22 都市防衛戦Ⅴ
「……ライ、ライイ!」
朦げな意識の中で、誰かが俺の名前を呼ぶ声がした。
ゆっくりと瞼を開けると、氷宮詩玖が俺の身体を揺さぶっていた。
どうやら、意識を取り戻させようとしているらしい。
隊の最後尾にいたはずの彼女の髪には、細かい埃がびっしりとついている。
どうやら彼女も、あの衝撃の影響を受けたようだ。
俺の無事を確認した氷宮は、すぐに他の仲間の様子を確かめに行った。
視界に映る仲間たちは、全員が地面に手をつき、ふらつきながら立ち上がっている。
状況は、俺と大差なかった。
崩れた壁に手をつき、ゆっくりと身体を起こす。
他の者の様子を見に行こうとしたその時、
舞が先に駆け寄ってきて、俺の身体を何度も確かめるように触れた。
触れられるたびに、全身に痛みが走る。
けれど、その焦りと、どこか自責の念を含んだ表情を見ると――
何も言えなかった。
幸いだったのは、花以外の全員が致命傷を負っていなかったことだ。
だが、花本人は――
蓮を庇い、身を挺して衝撃を受けたため、血を吐いていた。
「内臓損傷。今は権能で強制的に維持してる状態だ。基地に戻れば治療はできるが……もう戦闘には出せない。」
休息の間に、蓮が携行装置で簡易診断を終え、淡々と告げた。
「わたし、まだ……」
花は何かを言い返そうとしたが、蓮の強い制止に口を閉ざした。
幸いにも、あの爆発のせいで周囲のsalive群は近づいてこない。
束の間の静寂が訪れた。
俺は、爆風の発生源――巨大な岩塊を見た。
そのほとんどが地面にめり込み、直径は十数メートルはあるだろう。
氷宮と蓮は、ずっとその岩を凝視していた。
二人の顔には、ただならぬ緊張が浮かんでいる。
「……まさか、これは……」
滅多に口を開かないバージョン神人が、俺の隣に立ち、低く呟いた。
「そう、これは――あいつの攻撃だ。」
氷宮が短く答える。
「でも、高位saliveって、もう三年以上も人類への攻撃をしてなかったはずじゃ……?」
荒冢悠が口を挟んだ。
「そうね。けど、現実は違った。私たちは、これを“単なる移動”だと誤認してたの。」
氷宮は唇を噛みしめ、組んだ指を胸の前で握る。
「――いいえ、正確には“攻城行動”よ。」
蓮が氷宮の言葉を継いだ瞬間、場の空気が凍りついた。
「攻城……って、どういう意味だ?」
静寂を破ったのは俺だった。
「正確には、人類殲滅作戦のことだ。」
舞が代わりに答える。
「saliveが最初に現れた頃、人間は完全に蹂躙されてた。それでも、こうして基地を築いて生き延びられたのは――数年前、高位saliveがすべての“攻撃”をやめたから。奴らは眠りにつくか、周期的に場所を変える“移行”を繰り返してたの。」
舞は一度言葉を切り、続ける。
「でも、sprobeが“融合権核”を作り出して以降、人類はようやく抵抗の手段を得た。Zeroのような異能者なら、salv6すら討てる。……それでも、戦力差は埋まらない。」
「だが――今、私たちはその“高位”の攻撃を受けている。」
氷宮が舞の言葉を断ち切る。
彼女の声がやけに重く響く。
状況の悪さは、俺にも理解できた。
「どうするつもりなんだよ、こんなの……!」
荒冢が焦りを隠せず叫ぶ。
「もしこれが攻城なら、避難地点はすでに包囲されている。向かえば、確実に死ぬ。」
氷宮は冷静に言い放ち、蓮に視線を送った。
「通信、もう繋がらないわ。」
蓮が短く答える。
「……なら、いずれにせよ救援は来るはずだ。これほどの規模なら、機構も放っておかない。偵察でもいい、彼らと合流できれば――生き残る可能性はある。」
氷宮が分析を続ける。
「最も近い都市はグルヤ。避難点の方向です。」
蓮が地図を見ながら答える。
それが避難点に設定された理由のひとつでもある。
「フキョウへ行きましょう。そこに四級適応者が二人、こっちへ向かってる。」
舞が、球状の装置を取り出しながら口を挟んだ。
「それ、まさか――“意念通信”の試作品?……あなた、そんなものまで持ってるのか。流石は雛原重工の会長ね。」
蓮が目を輝かせる。
「蓮、フキョウの方位を。」
氷宮の声に、蓮は名残惜しそうに視線を装置から外した。
「東南30度。直線距離110キロほど。
salv4の進行方向とわずか15度の差……
このまま向かえば、正面衝突します。」
「なら、避けて進めばいい。salv4を越えられれば、安全圏に入れるはず。」
舞が提案する。
「……ダメね。」
氷宮は短く息をつき、その案を却下した。
「低位saliveは、salv4の一キロ外に密集してる。回り道をすれば、むしろ群れの中心に突っ込むことになる。今の権能残量じゃ突破は不可能。途中でsalv4にロックされれば、全滅は避けられない。」
「じゃあ……どっちの都市にも行けないなら、野外に逃げるしか……。
でも、包囲下の今、補給なしじゃ……。」
舞の言葉が、最後の道を塞いだ。
「――いや、まだひとつある。」
不意に口を開いたのは、誰もが予想していなかった人物――バージョン神人だった。
氷宮が彼を一瞥し、うなずく。
二人の目には、同じ決意が宿っていた。
「……salv4の首を、落とす。」
氷宮が静かに、しかしはっきりと告げた。




