9・幼馴染み
手紙の返事はすぐに返ってきた。
「ルセルさん」
「大丈夫だよ」
慌てたシャノンの声で目覚めたルセル。
先に起きていたシャノンが驚いたのは、部屋の壁にあった、小さな暖炉らしきものの中で、いきなり火が燃えたからである。
その火の中にルセルがためらいもなく手を入れると、それは消えて、代わりにその手は一枚の紙を掴んでいた。
「転送装置?」
ではないかと思い至ったシャノン
火が燃えたりはしないが、テザリナでも裕福層や政府の人たちに使われている。
感応数を持たない、つまり生命体でない物質を空間転移させる装置。
「物質を転送させる原理は同じだけど、その原理を実現させてる機構が違ってる。テザリナのは多分コンピューターを使ってると思うけど、これはマギピューター式だ」
マギピューターとはようするにコンピューターなのだが、自然法則でなく魔術を根本原理としている。
「まあ、原理を知らない人がコンピューターを使いこなすことができるように、魔術を知らなくても、これは使える」
言いながら、手に掴んだ紙を広げるルセル。
「それって、昨日の手紙の?」
ルセルと同じく、シャノンの声で起きたマリー。
「ああ、返事」
それから、文字が読めないマリーからしたら驚くべきほどの速度で、手紙を読みきったらしいルセル。
「運がよかった。かなり近い」
ルセルが手紙をまた転送装置に戻すと、それは消えた。
ーー
それから、地上に出てきて、それからまたいくつか洞窟を抜けて、川に囲まれたような村にたどり着いたルセルたち。
「この村は?」
マリーが聞く。
「エメル村って言うら、しい」
川にかかった村への橋の前にいた少女に気づき、明らかに何か雰囲気が変わるルセル。
灰色のローブ、透明な玉の首飾り、腰にさげた短剣に、綺麗な青髪の少女。
年齢はおそらくルセルやマリーと同じくらい。
同性のマリーから見てもとても可愛らしくて、しかしどこか凛々しくてかっこいい印象もある。
誰も何も言わない。
ただ、少女に向かって歩くルセルに、マリーとシャノンも続く。
もう互いに、少し手を伸ばせば触れられるくらいの距離。
「久しぶりです」
先に声を出したのは少女の方。
「ああ、久しぶり」
ただそうとだけルセルも返す。
そして少女は、ルセルの後ろのマリーとシャノンを見た。
「マリーとシャノンですね。ルセルから話は聞いてます」
それから、彼女はフッと笑う。
「私はエミーシャ。ルセルとは古い友達です」
「うん、よろしく、お願いします」
「よろしくお願いします」
とりあえず、マリーもシャノンも、挨拶した。
「それでは、とりあえず村へ」
「エミーシャ、もしテザリナ政府が、俺のことに気づいてたら」
「大丈夫です。あなたは私を信じてるから頼ってくれたのでしょう」
エミーシャはそこで、ローブの袖にほとんど隠れていた左手をルセルに見せた。
人差し指、中指、薬指のそれぞれに指輪。
「エミーシャ」
三つの指輪の内、一つは、二人の大事な思い出だった。
ずっと昔の、他の誰も知らない秘密。
「ちょっと話が」
「ところで、後で」
重なった声。
「後で」
「ええ」
ぎこちなく、だけどルセルもエミーシャも嬉しそうでもあった。
「マリーさん」
少し辛そうな顔をしていた彼女を心配するシャノン。
「大丈夫よ、シャノン」
「マリー?」
ルセルも振り向く。
「なんでもないから、別に。なんでもない」
ただ、当たり前のことに気づいてしまっただけ。
それだけの事。
-ーエメル村-ー
エメル村は、ハイジェンのような都市とはかけ離れた、人も少なければ、文明の利器も全然ない、田舎という言葉がぴったりなのどかな村だった。
村人たちは大人から子供までみんなエミーシャを慕っているようで、彼女の客人だというルセルたちも暖かく迎えられた。
-ー
そして、二人だけで話をしたいと、二人だけで村からまた出てきたルセルとエミーシャ。
「とりあえず、あまり道も知らずにミグリッドに行こうとしなかったのは正解です」
エターニア大陸の中において、テザリナはある意味で最も安全な領域。
モンスターと呼ばれるような危険な野生の獣や精霊もいないし、強力な力を持つ魔女や魔術師はほぼ政府の管理下にある。
「それに、ミグリッドはヒトだけの国じゃない。1000年前のあなたたちのことを覚えている者も、もしかしたらあの人を恨んでる者すらいるかもしれません」
「でも最悪、ミグリッドなら、マリーたちは助けてくれるんじゃないか」
「あなたはまだガキですね。もしあなたがどうにかなったら、マリーやシャノンは確実に自分のことみたいに悲しみますよ」
「そう、かな」
そうだとしたら、ルセルとしては正直嬉しいけど、複雑なところもあった。
「それで、これからあなたは?」
「これから?」
「マリーはきっと戻る気ですよ」
「ああ、あいつなら、そうすると思う」
それは、ルセルには最初からわかっていた。
マリーが、シャノンの安全を確保出来たなら、テザリナ軍に捕まってしまったろう親友を助けに行こうと考えてること。
「もしそうなら、あなたも一緒に行くつもりですか?」
「マリーは、俺を救ってくれたんだ」
マリー自身、知らない事。
彼女と出会ってから、明るい彼女の笑顔にルセルがどれだけ救われてきたのか。
「だから俺は、力になってあげたい」
それがルセルの、今の正直な気持ち。
「私は、今のテザリナの現状も、多分あなたより知っています」
エミーシャは無表情だった。
冷静に客観的だった。
「当然ですけどテザリナにはまだ王がいるし、あなたを覚えているだろう人もいますよ。あなたが戻れば、またあなたにとっての7年前と同じような結果になるかも」
ルセルにとっての7年前であり、エミーシャにとっての7年前と同じに。
「姉さんなら」
ルセルが彼女の事に触れたのは、エミーシャには衝撃だった。
「君が好きだった姉さんなら、戦えって言うよ。友達を見捨てるくらいなら、また戦えって」
「あの人は」
「それに前とは違う。最初から破壊しに行くんじゃなくて、ただ知り合いを助けに行くだけだ」
「相手もそう思ってくれるとは限りません」
「一緒に来てほしい」
ルセル自身、自分がそう言ったことが、自分で意外だった。
でも、まったく自然とそう言っていた。
「君がいると心強いし」
「ガキのまま、だけど、あなたは変わりましたね。本当に」
エミーシャには、それが嬉しくて、だけど少し切なくもあった。
「本音を言うと私は、今は、あなたのためなら力になりたいです。だけど私は」
それもわかってた事だった。
「私は一緒には行けません。あの人なら確かに、あなたには行けと言うでしょう。だけど私には行くなと言うはずです」
「そう、だよな」
ルセルより、エミーシャはあまりに彼女の秘密を知りすぎていた。
あまりに彼女の力を引き継ぎすぎていた。
いくら友達でも、数人のためにそれを危険に晒す事だけは絶対に避けないといけなかった。
「もう二度と、会えないと思ってた」
「私も、です」
泣きそうな顔をしていたルセルの肩に、手をおいたエミーシャ。
「シャノンのことは任せてください。あなたたちがもし、ここに帰ってこれなかったとしても、あの子だけは私が必ず守ります」
「うん、ありがとう」
昔はずっと一緒にいるのだと二人とも思っていた。
だけどある時。
二人は別の道を行くことになって、それからは7年ぶりの再会だった。