更に、行くぞ
「不死身……だと……!!?」
驚く、ロザイェと女騎士達。
「ふんっ!」
アラキと名乗った不死身の騎士は、刺さっている刃を横へ抜けさせるように力を込め、自分を斬らせながら後退する。派手に斬られ、血が噴き出すも、肉がぐじゅぐじゅと音を立てながらくっつき、彼の体は元通りになった。
「さて、時間がかかって済まなかったな。重症なら重症なほど、死人帰りに時間がかかるものでな」
彼はそう言いながら、再び剣を構える。
「さて……『仕切り直し』だ。更に、行くぞ」
「くっ……!」
ロザイェは再び槍を構え、アラキに向く。その表情に、僅かながらの焦りが見えている。
落ち着け、落ち着くんだ私。なぁに、一度は倒した相手だ。また同じように倒せばいいだけの事だ。
「……」
対してアラキは、冷静にロザイェの槍に注目していた。
接近すれば、足を突かれて即死。遠くにいれば、体を切り刻まれる。正直この剣もガタが来ていて、打ち合いはなるべく避けたいのだが……そうも言ってられぬようだ。
「はぁっ!!」
再び迫る、連続の突き。それを弾き続けながら、接近する。まるで、先程の再現と言わんばかりの光景。
「貴様、その剣が邪魔臭いな……!!」
「む……!!」
ロザイェのドスの効いたような声。それと共に槍の十文字が剣をガキンッと引っ掛け、捕らえる。
「なっ!?」
「そらっ!」
そして、そのままアラキの手から剣を引き剥がしてしまった。その時の衝撃で、剣は砕け散り、折れた刃や持ち手や鍔が宙で飛び散り、そしてガランガランと地に落ちた後、激しい吹雪によって埋もれてしまった。
「おおっ!ロザイェ隊長の「鱗剥ぎ」!!」
「見事ね!これであの男も抵抗は出来ないわ!」
鱗剥ぎ──強いドラゴンというのは、往々にして弱点を堅牢な鱗で守っている場合がある。本来ならそれを貫く技が、気を用いた大技である竜突きなのだが、如何せんこの技は難易度が高く、今のロザイェには扱えない。それゆえに、最小限の力で戦いを制するこの技を、彼女は開発したのだった。
「む、むむ……」
「まだ抵抗するか?」
戸惑うアラキの顔の前に槍の刃を突きつける。武器を壊し、完全に優位に立ったことを確信し、笑みが零れている。
最悪の状況だった。自分がこんな身でなければ、今すぐに腹を切っているというのに。
「……生憎、止まれる理由がない」
「そうか。だが武器を持たぬ人間に刃を向けるのは騎士道に反する。大人しく私達と来てもらおうか」
せめてもの慈悲にロザイェはそう言うが、アラキは首を振る。
「生憎、そうは行かぬ」
「そうか。ならばどうせ死なぬ身だ。少し手荒くするぞ!」
ロザイェは、連続突きを放つ。それを前にアラキはなんと、自分から突っ込むように走り出した。
「むっ!?」
驚く彼女の前で、彼は槍の先を目で捉えながら、避け、または掠らせ、順調に接近する。当たる前に接近してしまえという魂胆らしい。
「ふんっ!」
しかし再び、彼女の前方1mに入った途端に足が槍で貫かれてしまう。
「ぐっ!?」
それで、足を止めてしまうアラキ。間髪入れずに引き抜きながら、彼の両膝を切るロザイェ。
「ぐぬっ……!!」
「はぁっ!!」
そして、心の臓目掛けて飛んでくる槍──ここまでは、先程と一緒。このままでは心臓を貫かれてしまう。しかしここからが、先程とは違った。
「ふんっ!!」
なんとアラキは、槍の刃を掴み、突きを止めて見せたのだった。その左手に血を滴らせながら、槍が胸を突くまさにその寸前に、その勢いを殺したのだった。
「な、なんっ──」
「竜ならともかく、騎士に二度も同じ手は通じぬ」
驚くロザイェにそう言った後、アラキは右手で十文字槍の右刃を掴む。そして、思いっきり引っ張った。その際に、右刃がへし折れる程の力を持って。
「うわぁっ!?」
アラキが右腕を振りかぶってるのが見えたので、引っ張られながら咄嗟に顔を守ろうとして、腕を上げてしまう。しかし、それが不味かった。
なんと、アラキは右手に十文字槍の折れた刃を持っており、彼女のその腕に突き刺さし、貫通させた。
「っきゃあぁあぁあぁぁっ!!?」
激痛に絶叫するロザイェ。そんな彼女の事など知ったことではないとアラキは、右手に力を込め──
「ふんっ!」
腕を、引き裂いた。刺している所から刃の角度に合わせ、引っ掻くようにして裂いたのだった。
「ーーーっ!!!」
彼女の右腕が、皮と筋肉だけで繋がってる状態で、だらんとしなる。骨は無理矢理へし折られ、露出する。そんな状態で彼女は、血の噴き出す腕を押さえながら悶絶している。
「さぁ如何する、ロザイェという者よ。それでは武器も持てまい。武器を持たぬ人と戦うのは、騎士道に反するというものだ」
煽るようなオウム返しで、そう言うアラキ。そんな彼を、ロザイェは恨めしく睨みつける。
「こ、こん、な……!!男、如きにぃい……!!」
「命は取らぬ。今より引き返せば、その腕の治療も間に合うかも知れぬというものだ。ここは見逃して貰──」
アラキが語ってる途中だった。ロザイェの率いていた女騎士三人が、一斉に背後から来て、彼の胸を剣で貫いたのだった。
「っぐはぁあぁあっ!!!?」
突然の不意打ちに、彼は吐血し──そのまま、意識を失って倒れてしまった。
女騎士の内の一人が、彼女に駆け寄り、腕を応急処置用の布できつく巻き上げる。
「平気ですか、ロザイェ隊長!!」
「お、お前達……!す、すまない……!」
血はこの寒さのお陰で凍りつき、止血になっている。それに、命まで奪われた訳では無い。
騎士をしているんだ、この程度の怪我なら、覚悟していたが……まさかこんな男ごときに、負わされるとは。
「ただいまこの男を討ち取りました!!このまま首を切って……」
「いや、待て……その男を縛れ。奴隷として連れていくぞ」
「し、しかし!」
「何をしても死なぬ身なのだ。どんな激務にも耐えれる奴隷を手に入れられたと思えば、腕の一本や二本安いものよ」
女騎士はロザイェの指示のままに、アラキの腕を縛り、拘束する。そして、その身柄を持ち帰ったのだった……自国、シエルグリス王国へ。
遥か昔の出来事だった。
物心着いた時から、自分はある研究所の実験台のひとりだった。家がドラゴンに焼かれたか、あるいは棄てられたか、はたまた売られたのか、今では検討もつかぬ。
頭のおかしな魔術師と思わしき人間が、ディザスタードラゴンの鱗の破片だの何だの言いながら、自分の体に妙な小細工を仕掛けていたのは覚えている。その後、自分が何をしても死なぬ身になったのも、覚えている。
「素晴らしい!これで、最強の騎士が出来上がる!!君こそ、かの黒騎士フォレッドですら為せなかった、ディザスタードラゴンを倒せるS級騎士になれるとも!ひゃははははは!」
研究所では、碌な飯すら出てこなかった。自分の他に沢山居た気がしたが、皆餓死してしまった。しかし、自分だけはどうにも逝くことは許されなかったらしい。
そうなればもう、生きるしかあるまい。
そこから数年後だったか。満足した研究員によって自分は外に出された。その手に剣を持たされ、ドラゴンと戦わされていた。後で知ったが、このドラゴンはA級ドラゴンに分類されるものらしい。
咆哮をあげるドラゴンの前に、静かに構えるアラキ。
「すまぬな。今日たまたま手に持ってるのが剣で、今日たまたま出会ったのがお前だっただけの事。ただ、それだけの事だ」
彼はそう言ってから、ドラゴンに立ち向かう。しかし、初陣とは誰しもが不慣れなもの。頭突きされ、木に叩きつけられ、体を踏みつけられながら、腸を食い荒らされてしまった。
満足したドラゴンが背を向けたその時──アラキは、全身を再生させながら立ち上がった。
「……退けば頭突き、倒れれば踏みつけか。なるほど、把握した」
アラキは、何度でも仕切り直すことが出来た。幸い、その剣の腕にも才能があり、死ぬ度に強くなっていた。
最初は無限に食える肉があると調子ついてたドラゴンも、次第にその動きを見切られ──そしてついに、首を斬られ、討伐されてしまった。
そんな事を繰り返しているうちに、気付けばその腕前はS級騎士として認められた。そして、同国にいた最も強い騎士に目をつけられた。25ぐらいの男だろうか。歳の割には貫禄があり、最強と言われても納得する、誉れ高き騎士であった。
「ほう、お前は死なぬ身か!真、居るとは思わなんだ……なんと面妖な!」
こいつも、自分を気味悪がるのかと思いきや……寧ろ、興味津々な様子で、こちらに接近してきた。
「いいだろう!私と共に来い!その死なず身、私が使いこなして見せようぞ!」
そう言われたので、自分はこの人について行くことにした。尊敬出来る先輩騎士でもあったので、ついて行かない理由もなかった。
ひたすら、竜との戦の場を駆け巡った。どんな竜相手だろうが、何度死に傷を受けようと、斬って斬って斬りまくった。
黒備えの鎧が赫く染まる様……そして、恐ろしい怒り貌の面頬を付けたその姿は、最早人間のものではなかった。
だが、それでも良かった。何故なら、戦場だけが自分の居場所だったから。殺し、殺されるこの場所だけが、自分が輝ける所だったから。嗚呼、この不死の体はこの為にあったのか。自分は、戦う為だけに生まれたのか。
そんな想いを胸に、来る日も来る日も竜を殺し続けた。
「人でも無し、竜でも無し、死なずアラキ!!私と共に、最強の竜狩りの騎士となろう!!」
先輩騎士と共に、竜狩りの騎士として、これからを歩んだ……
しかし、死なない身を持ったとしても、天災を狩ることは為せなかった。忠誠を誓った先輩騎士も雷に打たれて死に、自分もまた雷に打たれて死んだはずだった。
死にはしなかった。ただ、その時から自分の時は止まってしまったのだった……
アラキは、目を覚ます。
「……ふむ」
ここは、何処かの民家……いや、牢屋だろうか。元々、民家だったものをこんな牢屋にしてしまっているのか……?
体を起こし、牢屋から外を見る。そこは雪景色に混じり、この家と同じような造りの牢屋家がたくさんあった。
「おう、目を覚ましたか。」
背後から、声がかけられる。そこには、歳若い少年が居た。
「む……其処許は……」
「ああ、この国で奴隷をしとるマサムラというものじゃ。多分、おまんと同い歳ぐらいだと思うから、遠慮なく喋りかけさせて貰ったぞ。宜しくな」
マサムラと名乗った奴隷少年は、にっこりと笑いながら手を差し伸べる。
「こちらはアラキと申す」
アラキも、少し戸惑いながら、名乗りながら握手した。
「……ふむ」
どうやらあの後、捕らえられてから奴隷になってしまったらしい。これでは、寒さの原因を探る事は出来ぬでは無いか。
牢の中でアラキは一人、ため息をついたのだった……
【ロザイェの十文字槍】
シエルグリスの上級騎士、ロザイェの使っていた十文字槍。独特な形状の刃で、貫いたものを更に切り裂く、恐ろしい槍。
また、その形状を活かし、竜の鱗を魚の鱗取りの如く剥ぐ事が出来る。俗に言う、ロザイェの『鱗剥ぎ』である。