名も知らぬ国
時は竜と人の戦乱の最中。竜に対抗する術なくば、総てを喪う時代の話だった。
かつて天災の名を冠したドラゴンが、何体ものドラゴンを率いて一国を滅ぼした。そのドラゴン達にとっては、「ただ移動の邪魔だから、滅ぼした」程度の認識に過ぎなかっただろう。しかし、人間の目線で言えば、そんな単純な話ではない。
その国は軍事力こそ優れており、必死の抵抗をしたにも関わらず、戦争と言えるほどのものも起こらなかった。ただ一つ言えるのは、この国が弱かった訳ではなく、ドラゴンが強すぎた──相手が悪かったのだった。
そんな竜に、挑んだ騎士がいた。
「……絶望、か」
無数の竜と人の死骸に囲まれながら、ただ一人だけ立っている男は、胸中に浮かんだ言葉をそのまま吐く。
目の前に立ちはだかる、白いドラゴン──この国を滅ぼした、天災。伝説では、ディザスタードラゴンなんて呼ばれていたか。
国はもう壊滅している故、復興は不可能だろう。生き残っている戦闘員の兵士は、もう自分だけだろう。対して目の前のディザスタードラゴン──その背後には、無数の竜の大群が待ち構えており、恰もたった一人立っている人間を嘲笑しているかのように注目していた。
目眩がする。決着ならばもう既に着いてるも同然。尋常の兵士ならば、この場で腹を切って自決しているだろう。しかし、自分はそうはいかない身の上だった。
白いドラゴンが、吼える。地の果てまで届くような咆哮が響き渡ってから、遂にその竜の腕が振り下ろされた。無骨な、爪の一撃。人が虫を潰すかのようなその一撃は、直撃すれば死は免れないだろう。
男はそれを、剣で弾いて見せた。白いドラゴンは大きく体勢を仰け反らせ、後ろに控えていた竜が驚いたように視線を集中させる。しかし──
「!!!!」
その目が光ったかと思えば、突如として雷が発生し、男に向かって一直線に伸びてくる。それを前に彼は、無謀にも剣で防御し──剣は折れ、雷は直撃して男の上半身を裂き、黒焦げにした。
こうして、名も知らぬ一国は滅びた。辺りは瓦礫と崩壊した街と、人の死骸が無造作に転がっている、死屍累々の地獄絵図と化していた。そんな人の死骸に、鴉が鳴き声を上げながら群がっている。
そんな中──上半身が裂け、黒焦げた死体の手が、ずずりと地面を撫で、そして天を仰いだのだった……