表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崩れゆく世界で渇望している  作者: Altsaber
第二章 混乱が日常になるとき
34/35

9 夜へと語りかける

 この病院の地下にある施設は大半が病院の治療設備と連携している。街の中心にはこの街のSprobe基地があり、明日迎えが来る予定だから、今夜が自由に動ける最後の時間だ。


 とはいえ、何をすればいいのか自分でも分からなかった。


 俺は空を仰いだ。漆黒の夜幕に無数の星が散らばっているが、野外と比べるとやはりかなり少ない。それでも幸運なことに病院の明かりがいくつか点いており、かろうじて道が見える。


 目的もなく歩いていると、通りの人通りはまばらで、昼間の賑わいは消えていた。耳元でたまに聞こえる数羽の鳥の鳴き声は、仲間を呼んでいるのだろうが、伝わってくる情報があまりに曖昧で正確には分からない。


「傷が治ったら辞職届出さない?」


 女性が負傷者を押しながら俺の横を通り過ぎた。女性の問いかけに、その負傷者は答えなかった。


「適応者って危険だし、今後どんなことが起きるか分からないしね。とにかくこの二年で結構貯金もできたし、そのうちどこか適当に家買って、普通の人として暮らそうよ。いい?」


 相手が答えないので、その女性は繰り返し話しかける。


「じゃあ隊のみんなはどうするんだ?」


 ようやく負傷者が口を開いた。上半身はぐるぐる包帯で覆われていて性別は判別できないが、声からすると男性らしい。


「うーん…一緒に行って話そう。ちゃんと説明すれば、彼らも理解してくれるはず。一緒に行こう、ね?」


 女性の声には少し懇願が混じっていた。返ってきたのは包帯のかすかな揺れ——首を振る仕草のようだった。


「どうして? なんでダメなの?」


 女性は押していた車椅子を止め、俺との距離が徐々に縮まる。


「お願い、しん。怖いの、また今回みたいにあなたが傷つくのが。いつか君が目の前で死んで、私が何もできなかったらって考えると怖くて。お願い、私たちやめようよ。ここに家を買って結婚して、子供をたくさん作って、私たちの…家を持とうよ」


 女性の声は次第に嗚咽に変わり、最後には体を折り畳んで負傷者の背中に顔を埋めた。


「辞めたいか辞めたくないかって話じゃない。今辞めたいって言っても、本部が許すわけないし、それに隊のみんなには言えないんだ」


 その時、俺はふたりを追い越した。背後からは女性の小さな嗚咽だけが聞こえ、それも次第に消えていった。なぜかそんな場面を見て、俺の胸にも小さな違和感が湧いた。繊細過ぎて注意していないと気づかない程度のものだ。


「家」という言葉に、俺は馴染みがなかった。舞はこの言葉の意味を教えてくれたが、どうにも理解できない。


 記憶を失う前の俺にも家はあったはずだが、舞でさえ昔の俺の家族がどこにいるかは見つけられなかったらしい。


 家があるってどんな気持ちなんだろう。なぜ彼らはそれをあれほど渇望するのか——それも俺の多くある疑問のうちの一つに過ぎない。


 歩き続けると、見慣れた姿が目に入った。


 荒塚悠あらつか ゆうが、道端のベンチに腰掛けてうつむいている。


 俺は彼に近づき、隣に座った。


「あ、レイアか。こんなところにいるなんて」


 荒塚は俺に気づいて顔を向けたが、すぐにまた俯き、俺の返事にはさほど興味がないようだった。


「ちょっとぶらぶらしてただけ」


「で、荒塚はどうしたんだ?」


 荒塚はいつもと違う様子だった。何か悩みがあるように見える。俺は彼の問題を解決できるとは思わないが、力になれることがあればと思った。


「はは、ずいぶんストレートだな。でも、君に言うのは別に恥ずかしくない」


「で、何のことか教えてくれる?」


「…いや、他の奴に言うのは恥ずかしいんだ。お前になら話してもいい。俺が悩んでるのは一つだけ、俺は弱すぎるってことだ」


「荒塚は強いと思うよ」


 赤尾小隊のみんなも、荒塚も、俺には強く見える。


「違う、弱すぎて皆を守れない。隊長の足を引っ張ってばかりだ」


「知ってるか? 適応者には謎の組織があって、そこの奴らは恐ろしく強い。で、隊長の氷宮は元々その組織の一員だったんだ。何かの事情で抜けて、氷宮が蓮と出会って、適応者になった俺や花、そして神人と一緒にチームを組んだんだ。毎年適応者の死亡率が三分の一にもなるなかで、俺たち赤尾小隊は無傷を保ってきた。でもそれは全部氷宮のおかげなんだ。本来ならとっくに死んでたかもしれないのは、氷宮のおかげで生き延びられただけなんだ」


「でも今は、足を引っ張ってる俺たちのせいで、氷宮が危うく死にかけた」


 荒塚は空を仰ぎ、そこには失望と自責が滲んでいた。


「じゃあ、荒塚は強くなりたいんだな」


 夙が目の前で――もし俺がそういう状況に置かれたら、自分も同じ感覚になるだろう。だから荒塚も俺と同じく強くなりたいのだろう。


「そんな簡単にいかない。誰もが英雄みたいにあんたみたいじゃない」


 荒塚の口調は変わり、俺を一瞥すると再び沈んだ。


「悪いな、お前に俺の無力を押し付けるべきじゃなかった。お前だって哀れな奴だ」


「でも…お前の言う通りだ。強くなりたい」


 荒塚は手を天に伸ばし、何かを求めるような仕草をした。


「花と神人とは、Saliveが出る前から知り合いで、Saliveに全てを奪われた。幸運にも三人とも適応性があると判定されたあの日から、俺は二人を必ず守ると決めた。だが適応者の戦いは想像を絶するほど厳しい。今日まで俺たちは氷宮の後ろに隠れて、事なかれ主義でやってきた。でもいつかは向き合わなきゃならない」


 荒塚は手を下ろし、顔を拭った。涙を拭っているようにも見えた。


「俺は赤尾小隊を抜けるつもりだ。神人も同じ考えのはずだ」


 荒塚は決意していた。俺は小隊が分かれるのを望まないが、彼の考えを変える権利は俺にはない。


「他の奴らはどうするんだ?」


 俺は皆がどうするのか知りたかった。


「他は…氷宮と蓮は自分たちのことは何とかできる。心配なのは花だ。花は俺たちが抜けることを絶対に許さないだろう。でも今回は止められないかもしれない。残るか、他のチームに行くかも」


「花を俺に連れて来るってのはどう?」


 機関との契約にはそんな条項はないが、今の待遇を考えれば一人増えることは大きな影響はないはずだ。そして俺のそばが一番安全だろう。


 だが荒塚は首を振った。


「お前が機関と何の約束をしたか知らないけど、花は絶対に同意しない。花は俺たちの無事を誰よりも心配してる。みんなが外で危険に晒されてるのに、花がただお前の側で何もせずに穏やかに過ごすなんて我慢できないはずだ」


「さあ! ここまで。こんな話をお前みたいな何も知らない奴にしか言えなかったんだ。話したらちょっと気が楽になった」


 荒塚は急に伸びをして、腰を伸ばした。


「だが、今夜のことは他言無用だ。でなきゃぶっ殺すぞ」


 荒塚は振り向き、いつものきつい目つきで俺を睨みつけ、普段の調子に戻った。


「うん、言わないよ」


 俺は頷いて約束した。


「それでお前はこれからどうするんだ? 今は機関に英雄扱いされてるが、具体的に何をするつもりなのか知らない」


 話題は俺に移った。俺は隠さず、機関との契約内容を荒塚に伝えた。


「いいなあ。俺たちはただの脇役として報道でちょっと触れられるだけだ」


「荒塚、それって不満なのか?」


「不満なんて山ほどあるさ。でも今回機関がくれた報酬は常識外れに多い。それなら文句は言えない。むしろお前、あとで俺たちのこと忘れるんじゃないぞ」


「忘れないよ」


 その答えに俺は確信を持っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ