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崩れゆく世界で渇望している  作者: Altsaber
第二章 混乱が日常になるとき
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7 あなたは、どんな人になりたいの?

 地下室で装備を作るために権核を置いてきたあと、彼らは俺を外へ連れ出してくれた。


 病院のロビーに座り、慌ただしく行き交う人々を眺めながら、俺はこれからどうすべきか分からずにいた。


 あの荒野で目覚めた時、俺は何も知らず、ただ赤尾小隊について行き、一方的に助けられていた。


 けれど、あれだけのことを経験して、今の俺には一人で生きていける力がある。英雄と呼ばれるほどに。


 そんな状況で、果たして俺はまだ氷宮詩玖ひみや しぐたちについて行き、迷惑をかけ続けていいのだろうか。


 茫然と歩いているうちに、気付けば俺はまた、蓮と別れたあの屋上へ来ていた。


 心のどこかで、蓮がまだここにいて、俺に何か指針を示してくれるのではないかと期待していたのかもしれない。


 そしてその期待は裏切られなかった。


 屋上のドアに手を掛けた瞬間、蓮が誰かと話している声が聞こえた。


「もう彼に会ってきたんだろう、どうだった?」


 蓮の声だ。大きくはないが、なんとか聞き取れる。


 俺は中へ入って会話を遮るのをためらい、ドアの前で立ち止まった。


「分からない。彼がいない時間は私にとってすごく辛かった……でも、彼の経験に比べたら、そんなの何でもないわ。どうして……どうして彼だけが、こんな目に……」


 返した声は氷宮に似ていた。だが彼女は今、地下室で氷結状態のはずだ。


 思わず少しだけドアを開け、相手の姿を確認しようとした。


 隙間から見えた人物は、背丈も体型も氷宮に酷似していた。ただ、頭部をヴェールのようなもので覆っている。


「でも全部、これは運命……あ、ちょっと、子どもが来たみたい。」


 小さく開けただけなのに、俺の存在にはすぐ気付かれてしまったらしい。


 蓮はこっちを見て、手招きしてきた。


 もう見つかったのなら、と俺はドアを開けて蓮の元へ歩いた。


 氷宮に酷似したその人物は、俺を見るや否や体をビクッと震わせ、顔を伏せたまま早足でこちらを通り過ぎようとしてきた。


「こんにちは。」


 彼女と氷宮の関係は分からないが、蓮の友人なら礼儀として挨拶をした。


 しかし彼女は無視したまま、さらに深く顔を隠し、俺の横を通り抜けようとする。


 その瞬間だった。


 俺は立ち止まり、彼女を目で追った。


 奇妙なことに、彼女が近づくにつれ、世界がねじ曲がっていった。


 視界の景色が渦のように集まり、回転し、森、山、都市、見たこともない砂漠や深海――様々な景色が混ざり合う。


 色とりどりの紙を丸めて、裂いて、揺らし、散らし、また集めて、そしてすべて消えていき、世界は暗闇へと戻った。


 その暗闇で唯一残ったのは、俺の前で揺れる光点だった。


 何度も見た光景。しかし変わらないのは――俺がその光を強く求めているということだ。


 泥沼に沈むように体が動かないのに、それでも必死に手を伸ばす。


 だが光点は留まらず、跳ねるように俺の横をすり抜けた。


 そして奪われていた世界が再び浮かび上がる。


 気がつけば俺はその場に立ち尽くし、腕はだらりと垂れ、背後で扉が閉まる小さな音だけが響いていた。屋上に反響すらしないほど、あっけない音だった。


「どうしたの?」


 いつの間にか蓮が目の前まで顔を近づけ、心配そうに俺を覗き込んでいた。


「俺にも、よく分からない。」


 さっき体験したことを蓮に説明したかったが、どう言葉にしても形にならない。


「たぶん salv4 との戦いの後遺症かも。少し休めば治ると思うけど、念のため、また同じことがあったらすぐに教えて。」


「うん。」


 まだ奇妙な感覚は残っていたが、それ以上の説明はできなかった。


「さっきの人、誰?」


 後遺症よりも、さっきの“氷宮に似た人物”の正体の方が気になっていた。


「彼女は私の友達よ。機構の中央で働いてて、ちょっと事情があって身元は言えないの。今回は、前の Salive 襲撃で兄が怪我したから見舞いに来ただけ。でも仕事が忙しいから、すぐ戻らないといけないみたい。」


 蓮の話を聞く限り、氷宮とも俺とも関係はないらしい。


 さっきのことは偶然だろうか……。


「それで、小さな英雄くんは、私に何の用だったの?」


 さっきの出来事に気を取られて、来た目的を忘れかけていた。


 蓮に問われて、俺は Sprobe 職員との会話の内容を伝えた。


「あなたは、どんな人になりたいの?」


 蓮は答えず、逆に質問してきた。


 方向性は見つけかけているのに、その答えは出てこない。


 俺が黙っていると、蓮は続けた。


「もし提案を受ければ、あなたはいずれ“機構が望む形”になると思う。それを良いとも悪いとも私は言えない。だって、あなたを機構に渡したのはこの私だから。でも……できるなら、あなた自身の“生きる意味”を見つけてほしい。」


 生きる意味――今の俺には、まったく分からない言葉だ。


「じゃあ、断ったほうがいいの?」


「そういうわけじゃないわ。今のあなたは、一人じゃ生きられない。今は私たちが支えてるけど、いずれは離れる時が来る。赤尾小隊の状況を見たでしょう? 私たちは、自分たちを守るので精一杯の時だってある。だからあなたは強くならなきゃいけない。自分を守れるくらいに。そうすれば、自分の意味を探しに行ける。そういう意味では……機構の提案は受けたほうがいいかもしれない。」


 俺はずっと“周りへの影響”ばかり考えていた。


 でも蓮は最初から、俺自身を最優先にしていた。


 俺自身がどうなってもいいと思っていたのかもしれない。


 いや、他者への影響が、そのまま俺の価値そのものだったのかもしれない。


 蓮が言う「生きる意味」はまだ理解できない。どうして探す必要があるのかすら分からない。


 これまでの俺は常に、他人の影響で行動してきた。そうしなければ、この世界に“留まる”ことさえできなかった。


 いつか俺なりの答えが見つかるかもしれない。


 だが少なくとも今の俺は、


 ――善意をくれた人には返す。


 ――悪意を向けてきた者には報いる。


 それが、俺の“いま”の生き方だ。


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