【短編】孤高のモテ男子はチョコ嫌い〜猫系男子に告白したら可愛い秘密を知っちゃった!?〜
うちのクラスには、バレンタインでも決してチョコレートを受け取らない孤高の男子がいる。
西村君。西村虎尾君。
高身長で猫目気味の可愛く甘いフェイスに、性格よし。頭脳よし。そして、男子バスケ部エース。得意なのは大跳躍からのダンクシュートという運動神経よしの三つが揃った、完璧なくらいのイケメンだ。
クラスに一人はいるだろう、女子人気の高い男の子。他の男子とも折り合いがよく、明るく、優しい。けれど、びっくりするくらいにチョコレートが大嫌い。もう見たくもないってくらいに嫌いなんだって。
でも毎年バレンタインの時期、彼にチョコレートを渡すチャレンジャーも出てくる。彼がチョコレート嫌いなのを知らない一年の後輩とかは、特に。チャレンジャーの中には、チョコじゃなくてキャンディを渡す人もいるけれど、今のところみんな全敗している。
そもそも彼は人当たりがよくて優しいが、誰からも食べ物を受け取ったことがないのだという。
知らずにチョコを渡しに行った人なんて、「手作りなんてなにが入っているかも分からないもの、いらないよ」とものすごくバッサリと断られてしまったらしい。
もしかしたら、誰かからなにかもらうのがトラウマになるほどのなにか嫌な思い出があるのかもしれない。もしくは、アレルギーかなにかがあるのかもしれない……なんて一時期は噂になっていたくらいだ。
西村君はそのことを尋ねられても、曖昧に笑って誤魔化してしまうのだそう。
彼は決して誰からも食べ物を受け取らない。
うちの高校はお昼になると各自お弁当だし、彼は誰からも食べ物を受け取らないということ以外は、特に付き合いづらいところもないから、いつしか『そういうもの』なんだって受け入れられた。
誰もつっこんだりはしない。もしアレルギーなんだったら、下手に押しつけて食べさせたりしたら大変なことになるとみんな分かっているからだ。
でも、女の子っていうのは諦めない生き物である。
みんな、みんな、彼を好きになった子は告白したその日に挫折を知り、涙を見せることになるのが日常だ。
そして多分――それは今日の放課後、私が見せることになる表情でもある。
私も例外なく、そんな西村君が好きなのだから。
……でも。
(い、言い出せない……!)
現在、2月14日の放課後。
西村君は机にこっそり忍ばされたチョコの軍勢をビニール袋に入れ、他の男子にそのまま横流しして帰っているところである。
なんでそんなことを知っているかって?
そりゃ、尾行しているからに決まってる……!
待て待て、尾行とか犯罪行為一歩手前では? そんな風にどこか冷静な一部分がささやいてくるものの、ここまで来て引き下がるわけにもいかない。
なんせ放課後、いつ見ても西村君はプレゼントアタックを受けていたのだ。彼は食べ物は受け取らないが、それ以外の軽く手で持てる程度のプレゼントなら受け取ってくれる。だから、とにかく受け取って欲しい女子は食べ物チャレンジなんてせずにアクセサリーを渡すのだ。
渡しに行こうとするたびに誰かに呼び止められる西村君。放課後バスケ部の練習で汗をかく西村君。きっちりダンクシュートを決めてドヤ顔を決めちゃうちょっとお茶目な西村君……もうなんというか、メロメロになっちゃって普通に観戦しているだけになってしまい、やっぱり部活中は渡す機会を逃してしまった。
そのあとも渡す隙なんてなくて、誰もいないときにこっそり渡そうとして少しだけ、少しだけ……とついて行っている間に、いつのまにか尾行しているみたいになってしまったのだ!
不可抗力だもん! 私だってここまでするつもりはなくて……なんて誰に向かって言い訳をしているんだろう?
ぶんぶん首を振って頬に手を当てる。
ああ、頬が熱い。彼に気に入られたいがためにこんなことまでしてるなんて、引かれちゃうだろうか? 引かれるだろうな。
「……うう」
少しばかりの羞恥と、本気で気持ち悪がられてしまったらどうしよう? という恐怖が心の中に顔を出す。だ、大丈夫だよね? 偶然を装ったらなんとかならないかな? うう、怖い。嫌われちゃったらどうしよう。
これから告白するっていうのに、失敗することばかり考えている自分がいる。
怖い、怖いな。嫌われたらもう生きていけない……!
悶々と考えちゃってどうしようもなくなる。西村君を追う足が重くなる。酷い言葉で拒絶される想定ばかりしてしまう。一度不安になるとドツボにハマったようにそれしか考えられなくなってしまう。
で、でも大丈夫! 大丈夫なはずだ! プレゼントについてはちゃんと考えてあるんだもの!
チョコレート嫌いだし、バレンタインにありがちな食べ物を贈るという方法は悪手。だから、こっそりと私は西村君が好きなものの情報を集めたのだ!
カースト上位の女子の情報によると、彼は猫好きらしい。そして、猫を飼っている! 間違いないらしい。なんせ、防寒で着ているセーターに猫の毛がついていたらしいからね!
だから、私が用意したのは……! にゃおちゅ〜るなのだ!!
しかも特用パック! 味の種類もたくさん!
これで私も猫好きなんだよアピールをして一気にお近づきになる! そういう作戦なのだ! かんっぺきだよね!!
無言でガッツポーズを決めて前を見る。
目の前に西村君がいた。
「ひゅわっ!?」
「ねえ、なんでついてきてるの」
き、気がつかなかった……! あまりの急接近に心臓がばくばくビートを刻んでいる。に、二メートル以内に入ったことなんてなかったのに……!
いつも下を向いて歩いている陰キャだからか、こんなキラキラなイケメンが目の前にいると過呼吸で死にそう。
「は、はひゅ、に、にしむりゃ君……!」
か、かみかみだ……! なにやってんだよ私! あれ、男子とちゃんと話すのすら久しぶり……? あれ? あれ?
「なに?」
ひうっ、ちょっと冷たい視線が素敵……! なんて言ってる場合じゃないね!!
え、えっとえっと、ちゅ〜る。にゃおちゅ〜るを渡さないと!
「ひゃい!」
「え……?」
ズビシッ! とにゃおちゅ〜るの特用パックを突き出して、彼の胸に押し付ける。突然のことだったせいか、西村君はキョトンっと目を丸くして私を見た。そして、想定していたよりもずっと驚いたように「ひゅっ」と口を引き結んだ。
「なんで」
「あ、あにょっ、す、好きだと……! 思って!! だから、これ!」
猫! 好きでしょ! そうなんでしょ! プレゼントするので、一緒に猫について語り合いませんか! 猫好き友達から始めるのとかどうですか!! それでゆくゆくはお近づきになりたいです……!!
大半の台詞は口から出る前に全部かみかみになって粉々になった。
く、口下手な己が憎い……!
「なんで、知ってるの」
「へ?」
いや、だってクラスの女子が話してたし。
「し、知ってますよそりゃあ!」
情報源は他の女子だけどね!!
「ねえ、なんで僕が猫だって知ってるわけ?」
えっ。
ぽかんと口を開けて西村君を見つめる。
彼はほっぺたを押さえながら恥ずかしそうに一歩、二歩と後ずさる。そのイケてるフェイスの頭の上には、素敵で魅力的な三角の真っ黒なお耳がひょこっと覗いていた。
「ねこ……」
思わず目の前でぴこぴこ動く耳に手を伸ばす。
「し、仕方ないな。バレちゃった事実は戻らないし。そうだよ、君が当ててみせたように僕は猫だ! どうして分かったのかは分からないけれど……よく分かったね」
「ひゃい……」
当ててみせた……? なんのことを言ってるんだ。もしやにゃおちゅ〜るを渡そうとしたこと?
―― 好きだと……! 思って!! だから、これ!
そういえば、そんなこと言いながらにゃおちゅ〜るを渡したよね!?
しかもそのあと、「なんで知ってるの」って尋ねてきた西村君に私、「知ってますよそりゃあ!」なんて答えてるじゃない!? えっ!? なにこの言葉が足りない応酬!?
つ、つまり西村君は猫で、だからチョコが苦手だし、人の食べ物に苦手なものが多いから誰からも食べ物を受け取らない主義で……あ、しかも大跳躍からのダンクシュートが得意……! な、なるほど?
「はあ……どこでバレたのかなあ。まあいいよ、おいで。僕の家に上がって行って。思う存分に好きにしていいよ……あの、だから、その……クラスのみんなには内緒にしてくれるって、約束してもらっていい?」
す、好きに!?
私は無言のまま首を縦にブンブンと振った。さながら赤べこのようだと言われても、なんらおかしくないほどの肯定っぷりだった。
「じゃあ、こっち」
「ふぁい!」
手を繋いで歩く。そうして、彼の住んでいるお家まで。
……その日、私は一世一代の告白をして、そして見事に散るはずだった。
しかし、それは意外なことに不発に終わった。散らずに成就した、なんてことではない。
私のするはずだった、甘酸っぱくてほろ苦い青春のような告白は、自分が猫なのだと言う彼の意外な告白によりおあずけ状態になっている。ただそれだけ。
でも、まだ散ってはいない。
私だけが知っている、西村虎尾君の秘密。
特別な日に、勘違いだけれど知ってしまったかくしごと。
もしかしたら、これからが勝負どころなのかもしれない。
猫だと告白されたからと言ってなに? 私はそれでも好きだけど???
ますます好きになった……そんな、とある年のバレンタインデーの日。
……このあと、好きなだけ本来の黒猫の姿をもふらせてもらいましたとさ。
好きにしていいよってそういうことなの!? 大歓迎です!!
次の日から少しだけ距離が近づいて、私の甘い甘いチョコレートのような恋は、受け取り拒否されず――保留、になったのかもしれない。
そう、思いたい。
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