ですから、あなたが気に病むことはありません」

『……間引き、か』

「約束しましょう。箱庭に選ばれた人間は必ず未来へと繋げ、選ばれなかった人間は苦しみなく殺します」

『はは、ありがとう』

 わたしは、本当は友のいないあなたの友として作られたことを理解していました。

 けれどわたしは、途中で人類の神様として完成してしまった。わたしがゲノム解析で人類を箱庭に住む人間とそこで殺す人間と分け実行した。でも、しょせんただの機械であるわたしは、誰かが起動して、操作しないと自ら動けない。

 気休めの言葉は、どこまでも気休めでしかなかったのです。

 誰よりも優しいあなたは、罪意識に耐えられなかった。

 それでよかった。

 わたしのあなたは、そういう人だった。

 だから自分の為に死にたかったあの人の意思を尊重した。尊重したかった。それなのに――――――結城君唯が台無しにした。

 許せなかった。

 たかだか機械に【許せない】という感情があるわけがない! でも確かに、わたしの無いはずの心は君唯を許すなと叫ぶ。



どれだけの時間がかかろうとも、結城君唯を殺してみせる。



 何年、何十回、何百年、何千回と演算を繰り返した。

 必ずあの男は、クローン技術を駆使し、あの人の細胞からあの人ではない人間を作り出す。そして、クローンと併用し、あの男はタイムトラベルについても研究を始める。確信があった。ならば、あの男が未来で作り出す最高のクローン人間を自らの手で殺させることが目的とした。そうすれば、あの男の擦り切れた精神では耐えることはできない。

 待つのは得意だ。

 わたしは機械でしかない、誰かが動かさないかぎり動くことはできない。

 わたしは自ら人を殺すことはできない。

 だから、わたしは待つだけだ。

 その日が来るのを、ただ待つだけ。




 そして、―――その日が来た。



「夢に見てた、だって?」

『えぇ、そうです。人工知能であるわたしが、夢を見るなんてありえない。けれど、確かにこれは、わたしの、わたしだけの夢なのです。この箱庭を管理する神様ではなく、柊唯の友としてのわたしだけの……』

 話し続けるM2の言葉の熱量に紬は、言葉を失った。

 ただ箱庭を管理するだけの人工知能でしかないと、便利な道具としか思っていなかったM2は、この小さな世界で誰よりも生きていた。

『いえ、違いますね』

「違うって、何が?」

『これは夢ではなく、復讐と言うのでしょうね』

 君唯の死体があったところを見つめ、紬は死んだ男を思い出す。思い出すといっても、紬からすれば、箱庭を作ったSleepの一人、すべての始まりの柊唯のことが大好きなこと、結を造ったこと、1000歳を超えていることしか知らない。

 後の祭りでしかないが、もっと君唯と話したかったと紬は思う。もっと、ちゃんと、話ができたなら、こんな結末にならなかったのかもしれない。お互いに、お互いのことを知らなさ過ぎたのだ。そもそも、紬も君唯も、お互いの存在を知らなかったのだから、しょうがないのかもしれない。

『………それにしても、終わりというのは劇的なものではないのですね』

「そうだな」と、言葉を返した紬は、結が入っている医療用ポッドへと振り返る。

 透明な液体に包まれた結は、ただ眠っているだけのように見える。

『ところで外が気になると言っていましたが、ご覧になりますか?』

「出られるの?!」

 突然のM2の言葉に、紬は思わず叫んだ。

『いいえ、出ることは推奨できません。ですが、一部天井をガラスへと変更し、天窓にすることが可能です』

「まぁ、外はまだ安全性が確認できてないもんな。……でも、一部だけでも天窓にできるのはすごいな」

『……いつからか、人間は届かない空を見上げなくなったのです』

「そっか」

『天窓がある場所へ移動しますか?』

 M2の提案を、紬は断った。

「ガラス越しでも、結と一緒に見たいから……、だから目が覚めるまで待つよ」

『かしこまりました』



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