私警察官。今、牢屋の中にいるの。2
「そこのタダノさんも、出してあげてくんない?」
そんな着物姿の彼女の頼みに、コマツ部長が驚いたように目を見開きます。恐らく私も、似たような表情です。
「えぇ!? それは……ちょっと」
「ダメに決まってんだろ! この女ッ!!」
これまで空気のように控えるだけだった男が、いきなり怒鳴ります。いや、うるさいですって。
「ダイバ、あんたちょっと黙りなさい」
「コマっさん。けどよ!」
「分かってるから。……あのね先生。この男――タダノは容疑者なの。いくら先生の頼みでも、おいそれと出すわけには行かないの。そういう決まりなの」
コマツ部長が困り顔で彼女に説明します。しかし、本当にそうでしょうか?
私はこの場で異議を申し立てる事にします。
「法律上はあくまで勾留『できる』とあって、勾留『しなければならない』とは書かれていません。そもそも、私は何もやっていませんので、勾留できる理由も存在しません」
私も警察官である以上、刑法の条文および立法趣旨は一通り読み込んでいます。検挙率を上げるためだけの所轄のローカルルールなど、知った事ではありません。
「タダノ、あんたね」
「マツねーさん」
しかめっ面を浮かべるコマツ部長に、彼女が袖を引っ張ります。
「ほんとーにタダノさんはムジツだと思うよ? だってタダノさんに憑いてる背後霊が、ずっとそう言ってるし」
―――はい?
「背後霊って……うわぁ。あんた、そんなもん憑いてるの?」
「……知りませんよ。何ですかその背後霊って」
ドン引きする様子のコマツ部長に、思わず突っ込んでしまいます。
いやいや、本当に何ですか背後霊って。前世の記憶を持つ私でも見た事ないですよそんなの。
……何となく背後を振り返って見ましたが、無機質なコンクリートの壁が見えるだけです。
「背後霊。強いシューチャク――ウラミやネタミなんかを持った人に取り憑いちゃう霊」
背を向けた私に、彼女は律儀に説明します。
「ゆーてもしょせん幽霊だから、何ができるってワケでもないんだよね。嘘もつけないしさー」
「え。嘘をつけないんですか?」
前世を含めてこれまで私がイメージしていたモノとは、少し違う気がしますね。思わず聞き返してしまいます。
「うん。ユーレー嘘ツカナイ」
彼女は片手を挙げて、なぜか片言で答えます。あ、先日ラジオで聴いた「インディアン嘘ツカナイ」が元ネタですかね。
「ハハァ。そんなもんですか」
「フフッ。先生ったらお茶目さん」
「アハハハ……ってふざけんなゴルァ!!」
最後、ダイバが見事なノリツッコミを見せました。
「背後霊が無実を主張してるから、こいつを釈放しろ? 信じられるわけねぇだろ! そんな目に見えないモンをよぉ……!」
ダイバがチンピラのような凄みを効かせます。まぁ、気持ちは分からなくもないですが、だから警察官としてその態度はどうかと。
―――と思った所で、コマツ部長が二人の間にスッと巨体を割り込ませました。
「ダイバ。この世界に幽霊――背後霊なんかがいるというのは本当らしいの。先生はね、その霊能力で、これまで数々の問題を解決しているのよ」
「え。そうなん……すか?」
コマツ部長がしたり顔でダイバを諭します。……ん?
「コマツ部長。その、彼女か解決されてきた『問題』と言うのは、刑事事件でしょうか?」
気になった私は、コマツ部長に質問しました。
彼女がそんな活躍をしているのに、それを私やダイバが知らないのはおかしいと思ったのです。
「民事よ。ほとんどが恋愛や仕事、家庭間でのトラブルね。刑事事件を扱ってもらうのは、今回が初めてになるわ。ですよね? 先生」
「そだよ。…………今まで色々あったなー」
なるほど。と私が納得している所で彼女が目を遠くします。なるほど……お疲れ様です。
「あ。一応メーシあるんだけど、見る?」
メーシ、名刺の事ですね。もちろん是非にと答えます。
「はいどーぞ」
彼女は着物の胸元から可愛らしいデザインのがま口財布を取り出すと、そこから紙片――名刺を取り出しました。
その財布の出処に一瞬驚きましたが、私は何とか顔に出さないようにして恭しく受け取ります。そこには、こう書いてありました。
『悩み事はないですか? ちょっと変わった視点から、解決をお手伝いします!
占い師――ツキノ・ウタコ
営業所:××××』
「ツキノさん。占い師、だったんですね?」
ようやく、彼女の名前が判明です。着物なのに丈が短いというエロ……風変わりな衣装でしたから、どういった職種の方なのか気になってはいました。
てっきり、違法風俗の人かと
「はじめはさ。スナオに『霊媒師』って書いてたんだけど、それだとお客さん来なくてさー。
コホン! ちゅーわけで改めて。
霊媒もできちゃう『占い師』、ツキノ・ウタコちゃんだよ!」
そう言って、彼女――ツキノさんは、腰に手を当ててビシリとポーズを決めます。生前のアニメで見たような。
「なんだ。俺はてっきり違法風俗の嬢かとゲフッ!!」
ダイバがコマツ部長に鋭く脇腹を突かれます。
やっぱり口は災いの元ですね。……おぉ怖い怖い。
「本当にあんた達って……まぁ良いわ。いずれにしても、先生――ツキノさんの仰る事は、信憑性が高いわ」
そう言うと、コマツ部長は私に真顔を向けてきます。
「タダノ。特別にあんたをここから出してあげる。その代わり、あんたも捜査に加わりなさい。あんただって完全に容疑が晴れたわけじゃないんだから、自分の無罪は自分で証明なさい!」
……そう来ましたか。さすが、私達のような癖の強い人間達の上司をやっているだけありますね。上手くまとめてみせるものです。
それに私は敬礼で応えます。手錠が邪魔をして、何とも不格好な形になってしまいましたが。
「―――承知しました」




