後日談194話、冷ややかなる空気
ノーマが股間を押さえてうずくまっているのを、何だか申し訳ない気分になって見下ろすソウヤ。
男であればしばらく悶絶だが、女にとってもそこは痛いのだ。
「……攻撃しないの?」
ノーマはうずくまったまま言った。声の調子からまだ痛いようである。ソウヤは視線を逸らす。
「なんつーか、攻撃しづらいなんだよなぁ」
そもそも、相手が分別なく襲ってくる魔獣などではなく、会話が成立する程度にコミュニケーションが可能。
「さらに言えば、あんたらが神竜の守護者だから戦っているのであって、真っ当に仕事をしている相手に対して、どうもね……」
「仮にも殺しあいしている相手の立場を理解しているってことは……。あなたは戦場経験者ね」
ノーマは立ち上がる。まだ股間は痛いらしい。
「それも高潔な騎士様といったところかしら?」
「違う」
騎士ではない。強いていえば勇者ではあったが、あの職は騎士のような決まった規範があるわけではなく、割と本人の裁量次第なところがある。騎士道っぽく見えたとしても、それはソウヤの性格がなせる業であって、別段騎士らしくとか、それらしい振る舞いは意識していない。
「まあ、いいわ。こういう子相手は、私も好きじゃないし。……通っていいわよ、ここ」
「いいのか?」
戦わずに済むなら――もう戦ってはいるが、決着をつけずに済むのであれば、願ったりであるソウヤである。
「神竜にとって悪しき者、通すべきではない者を止めるのが仕事であって、そうでないならテキトーにやっていいのよ」
ようやく痛みが収まったか、ノーマを自身の腰に手を当て、首周りの凝りを解すように頭を動かした。
「それとも、相手を殺さないと進めないタイプ?」
「それは嫌だな。別にオレはあんたら守護者に親を殺されたわけじゃねえからな」
斬鉄を収納し、ソウヤは歩き出す。ミストとジンが待っていた。
「あれ、爺さん……」
「ちょっと、そこのお爺ちゃん!」
ノーマがビシッと指さした。
「あなたを通した覚えはないわよ! どさくさに紛れてズルするんじゃない!」
「そうは言っても、君では私をどうこうできないよ」
老魔術師は、とうとうと語った。
「君はアストラル体に対する攻撃手段を持ち合わせていないだろう? それでどうやって私を止められるというのかな?」
「……うっ」
ノーマが露骨に顔をしかめた。だがそれも一瞬、眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
「まあ、幽霊ならしょうがないわね。蘇られるといいわね」
大地の守護者は背を向けると、ゆっくりと立ち去っていった。あれでよかったらしい――ソウヤは、口先一つで守護者を帰らせたジンに呆れの視線を向ける。
「何か勘違いさせていなかったか?」
「彼女はヌけているからね」
素知らぬ顔で言ってのけるジン。
「ドジなところも彼女のチャームポイントだよ」
「ドジっ子だった?」
「割と。大事なところを聞き逃したり、忘れたり……。だから四女から攻められたり、三女から冗談を言われたり、からかわれたりしていた」
ジンは微笑した。ソウヤは腕を組む。大空洞をさらに歩く三人。
「あの守護者、次女だっけ。長女はどうなんだ?」
「ノーマに対する態度の話か? 時々たしなめる程度かな。適当さ加減で言えば長女も相当だ。寛容とも言うが、怒らせるととんでもないのは確かだ」
「火属性だっけ」
次女が大地、三女が水、末っ子が風とくれば、残るは四大属性の火ないし炎。――やはり熱血系の脳味噌まで筋肉みたいな感じなのだろうか?
「どうしたミスト?」
後ろを気にしている彼女に、ソウヤは声をかける。
「まだ、クラウドドラゴンは風の守護者と戦っているみたい」
耳を澄まし、聞き分けてみれば確かにまだ戦闘音がしている。風が唸っていた。ソウヤは、大丈夫だろうかと少し不安になった。
そして正面に新たな気配が現れる。白い全身鎧をまとった重騎士。フェイスガードのせいで顔は見えない。
「火の守護者……には、見えないな」
「体格からすると男だね、あれは」
ジンはのんびりした口調で言った。
「あれも守護者なのだろうが、あの四姉妹とは違うな。神竜の守護者か」
「言われてみれば、あのティラノサウルスもどきの頭に似ている気がするな、あの兜」
ソウヤは身構える。相手からは殺意を強く感じた。そして次の瞬間、白騎士は斬鉄にも劣らない大剣を具現化させると構えた。
「どうにも戦わないと通してくれそうにないタイプのようだ」
ソウヤもまた斬鉄をアイテムボックスから出す。ミストも竜爪槍を構えた。
「嫌な感じがするわね」
油断なく、隙もなく、白騎士は大剣の切っ先をソウヤたちに向け、そこから微動だにしない。剣道で竹刀を構えてピタリと制止するような、姿勢のよさが一際目立った。
静かな殺気。空気まで張り詰めたような感覚。
――というか、寒い……?
気配だけではなかった。微塵も動かない白騎士だが、マスクの隙間から白い吐息がわずかに漏れているのが見えた。
肌寒さは気のせいではなく、空洞内の気温が下がっている。
「この冷気はこいつの仕業か……!」
果てしない睨み合い。だが何もしなくても冷気が、周りの者たちの体力を奪っていく。このまま気温が下がり続けたら、戦うどころではなくなる。
自分からは攻めてこない。確かに剣は振っていない。だがすでに攻撃は始まっていたのだ。
できれば戦わずに済めばと思っているタイプにとっては、ある意味天敵かもしれない。何故ならば、白騎士に挑まねばこの冷気はおさまらず、じっとしていれば剣を振るでもなくやられてしまうのだから。
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