私警察官。今、ロッカールームにいるの。1
女性職員による批難の視線が向けらる中、私が冷や汗をかきながらダイバとコマツ部長との間に隠れるようにして向かった先。そこは、私達が着替えに利用しているロッカールーム、男子更衣室でした。
今朝の騒動、もとい事件が起きた現場です。
「ダイバ。説明してくれる?」
「え。俺が……っすか」
コマツ部長に名指しされ、ダイバが嫌そうな顔をします。
「あんたが、実際に目撃してこいつを逮捕したんでしょう? この件については、こいつを除けばあんたが一番詳しいはずよね?」
「まぁ……そうっすね。そういう事なら。……チッ」
小さな舌打ちを鳴らし、ダイバが渋々説明を始めます。
「時間は八時ちょい過ぎ。いつものように出勤したら、これから着替えて帰る所の当番明けのこいつと鉢合わせしたっす。その時にはハタノ、お前もいたよな?」
「あ、はい。僕も署の前で、帰宅前の先輩とたまたま合流しました」
「…………」
ダイバとハタノ君の会話に、今朝の状況が思い出されます。
確か、勤務先の交番から戻って来たところでハタノ君と会い、世間話をしながら向かったここ、更衣室の入り口で、ダイバと鉢合わせしたのでしたね。
「で、着替えようとしたんだけど、俺とタダノってロッカーが隣同士じゃないっすか。だから、並んで着替えるしかねぇんだけど、俺がシャツ脱いで顔を上げたら、いつの間にかこいつが女物のパンツを持っていて、何やら恍惚としたツラを」
「ちょっと待ってください」
ダイバの思い込みが過ぎる説明に、私は堪らず口を挟みます。
「恍惚って何ですか。そんな顔、私はしていません! 驚き過ぎて固まっていただけです!」
「けっ、犯罪者の心境なんざ知らねぇよ。大事なのは、てめぇが女物の、他人のパンツを後生大事に抱えていたっつう事実だ! どこから盗ってきたかさっさと吐けッ!」
「後生大事にって……ですから知りませんって。何度も言いますが、今朝ロッカーを開けたら、なぜか入っていたんです!」
私は自分のロッカーを指して無罪を主張します。ちなみにロッカーは、前世にもあった金属製の四角いもので、簡単な鍵が前面の扉についたものです。
今朝、着替えのためにロッカーの鍵を開けて扉を開いたら、そこに、見覚えのない薄い黄色の布切れが鎮座していました。
何だろうと私がそれを拾い広げてみた所、可愛らしいフリルのついた、女物の下着だったのです。もちろん私の物でないですし、ロッカーに入れた覚えもありません。
驚きと動揺のあまりに私が固まっていた所、ダイバが見咎め、あっという間に同僚の多数の同僚達を巻き込んでの騒ぎになりました。私が手錠を掛けられた所で入電――恐らくは、先のタニオカ氏の殺人事件を伝えるものが入ったため、急ぎ私が収監されて、そのまま放置されていたのが、今朝の騒動の顛末です。
明らかに冤罪であり、犯人が私でない事は、声を大にして言わせて頂きます!
「じゃあもう一度聞くけどよ。いつ、誰が、どうやって、てめぇのロッカーにパンツを入れたよ?」
「それは……」
「鍵がかっていたんだろ!? 今朝、てめぇが開ける前まではよ。んなもん、てめぇしか入れる事ができねぇじゃねーか! 語るに落ちたたぁこの事だッ!!」
ダイバの言う事も一応の筋が通っています。確かに、ロッカーの鍵を持っているのは私であり、私以外の他人が開けるのはできない事になっています。しかし
「ちょっと良い?」
声に振り返ると、コマツ部長が手を挙げていました。
「その女物のパンツが証拠品なのよね? それって今、どこにあるの?」
「ああ。あの時急に入電があって、俺が持ってるのも嫌だったから後で持って行ってもらうつもりでこいつのロッカーに放り込んで……そのままっすね。鍵は掛けておいたんで」
ダイバはそう説明すると、ポケットから鍵を取り出します。キーホルダーからして私の鍵で間違いないようです。
「開けてくれる?」
コマツ部長の指示で、ダイバがロッカーに鍵を挿しました。カチャリと音を立てて解錠され、扉が開かれます。
「……あるわね」
「そっすね」
覗き込むコマツ部長の背中に隠れて見えませんが、その証拠品たる女物のパンツは、依然として私のロッカーの中にあるようです。
「…………」
コマツ部長が無言で『念力』を使い、それを持ち上げました。
フリルのついた黄色のパンツが縦に横に裏側にとくるくる回り、その細部まで我々の目に曝されます。
「臭いはないけど使用感あり。確かに、人の物っぽいわね。あたしのじゃないけど」
「っしょ!」
ダイバの奴が勝ち誇ったような顔で同意します。私の横ではハタノ君が顔を赤くし。眉をひそめます。
しかし、使用感……使用感ですか。
あの時は気が動転していて、そこまで確認する余裕はありませんでした。私は今更ながらコマツ部長の判断の真偽が気になり、下着に注視すべく身を乗り出しました。そこに
「タダノさん!」
「ーーーーッ!?」
私の隣で、ハタノ君が叫びます。
一瞬にして伸ばされた氷の切っ先が、私の喉元に突きつけられていたのです。
「……なんの真似ですか? ダイバ」
「そこまでだ。これ以上近づくんじゃねぇ!」
突きつけられたのは、ダイバの『異能』――『氷生成』によるものです。氷は、私に向いたダイバの指先から弧を描くようにして伸びています。
その暑苦しいニキビ面に反して一級の芸術品が如く。相変わらず、見惚れるような刃先です。
「こいつは大事な証拠品だ。てめぇの力で黒焦げにでもされたら堪らねぇ」
いやいや黒焦げにって。そりゃできはしますけど。
「そんな事しませんって。……はぁ。分かりました。これ以上近づきませんから」
私は両手を挙げて、大人しく後ろに下がります。
「……チッ!」
ダイバの舌打ちともに、氷の結合が解除されました。周囲にキラキラと結晶が舞います。
その時ふと、コマツ部長と目が合いました。あぁ……私を見る目が、完全に犯罪者を見るそれになってしまっていますね。
「あんた。これ、どこから盗って来たのよ?」
「だから私が盗ったのではありません。今朝私がロッカーを開けたら、既にそこに入っていたんです」
「あんたのロッカーでしょ? あんた意外、誰が開けるって言うのよ」
「それは」
「あのさ」
私が反論しようとした矢先に、背後から女性の声がありました。これまでずっと沈黙を保っていた、ここ男子更衣室における真の意味での紅一点。着物姿のツキノさんです。
「どうしたの? 先生」
「ええと。ハンニン、分かってるんだけど。言ってもいーかな?」
「………………へ?」
コマツ部長が狐に化かされたような表情を浮かべます。
そうですか。犯人が分かってるって……え?
「先生。ひょっとして、犯人はこいつじゃないって事?」
「うん。最初からそー言ってるし。……で、言っていーの? ハンニン」
ツキノさんが少し拗ねたように自身の茶髪を弄びながら、コマツ部長に許可を求めます。
……私は当然、自分が犯人でない事を知っています。しかし、犯人が誰か。現時点において私には見当もつきません。
この件に関しては、私以外の人間でも十分に犯行が可能であった事を説得できれば――要は、私の容疑さえ解消できれば、それで良いと思っていたので。
「是非、聞かせてくれる? 先生は、誰が犯人だと言うの?」
「うん。この中にいるんだけどね」
「「「「!!!!????」」」」
急転直下とはこの事を言うのでしょう。正直、思考が追い付きません。
すると、ツキノさんはおもむろに右手を上げて、人差し指を突き付けます。そうした彼女の姿を、残された我々四人は固唾を飲んで見つめます。
「ハンニンは―――」
ツキノさんェ……。
駆け足になってしまったため、次話に簡単な説明回を挟みます。
その次からネタばらし、いわゆる解決編の予定です。




