4.連覇術技
◎
空が橙と淡青色の境界に染まった黄昏時――。
その日の講義を終えたノアは重い足取りで廃れた邸宅を改装した寮に帰って来た。入口すぐにある食堂の窓際の席で主が肘を付いているのに気づくと、気持ち早足になる。
「ただいま戻りました、レーゼ様」
「あ、おかえり、ノア。遅かったね」
「はい……少々、トラブルに巻き込まれまして。大したことではありませんでしたが」
「なーんだ、詰まんない」
「お食事を取るのですか?」
「そのつもり」
「ご一緒します」
「ん」
三分もしない内にマダムが晩御飯を乗せた木製トレイが届けに来た。トレイをニコニコ待っていたレーゼインの席の前に置き、対面のノアを見る。
「帰ってたなら言いなさいよ、幽霊じゃないんだから」
「すみません」
「別に良いけどさ」
ノアにも料理を届けるとマダムは食堂奥の小部屋へ姿を消した。
レーゼインはマダムが振る舞う惣菜を寄せ集めた晩御飯に舌鼓を打つ。ヴァイススター邸宅では味わえない塩分強めの料理が疲れた身体に効いた。
「この寮では洗濯、ってどこでするの?」
「魔法を使えばどこででも可能かと」
「うわぁ……じゃあ、ノア、お願いね」
「はい、レーゼ様の身の回りの世話は私の仕事ですから」
食事を終えた二人は一階奥のシャワールームで烏の行水宜しく身体を清める。サイズは違えどお揃いのワンピースタイプのパジャマに着替えた二人は食堂を横切って上階へ戻る。
レーゼインの足が唐突に止まる。後ろのノアは急停止、部分的にぶつかってしまう、というか乗ってしまう。レーゼインの頭にノアの胸が丁度乗った。
まさに定位置かのような安定感だった。
「申し訳ございません」
「そのまま動かないで欲しくはあるんだけど――」
立ち止まったのは逸れ者寮の扉が開かれたからだ。午後十時という夜も深まった時間帯の来訪者が訳ありでないはずもない。
扉を押し退けたのは腕にも背中にも荷物を抱えた金髪の少女。
「ごめん下さい、夜分遅くに申し訳ありません」
「セレナじゃん」
「あら、レーゼ様……? ですか?」
空前絶後の美少女は目を丸くしてレーゼインとその上に乗っかったノアを捉え、どちらも寝間着姿ということに気づく。
「もしかして、二人共ここに住んでいるんですか?」
「そうだよ、行く宛のない生徒の寮なんだって」
「……今の私達にぴったりですね……」
「達?」
セレナの呟きにピクリ、と反応するレーゼイン。扉は完全に閉まっていなかった。もう一人、入って来る者がいる。
荷物を抱えるうだつの上がらない少年が寮に足を踏み入れた。
「ゼント君さぁ」
「レーゼイン……どうして?」
月並みに驚いたゼントは困ったように幼馴染の横に並んだ。貴族のレーゼインがこんな寮にいるのが疑問らしい。
待っていてもマダムが現れる様子もないので、レーゼインは話を進めることにした。
「空いてる部屋は使って良いんだけど……どうしてここに?」
「……『魔術概論』の授業中、貴族の方とトラブルを起こしてしまい、寮から追い出されてしまったんです」
『魔術概論』と言うと、レーゼインとゼントが受けた『基本剣術』とは別の必修講義。
トラブル、と言うとノアもそれらしいことを発言していたはずだ。
セレナは申し訳なさそうにノアを見遣る。
目敏いレーゼインはすぐに気づいた。
「ノア、何か隠してる?」
「隠していることはありません。隠していないこともありませんが」
「全く……そんな回りくどい台詞どこで覚えたの?」
「レーゼ様です」
今すぐにでも話を聞き出したいところだったが、セレナを玄関先で立たせる訳にはいかないので部屋に向かわせる。
「ノア、セレナ達を案内してあげて。私は食堂で待ってるから」
「畏まりました。どうぞ、こちらです」
「ありがとうございます、ノアさん」
セレナは先行するノアを追って階段を昇った。更にその後ろをゼントが付いて行く。
レーゼインはすれ違い様に少年に囁いた。
「セレナと同じ部屋じゃないよね?」
「当たり前だろ」
「なら良いけど」
「勘違いしてるだろうから言うけど、俺とセレナはそんな関係じゃないからな?」
「見ればわかるわよ――」
――セレナに気がある訳ではないことは。好意に気づかない鈍感系に分類されることも。
レーゼインが盛大に溜息を吐くのでゼントは堪えきれず視線を逸らした。
「逆にチャンスでもあるからいっか。その調子で頼むよ、ゼント君」
「……よくわからないけどわかった」
ゼントを無理矢理送り出した後は食堂の一席で瞑想してノアを待った。彼が敵ですらないのなら、やりたいようにできる。そのための布石も既に打った。
瞑想は二分で飽きて、それからは退屈凌ぎに人差し指の間で稲妻を発生させて遊ぶ。一本ずつ増やし、五指全部から放電したタイミングでノアが戻って来た。
「遅過ぎ、どうお仕置きしようかずっと考えてたよ」
「どんなお仕置きにするんですか? 拘束ですか? 跪かせますか?」
「それは全部試したからなぁ……やっぱり――これは最後に取っておくこうかな」
「……そうですか」
どこか残念そうに呟いてノアは腰を下ろす。
放電を止めたレーゼインはテーブルに肘を付き、指を組んだ。戦艦の指揮官気分で問い詰める。
「ノアちゃん、言うべきこと、あるよね」
「……そうですね。自力で解決できる見込みはありましたので報告しませんでしたが、レーゼ様がご所望ならお話します」
「私はご所望だよ」
「あれが起きたのは魔術概論の授業を受けていた時のことです――」
――ノアから語られたのはレーゼインとは別の講義を受けていた時のことである。
実践的な魔術の習得を目的とした『魔術概論』は初日から、超巨大円形闘技場にて行われた。数十人の生徒は、いきなり講師――ナビオン・エルビオンという老人魔術師の手本に魔術を放つことになったらしい。
幼い頃から魔術に触れて来た貴族連中には容易いことだが、何も知らない平民は唖然としていたという。レーゼインから魔力操作の手解きを受けていたノアは問題なかったものの、いきなり生徒達は二分されたという。
ナビオンは専ら有名な貴族優遇主義者。それは初回講義でも露骨なものだった。典型的な貴族優遇、平民冷遇。
教えを請うた平民には横柄な態度を取り、馬鹿にする。かと思えば、貴族にはまるで好々爺。
ノアとしては講師が誰であろうとどうでも良かった。雲行きは怪しかったものの授業は基本は放任なので個人的に魔法を学ぶ分には好都合だった。
大地属性に分類される魔法を試行錯誤しながら行使していると突然声を掛けられた。
三人組の貴族男子――今朝、レーゼインに舌戦で敗北した者達である。アルカサはレーゼインが周りにいないことをしっかりに確認してから、
「どうやらご主人様はいないようだな?」
「はぁ……何か御用でしょうか」
「御用も何もあるか。あの恥晒しのせいで不愉快な気分なんだ。それ以外に理由がいるか?」
早朝の論破がかなり効いているようで、相当ご立腹な様子だ。朝は舐め回すような下卑た視線だったが、今回は怒りに染まっているように見える。
あの一件を、道行く生徒達に小声で囁かれていたのだろう。
レーゼインの居ぬ間に屈辱を晴らすつもりのようだ。
「付き合って貰うぞ。お前に拒否権はない」
アルカサ・ヴァレナは右掌をノアに向け、手首に左手を添えた。赤色の魔法陣が起動する。殺傷能力の低い初級魔法《火炎》である。
授業に乗じてメイドであるノアを叩きのめせば、レーゼインにやり返したことになる、と思っているのだ。
実践魔術に失敗や怪我はつきもの、多少の怪我は仕方ない。その尺度は講師が決める。ナビオンはノアの味方をしない。
「それは困ります。レーゼ様に叱られてしまいますから」
「その程度で済むと思っているのかッ!」
ノアは火炎に焼かれるよりも速く《隠蔽結界》を展開する。《結界》はレーゼインが得意な魔法の一つであり、子供の頃に徹底的に叩き込まれていた。
一定強度の魔力を浴びなければ見えない面の結界で空間を隔てた。しかし、結界の出番は訪れなかった。
「――止めて下さい!」
その時、一人の女性生徒が声を張り上げたからだ。両手を広げてノアとアルカサの間に割って入ったこは透き通るような金髪を有した少女――セレナ。
「魔法を人に向けたらいけません、怪我をしてしまいます!」
セレナは推奨された使い方ではない、ということ広く主張した。
余りにも当たり前のことを口にしたため、ノアもアルカサも一瞬理解できなかった。その上での行動なのは誰が見ても瞭然だからだ。
「怪我をする? 当たり前だろう、怪我をさせるためにこうしているんだからな」
「どんな理由があっても人を傷つけはいけません。ご両親から教えて貰わなかったのですか?」
虫酸が走るような綺麗事にアルカサは舌打ちした。
聞こえようによっては煽りにも聞こえてしまう正論。元々の苛立ちに積み重なる新たな不愉快存在に青筋が浮き上がる。
「貴族である俺が平民をどうしようと何の問題もないんだよ、それがこの国の掟だからな!」
「そんなの理由になりません、心優しい貴族様がいることを私は知っています。それに掟と言うなら、学院では平民と貴族は平等とされています」
「ッ、そんなの体裁に決まっているだろう!? 本気で信じてる奴なんかどこにいる?」
アルカサは挑発するように周囲を見回した。
平民は目が合わないように反射的に地を見下ろす。
つまりはそういうこと。支配者側も被支配者側も関係を暗黙に受け入れてしまっているのだ。
それでも、セレナの理論は正しい。どんな理由があっても生存権を否定する理由にならない。
「だとしても、あなたは間違っています」
「どうして俺を苛つかせるッ……ならばお前から焼いてやる!」
アルカサは再度、魔法陣に火を灯す。
狙いは少女の顔面である。アルカサは真珠色の金髪が綺麗だ、と思った。その象徴を炭にすることで心を満たすことにした。
「――一理あるのぉ」
二人目の乱入者。
百戦錬磨の貫禄を感じさせる嗄れた声。
アルカサは鋭い目つきのまま音源に向き、驚きに瞳孔を開く。
ナビオン・エルビオンが仲裁に入ったのだ。
貴族派代表に止められ、大いに混乱するアルカサにナビオンは説く。
「才能の下に平等……実に結構、この学院でも揉め事は魔法を持って決めるのが習わしだ。即ち――『術技』である」
学院で習う技術、その試合形式には各々に名前がついている。
昨日、レーゼインが行った剣術のみの勝負を『ブレイド』。対して魔術のみの勝負を『アビリティ』と呼ぶ。
そして、剣術と魔術を混合した総合戦闘が『ストライク』。
ストライクでは純然な戦闘能力で覇を競う。
意図に気づいたアルカサが声を上げた。
「なるほど、そういうことですか。では、術技の一対一を三度行う――『連覇術技』で決めるのはどうでしょう?」
「それは良いのぉ、本来は二年からだが、先取りしても問題あるまい。『連覇術技』の試合を許可する」
「ありがとうございます、マスターエルビオン」
入学二日目のノア、間に入って来た少女も状況が理解できないまま話は状況は進んだ。理解できたのは連覇術技と呼ばれる謎競技に参加させられたことだけだった。
「――と、些細はこのようになっています。正当性を賭け、一対一の試合を三度行うようです」
「行うようです、って凄い他人事じゃん。参加プレイヤーになってるんでしょ?」
「どうやらそのようになっているみたいですが、レーゼ様も巻き込まれてるんですよ」
一番他人事みたいにしていたのはレーゼインだった。
「ノアとセレナは確定だけど、三人目は決まってないでしょ」
「あの貴族の男はレーゼ様を狙っていたのですよ」
「でも、私が出るかはまだ決めないでおくよ」
「……そうですか」
ノアは何を考えているのかわからない主の物憂げな表情をただ見詰めていた。
◎
「――試合は一週間後だ、精々無駄な努力をしていることだな」
高らかな哄笑を上げてアルカサと取り巻き二人は踵を返した。円形闘技場における『魔術概論』の授業の最中のことである。
辺りは一瞬静まり返り、数秒後には魔法による爆発が点々と起こった。
唐突に言い捨てられたノアとセレナは顔を見合わせる。
「一週間後みたいですね……」
「そんなものでしょう――それよりも、どうしてここにいるんですか、レーゼ様」
ノアが問い掛けると、レーゼインが背中からピョン、と飛び出した。
「『基本剣術』は免除になったから暇潰しに来てみた。いやぁ、広いね。こんなところで戦うんだ」
今頃、ゼントは教練場で馬鹿みたいに木剣を振っているはずだ。
観客席が少な目のベースボールスタジアムとでも表現できる石造りの闘技場には恒常的に魔力強化が付与されている。多少どころか、かなり強めに魔法を撃っても傷一つつかない、という触れ込みだ。
「免除だなんて……凄いです、レーゼ様!」
瞳を煌めかすセレナにふふん、と胸を張る。
「まあね。でも――私のことはレーゼ、って呼んで欲しいんだけどな」
「で、ですが……貴族様ですし、緊張してしまいますから……」
セレナは少し俯いて頬を朱に染める。
それだけでレーゼインはハートを撃ち抜かれた。
「様付けも呼ばれるのは好きだから良いんだけどね!」
「では、これからはレーゼ様と呼ばせて頂きます」
「わかった……うん、これからね」
ノアは綺麗な女性に現を抜かす主に複雑な気分を抱く。先日、『恋人にしたい』と言っていたのはセレナのことだったらしい。
レーゼインが好きそうな清楚で可愛い顔をしている。
身体付きはノアと比べたら控え目。とは言え、傾国の美女特有の怪しい色香が漂っている。
レーゼインが骨抜きにされる図が容易に想像できた。
居ても立ってもいられず、ノアはレーゼインと手の甲を触れ合わせる。
「ノア? どうしたの?」
「いえ……」
「そう? 男共の実力は何となく予想がつくけど、セレナは魔法使えるの?」
セレナは思い出すような相槌を打つ。
「そうですね……私が使えるのは光の魔法ばかりですが」
「光魔法が得意なんて珍しいね」
「そうなんですか?」
「うん、初めて見たくらいだもん」
多種多様な魔法の才覚を有するゾルステア貴族にも完全に光に特化した魔力性質を持つ家系はいない。
セレナは魔法史上で『特殊属性』に分類される稀少な才能の持ち主ということだ。
「魔法で戦ったこととかはあるの?」
「ないです。魔法で人を傷つけるなんて考えたこともありませんでしたから」
「なんて清楚なの……!」
「そ、そんなことないですよ」
「可愛くて清楚なんてセレナは生きてるだけで偉いね」
「レーゼ様? そんな褒められても困りますから……! それにレーゼ様の方がずっと可愛いです、って!」
恥ずかしそうに目を伏せるセレナにご満悦だったレーゼインは突如、爪先に走った痛みに悶えた。ノアに踏まれたのだ。身長差・体重差が大きいので見た目以上に痛苦を感じる。
「ノア!? 何してんの? 私の足踏んじゃ駄目なんだよ?」
「すみません、虫が止まっていたので」
「擦り付けられてるけど!?」
「失礼」
そう言って、ようやく足を上げたノアはとても不愛想だった。
レーゼインはにやけているのがバレないように口許に手を寄せる。
セレナと仲良くすることでノアを嫉妬させたのはレーゼインの策略だった。美少女二人の可愛い顔を拝める完璧な作戦である。
――やっぱり、両手に美少女だよね!
「ふふっ」とセレナが堪え切れず、という風に笑う。「お二人は仲が宜しいんですね」
「何だかんだ……八年くらい一緒だからね。そう言うセレナとゼント君も長いでしょ?」
「はい、物心つく前から一緒にいました」
幼馴染中の幼馴染である。
淡い期待を込めてレーゼインは問う。
「兄妹みたいな感じ?」
「そうですね、ただ唯一の家族です。困った時は助け合って生きてきました。ゼント君はとっても優しくしてくれました」
セレナが語るゼントの事柄に込められた実感と尊い感情に、レーゼインの脳が炙られる。明らかにゼントとは比べ物にならない激重感情を含有していた。
「大人よりも大きな熊に襲われた時も、暴漢に襲われそうになった時も、私を守って、自分が怪我することを厭わず戦ってくれました」
「凄いね、それは」
「震えながら勇気を振り絞ってくれるんです。だから私はゼント君を――」
乙女の顔をして男を称賛するセレナに堪えられなかったユニコーン――レーゼインの瞳は淀み、壊れた機械のような笑い声を漏らした。
その肩を揺するノア。
「レーゼ様、お気を確かに」
「あ、あぁ……嫉妬と憎悪に頭が爆裂四散するところだった」
「話が逸れてますよ」
「足を踏まれたところから始まったけどね。それで『連覇術技』のことだっけ?」
「レーゼ様とノアさんに押し付ける訳には行きません。私もできることはするつもりです」
「頑張り屋さんなんだね、可愛いし」
「レーゼ様、ってば」
ちょっと怒られてもレーゼインは愉快だったが、流石に話が進まないので少しは真面目な顔つきになる。実際は半分くらいはにやけたままだったが、レーゼインの圧倒的美少女パワーにより感じの良い娘にしか見えない。
「セレナが三戦目を担当して、先に二勝すれば戦わなくても済むよ」
「私にとってはありがたいですが、お二人は……」
「ノアは大丈夫だよね?」
「構いませんよ」
「ということだから、大丈夫。それに、出るのは私じゃないからね」
「では……誰が出るんですか?」
「ゼント君」
レーゼインはこともなげにここにいない人物の名を出した。
何処かの誰かが丁度くしゃみをすることなんてことはなく、少年は依然として馬鹿みたいに剣を振っている。
◎
「――という訳で、ゼント君宜しく」
第一修練場、素振りの休憩中に現れたレーゼインの第一声である。八級ライセンスを取って早々にいなくなった、と思えば、唐突に現れた。
ゼントにとってこの小さな少女は悪魔のようだった。直接何かされた記憶はないが、ことあるごとに突っ掛かって来るので精神的に辛いものがある。
「……いきなり、何を言ってるんだ?」
「『連覇術技』に出て、って言ってんの」
「言ってない。そもそも、ストライクプレイヤー? ってのも何かも知らないし」
「一から説明するの? 面倒だなぁ」
「素振りに戻って良いか?」
「良い訳ないでしょ」
レーゼインはゼントに事の触りを説明した。アルカサ一派に目を付けられたノアとセレナが公衆の面前で試合を行うことになったこと、三人目がゼントであることだ。
ゼントの一言目は予想通りのありきたりなものだった。
「話を聞く限りレーゼインが出ることを想定されてる、と思うけど」
「それはそうだけど、ゼント君に譲ろうと思って」
「……面倒だから?」
「あんな奴ら指先一つでダウンだよ、労力ですらないね。だからね、言葉通りなんだよ。ゼント君にその気があるなら譲るよ」
傍から見ればレーゼインの恩着せがましい提案を、ゼントが断りきれない図。
しかし、見事にゼントの心は揺らいでいた。
レーゼインはセレナからの話を聞いて、ゼントの心の輪郭を見透かしていた。浸け込むように言葉を弄した。
「セレナに危ない目に遭って欲しくないんだよね?」
「それは勿論だけど……俺なんかより君の方が強いだろ」
瞼の裏に焼き付いたレーゼインとグランの熾烈な試合。
あの眼にも止まらぬ絶技を見て自分がやる、とはとても口にはできない。込められた技術を理解できない程の差。馬鹿みたいに素振りしながら実感した。
「こんな小さくてか弱い美少女に戦わせるんだ」
「か弱い……か?」
「私が戦いが大好きで大好きで堪らない人間だと思うの?」
「――」
力を持っている者が必ずしも戦わなければならない道理はない。
ゼントは口を噤み、考えた。あまりにも異様な少女、その衝撃に本質を見誤ったかもしれない。
その影は大きくとも、目の前の彼女は見下ろす程に幼い。敬意は時に人を盲目にさせる。
守られたくない人間だ、と決め付けていた。
本当は守られたかったかもしれない少女を――。
「――わかった、俺が出る。それで君を助けられるなら」
「私を助ける?」
繰り返したレーゼインの眉が吊り上がる。
彼女に渦巻いた心のざわめき。その理由は自分でもわからなかった。
とても大切なことな気がして――だが、像を結ぶことなく真意を曇らせる。
喉に物が詰まったような不快感を隠し切れなかった。
「私を助けるなんて八年は早い」
「……だろうな」
「じゃあ、そういうことで」
レーゼインは淡白に返した。用を終えた、とばかりに修練場を去るレーゼインをゼントが呼び止める。
「その代わり……俺に剣術を教えてくれないか? 追い付きたい人がいるんだ」
◎
「ゼント君が出てくれるなんて心強いです!」
橙色の魔力灯が照らす酒場のような雰囲気の寮の食堂に弾んだ声が響いた。
ゼントが連覇術技に参加する、と伝えるとセレナは見るからに頬を緩ませたのだ。
「完全に成り行きだけどな……」
レーゼインの実力を知りながら代打を受け入れたゼントは不安に苛まれ、大凡自信というものは皆無だった。本当は選手変更しない方が心強かった等と、今更言えやしない。
「ゼント君、ノアさん、一緒に頑張りましょうね!」
隣に話し掛けていたセレナが斜向かいに座っていた美少女も見遣る。『連覇術技』の参加選手が確定、翌日からの作戦会議に向けて指揮を上げるつもりのようだ。
しかし、ゼントは不安な押し潰され、ノアは微動だにせず仏頂面。
「頑張ろうねっ、セレナぁ」
圧倒的美少女セレナの鼓舞が効いたのは正面に座っていた試合に無関係のレーゼインだけだった。
四人の寮生がボックス席で晩餐を囲い、今後の方針を固める。
『連覇術技』の開催は一週間後に決まった。それまでに勝利する算段を立てなければならない。
ノアはあまり頼りにならなそうな三人に冷ややかな視線を巡らせ、ため息を吐いた。
「……全く、暢気な人達ですね」
その時、木が軋む音が鳴った。寮のドアが開かれたのだ。食堂から顔を出したレーゼインとセレナが見たのは身の丈以上の荷物を背負った眼鏡の少女である。
更にその後ろから姿をぬん、と姿を現したマダムが鼻で笑った。
「今年の逸れ者は女子が多いねぇ、全体的に性格が悪そうだ」
揶揄するような台詞に眼鏡の少女は不機嫌そうにしながら、後ろ手に扉を閉める。新たな寮生で間違いないようだ。
眉を吊り上げたまま来訪者は不躾に問う。
「ここ寮なんですよね、部屋空いてますか?」
「階段を昇って右側が女子部屋で、更に右が一人部屋だよ。左側は二人部屋だね」
「そうですか」
言い捨てるように答えると、俯いた姿勢を維持したまま少女は階段を昇って行った。
彼女がこの寮に来た理由はわかり易い。典型的なコミュニケーション能力の欠如だ。
野次馬は元の席に戻り、居残り組に新たな寮生の新寮生について伝えた。
「また女子が増えるね、ゼント君」
「何故俺に言う……」
レーゼインの意地の悪い発言にゼントは全力で横を向くことしかできなかった。
食事を終え、部屋で一休みしたレーゼインとノアはシャワーを浴びた。滝のように降って来る冷水を被り、身体を清める。
すぐに魔法で身体を温めるのが上手く浴びるコツだった。
更衣室で着替えていると新寮生である眼鏡の少女が入って来た。部屋の広さは一般的な学校の更衣室と同等程度なので、必然的に顔を見合わせることになる。合った視線はすぐに離れた。
少女が見たのはレーゼインとノアの裸体。どちらも規格外な胸の大きさ。思春期の少女としては意識せずにはいられなかった。
己のそれを見下ろせば、足下まで視界が広がっている。得も言われぬ気分に身体を丸めた。
「私はレーゼイン。君の名前は?」
「っ!」
レーゼインが身体を隠そうともせずに尋ねるので少女の肩はびくり、と揺れた。声を掛けられることは想定していなかったようだ。
振り返らないまま、新寮生は上擦った声を出した。
「――……み、ミコノ」
「ミコノね、宜しく」
そそ、と脱衣してミコノはシャワー室へと向かった。眼鏡は装着したままだった。
着替えたノアが依然として裸体のレーゼインに服を着せる。
「彼女がどうしたんですか?」
「可愛い娘だな、って」
「……女性なら誰でも手を出そうとするのは良くない、と思います」
「出さないよ。もう手は埋まってるから」
空いている右手で掴む相手はもう決まっている。
レーゼインは、次こそセレナとシャワーのタイミングが一致するように立ち回ることを決めた。
――そして、一週間はすぐに過ぎ去る。




