9.■■■殺し
◎
「――囚われの姫は勇者に助けられたとさ、めでたしめでたし」
レーゼインは夜風吹き荒ぶ学舎から寮への路中で立ち止まった。舞い上がる髪を抑えながら、一寸先の暗闇に言葉を投げ掛ける。
「って、訳にもいかないよね。聖女の登場は預言の書によって宣言されていた。何故かこの学院がその舞台に選ばれた……全く、嫌になるよ」
王侯貴族にのみ伝えられるはずの預言の書の記述を一介の学生さえ知っている状況――敵が一組織と考えるのは希望的観測が過ぎる、というもの。
聖女を中心に力の渦が発生しているのだ。恐らく、レーゼインもその一翼を担っている。
「流石に君が相手だとゼント君じゃ勝負にもならないだろうからね」
影から姿を顕にした何者かの顔が月光により照らされた。
顔面の造詣がはっきりとした切れ長の美女。レーゼインはこの学生の名前を知っている。
「――カルナ・フレインさん、だよね」
「覚えて……いたのですね」
学生らしさを感じさせない無機質な低音。ただ言葉を発するだけで声音は死んでいた。
このカルナは数週間前に第一教練場で学院剣術八級を取得した時の対戦相手である。
「美少女の顔と名前を覚えることにおいて私に並ぶ者はいないよ」
「…………」
「あなただよね? セレナのこと尾行してたの」
ゼントに押し付けた三年の男子生徒の更に背後から、セレナを付け狙っていた。一般人なら素人ストーカーを撒いて終わりだが、レーゼインはいち早く二重尾行に気づいていた。
そして、気づかない振りをすることでここまで接近する機会を得たのだ。
堪忍したようにカルナは深い息を吐いた。
「相変わらずの化物加減ですね、レーゼイン・アスタ・ヴァイススター」
「以前から私のこと知ってるの?」
「知っていますよ。驚異の天才児――」
「いや、それはたまたまで……」
幼い頃軽い気持ちで父親に魔法を披露したら、城に呼ばれるまでの大事になってしまったことがある。
レーゼインは思い出したくない過去筆頭に顔をグチャグチャにした。
カルナは鋭い目付きはそのままに首を横に振る。
「いいえ、もっと前から……究極に至った虹色のことも知っています」
「――……」
途端にレーゼインから表情が消え失せる。覆ったままの掌の隙間から覗く眼光に宿るのは疑いである。
八年前にヴァイススター領で起きた子供の大量誘拐事件――レーゼインにとっての運命の日。生死のやり取りの中で魔導の深淵に到達し、不幸の輪廻を退けた。
近頃はあの日のことを知っている者が現れ過ぎている、まるで何か引き寄せられるように。
「……君みたいな可愛い娘がいたら絶対に忘れないはずだけど?」
「この姿は借り物です。そうでなかったとしてもあなたは私の顔を直接見てはいません」
「そんな奴いたっけ……――いや、まさかローブを着ていた人の中に?」
当時のレーゼインと同程度の体格の何者か。首領を倒した後に潔く身を引いた五人の幹部格の一人がこの少女なのだという。
戦いの些細まで知っているのは《減衰結界》で魔力憔悴していなかった猛者のみ。八年前の時点で相当の実力を有してたカルナも十分天才に呼ばれるに足る。
「同窓会でもやる、ってんなら参加することも吝かではないけど。セレナを狙うなら容赦しない、私のものにするんだから」
「あなたは正真正銘の化物です。あの戦いを見た者なら、立ち向かうと考えること自体が愚かだと考えるでしょうね」
「何の前振り?」
「…………」
空気をぶち壊すことに定評があるレーゼインは平然と口を挟み、無事にカルナを黙らせることに成功した。成功してしまった、と言って方が良いかもしれない。
「……私はこの学院に潜入してから、あなたを見ていました。偶然の巡り合わせで剣術の試合もしましたね」
数秒の静寂、何事もなかったかのようにカルナは話を再開した。
「そして、理解しました。レーゼイン・アスタ・ヴァイススター――あなたの戦闘能力は劣化している。八年前を全盛期に、衰え続けていますね」
虚空からナイフを引き抜いたカルナは純度百パーセントの殺意を金髪の少女へ注ぎ込んだ。
刀身が禍々しく分岐した紫の短剣を前に、もう片方の硬派なナイフは無造作に提げている。
レーゼインの表情は依然として険しいものだった。敢えて目を逸らしていた事実を突き付けられれば苦虫を含んだような顔にもなる。
「才能を使い果たした今のあなたなら殺せないこともない」
「弱体化してることもバレてたのか。それを言うためだけにお喋りしてくれたんだね……性格が悪い」
「それだけで動揺が誘えるなら安いものでしょう」
「実に合理的で好みの答えだよ。それに私、相手が美少女なら性格が悪くても全然大丈夫だから」
「気持ち悪い」
一言で吐き捨て、一呼吸よりも早い刹那にカルナはレーゼインの目の前へ移動した。禍々しくも月の白光に生える赤紫の刃が目にも止まらぬ速度で振り下ろされる。
レーゼインが更に速く展開した面の《結界》により、振り下ろしが最大速度に達する前に動きは止まった。カルナは接近でも使った《身体強化》の上位魔法である《強化転身》で距離を取り直す。
首を回しながら小さな少女は深い息を吐いた。本格的な魔法戦闘はそれこそ八年振りだ。カルナ相手にいつもの脱力状態では足下を掬われる。
「実際、私は弱くなったよ。もう普通に落ち込むくらいね。魔力操作技術も、戦闘センスも、可用魔力量さえ、見るからに衰えてる。まぁだから、と言って蓄積されたものが何もない訳じゃないけど!」
レーゼインは指を鳴らして球の《結界》を広げた。無害な結界は物体をすり抜けて際限なく広がって行く。
結界術の基本に習い、範囲を固定してから魔法効果を付与する。
「試してあげるよ、あなたと今の私と実力差がどれほどのものか」
◎
――私は、あの日見た虹色の光を今もまだ忘れられていない。
今から約八年前、ヴァイススター領にて行われた作戦にてそれは起こった。
私が所属する『世界階段』は首領に命に従い、十歳以下の子供を周辺地域から片っ端に誘拐していた。
ヴァイススター領の中心的な都市を選んでまで子供を集める理由は知らされていなかった。そんなことは気にもならなかった。殺す為であることだけは確かだからだ。
物心ついた頃から言われたことだけをしてきた。もしかすれば、生まれてからずっとかもしれない。生まれたことさえも思惟かもしれない。
ただ誰かを殺すため技術と魔術だけを教えられた。
数か月前に初めて殺した。そこから七人殺した。これからも殺し続けろ、と言われている。
だが、今回は首領直々に手を下すようだった。目的の為なら年端も行かない子供を殺すことさえ、当たり前なのだろう。
だが――始まったの殺戮ではなかった。
至高の殺し合い。
最高峰の魔術のぶつかり合いが繰り広げられた。驚くべきこと首領と渡り合っている子供は私と同年代だった。
追い詰められた少女は虹の極光を放った。
私は綺麗だ、と思った。生まれて初めての感動だった。その瞬間から、物言わぬ人形ではいられなくなった。
案外誰かと話すことが好きだなんて知らなかった。
だから、心の底から、あなた以外には殺意も恐怖も抱かずに人を殺す。
◎
魔力強化でカルナは身構えたが、結界に積極的攻撃性は付与されていなかった。効果を判明させないことには警戒は解けない。
カルナは再び、接近しようと大地を蹴った。しかし、油でも敷かれていたかのように綺麗に滑って倒れてしまう。起き上がろうとしても手も滑り、顔から地面に激突した。
レーゼインはショーの開幕を宣言するような口調で言う。
「《瞬殺鏖殺》――動摩擦係数の軽減、それが私が結界に付与した魔法。まともに動くためには地表に触れないように浮かなくちゃならない。もしくは、もっと強い魔力で弾く必要がある」
「自ら種を明かすとは……」
言った通り、《空中遊歩》の応用で接地面より僅かに浮くだけで摩擦軽減は無効化できた。
結界内ではレーゼインの魔力で溢れてるいため魔法の発揮を事前に感知することができない。感知できたからと言って摩擦操作という珍しい術式を初見で対処することはできなかっただろうが。
「このような小細工、八年前は使っていませんでしたね」
「そりゃそうだ。あれから考えたんだもん」
いきなり命のやり取りが始まることを想定していなければこの結界は作っていない。
カルナは片眼を閉じた。左瞼の裏に魔力が注ぎ込まれ、幾何学模様を描く。
瞳に魔法陣に宿す術理が解放される――《心痺の魔眼》が瞬き、中央にレーゼインを映した。
魔眼とは――視界に捉えた全てを範囲とする異界技術でも模倣不可能な魔法的権能。
「ッ……!?」
対象を視界に捉えようとしたカルナは視線を逸らして魔眼を閉じた。突然、輝煌が差し込み、目を開いていることができなかったのだ。
再度、魔眼を開いても視界は真っ白に染まる。
不自然な光は魔法による産物に他ならない。結界に付与されたもう一つの魔法である。
「どうしたの? 眩しそうに眼逸らして」
「魔眼にだけ反応する光の魔法……まさか、魔眼に対してピンポイントの対策をしているとは……」
「だって、視界に入れたら即発動、って狡いじゃん」
付与結界を破壊しない限り魔眼無効は続く。
自分の周囲の魔力濃度を更に上げる、という対抗手段もあるが、レーゼイン謹製の魔法となれば膨大な魔力が必要になる。そして、それを許すほどレーゼインは甘くない。
「《魔眼斬殺》――魔眼に捉えられたことを条件とした魔法。魔眼に頼った戦い方をしてる人ならこれで詰みなんだけど……そんな簡単には倒せないよね」
「…………」
想像以上に抜かりない対策に暗殺者は素直にレーゼインの能力を評価した。常套手段はまず潰される、と思った方が良いのだろう。
ならば、試されるのは純粋な戦闘能力。
カルナは《強化転身》を発動、両剣の魔道具に魔力を注ぎ込んだ。
《空間遊歩》で空を蹴り、一気に真横に飛び跳ねる。まずはレーゼインの視界から逃れ、予備動作に干渉する《結界》を避ける。
目にも留まらぬ速度で縦横無尽に跳ね続けた。
レーゼインは目で追うことを止め、自らを球の結界で包み込む。何処からでも問題ない、と言わんばかりに隙だらけだった。
カルナは天を蹴り上げ、強力な両の刺突を結界の中心落とす。返ってくる反発力は凄まじく、結界に《反射》が付与されていることをすぐに理解した。
レーゼインはただただ強い。だからこそ、撃ち抜いた後は脆い。
左手に握る飾り気のない短剣に力を込めたカルナは《重心重全》を発動した。効果は単純――加重。注いだ魔力に比例して加重の倍率が上がる。
重さは力。過剰な力に耐え切れず《反射結界》が内側に反り、間もなく、亀裂が走った。その間、数刹那。
結界の崩壊と共に身を引くレーゼインへ右手の刃を煌めかす。体表面の《結界》を僅かに削り取るに留まる。
レーゼインが辿々しく後退することで二人の距離は開いた。
「まさか《反射結界》が破られるとは……頑丈なナイフだね」
「…………」
「っ、な、ん――!?」
突如、膝から崩れ落ちたレーゼインをカルナは冷たく見下ろす。
切っ先が三つに分岐した暗殺武装『毒刃ゲフェウス』の魔法――《魔力壊毒:赤》が発動したのだ。対象の肉体ではなく、魔力を侵す毒魔法。
交錯の一瞬に一撃見舞った。結界を削る程度の威力だが、それで十分だった。結界に魔力を注ぐ為のパスを遡り、侵す。
症状は魔力を介した全身麻痺、衰弱、人体破壊。レーゼインほど魔力量が多くとも十数秒で死に至る強力な毒である。
間もなく、小さな身体が地面に投げ出された。身動ぎ一つしないそれはまさに屍だった。
間もなく、張り巡らされた結界から力が失われた。
「……演技の才能は持っていないようですね」
カルナは確信と疑心の半々で口にした。
毒殺に成功したのか、死んだ振りをされているのか――『毒刃ゲフェウス』を投擲する。勿論、刃には神経毒が塗られており、触れればすぐさま死に至る。
突き刺さる寸前、レーゼインの身体が跳び上がった。指先には真っ赤な《魔弾》が生成されている。
「折角、《魔力隠蔽》したのに……今度からは本物の死体を用意しないとね」
軽薄な態度は変わらず、まとも相手にされていないのは明白である。
それはカルナの心を折る戦い方。
尾行先を看破し、あらゆる手段の殺人を否定する。暗殺者としてカルナを殺すつもりなのだ。
「魔力毒を一点に引き寄せ、排出する魔法――《薬毒射殺》。普通の毒も対策はしてるよ。だって、毒なんて一瞬で勝負ついちゃうじゃん」
「それの何が悪いんですか?」
「急いでる時はそうだけど、ゆっくりしたい時もあるじゃんさ」
言いながら、即死の弾丸を撃ち出した。
指先から軌道を呼んだカルナは最小限の動きで回避する。
初めから上手く行くとは考えてはいなかったが、想定以上に分が悪い。
全盛期が過ぎても魔法発動は異常に速く、常に一呼吸早く対応策を準備されてしまう。
当てられたとしても、魔法ならば全て抵抗される、と思った方が良いだろう。
レーゼインが立ち塞がるだけで至上目的である聖女の殺害が遂行不可能になる。
不可能とは失敗。暗殺失敗。
絶対に許されない。
存在意義。価値の根底。自我の根幹。
暗殺者であることが■■■の全て。
殺すことが生きること。
■■■に失敗は許されない。必ず使命を果たす。障害は全て排除する。
「――否定するのは私です。あなたを殺します」
「何よ、主人公みたいな覚悟決めて……なら、私は悪役みたいなことを言おうかな。やれるものならやってみなよ、暗殺者風情が」
カルナは制服の胸元を掴み、自らの魂の深奥に鼓動を伝える。暗殺者としては恥ずべき行為だが、目の前の敵を倒すためなら暴力という手段を選ぶ。
展開された赤紫の魔法陣から、凄まじい魔力が立ち昇った。
「《幻影謳歌桜》」
一帯に朧霧が漂い、幻想と現実の境目が曖昧になる。
幻を操り、世界さえ惑わし、騙し通してみせる魔法。
幻覚を選ばなかったのは、レーゼイン本人に対しての効果は対策されている可能性があるからだ。
空間に作用する幻影ならば効果が見込める。
白煙に身を隠したことでカルナの気配は完全に失せた。
レーゼインが風魔法で霧を晴らせば、月光瞬く夜桜が舞い散った。
幻想世界『月影桜花』――。
あり得ない程の美しさ故に幻覚であることを自覚する。しかし、吹き込む風や花弁の感触は現実そのもの。
「五感が完全に騙されてる……現実と幻想の見分けがつかない――っとっと」
レーゼインは突如ひらり、と一歩飛び跳ねる。更にその場で回転、一メートル程移動して、腰を反らす。
桜吹雪の中、操り人形のように踊り狂った。それはもう優雅で麗らかな気分だったろう。
見えない――どころか、嗅ぐことも、触ることも、味わうこともできない何かを避けながら。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な?」
我武者羅にナイフを振って、カルナは叫ぶ。
幻影を感じているはずのレーゼインが攻撃を認識できる訳がないにも関わらず、全てを回避していた。
現実と幻想を分けることができない以上、如何なる手段を使っても観測できないはずなのだ。
首領さえも抗えない《幻影謳歌桜》がものの数秒で攻略された。これで倒せないならもう――。
「何故、って顔してるね」
「ッ!」
見えている、レーゼインには焦燥に喘ぐカルナの表情さえも。
「私を倒せる訳ないでしょ、そんな小細工で。初めから単純な戦闘してた方がまだ勝算はあったよ」
「どう、やって……幻影を……」
レーゼインは人差し指で夜空を示す。否、幻影の先にある戦闘開始時に展開した巨大な結界だ。摩擦操作の《瞬殺鏖殺》・魔眼無効の《魔眼斬殺》・毒無効の《薬毒射殺》といった魔法が付与されていることは既に明言されている。
「五感は支配された。でも、もう一つの観測方法があれば話は変わるでしょ」
「例え、結界に《視界複製》の魔法を付与していても……幻影を透かすことはできないはずです」
幻想が空間を支配している以上、鳥の視界を得ても、数百メートル先のスナイパーライフルの照準であっても、現実を見通すことはできない。
にやり、と小さな少女は嗤った。
「波だよ。私が付与したのは電波観測の魔法――《幻想扼殺》」
「電波……?」
「レーダー……って言っても伝わらないか。ネタバラシすると幻想系の魔法は五感を対象としてるから、他の観測方法には全く効かないんだよね」
五感に対しては無類の効力を発揮する幻想。
しかし、幻想は幻想。本当に世界を塗り替え、騙し通すだけの力はない。本質は魔力を用いた精緻な誤認だ。
「勿論、電波をも幻想魔法の範疇になるように拡張することはできる。でも、電波が何かを正確に理解して術式に落とし込む必要がある。そんなこと、この世界の人間にはできる訳ないよね――」
認識すらできないものを欺こうと思う人間はいない。
「で、その情報を直感的に受け取れるように幻覚として伝える――《洗脳爆殺》ね。これで世界は元に戻る」
「幻覚と幻想を同時に対策していた……? そんなやり方……そんな定石、存在しない……」
「そりゃそうでしょ! 私が考えたんだもん」
全部一人で作り上げた。誰にも脅かされない人生を送るために必要だった――というのは体裁で、実際は凝り性なだけなのだろう。
結界を起点とした付与魔法を披露できてレーゼインは大変満足した。レーゼインは滅多に見せない貴族の礼をする。
「ご観覧頂きありがとうございます。私の至高の結界は如何でしたか? 楽しんで貰えたのなら幸いです」
「あなたは一体……何手先を読んでいたのですか」
カルナは何もされていない、というのに声の震えが止まらなかった。
付け入る隙のないレーゼインの独壇場。
何もかも上手く行かず、全ての手札を読まれていたようにしか思えなかった。
しかし、小さな影が首を横に振る。
「読んではないかな、全て対策してただけ。全ての初見殺しをね――謂わば、この結界は『初見殺し殺し』」
「初見殺し、殺し……」
「対暗殺者用だから相性が悪かったね」
暗殺を暗殺する嫌がらせの結界。
カルナは結界に囚えられた時点で詰んでいた。唯一の勝算は本気を出さないレーゼインをいなしながら、結界を破壊することだけだった。
結界の弱点としては、様々な効果を付与したことで魔力の割には強度は低くなったこと。だからこそ、範囲を広げて破壊から意識を逸らした。
「私はこれを『外道七大魔法』と名付けた。そして、最期に見せるのは最強最悪の魔法。発動したら終わっちゃう奴」
「ッ――」
カルナは尻餅をついて倒れた。《空中遊歩》の術式が途切れ、摩擦が限りなく薄くなった地面に滑ったのだ。
掌の魔力を固定することで寝転がる、という醜態は晒さなかった。ただ、その体勢ではレーゼインの裁きを待つようなものだった。
カルナは勝利を諦め、銀色の魔法陣を形成する。
「生まれ持った才能も、修練の年月も、経験の差も……私は決して劣っていないはずです。なのにどうしてこれ程まで理不尽な差があるのですか?」
投げ掛けたのは単純な疑問。
答えを期待していた訳ではない。ただ、口にしなくてはどうにかなりそうだっただけ。
案外、考えているのかレーゼインは数秒目を瞑った。
「ぶっちゃけちゃえば努力の質だね。私はズルしてたから、君よりは遥かに効率が良い方法を選べた」
レーゼインには必要な知識を初めから選別できていた。感覚の前に理論で方法を理解していた。
最短距離で力を付けて来れたのは、幼い頃から今と変わらない知能を持っていたからだ。
そして――死にたくなかったから。
根源的恐怖に苛まれながら走り切ったことで、歪に才能が開花した。
この理由をカルナに成りすました何者かに言うつもりはなかった。これから殺す相手に希望を仰ぐのは残酷だから――。
「あの時は何故か防がれたけど、これは結界内なら絶対に当たるように改造してある。正真正銘の最終奥義――《死神追憶》」
結界内の一定以上の知能を持つ生物を対象に、レーゼインの死の記憶を体験させる魔法。
八年前は完全なカウンターを食らって失敗した。その反省を活かし、〈反・追憶〉で防がれないように幾多の属性を重ねている。
レーゼインの指先がカルナの額に触れる寸前――。
「――《天鋲転移》」
銀色の魔法陣が焼き切れ、カルナの身体が光りに包まれる。
情報体を細分化し、指定した位置に肉体を飛ばす魔法のようだ。
「レーゼイン・アスタ・ヴァイススター――この先、あなたの前に立つ瞬間は永劫に訪れないでしょう」
「だろうね」
「では、さようなら」
転移魔法の発光はすぐに収まった。
レーゼインは悪戯が成功した子供のように口許を三日月型に歪ませる。
「――八年前、唯一の心残り! それはあの黒尽くめの首領を確実に殺せなかったこと! 何故失敗したのか……それは転移魔法を使われたから! 私が開発した『外道七大魔法』の原型は対転移の結界!」
結界に付与された七つ目――否、一つ目の魔法《逃亡轢殺》により転移は失敗する。カルナは無惨に散り行く魔力燐光を茫然と見送る。
視線を前に戻せば、レーゼインから迸る魔力が死神を象った。そう見えた。
「遺言は聞かないよ。敗者のエンディングを迎えろ。私達みたいな奴は表に出てきちゃいけないんだから」
「――」
「これにて完遂――《七大外道魔法》」
追憶で撃ち抜かれたカルナは異世界の物語を追憶する。
◎
灰色の空を愛おしげに見上げ、間一髪で鉄骨を避ける。爆発するカフェから視線を逸らし、踵を返した。
駅への道中、降って来る電車が横を通り過ぎた。目の前で二人の人間が圧殺された瞬間が目に焼き付く。
怪我を負いながら、逃げ延びた先に待っていたのは絶望の金属塊――そして、■■■は死んだ。
転生するなんて異界的幸運、起こるはずもなかった。
◎
「――この魔法学院には破ってはならない法理がある」
幽玄なる三日月に照らされた館を悠々と歩むのは学院長――である。
儀式場の役割を兼ねた大部屋の扉は既に開け放たれていた。紫炎に照らされた空間の中央にはオカルト染みた玉座がある。
何者かが捕らえられていたであろう鎖が足元に転がっていた。引き千切られている。捕らえたのが剛腕の持ち主だったのだろう。
真っ赤なカーペットに、見にくいが僅かに血痕が付着していた。その血を辿れば玉座の裏へ。
「如何なる理由があろうと、『人体を用いた実験を禁ずる』……これに反した場合、学院長の裁量により罰を受ける。人として許されざる蛮行、生を後悔させよう――」
そこに顔面に幾多の殴打を浴びせられた青年が海老反りした体勢が転がっている。
魔法学院三年――シュノン・ソード。トレードマークの眼鏡は原形を失う程捻じ曲がっていた。
辛うじて生きている、といったところだ。
「――救助に来たものの、まさか返り討ちにしているとは……それもこう一方的に。手を出してはならない者だったようだね。力量を見抜けないようでは、混沌に足を踏み入れるには早過ぎる」
廊下に出、窓から煉瓦道を見下ろすと少年が少女に肩を貸して歩く後ろ姿。
注視したのは、真珠のような上品に輝く金髪を垂らした少女の方だ。
「聖なる力に選ばれし者――恋に恋する乙女、と言ったところか。囚われ姫を演じるためにわざと拐かされ、勇者に救出される。今宵は上手くやったようだが、その悪辣がどこまで通じるか……楽しませて貰おう」
男が物語に干渉することはない、ただ混沌なる可能性を見守るのみ。




