私警察官。今、女子トイレの前にいるの。2
ツキノさんの様子を気にかけるコマツ部長に、私は現状を報告します。
「未だトイレから出てきません。やはり、ショックだったのでしょうか」
「そう。……先生には申し訳ない事をしたわ」
そう言って、コマツ部長は肩を落とします。
「正直、ガイシャがあんな狂っているとは思わなかったわ。ヤクザなんか視てもらったのは、明らかに失敗だったわね」
「「「………………」」」
我々は沈黙をもって答えます。失敗したと嘆く上司に、部下たる我々が掛ける言葉はありません。特に警察署は縦割り社会ですので。良くも悪くも。
しかし……そうですね。
確かにツキノさんの心情を鑑みるとコマツ部長の言うとおりなのかもしれません。
それでも、犯人の目星がついたのです。
ですのでコマツ部長の判断が『明らかに失敗』というのは、私は少し違う気がします。
当初こそ、ツキノさんの話が全て狂言である可能性を疑っていましたが、恐らくそれも無いでしょう。
先程の彼女の変容は鬼気迫るものがあり、そこに、少なくとも嘘は無かったように思えます。
「あの」
と、私の隣でハタノ君が口を開きます。
「ハタノ君。どうしたの?」
「その容疑者の少年、ミキヤ君は見つかったのでしょうか?」
「―――まだよ」
コマツ部長は後悔するような顔から一転し、警察官たる厳しい表情に切り替えました。
「ヤジマ達に被害者の住所を当たってもらったんだけど、誰もいなかったそうよ」
ヤジマ先輩達――捜査部の同僚である、むさ苦しいおっさん達の顔が頭に浮かびます。
「アパートの一階なんだけど、部屋の中は凄く荒れていたそうよ。それこそ、泥棒にでも荒らされたような」
「泥棒に……ですか?」
「だろうな」
私の横で、ダイバがボソリと呟きます。
「ダイバ。何が『だろう』なんですか?」
「あ? だから部屋が荒れてたのは、その犯人のガキが金目の物でも探ってたんだろ。逃走資金にするためのな」
「逃走資金ですか。なるほど……だとすると」
犯人の少年は、『隠形』使いという話ですよね? それが、本格的に姿をくらませたとなると……これからの捜査は難航しそうですね。はぁ。
「―――ケーカク的ハンコーだったって事?」
「そこまでは分からねぇ。けど、どちらかっつーと短絡的っつーか衝動的っつーか……って、あんた!」
横から聞かれた声に、ダイバはギョッと目を剥きます。
着物姿の女性――ツキノさんが、いつの間にか戻って来ていたのです。
「先生!」
「ツキノさん。大丈夫ですか?」
「大丈夫ダイジョブ。ごめんね、取り乱しちゃって」
ツキノさんが苦笑を浮かべます。大丈夫……そうに見えますね。少なくとも顔色は、不調を訴える前のものに戻っています。
「謝るのはアタシの方だわ。ごめんなさい先生。ヤクザなんか、見せるべきではなかったわ」
「いーって。……けど、あんなヤバイのは初めてだった、かな?」
ポツリと呟いたツキノさんに、コマツ部長はブワッと涙を浮かべました。
「先生ーーーーェ!!!」
「あっ! ごめんね。泣かないで、マツねーさん」
「エグッ、ヒック! 辛かったわよね。苦しかったわよねっ」
「あー。……あーしは大丈夫だから。ほら、元気だして?」
「グスッ。先生ェ」
「「「………………」」」
帰って良いですか? と、思わず言いたくなってしまいます。
こう感情が先行する場面では、他からの下手な口出しは厳禁です。それこそ、大火傷の基になりますので。
私とダイバ、ハタノ君の男三人は、黙って嵐が過ぎるのを待つしかありません。
「ほら、マツねーさん」
「チーーン!!! ……洗って返すから」
「う、うん。そうしてもらえる? けどさっ!」
ツキノさんが突然語気を強くします。恐らくは、湿っぽい空気を変えるために……と、何故か私と目が合います。
「これでタダノさんの無実も、しよーめーされたよねっ? ハンニンは別にいるんだからさっ!」
なるほど。私の無実の証明ですか。しかし、それは―――
「あー、ネェちゃんよ。コイツのは別件だ。少なくとも殺しじゃねぇ」
ツキノさんの勘違いに、ダイバが肩をすくめて口を開きます。
「え。そうなの? じゃあタダノさんは、何で捕まってたん?」
え。今ここで、それを聞いてしまいますか。
話しの流れからして仕方がないのかもしれませんが、ちょっとここでは
「ああ。コイツの罪状は―――」
「ちょっと」
ダイバが腕を組み、無駄に厳かな雰囲気で、私の不名誉な罪状――もとい容疑を明らかにします。
いやいや。ここが女子トイレの前であり、女性職員の目もあるというのに。この男ときたらデリカシーの欠片もありません。
「―――下着ドロだ。もちろん、女物のな」
(ノ∀`)アチャー




