21 都市防衛戦Ⅳ
「このままじゃ、避難地点に着く前にsalv4に追いつかれる。」
進行中、蓮が、誰もが耳を塞ぎたくなるような現実を告げた。
「追いつかれるまで、あとどれくらい?」
氷宮詩玖の表情は変わらない。淡々とした声で蓮に問いかける。
「残り、三十分です。」
蓮は正直に答えた。
この状況で選択肢は二つしかない。
ひとつは、途中で救出した二人を置き去りにすること。
もうひとつは、salv4に追いつかれて戦うこと。
後者は、言うまでもなく自殺行為だ。
「その……私たちを、ここで降ろしてもらえませんか。」
氷宮に片腕で抱えられていた若い女性が、かすかな声で言った。
俺たちは足を止め、彼女たち二人に視線を向ける。
俺でもわかる。今の俺たちは、何かを決めなければならない。
「ダメだ!たとえsaliveの群れに見つからなかったとしても、あいつらがぶつかった建物が崩れて、君たちは生き埋めになる。たとえ奇跡的に助かったとしても、この街を奪還できる保証はない。ここに残れば、確実に死ぬんだ!」
白夜花は、誰一人見捨てようとしなかった。
「でも……私たちを連れて行ったら、あなたたちまで死んでしまうんじゃ……?」
女性は、今の状況を理解しているようだった。
「だけど……」
花でさえ、その言葉の先を失った。
「もし他の適応者だったら、最初から私たちなんて見向きもしなかったでしょう。ここまで運んでもらえただけでも、本当に感謝しています。あなたたちみたいな人がもっといれば、人類にはきっと希望があります。だから――どうか、生き延びてください。」
氷宮に下ろされた女性は、怨みの言葉ひとつなく、むしろ微笑みながらそう言った。
一方、そばにいた年配の女性は、何も言わず、ただ静かに俺たちを見つめていた。
その目に、何を思っていたのかはわからない。
「……すまない。近くに隠れられる場所を探して、なんとしても生き延びてくれ。チャンスがあれば、必ず助けに戻る。」
氷宮がそう言って頭を下げると、俺たちは二人が近くのアパートの地下室に身を潜めるのを見届けてから、再び撤退を続けた。
去るとき、俺は最後にもう一度だけ彼女たちを振り返った。
二人は互いに寄り添い、穏やかな目でこちらを見ていた。
彼女たちがその時どんな気持ちだったのか、俺には想像もつかない。
……いや、それどころか、こんな状況で自分がどう感じているのかさえ、わからなかった。
氷宮たちは「生きる」ために必死に戦っている。
だが、俺にとって「なぜ生きるのか」という執着そのものが、理解できない。
目を覚ましたとき、俺には生きる意思なんてなかった。
死ななかったのは、ただ「死ぬ理由」もなかったからだ。
けれど今は――
氷宮たちも、舞も、夙も。
みんな、俺に生きてほしいと願い、そのために努力してくれた。
命を賭けてまで。
その想いが、今の俺が生きている理由になっている。
……それでも、俺は他人が「死」を前にした時の感情を想像できない。
蓮はかつて言っていた。
「生への執着も、死への恐怖も、生物進化の遺伝子が決めるものだ」と。
だが、さっきの二人の眼差しには、そのどちらも感じられなかった。
自分の意思で何かを決めようとしているつもりだ。
けれど、どうしても理解できないことがある。
――人間とは、どうあるべきなのか。
そして、俺はどうあるべきなのか。
二人を置き去りにしてから、俺たちの移動速度はぐんと上がり、salv4の影もようやく振り切ることができた。
もともと蓮を抱えていた舞の役目も、花へと戻された。
舞は三階級適応者の中でも突出した実力者らしく、彼女が全力を出すと、進行は一気に楽になった。
「蓮、避難地点まであとどれくらい?」
しばらく進んだあと、氷宮が振り返って問いかけた。
「およそ五キロ。このままの速度なら三十分ほどです。向こうからの通信では、待てるのはあと一時間が限界とのことです。」
蓮は手にした装置を確認しながら答えた。
「他のみんなの権能残量は?」
氷宮が声を張る。
返ってきた答えは――
殿を務めるバージョン・ジンが二割弱、
花だけが二割強、他は一割半前後、
そして氷宮自身は、わずか一割。
「ジン、私と位置を交代して。速度を上げる。途中で何かあったら困るから。
レイア、これから少し無理をしてもらうわ。」
「問題ない。」
俺は短く答えた。
氷宮の指示に従い、隊列がすぐに組み直される。
速度は三割ほど上がり、風が顔を切る。
……だが、その直後。
前方で、轟音が響いた。
続いて衝撃波。
先頭にいた俺の身体が、吹き飛ばされる。
咄嗟に全身の権能を展開して衝撃を和らげようとしたが――
意識の暗転を、止めることはできなかった。




