奴隷としての生活
奴隷としての激務は、実の所アラキにはさほど問題ではなかった。いつも竜や野伏せりと戦っていたからか体力は尋常ではなく、何時間働いても息切れはしなかった。マサムラも地下トンネルを一人で掘ったというだけあり、息切れこそすれど体力はそこそこあった。
一緒になって資材を運びながら、二人は会話する。
「マサムラよ、なぜこの国の男は皆こんな扱いなのだ」
「あ〜、そうだなぁ。あくまで儂が女騎士どもの会話を盗み聞きした程度の情報になるが、いいか?うんしょっと」
「それがしが持つ。任せよ」
石造りの家を作るので、石をひたすら運んでいく。重い石を運ぶのは重労働だが、命のやり取り程ではなかった。
マサムラは、周りの女騎士の様子を伺いながら語り始めた……
「この国は、遠方から女を拉致してきて逃れてきた男どもが建国したという話があっての。それ以来ずぅっとその女達を奴隷扱いしていたようじゃ」
「女を奴隷……?無理な力仕事とかか?」
間が抜けたようにそう答えるアラキに、マサムラはずっこけそうになる。しかし仕事の最中なので、コケるわけにはいかなかった。
「そ、それもあるんじゃが……おまん、分からんか!?」
「皆目検討もつかぬ」
「はぁ……おまんは存外にピュアなようじゃの。」
「仕方なかろう、今の今まで戦うことしか考えてこなかったものだから」
アラキは、戦う為だけに生まれた。なので、こういった戦場外の知識は無いに等しい。人の営みも知らぬ、愛も知らぬ、ただ竜を切り伏せるための剣だったのだ。もっとも、その剣は今や折れてしまっている訳だが。
呆れたようにため息を吐くマサムラ。「すまぬ」と謝罪するアラキ。二人は女騎士達には聞かれないように会話する。
「まぁ、それもロゼ女王という強い女が現れて、今度は逆に男達を蹂躙して……そして、奴隷の身に落としたという話じゃ」
「なるほど……ようは、女王の私怨か」
「そうとも取れるなぁ」
「……」
アラキは、ため息を鼻から吐いた。
愚かなのは男達もそうだが……某に言わせれば、ロゼ女王とやらも愚かだ。それをしてしまえば、自分を蹂躙した男どもと変わらぬと言うのに。
「なぁアラキ……この国は、良くなると思うか?」
「子供の扱いによるな」
二人で石材を指定の場所に置き、再び取りに戻る。
「子供は、教育層という所に居るらしいが……まぁ、そこでの扱いも察しの通りじゃ。洗脳に等しいと聞く」
「……なら、この国は何をせぬでも緩やかに滅びるしかあるまい」
それを聞いたマサムラは、疑問に思った。確かにこの先は女達に都合の良い風な事しか起こらぬ、作られた平和だが……それでも、平和は平和。国が滅びる理由なんて、見つからなかった。
「なぜじゃ?」
「……自分達の思い通りに行かぬ事が起きて、それをどうにかして足掻いて解決することこそ、進化への道と言うのに。この国は問題から逃げようとしてるだけに見える」
衝突が起きなければ、淘汰もされない。誰も間違えないが故に、誰も正しくない……きっと、そんな世界が出来上がってしまうだろう。自分の予測ではあるが。
「儂はそうとは思わん!」
アラキの意見を、マサムラはハッキリと否定した。
「なにゆえ」
「だって、そうやって育った子もいつか何かがおかしい事に気付く筈じゃ。その時こそ問題と向き合い、立ち向かって、何とかそれを解決して、強くなると儂は信じておる!」
ネガティブ思考のアラキに対して……マサムラという男は、ポジティブ思考であると言える。しかし、アラキは悪い気はしなかった。寧ろこのような陰鬱とした環境で、こんな殺伐とした国だからこそ、彼のような人間が必要だとすら思っていた。
「そうだな、ふふふ……某も、そうなると願いたいものだ」
「へへへっ!」
笑い合う二人だったが……マサムラは、空を見て険しい顔をした。
「……だけど、そもそも直面している問題が大きすぎるというのもあるな」
「直面している問題?」
「ああ……この雪、聞いた所によるとどうもドラゴンの影響のようでの」
「やはり……」
アラキの疑念が、確信に変わった。この異常気象はドラゴンの影響で──それはきっと、ディザスタードラゴンと同格のドラゴンだろうと。そんなドラゴンがこんな山合の小さな国を襲撃してくれば……おそらく滅びは避けられまい。
「……む」
「おっ?」
奴隷二人組は作業をしながら、シエルグリスの大通りを歩くある一行に注目した。昨日アラキが見た黒騎士の一行と、シエルグリスの騎士と女王の姿が見えた。
「むむ……この国が、男の騎士と協力して……」
「あれは、竜狩りの準備だろうな。しかし少数精鋭の所を見ると、余程危険な所に行くと見える」
元々国に仕えていた騎士であるアラキは、察する。しかし、マサムラはそこを睨み、考え込んでる様子だった。
「……アラキ」
「なんだ」
「近いうちに、異変が起こるかもしれぬ。何やら、嫌な胸騒ぎがするんじゃ」
マサムラは、険しい顔でそんな事を言う。何やら冗談を言っている風でもなく、真剣に考えているようだった。
「まことか」
「ああ……いつもと違う事が起きたら、大体異変の前触れじゃ。儂の考えすぎかと思うか?」
「いや、それがしは其処許を信じよう」
シエルグリスに男が協力する──どうやらそれは、この国ではそこまで異常な事らしい。それも、先程聞いたこの国の歴史が真のものなら、そうとしか言えぬものだが。
「……やはり、女王は強いものだろうか。」
「何でも、男達に反乱し始めたのがロゼ女王っていうらしい。シエルグリスと言う国の名も、その女王が由来と聞く。まぁ、女達の先頭に立って男達をとっちめたっていう話じゃから、強いには強いんじゃないか?」
「ふむふむ……」
「ほら、なんでも闇属性の攻撃魔法っちゅうもんが使えるらしい。確実にこの国の最高戦力じゃ。女王が居れば、この国は安泰じゃと、そこらの女騎士が言っとった」
そこまで強ければ、大抵のドラゴンには勝ちそうなものだが……いや、ディザスタードラゴンという前例がある。あの時の自分が全力を出せたとしても勝てなかったであろう竜──そんな竜と同格のドラゴンが来たら、いくらその者が居てもどうにかなるまい。
かくなる上は、自分もそこらの女騎士から剣を奪ってでも戦う覚悟を決めねば。
「……む」
ここでふと、アラキの腹の虫が鳴いた。何故かは知らぬが、途端に腹が減ってきたのだった。
「わっはっは!そろそろそんな時間か!なぁに、もうすぐ飯じゃ!頑張ろうぞ!」
「うむ」
こうして奴隷二人は、雪の中、汗を垂らしながらせっせと仕事する。他の奴隷が苦しそうにする中、二人は意気揚々と重い石材を運んでいく。そのさまを見ていた女騎士が、少し感心する程に。
「……新しく入ったあの奴隷、よく働くな」
「そうね、ついでにあの男も動きがよくなってるわ」
二人に興味をもった女騎士達は、その働きぶりに注目してしまう。そんな時だった。
「うぉおおっ!もう限界だ!!」
奴隷の一人が急に暴れだし、足枷がついたまま、他の奴隷を石で殴り飛ばしながら走り出したのだった。
「っ!しまった!」
「私達としたことがっ……!」
女騎士たちは気付き、走る。しかし奴隷の足枷はどういう訳か壊れており、その逃げ足は速かった。
「なんじゃっ!?」
「むっ!?」
二人のところに、その奴隷が来る。石を手に掴んでぶんぶん振り回しながら、走ってきている。
「其処許、止まれっ!!」
「うるせぇっ!!」
声をかけたアラキのこめかみを石でぶん殴る。すると、ぐしゃりという音が鳴った後にそこから血が大量に噴き上げ、彼は殴り倒されてしまった。そして、そのまま動かなくなった……
「なっ!?」
「おめぇもだ!うぉおおっ!」
奴隷は次に、マサムラを石で殴り殺そうとする。
「こなくそぉっ!!」
しかし彼は殴られる前に奴隷の顎を掌底で打ち上げた後に、後頭部を掴んで地面に叩きつけた。そのまま項を膝で押さえつけ、両手を掴んで後ろ手で無理矢理組ませた。
「騎士様っ!!この男を拘束しとくれ!!」
「お、おうっ!助かった!」
女騎士が二人がかりで、その奴隷を拘束する。その時にマサムラは、アラキの亡骸の前で膝をついた。
「ぁ、あ、ぁぁ……なんでだよぅ、なんで、折角、折角友達になれたのによぅ……」
泣きべそをかきながら、倒れるアラキを揺する。しかし、彼の怪我は酷いものだった。相当の力で殴られた模様で、頭は凹み、血も沢山出ている。誰がどう見ても、死んだものと見るだろう。
絶望するマサムラ……その前でアラキは、立ち上がった。
「ぎゃあぁあーーーっ!!?」
泣きべそから一点し、今度は絶叫しながら四つん這いで逃げてから、死んだはずの友達を凝視する。
「ふーむ……腹が減ると……油断してしまう。うーむ……」
「お、お、おまん!いったい!?いったい何者じゃ!」
パニックになりながら言うマサムラに向かって、アラキは冷静に──
「不死身」
ただそれだけ、答えた。
最初は「ふじみ……?」なんて答えていたマサムラも、次第に涙をその目に溜める。それを見ていたアラキは、また自分が気味悪がられると思ったが……
「よ、よがったよぉ!死んでなくて、本当に良かったよぉ!」
なんとマサムラは、アラキに泣きついてきた。流石の彼も困惑しながら、「むむぅ」と声を漏らす。
「大丈夫か!?痛い所はねぇか!?」
「平気だ。問題ない。近い」
アラキが生きていて安堵するマサムラと、心配し続けるマサムラを落ち着かせようとするアラキ。そんなやり取りをしている中、二人の所に女騎士が来た。
「む……」
「あっ、騎士様……」
「……飯の時間だ。自分の牢屋に戻るがいい。あと妙な真似をしたら、この場で斬り捨てる」
女騎士にそう言われたので、奴隷である二人は従うしかない。そういう訳で作業も途中ではあるが、二人は自分達の牢屋に戻ったのだった……
牢屋にて、先程の女騎士が見守る中、二人に食事が出された。体を温めるためのエールと、煮込み野菜と肉とパンだった。
「あの、今日は週末じゃないのですが……」
肉は本来、週末に出る食べ物だという。それなのに今日出てくるとは、いったい何事か。
マサムラがそう思いながら聞くと、女騎士は首を振った。
「……私個人の気持ちだ。ありがとう」
そう言い、彼女は頭を下げた。
「や、止めてくだせぇ騎士様!儂らのような奴隷に頭なんか……!」
マサムラは焦りながら言う。頭に包帯が巻かれたアラキは、冷静であった。
「今は外があの有様だろう。自分達の食うものも厳しい筈だが……」
彼がそう言うと、女騎士は少し考える。何やら、複雑な心境の動きがある模様だった。
「……私だって、何でこんな事をしているか分からない。きっと他の騎士に見つかれば私もタダでは済まないだろう。けど……今まで何度も奴隷達が先のような反乱を起こしたが、ああやって私達に協力する奴隷は初めてだった」
そう言う女騎士の前で、アラキとマサムラの二人は首を傾げながら、目配せする。「自分達は何をした?」という共通のテーマで悩んでいるのだ。
「まぁ、こちらに突っ込んできたからの。自衛のためじゃ」
「某は、頭を打たれて倒れただけだが」
そうして出した結論はそれだが……女騎士は、首を振った。
「それでもっ!一人は奴隷を止めようとして、一人は奴隷を止めたあと、私達に伝えてくれた。お前らなら、逆の立場でもそうしたのではないか?」
そう聞かれた二人は、澱みない目で、女騎士を見た。
「そうじゃな、きっとそうしていた」
「うむ、その通りだ」
ハッキリと、堂々とそう言う。それを見た女騎士は、表情を緩め、微笑みそうになるが……その表情を、いつも通りの鬼看守に戻した。
「そういう事だ。さぁさっさと食え!肉も野菜も、冷めてしまうぞ!」
「あいよっ!」
「頂きます」
二人は、食事を摂る。決して多いとは言えないが、充分だった。特にアラキは久しぶりにマトモな物が食えて、嬉しかった。それに、質素にも思える飯は暖かく、美味しかった。
彼らは、奴隷の身でありながら……この国が、少し好きになっていたのだった。
【護身術】
マサムラが身につけている、戦う術。敵の攻撃を待ち、合わせざまの掌底を体に打ち込んで敵を倒す事を是とする、迎え撃つための技術。
彼はこれを会得し、自分を守る術としている。
もっとも、竜には通用しない。慢心することなかれ。