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 笹と大吉を乗せた車は山を越えて目的の町──N県へと向かっている。


 行きにはアルパカは出なかったが、すれ違う車は一台もない。大吉は笹が車の助手席に座り、窓を開けて外に向かって延々と何かをつぶやくように確認しているのを気にしないように、必死に運転に集中した。


 やがて夕暮れが深まってくるころ、車はふたたび『たまゆら』に辿り着いた。


「ここだよ」


 やはり駐車場は空いていた。


「外観は普通だな。営業時間十八時。……よし、まだ大丈夫だな」


 笹は一足早く車を降りて、まっすぐに店の入口へと向かった。


「臨時休業て!」


 車にロックをかけていた大吉の耳に、笹の苛立ったような声が聞こえてきた。慌てて駆け寄ってみると、看板には小さな白紙が一枚無造作に貼られていた。マジックで大きく汚い字で《臨時休業》と書かれている。


「なんでこんなタイミングで……」


 二人は建物の裏手にまわった。住居部分と思しき勝手口に来客用らしい古びたインターホンがある。建物の構造上、二階は玄関のみで二階は住居だろうが、照明は灯っていないように見えた。何度か呼び出しベルを鳴らしてみるが──応答はなかった。


 一軒家はまるで最初から誰もいなかったかのようにしんと静まり返っている。


「……留守かな?」

「たくもー、なんでこんな時に……」


 二人は店の入口に連絡先を示すものがないか、あるいは農道に遠藤の行方を知っている者が通りがかりやしないかと正面入口に戻った。


 やはり店の前は静まり返っている。


 笹は腕を組み、難しい顔で遠くの方角を見つめている。もしかしなくても何か見てはいけないものを見てしまっているのかと思いながら、大吉はたまゆらに貼られたポスターや看板を点検していった。


「今夜って、家族の人は言ったんだよね?」

「ああ。でも、圏外なんだよな」


 笹はスマートフォンを取り出して、苦々しげに呟いた。いくら片田舎といっても今時圏外はあり得ない。大吉は肩をすくめつつドアに貼られたポスターを見て──


「あ」


 声を上げた。


「これだ。これ、神社と湖の近くだよね?」


 大吉が指し示したポスターを、笹もじっと眺めた。


「何? ……花火大会? でも明日だぞ」

「見てこれ。前夜祭」


 ポスターにはでかでかと明日の日付が書かれていたが、小さく「前夜祭」と今日の日付があった。


「遠藤さんはきっと、これを見に行ったんだ」

「怪しい本屋で呪いの「こわいほん」を持っている店主が、地元の花火大会に顔を出すって?」

「でも、怪異って地域に根ざすもの……じゃない?」

「アルパカは日本に根ざしてねーよ」


 そうは言いながらも、二人の胸には奇妙な「遠藤は必ずここにいる」という確信めいたものが生まれていた。


「よし、行こう」


 二人は再び車に乗り込みすぐに発進させた。だが──。


「っ……!」


 ギィイイイイと急ブレーキの音が農道に響いた。大吉が何もない農道の途中で、突然急ブレーキをかけたのだ。


「おい、どうした、アルパカか!?」

「……いや……何かいたような気がして……」


 二人は息をひそめて前方を見渡したが、道はまっすぐで、何の気配もなかった。


「アルパカの他に何か追加されてたまるかよ。一応先に言っておくが、田んぼにつっこむぐらいならガードレールに激突したほうがマシだぜ、賠償の金額が全然違うからな」


 そんな笹の忠告を聞きながらも、大吉は車を降りて、車の前方にしゃがみこんだ。舗装の甘い田舎道のアスファルトの継ぎ目に、黒く濡れた影が蠢いていた。


「……ヤモリか? いやイモリでもない……」


 大吉はしゃがみ込み、そっと手を伸ばした。指先が触れたのは小さくて冷たい生きものだった。ざらついた肌。ぬるりと丸い目がこちらを見ていた。


「……山椒魚だな」


 乾きかけた体。けれど鳴くわけでも逃げる素振りもない。大吉は黙ってそれをすくい上げ、両手のひらにそっと包む。


「……何してんだよ」


 笹が運転席から降りてきて言った。呆れを隠しもしない声だったが、咎めるような強さはなかった。


「……すぐそこの川に流してやる」


 道の脇には小さな用水路が流れており、草の間をぬうように細く清らかな水が走っている。


 大吉はその水辺に近づきそっと手を開いた。山椒魚はこわごわとしていたが水の匂いを感じ取ったのか、やがてゆるりと体をくねらせ、小さく一跳ねして、水の中へ溶けていった。


「おーい、鱒二。恩返し頼んだぜ~」


 押しつけがましい笹の声に、山椒魚は振り返らなかった。


「ひどいよな。誰かがわざと道路に放ったのか迷い出たのか……。でも、あんなとこにいたら危ないよな」


 理不尽に対抗すらできない山椒魚が、大吉にはとても哀れに見えたのだと言う。


「こんな所で油売ってる暇ないぞ?」

「なんかシンパシー感じちゃって」

「お前のほうがもっとアブねえよ……」


 笹は呆れたように頭をかいた。


「ちょっとでも善行を積んどいた方がいいかな、なんて下心もありまして」


 大吉は首を押さえながら、はにかむように笑った。


「ま、大吉くんのそういうとこ、善良で非常に助けがいがあると思いますよ。……早く行こう。日が暮れる前に、神社にできるだけ近づいておきたい」


 気がつけば空はもうずいぶん暗くなっていて、道の端の草むらが風にさやさやと揺れていた。


「……うん」


 背後にちくちくとした視線を感じて、大吉は振り向いたが、ただ風にそよぐ稲穂があるのみだった。


「行くぞ」

「……わかってる」


 急かすような笹の言葉に、もうあまり時間がないのだと、大吉も肌で感じ始めていた。

 

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