海底のクレオパトラ
むかしむかしあるところに、浦島太郎という青年がいました。
浜辺でいじめられていた亀を助けたお礼に、海の底にある竜宮城へ招待されて、乙姫や魚たちと楽しい時間を過ごしました。
ところが、
「あーもうほんっとイライラする!」
「乙姫様、落ち着いてください!」
「そうよそうよ!あーもうそんなに泣いちゃって~せっかく私が可愛くメーキャップしてあげたのにぃ♡」
魚たちの声も、乙姫の耳には届きません。
長い廊下を大きな足音を立てて歩いて、向かったのはさきほどまで浦島太郎と楽しく過ごしていた、宴会場です。
そして手当たり次第に物を投げ始めました。
乙姫の陶器のような白いお肌に、マスカラとアイラインの黒い涙がにじんでいます。
「なんなのよあの浦島太郎とかいうちょんまげ野郎!『僕には帰らなきゃいけないところがあるんだ…』だって。はぁ!?結局オンナがいたんじゃないの!じゃあ…じゃあ今までの私は何だったっていうの?あんなにおしゃれして、媚び売って、結局捨てられて。バカ以外あてはまる言葉がないじゃない!」
「しかし、浦島太郎様から乙姫様に交際の申し出はあったのですか…?」
「ないわよ。けど、あの目は確かに私に惚れてたの!キスだってしたし…その後まで行ったの!第一ね、この『海底のクレオパトラ』に惚れない男なんていないのぉぉ!」
「乙姫ちゃんなら、すぐ次の男見つかるって!」
料理も投げられて、テーブルもひっくり返された宴会場は、もうぐちゃぐちゃです。
それでも腹の虫がおさまらない乙姫は、地団駄を踏みながら言いました。
「違うの!そうじゃないの!もうチャラついた男はたくさんなの!だって私もう28よ?アラサーよ!?いつまでも男をたぶらかしてるような真似してたら、一生独身で寂しく生涯を終えるのよ!?」
乙姫は、これまでたくさんの男の人に言い寄られてきていたのです。
「結婚ってなったら、堅実さは外せない。けど、海底の男はチャラ男かオネエ!そんな中現れたのがあいつだったのよ!この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないと思って、それでもてなしたりしたんじゃない!キスまでして、…あと少しだったのよ」
乙姫のヒステリーは、やがて、すすり泣きに変わりました。
目からは、真珠のような…ではなく、ピータンのような大粒の涙がこぼれ落ちます。
「しかも、あいつにまで裏切られて…私、そうしたら良いの?」
「もう忘れましょうよ!ね?」
「そうよそうよ~!」
「それができたらどんなに楽か!けど、あいつは私が赤ん坊の時からそばにいたのよ。すぐに忘れることなんてできないわ…」
なんと乙姫は、亀にも裏切られてしまったのです。
浦島太郎が地上に帰るのを引き留めようとした乙姫でしたが、なぜか門の前には亀が待ち構えていました。
そして浦島太郎を素早く背に乗せて、どこかへ消えてしまったのです。
「まさか金の力が働いていたなんてね…」
「ですが、きちんと玉手箱は渡せましたよ!ね?」
「あ、そうじゃない!これであいつも痛い目に合うわよぉ。いい気味ね」
「そうね、おばあさまから受け継いだあの玉手箱も、やっと使うときが来たのだったわね…」
乙姫は、浦島太郎への怒りが湧き出る中で、ある名案を思いついたのでした。
それが、玉手箱でした。
「『おうちに帰ったら、ここでの思い出を忘れないよう、ぜひ開けてくださいね』って言ってた時、めちゃめちゃ可愛かったわよぉ♡」
「うんうん!」
「あの箱を開けたら最後。もう女には振り向いてもらえなくなるでしょうね。だれが100歳のジジイなんかと一緒になりたがるもんか!!」
『海底のクレオパトラ』はいつまでもいつまでも、笑い続けたとさ。
おしまい。
初めて書いた小説です。
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