もう逃してはやれない(ウィル視点)
今日は長くなってしまいましたが、ウィル視点の続きです。明日からはローズ視点で物語が続いていきます。
私の心は決まった。ローズを生涯の伴侶にしたいと。
父上は好きにしろと仰った。私が公爵家を継ぎ、また魔術師として大成するならば問題ないと。恐らく、父上なりにローズを気にかけていたのだろう。
母上はローズが嫁に来てくれるなら大賛成だと言ってくれた。
そして私は両親とともに、アークライト伯爵家を訪ねた。
女性陣がお茶会をしている間、アークライト伯爵、レオン、私と父上の4人で話をすることになった。父は黙って成り行きを見守っている。今回の発言権は私にあるということだろう。レオンは緊張している私をみて面白がっている。
「私はローズを婚約者に迎えたいと考えています」
そう唐突に切り出すと、伯爵は怪訝な顔つきになった。
「……それは、あの子の傷痕に対する責任を取るということかな?」
「違います。彼女に傷痕を残してしまったことは、一生を懸けて償いたいのは確かです。ですが、ローズを伴侶にと考えたのは、私がローズを心から慕っているからです」
伯爵はため息をつき、何かを思案していた。
正直に言ってこの反応は予想外だった。伯爵よりも位の高い公爵家からの求婚であり、まだ年齢は浅いとはいえ、前人未到の3属性を操る魔導師候補の自分。そして幼い頃からのローズの自分に対する熱。
快諾してくれるに違いないと思っていたが、伯爵の反応は予想を大いに覆すものだった。両親が大賛成だったこともあり、自分を過信していたのかもしれない。
「ウィリアム様は若い。この先学園生活や夜会で様々な令嬢と出会うでしょう。ローズより美しい娘もいるかもしれない」
「ローズは私にとって最も美しい存在なので、全く想像出来ませんが……仮に見目麗しい令嬢が居たとしても、私の心は移りません」
伯爵の言葉を即座に跳ね返したが、反応は良くない。何故だ。
その疑問に応えるべく、伯爵は重い口を開いた。
「……あの子には魔法の上達は望めないのです。ウィリアム様の魔法を受けたショックで、無意識に魔法に恐怖心が残るだろうと医者に言われました。過去にも類似した事例があったそうですが、皆魔法が事故時以上の能力にはなれなかったそうです。……あの子は、傷痕を抱え、魔法も上手く使えず、生きていかねばならない。それは、とても大変なことでしょう」
魔法を受けた後、そんな後遺症が残るだなんて知らなかった。傷痕だけでなく、心にも影響を与えるだなんて。その事実にショックを受ける。
「ウィリアム様のことは幼い頃から存じ上げていますが、我が王国だけでなく、諸外国からも注目される魔術師になるでしょう。しかも貴方は見目麗しく、公爵家の後継です。ありとあらゆるご令嬢や貴族が放っておかない。そのような人気者の婚約者に私の娘が選ばれたなら……どうなると思いますか?」
「……っ」
言葉を失った。私に選ばれることが、ローズの負担になるかもしれないなんて。
彼女に注目が集まれば、公爵家の嫁を望む貴族に狙われる可能性があるのだと、その時になって初めて思い知った。横にいる父上を伺いみると、優雅にお茶を飲んでいる。助け舟をくれる予定はないようだ。
「爵位も実力も全て、貴方のものになって、誰に何を言われても何をされても跳ね返し、娘を守れると約束してくださらなければ、婚約は承諾できません」
本来ならば、格上の公爵家からの縁談を断ることは許されない。だが、古くから家族ぐるみの付き合いをしてきた両家の関係から、伯爵の言葉を遮る者はいなかった。それほどに皆、ローズを大切に想う心は同じだったのだ。
「わかり……ました」
「貴方の心が変わっても、私達は何も咎めはしません。今日のお申し出も、ローズには秘密にしておきます。私達は何も約束していません」
「!!……では、伯爵のお心に刻んでおいてください。私はローズを愛していると」
「私に告白されてもねぇ」と笑う伯爵。レオンはやはり、面白いものをみたという顔をしていた。
*
帰りの馬車に乗りながら、私は母上に成り行きを説明した。母上はすぐに婚約とは至らなかったことをとても残念がってくれたが、私はさらさら諦める気はなかった。
「ウィル、私は早めに引退することにしよう」
父上が急に言い出した早期引退計画に驚く。
「ローズは可愛い。デビューしてしまえば、傷など関係なく男が群がるぞ」
「……っ」
それは困る。私は恐らくローズでなくてはダメだ。彼女もそうであってほしい。そうだとしても、彼女の周りにほかの男が群がると思うと我慢ならない気持ちになった。
「ローズが学園を卒業するまでに、魔導師としても公爵としても大成しなさい。無理か?」
父上が示した計画に、未来が一気に明るく、道筋が見えた気がした。
「いえ、必ずやり遂げます」
「お前が若いから他の令嬢にうつつを抜かすなどと、アークライトは言ったが、私はお前の気持ちが覆ることはないと思っているよ」
「はい。信じてくださってありがとうございます、父上」
父からの信頼が素直に嬉しい。アークライト伯爵に拒否されたことで萎んだ気持ちが、ゆっくりと回復していく。
「ローズちゃんは可愛いものね。早めにゲットしないとね!」
「そうです、可愛いです。世界一です」
「いや母様が世界一だぞ?」
「申し訳ありませんが、ローズの方が格上かと」
「あらあらまぁまぁ」
こうして公爵家では、ローズを私の妻に迎えることが決定事項となった。
そこからは、無我夢中だった。
朝から晩まで魔法訓練。夕食後に座学。深夜に眠り早朝に起きる。
家庭教師も増やし、王宮の魔術師にも魔法訓練に付き合ってもらった。公爵家の仕事も少しずつ任されるようになり、多忙を極めた。
魔法学園にも入学したが、飛び級し卒業。
卒業してからは、王宮魔術師としての仕事に就き、休日は公爵領の仕事をこなす毎日。
忙しくてローズに会えないのが辛かった。
だが、計画通り公爵の位を継ぎ、王宮魔術師として出世していくたびに、ローズに会える日が待ち遠しく楽しみになっていった。
そしていよいよ、ローズが学園を卒業することを知り、彼女と対の台座を特注で作らせ、彼女の瞳と自分の瞳の色の魔法石も用意した。
久しぶりに会ったローズは、妖精のようだった。ライラックの花飾りが愛らしく、光を浴び輝く金色の髪に映えている。海のような美しいアイスブルーの瞳、薔薇色に染まる頬、小さく結ばれた唇。ローズを見た瞬間に、彼女にもう一度恋をした。
そうして二人きりになると、緊張して何から話せば良いか分からなくなり、「……胸を、見せてくれ」と切り出してしまったのだった。
はっきり言って大失敗だったが、なんとかその場で結婚を申し込み、伯爵を説得した。
彼女が少し、遠い目をしていたのが気になったが、これでようやく彼女と結婚出来るのだと、私は嬉しくてたまらなかった。
*
翌日休暇を取る為に、その日は王宮の仕事に戻った。そこで同じく執務室に戻ってきたレオンにローズとの会話を報告したところ、かなり驚愕されたのだった。
「はぁ!? 胸を見せろって言ったのか?!」
「それは……馬鹿だねぇ、ウィル」
我が王国の第一王子のアレクにも呆れている。何故だ。
2人とは幼い頃からよくつるんでいて、たまにこうして王宮の執務室で雑談している。王子も公務があるだろうに。暇人め。
「問題ない。胸は婚約者でもない者に見せられないとローズが言うので、『では結婚しよう』とプロポーズをした」
「はぁぁ? それじゃローズの胸が見たいから結婚したいって言ってるぞ? ど変態か!!」
ど変態とはなんだ。ローズが婚約を承諾してくれたのだから、大丈夫……なはずだ。
「ローズちゃんなら、傷を負わせた責任を取って結婚を申し出てくれてるんだわ……とか思ってそうだな。今頃、愛のない結婚に泣いてるかもよ?」
「なっ!?」
驚愕する私をさっきとは別人のような顔つきでレオンが睨みつける。兄としても、私の求婚方法は失格だったようだ。
「俺はローズが幸せになれないなら、結婚には賛成しないぞ! きちんと態度で示せ!」
「言葉も大切だよ、ウィル。女性は愛の言葉を聞きたいんだよ」
「わかった。が、明日両親と顔合わせをして婚約式をするんだが……どうしたらいい?」
「「はぁ〜〜〜」」
2人にアドバイスされた通り、まずは婚約式の前に二人で過ごすことにした。婚約式に使う指輪を受け取りに行くのだ。
数か月前から発注していたこともあり、すぐに魔法石と台座を持ち帰ることが出来たので、思い出の地に二人で転移した。転移の時は体の一部に触れている必要があるため、私は堂々と彼女の腰を抱いた。甘い花の香り。俯いて照れている彼女がとても可愛い。
薔薇の台座について聞かれたので、ローズをイメージして作ったと言うと、驚いた顔をした。
気に入らなかったかと聞くと、「あの、とても、素敵です……」と答えてくれる。だが、何故か不安げな、切なそうな顔をしている。まさか、本当に婚約を嫌がっているのだろうか。
「なぜ、そんなに浮かない顔をしている?」
「だって契約魔法で婚約してしまったら、本当に私と結婚しなくてはなりませんよ?」
は? 今何と言った? 婚約を飛び越えて結婚しても良いくらいの気持ちだが?
やはり結婚が嫌なのだろうか?
「ウィルは、わたくしの胸の傷を確かめたかっただけなのでしょう?」
「嫌なのか?」
彼女の手を取り、「私と結婚するのは、嫌か?」ともう一度訪ねた。嫌だと言われても、もう私は引き下がることなどできない。
昨日君に会って、私はもう一度君に心を奪われたのだ。もう、逃がしてはやれない。
「嫌じゃないですけど!! わたくしは花魔法しか使えない、ただの、伯爵家の娘で……」
そこまで聞いて彼女を抱きしめた。
嫌じゃないと言われたことが嬉しくて。傷の責任のためだけではない、君が好きだ愛してると伝えたかったが、なんだか胸がいっぱいで何も言えないまま、彼女を抱きしめた。
ローズはやっぱり花の甘い香りがして、私は何とも言えない幸福感に包まれながら、夢見心地で彼女を伯爵邸へ送り届けたのだった。




