離婚してもいいですが、後悔するのはどちらでしょうね?
6月中は短編を毎日投稿予定ですので、お気に入りユーザー登録をしていただけると嬉しいです!
リリーナ――
長い金髪に、強気な吊り目。
赤いルージュが良く似合う、まだ20代の女性だ。
リリーナには旦那がおり、彼の名前はクローズという。
サラサラの黒髪に、優しく穏やかな瞳。
背も高く美形で、誰からも慕われる男。
仲睦まじいそんな二人。
誰もが羨む、侯爵夫婦だ。
その日はリリーナとクローズが久しぶりに食事をしていた。
普段クローズは忙しいと外に出ていることが多い。
楽しい会話が交わされ、使用人たちも笑みを浮かべてリリーナとクローズの世話をしていた。
「あ、そうだわ、あなた」
「どうかしたのか?」
ニコニコ笑顔でリリーナはクローズにとある話を振る。
クローズも微笑を浮かべ、彼女の話す内容に耳を傾けていた。
「あなたの浮気の件なのだけれど」
「……え?」
瞬間、場の空気が凍り付く。
使用人たちも文字通り動けなくなってしまい、硬直してリリーナたちの方を見ている。
「あ、え……何の話だ?」
「とぼけても無駄ですわ。ポーラウドのご令嬢と、随分仲がよろしいようで」
「…………」
クローズの浮気に感づき、リリーナはそれをプロ依頼し調べさせていた。
彼が浮気していたのはすぐに確認でき、しっかりリリーナに報告が上がっていたのだ。
クローズは言い逃れができないと考えたのか、しかし余裕の笑顔で彼女に対応する。
「では、どうする?」
「どうする。そうですわね……どうしましょうか?」
「離婚でもしようか? それで君が満足するなら、私は構わないが」
優しい表情で、心の無い言葉を吐き出すクローズ。
リリーナはクスッと鼻で笑い、落ち着いた声で返す。
「それでも構いませんわ。あなたがよろしいのなら」
「……本当にいいのかい?」
「ええ」
「後悔はしない?」
「後悔をするのはどちらでしょうね」
クローズの眉がピクッと動くが、穏やかに笑って何事も無かったような表情を作る。
「私が後悔するなんてことはないよ」
「なら離婚でもよろしいのでは」
「君が望むならそうしよう」
「では私は離婚を求めます。それでよろしいですね?」
「……ああ」
こうして二人の離婚は速やかに決定する。
クローズは余裕の顔で食事をしていたが、その前方で口角を上げているリリーナには気づいていなかった。
(リリーナには家を出て行ってもらって、そして浮気相手と再婚をしようと考えていたが……もっと揉めると考えていたが、まさかこんなにすんなり行くとは。私にはもう未練がないのか?)
リリーナはクローズと同じように、普通に食事をしている。
彼女は何かを考えているようだが……大したことではないだろうと、クローズは高をくくっていた。
それから数日後のこと。
離婚に関する書類にサインを済ませ、二人の夫婦生活は終わりを告げた。
広間で顔を合わせる二人。
リリーナは赤ん坊――息子のフィンを抱きながら、クローズと対面していた。
「これで離婚は成立だ」
「そうですわね。これまでお世話になりました」
「ああ。では荷物をまとめて、出て行ってもらうのだが――」
「何を言ってるのですか?」
「は?」
リリーナがわざとらしく深いため息をつく。
クローズはリリーナの意図が読めず、少し困惑の色を見せる。
「何をって……君は出て行かないといけないじゃないか」
「だから何を言っているのですか? 出て行くのは、あなたの方ですよ」
「……は?」
「お忘れですか。あなたは婿養子なのですから、この家と関係が無くなれば、出て行くのは当然のことでしょう」
「な、な……何だって……」
クローズはリリーナの家に婿入りした経緯があり、今の地位は彼女と結婚したことによって得たものであった。
そのことは忘れてはいなかったのだが……結婚をし、この家は自分の物になったと勘違いしていたのだ。
彼女の言葉に、大量の汗をかき始めるクローズ。
まさか自分が追い出されるとは……そんなこと、あって良いわけがない。
「……待ってくれ。この家は、私が譲り受けたはずだ」
「譲り受けた? そのようなお約束があったとおっしゃるのなら、その証拠をお見せください。もし正式な契約書など、公的な書類があるのでしたら拝見いたします。それを確認できれば、私も納得いたしましょう」
「…………」
そんなものは、当然無い。
家を譲り渡すとも、クロードの自由にしていいとも、そのような約束はしていないのだから。
いきなりのことに焦り、どうにかして家を自分の物にできないかと思案するクロード。
だが勝ち筋が見えない。
証拠も無い、相手も言っていないとなると……ここは素直に負けを認めよう。
クロードは突然、こびへつらうような笑みを浮かべ、リリーナに言い寄る。
「そ、その……色々と誤解があったようだ。私は浮気相手に本気じゃない。少しすれ違いがあったようだが、私は依然として君を愛している」
「そうですか。私はとっくに冷めておりますが」
「こ、これからまた二人の関係を構築していこう!」
「再構築は御免ですわ。だから言ったでしょう。後悔をするのはどちらでしょうね、と」
自分の置かれた状況に、顔面蒼白になるクローズ。
(どうする、どうやって許してもらう……そうだ、ここは泣き落としをするしかない。リリーナの母性に訴えかけるんだ)
「すまなかった、リリーナ。どうかしていたんだ私は。君の優しさに甘えて、それで間違いを犯してしまった。どうかこんな私を許しておくれ」
リリーナを抱きしめようとするクローズであったが――彼女は彼の手を叩いて静かに拒否をする。
「気持ち悪いので止めてください」
「き、気持ち悪い……?」
そんなことを言われたのは初めてで、クローズは眉を吊り上げて怒りそうになる。
リリーナは至極冷静で、息子のフィンを優しい顔であやす。
「フィン、あなたはお父さんみたいなクズになってはいけませんよぉ。女性に優しく、心に決めた人だけを愛するような、そんな男性になりなさい」
「……私がいなかったら、この家はどうなる? 私がいたからこそ――」
「そんな心配していただかなくとも結構です。クローズ様がいなくとも、上手く機能しますから。他の貴族の方々にもクローズ様のやったことは説明していますし、問題はまったくございません」
すでに根回しをされていたことに愕然とし、そしてもう戻ることができないことを悟るクローズ。
リリーナは本気なのだ。
自分を家から追い出す方向で決心している。
そしてそれはもう覆らないと。
それを理解したクローズは、その場に膝をついて項垂れる。
(何故こんなことになってしまった……)
クローズの絶望の表情。
周りには使用人たちもいたのだが、誰も彼のことを気にも留めていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
元々そう裕福でない貴族であったクローズは、元の生活に逆戻り。
浮気相手は彼の地位に惹かれていただけだったようで、家を追い出されてすぐにフラれてしまった。
それからというものの、クローズから謝罪の手紙が毎日届き、リリーナはウンザリしている。
35通目の手紙以降は目を通すこともせず、そのままゴミとして処分していた。
「さてと、今日も忙しくなるわ。頑張ないと」
これまでクローズがやっていたことを引き継ぎ、リリーナは忙しい毎日を送っていた。
息子への愛情は変わらないまま、だが充実した日々。
それから数十年――家を息子が継いだ後も、良き相談役として彼と共にあったという。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
作品をこれからも投稿を続けていきますので、お気に入りユーザー登録をして待っていただける幸いです。
下の☆☆☆☆☆で評価、またはブクマなどをしていただけると励みになります。