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「もう……いいよ笹」

「は?」


 立ち尽くしていた笹が、弾かれたように顔を上げた。


「もう、いいよ。無理そうだ……今までありがとう」


 大吉はふわりと微笑んだ。それは恐怖に耐える顔ではなく、不思議と穏やかな、終わりを覚悟した顔だった。


「……なに言ってんだよ。神社はもうすぐそこだろ。あとちょっとだ」


 笹は言葉を重ねた。だが大吉はゆっくりと、伸ばされた笹の腕を払った。


「無理なんだ。お前だって分かっただろ。近づかれるだけで、お札も数珠も食い止められない。だから、きっと、無理だ。一緒にいたら、今度は俺がアルパカになってお前を追いかけるかもしれないから、神社へは笹一人で逃げてくれ」


 それなら竜神様も、せめて笹だけは守ってくれるはずだと、大吉は笹に背を向けた。耳鳴りが始まって、どんどんと強くなり、大吉はこぶしをぎゅっと握りしめた。


 そうして大吉は神社ではなく、まっすぐに湖に向かって走っていく。湖面は花火の光を反射して虹のようにきらめいているが、大吉が向かっているのは道とも、水とも、そして闇ともつかない暗い所だ。


「おい! 大吉! やめろって! 戻れって!」


 笹の叫びも構わず、大吉は靴のまま闇の中へ踏み込んだ。ざぶざぶと、暗い水が大吉の体を呑み込んでいく。


 笹は足を一歩踏み出そうとして、その拍子に壊れた数珠の欠片を踏んでしまった。途端、彼の足は縫い止められたように動かなくなる。


 恐怖ではなかった。かと言って、アルパカの放つ禍々しい妖気に取り込まれているのではない。笹を守護するものが、持ち主である彼だけを救おうと、残った力で必死につなぎ止めているのだった。


「今そういう展開求めてねえから!」


 笹は自分の発した言葉が数珠に対してなのか、それとも大吉に向けてのものなのか、自分でもよくわからなくなっていた。


「笹。……迷惑かけて……ごめ」


 大吉が別れの言葉を口にしようとした瞬間──夜空が、破れた。


 ボンッ──と低く腹に響く音。夜の空に、一際鮮やかな光が弾け、夜の湖畔を昼のように照らしていく。


 その賑わいの裏で、笹だけが沈みゆく友の姿を見ていた。


 水の中から白いものが伸びて、ぐるりと取り囲むように大吉の首に絡みついていた。アルパカが大吉の耳元で何かを囁こうとした瞬間──。


 どぉん。


 と音がして、湖の中央で突然、水柱が立った。花火が不発して湖に落ちたと考えるには──いささか大きな衝撃だった。打ち上がった水は滝のように落下し──大吉ごと、アルパカを呑み込んでしまった。


「なっ……」


 笹は声にならない声を漏らした。何かが落ちてきたわけではない。けれど水面から何かが跳ね上がったかのように、盛大に水が叩きつけられている。これは、あれの仕業か──それとも。


「大吉!」


 叫ぶより早く、笹は湖の縁まで駆け寄っていた。だが、次の瞬間──笹は気づいた。湖に充満していたはずのあの嫌な空気が、急に薄くなっていることに。


 ぬるぬるとまとわりついていた視線や足音、嫌な気配の全てが今の一瞬で消えていた。


「ぷはっ!」


 大吉が湖から顔を出した次の瞬間、再び夜空に花火が打ち上がった。橙色の花が大きく咲き乱れる。


 その様を、二人は呆然と見つめていた。再び、はしゃぐような歓声が聞こえてくる。おどろおどろしい空気が、ただの祭の雰囲気に変わった──もとの世界に戻ったことは理解していた。


 自分達は何か大きな力によって救われた。


 けれど、それが──何によってもたらされたものなのか、二人には全く理解できていなかった。


「何か、いると思う?」


 大吉は体を捻って、笹に問いかけた。


「いや……」


 その時、笹がポケットに入れていたスマートフォンが律動した。


『数珠が壊れたけど、間に合った?』


「間に合ったつーか……」


 メッセージに笹がぼやいていると、周囲の人々がそこで初めて大吉に気が付いたかのようにざわつき始めた。


「オアタリサマじゃ……」

「本当だ」

「どこの子だ?」


「オアタリサマ」の言葉とともに、大吉の周辺に人が集まっていく。


「佐藤の長男坊か?」

「いや違う。知らん子だ」

「よその子が『オアタリサマ』なのか?」

「そうらしい」

「なんともまあ」

「竜神様のすることじゃ」


 周囲の人間の会話を総括すると、どうやら「オアタリサマ」というのは大吉のことを指しているらしかった。


「さあ、あんた……。びしょ濡れだろう。こっちにおいで」

「あ……はい」


 優しげな老人の声に、大吉は素直に湖から這い上がってきた。すぐに取り囲まれて、法被やタオルを渡され、大吉は困惑しながらも礼を言う。


「よかったね。楽しんでいってね」

「あ、ハイ」


 ついでのように自分にかけられた言葉に、笹もまた、間抜けな声を出した。それから足元の数珠と呪符のかけらを拾い集めてポケットに入れ、大吉のもとへゆっくりと近づいた。


「……首、戻ってるな」


 笹のつぶやきに、大吉は首に手をあてた。違和感はもう、どこにもなかった。


「アルパカは……呪いは……消えた?」

「……たぶんな」


 花火が夜空に、もう一度、大きく開いた。

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