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不死身の騎士、アラキ

 ゼクードがディザスタードラゴンの遺子を倒してから、一週間が経った。ドラゴンに破壊された世界は復興の兆しを見出しているというのに、唐突に季節外れにも雪が降ってきた。

 原因を見つけようと奮闘するゼクード達であったが、その裏で一人の落ちた騎士が彷徨(ほうこう)していたのは、知る由もなかった。


 何年何日着込んだのか検討もつかぬほどのボロボロの鎧、髪は伸び放題でボサボサ。戦場から逃げてきた歳若い落ち武者のような風貌。そんな男が、雪の中で寄る辺もなく歩いていた。

「……」

 あの日の戦いから、何年経ったのやら。検討は皆目つかないが、ただ一つだけ言えることがある。国を滅ぼした怨敵は、もう既に消えた。今は守るものも寄る辺もない、ただの根無し草。ふわりふわりと風に揺られ、行き場もないこの世を彷徨(さまよ)うだけの男。故に、もう生きている意味も無い。それでも、追い腹を切れない彼には生きるしか無かった。

「ひゅー……ひゅー……」

 腹が減り、目が霞んでくる。もう何日も、まともなものを口にしていない。普通なら、餓死してもおかしくないだろう。

 それだけでは無い。ここはとてつもなく寒い。兎に角、寒い。こんな鉄製の防具──ましてやそれが錆や焦げでボロボロの状態では、防寒の効果は微塵もない。しかも最悪なことに靴も足袋(たび)もなく、素足同然である、足は凍ってしまっていてもおかしくはない状態である。現にちょっとした地面の起伏や小石でも足は切り裂かれる。しかしこんな寒さのせいで血は出ず、傷口が凍る。

 尋常の人の身であれば、今すぐにでも凍死してしまうのだろう。しかし──

「まだ、死ねぬか」

 一人そう呟き、寒さのする方へ、ひたりひたりと歩いていった……


 彼を突き動かすのは、実の所「好奇心」であった。というのも、実際の所は取るに足らない、特別な感情もない、カブト虫を探しに山に赴く子供のような、ただの好奇心だった。

 寒さの原因をこの目で見たい──そんな想いに駆られ、ひたすら寒さの激しくなりゆく方角へ歩いていく。自分の有り様を考えれば、そんな些細な好奇心にでも惹かれなくては、生きる甲斐が無いというものだ。

 場所はもう既に、現代の人間が『竜軍の谷』と呼んでいる所に来た。

「……ほう」

 そこには、巨大なドラゴンが氷漬けになっていた。それも、ただ氷漬けになっていたのではない。何体かは体の節々を齧られているように見えた。

「ふむ、ふむ……見た目からして……凍った後に食われたと見て妥当だろうな」

 ここだけ時が止まったかのような空間の中……かつて自分が相対したドラゴンを思い出す。目の前の竜は、かの白竜の取り巻きの、あの赤と青の竜めより、少し小さいぐらいか。

「……」

 どうあれ、この空間にも別れを告げて進まねば、事は進まない。双六(スゴロク)とて、賽を投げて進まねば勝負なしなのだ。

 そう思いながら、進んだ先での出来事だった。

「止まれ、そこの怪しいの!!」

 唐突に、声がかけられる。そう思ったら、いきなり周囲から五人ばかり人間が走ってきて、あっという間に包囲されてしまった。

「む……」

「何者だ……そのナリを見るに、こっぴどくやられて、ここに逃げ延びてきたように見えるが」

 声からして、女。霞む目をパチパチと瞬きし、しっかりと声の主を見る。

「……」

 女だ。それも、ただの女ではない。女が青いインナーの上に白銀の鎧を着込み、武器を構えている……女騎士だ。彼女だけでなく、周囲を囲む人間みんな、そうらしい。

「通しては……くれぬだろうか。」

「通すと思うか?」

 女騎士は、進もうとする男を制止するように、その首に剣の刃を向けた。

「…………」

 ちくり。

 僅かに当たった刃の痛み──それで、理解が追いついた。

「ここは、何処かの国の領域内だろうか」

「答える義理は無いな」

 取り付く島もないとは、まさにこの事。何を語っても無駄という訳らしい。しかし、今の彼女らの鎧を見て理解した。どうやら、何処かの国の領域内に入り込んでしまったらしい。彼女らの立派な、統一された鎧を見て、察する事が出来た。

「す、すまぬな……(それがし)は、何も知らぬままに来てしまった。今より引き返す、故に──」

「動くんじゃあないっ!!」

 周囲からも、武器を向けられる。明確な五つの敵意が、彼の体に叩きつけられたのだった。

「何も知らずに来てしまったようだが……残念だな、我が国では、男は皆奴隷なのだよ。それに、『見つけた男は奴隷として拉致しても良い』と上から言われているのでな……」

「……貴様ら、野伏せりの類か」

 事の緊急性を(ようや)く理解した彼は、ドスの効かせた声で言い放つ。その声に、女騎士らの数人は「おっ?」なんて間の抜けた声を上げる。

「……ふむ、せっかく見つけた生き甲斐。奴隷として捕えられれば果たせぬ。故に……」

 男は、腰に携えてる剣を抜く。それは、よく鍛えられた普通の直剣のようだが──その刃は、全体の中程の所より上を失っていた。

「──斬らせて貰うぞ」

 凄みをもった表情で言い放つ、殺害予告。確かに、これが立派な騎士であれば、また立派な剣であれば、彼女らにとって恐ろしかっただろう。しかし、そうではなかった。

 彼女らの一人が、「ぶっ」と吹き出す。

「こいつ、剣が折れてるのに……」

「若いのに、もう耄碌(もうろく)してるのか?」

 そんな事を言う彼女らに、男は踏み込む。彼女らのうちの二人が剣を構え、彼を二人がかりで挟み撃ちにしようとした。

 男は、無造作な振り上げで迎え撃つ。それを一人の女騎士が防御した、次の瞬間だった。

「!!?」

 男のあまりの怪力に、吹っ飛びそうになる。踏ん張ることも適わなかった女騎士は体幹を崩し、よろめいてしまう。そこに、間髪入れずに男は剣の持ち手の底で、腹を打った。これは直撃し、彼女は呻き声を上げた後に白眼を剥き、雪へ倒れた。

「なっ──」

 驚く声を上げたもう一人の女騎士──男はその目の前に踏み込んでから、剣を振ろうとする。当然、彼女の体勢は防御の構えとなる。

 しかし、攻撃は飛んでこない──それもそのはず、男は踏み込んだ右足を軸足に半回転し、左足でもってもう半回転──合計一回転し、彼女の背後に回り込む。そして、剣の刃ではなく、面の部分で(うなじ)を打った。

「がっ……!!」

 彼女も、先の女騎士と同様に、白眼を剥いて倒れたのだった。

「こいつっ……!!」

「殺してはおらぬ。故にここは見逃して貰えると……」

 男がそう言いかけてる時に、女騎士の一人がつっかかってくる。巧妙な剣技でもって連続攻撃してくるが、彼は防御し続ける。

「聞く耳を持たぬか……っ!」

 僅かに出来た隙に、女騎士の顔に肘打ちを放つ。彼女はそれを、剣で防御するが、後退してしまう。

「ふんっ!!」

 そんな女騎士に、折れた剣でもって突きを放つ。しかし、その一撃は弾かれてしまった。

「!!!」

「はぁあっ!!」

 一撃を凌いだ女騎士は流れるように踏み込み、男の首に剣を当て──そのまま、振り抜いた。嗚呼無残、彼の首筋が深く斬られてしまい、噴水の如く噴血してしまった。

「っぐはぁあぁあ……!!」

 男は膝をつき、倒れる。これは、どう見ても致命傷であった。例え寒冷地で、斬られた部分がすぐに凍って出血が防がれるとしても──人は、首を斬られれば死ぬ。

「馬鹿者!殺してどうする!!」

「す、すみません!そ、その……あまりの殺気でしたので……」

 同僚を叱責する、女騎士。しかしそれも、すぐに収まった。

 あまり珍しい事態でもなかった。領地内に入った男は奴隷として捕らえるか、抵抗が激しければ自衛のため殺害する。これは、彼女らの国での後者の流れのままであった……


 しかし、流れは変わるもの。状況とは、二転三転するものだ。それが普通ではない戦いの時は、尚更である。


「……!!?」

 女騎士の一人が、目を見開いて驚愕する。まるで、この世のものじゃないものと出会ったかのように。彼女に誘導されるように、残り二人の女騎士もそこを凝視する。

 そこには、先程首筋を斬って殺したハズの男が、立ち上がっていた。

「……突きは弾かれ、流れるように首筋に斬撃……成程、学習した」

 彼は不気味にブツブツと何かを呟いてから、斬られた首筋を手で押さえ、ゴキゴキと首を鳴らす。

「『仕切り直し』だ。行くぞ」

 そう言いながら、剣を構え直す。首筋の傷は、既に消え失せていた。

「くっ!」

「退きなさい」

 不意に、声が聞こえてくる。雪の向こうから、誰かが歩いてくるようだ。

 現れたのは、これまた女騎士。しかもただの女騎士ではなく、長くて黄色の髪をした、こんな寒波の中にも関わらず薄手の鎧の、胸の大きな、槍を持った女騎士だ。その一声で周りの女騎士達が身を引いてる所を見るに、相当の手練のように見える。

「私が相手をする」

「……」

 一騎討ち(タイマン)。しかし、その戦力差は明らかに男の方が不利に見えた。男の方は落ち騎士であり、騎士の誇りであるはずのその武器は折れている。対して女の方は五人の部下を纏める上級騎士であり、その武器は立派なものであった。

「……ふむ」

 どういう仕掛けだかは分からぬが、傷が浅かっただけだろう。ならば、狙うは心の臓。即死させてしまえば、その妙な体も一溜りではないだろう。

「……」

 槍の長さは六尺(1.8m)。刃は両刃の十文字槍。間合いで言えば、此方が圧倒的に不利なのは、言うまでもない。退くことも避ける事も困難。なれば、刃の先を弾きながら、接近するしかない。

「いざ、参る」

「はぁあっ!!」

 女騎士の方が、槍で何度も突きを放ってくる。それを、男が折れた剣で何度も弾きながら、接近する。弾いている腕がもげそうな程の衝撃ではあったが、歯を食いしばって、また次の一撃を弾き続けた。

 そして、あと一歩踏み込めば間合いに入る──そんな時だった。

「へぇ……!」

 彼女の槍は、自分の制空圏を侵害した男の足を、容赦なく貫く。それで彼は、固まってしまった。

「!!?」

「はぁっ!!」

 引き抜くと同時に、なぎ払い。それで、男の膝が深く斬撃されてしまう。膝に力が入らなくなった彼は、がくんと跪いてしまう。しかし彼女は容赦なく──

「トドメだ!!」

 そう言って、男の心臓を槍で貫いた。十文字槍の先がその心臓を貫き、横の刃が心臓を切り裂く。尋常の人ならば、確実にこれで即死するだろう。

「っぐぶっ……かはっ……がっ……!!」

「残念だったな……最初から奴隷としての道を選べば良かったものを。その力なら、我が国でも役立てただろうに。」

 そう言う彼女の前で、男は糸を切られた傀儡のようにだらんと項垂れる。ここまでしてようやく、事切れたらしい。

「お、終わりましたか。ロザイェ隊長」

 様子を見ていた女騎士の一人が、黄色い髪の上級騎士に声をかける。彼女はそれに対し、頷く。

「ああ……レイゼを呼ぶまでもなかった。しかし見事だ、この男は。せめて、名を聞くべきだったか……」

 ロザイェと呼ばれた彼女はそう言いながら、槍を引き抜こうとする。すると、次の瞬間の事だった。

 死体がいきなり動き出し、引き抜かれようとする槍を掴んだのだった。

「……!!!?」

 まず、ロザイェが驚く。それを見た女騎士らが、次々に絶句した。

「きゃあぁあっ!!?」

「馬鹿なっ!!?心臓を貫かれてるんだぞっ!!?」

「そんな、そんな……!!」

 慄く四人の女騎士を前に、死体だった男は顔を上げ、その双眸にロザイェの顔をしっかりと映した。そして、血を吐きながらゆっくりと口を開いた。

「名乗るのが遅れたな……(それがし)の名は、アラキと申する。人には……不死身の騎士と言われている」

 そう名乗り、不死身の騎士は再び立ち上がったのだった。

【折れた剣】

元はアラキの愛剣。血糊と刃こぼれによって性能は大幅に下がっているが、彼にはこれで充分である。

その折れた剣身は、彼の心そのものだろうか。しかしそれでも、この剣で立ちはだかる竜を斬り続けたという。

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