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「このままだと、俺、アルパカにされちまう」


 そう言いながら震える大吉の様子は、笹から見ても尋常ではないのは一目瞭然だった。


「まあ、落ち着けよ」

「……うん」


 笹はつとめて冷静に見えるように呼吸を整えながら、大吉をソファに座らせた。大吉はうつむいたままおとなしくしている。


「で、その肉体的な変化を、お前は病気じゃなくて呪いだって思う訳ね」


 大吉はこくりと頷いたが、首がすわりはじめの赤子のように、不安定に揺れている。


「詳しく話してくれよ、ゆっくりでいいから」


 笹が促すと、大吉は口元を引きつらせながらぽつぽつと語りはじめた。


 彼の話を要約すれば、こうだ──


 数日前、趣味の本屋巡りの途中で立ち寄った書店「たまゆら」で呪いの本というものを目にした。

 店主から「読んだら呪われる」とはっきり警告されたにもかかわらず、大吉はどうしても中身が気になり、引き下がれなかった。


 そして、中を一行、読み聞かされた。


「あの峠には、アルパカが出る」


 店主のホラ話を散々バカにしたその帰り道、大吉は夜の峠道で大きな白い「何か」に遭遇した。アルパカのようで、アルパカではない。白くて、首が長く、四足で歩く──けれど、毛はなく、人間のような骨格をしていた。


「そのアルパカもどきに呪われて首が伸びちまったって?」


 笹は極力、明るく聞こえるように声を出した。


「うん」


 これまでの付き合いの中で、冗談でもここまで真剣におかしな話をする大吉を見るのは、笹にとって初めてだった。


「……わかった。ちょい待ち。一旦電話する」


 笹はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出して、どこかに電話をかけた。大吉の耳にも呼び出し音は聞こえてきたが、応答した相手の声までは聞こえない。


「もしもし? 今さ、吉野の家の大吉っているだろ。俺の友達の。……うん、そう。それでその大吉がN県で呪いのアルパカに追いかけられて、呪われたって言ってんのよ。……いや、マジ。いや、外にはまだ『漏れてない』と思う。……それで」


 笹一典の実家はこの地域一帯で信仰を集めている古い神社だ。当然霊的なものに関する相談や仕事があり、笹がよく怪奇現象に見舞われることを大吉は知ってはいた。


「……いや、大吉はそういう悪ふざけには参加してこなかったから、こういうのは初めてで……いや、俺は行ってない。突発的に、急に誘われたような雰囲気があったから、なんか結構まずいやつかもしれん。え? アルパカとか知らん? いやそれはそうだけど、呪いの本とか、守護者みたいな、番人みたいな男の存在も知らねぇ?……まあ、向こうの地域のことは向こうの領分だけど」


 大吉は笹が誰か──おそらく家族の誰かに確認を取っているのを、おとなしく身を縮こまらせて聞いていた。


 彼の実家の生業でもあり、一典の方も霊感があることをあまり表に出すことはしてこなかったこと、肝試しや降霊術に関しては一貫して否定的なスタンスを取っていたから、長い付き合いである大吉も霊的なことに対して質問を投げかけることは今までしてこなかった。


 しかし笹の様子は半信半疑ではなく、確実にこの世界に存在する事柄について確認を取っている。


 ──俺って、この世界のこと、全然知らなかったんだな……。


 大吉はぎゅっと手を握りしめながら、笹が語る様子を眺めていた。


「うんうん、そう、N県。国道通って……湖あるとこ?」


 笹は視線と語尾を上げて大吉を見た。


「近くではあるけど……湖には行ってない」

「うん、そう。総本社の近くらしい。……お守り? ちょっと待って、確認する。大吉、俺がやった車のお守りどうした?」

「なんか、破裂した」

「破裂したらしい。……破裂で合ってるかって。握り潰されたんじゃなくて」


 電話の向こうからの笹を通しての問いかけに、大吉はしっかりと頷いた。


「……わかった、大吉を連れて、現地に行ってくるわ。……ああ、うん、普段から持ってる……わかった」


 指示を聞き取ることに集中していた笹の耳に、小さな音が紛れ込んだ。


 とことこ……とことこ……とことこ……。


 音はスマートフォンの向こうからではなかった。この部屋の中、足元の床を擦るように、間の抜けた音が響いているのだ


「……おい、大吉」


 笹はスマートフォンのマイク部分を手でふさぎ、顔を上げた。


「ふざけてる場合じゃないぞ。お前のために電話してるんだからな。とことことかアホな発言するな」


 笹の言葉に、大吉は目を見開いた。そうして硬直したまま、ぶるぶると震えだした。


「……俺じゃない」


 大吉の顔は、まるで死人のように蒼白だった。


「とことこは、俺じゃない……」


 カラオケボックスのモニターの画面が誰も触れていないのにジジ、と音を立て、画面が揺れた。一拍置いて、この状況で誰も操作するはずもないのに、熱い一夏の恋を歌った有名な曲のイントロが流れ出す。


 大吉と笹はまるで何かに操られているように、モニターに釘付けになった。


 始まったのは、アーティストのMVではなく、低予算のカラオケ専用のイメージ映像──べージュの車がこちらに向かって夜の峠道を疾走している。


「……おい」


 笹はその車に見覚えがあった。画面に映っているのは大吉の車で、必死な顔でハンドルに齧り付いているのも当然大吉本人だ。しかし当然、そんなことはあってはならない。


 そのような映像が、この世に存在するはずはないから。


 ──ということは──


 笹はいけない、とわかっていながらも、視線をモニターの左上にそろりとすべらせた。車が曲がりくねったカーブを曲がるたびに、画面の端にちらりと白いものが映りこむ。


 呪いのアルパカは、峠で見つけた大吉を追いかけて──すぐ、そこまで来ている。


「見るな! 見たら呪われる!」


 大吉が笹に向かって飛びかかり、画面を遮るように、笹の視界を塞いだ。その拍子に笹の手からスマートフォンが滑り落ちて、通話は途切れた。

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