8・まるで消えてしまいそうで
北門は閉じていたが、それはルセルが勢いよく土を隆起させて破壊した。
そしてハイジェンを出て行った三人。
「ルセルさんは、ほんとに、何者なんですか?」
「何者って言われてもな」
あらためてのシャノンの問いに、正直ルセルは困る。
真実はあまりに不可思議で、それこそ冗談のような話であるし、今は別に話す必要性も感じてなかった。
何も知らないなら、知らない方がよいこともあるだろう。
現にミシェルだって、親友にも、同じ軍にいる義妹にすら、テザリナの真実を隠していた。
「ただ知り合いに、すごい技術者だった人がいて、けどその人は、自分を仲間にしようとしたテザリナを嫌って、それで少し戦いになったんだけど、負けちゃったってわけ」
真実とは全然違っているが、全く何もかも違うとも言いきれないくらいの説明。
「ルセルは、だからテザリナを」
別にルセルとしては、そんな雰囲気を出したつもりもなかったのに、辛い過去を思い出させてしまったと考えたのか、申し訳なさそうなマリー。
「俺が嫌ってるのは、マリー、君の親友が恐れてた連中だけだ。テザリナの市民にも、テザリナ軍の人たちにも憎しみとかはない」
だからこそルセルはヴィクターたちの誰も殺さなかったし、負けを認めた様子だった彼に関しては、動きを封じることさえしなかった。
「エレオノーラ、て人は、軍にいる知り合いなの?」
その名を出した瞬間、なんとなくマリーには、ルセルが辛そうに見えた。
「ああ」
そっけなく肯定するだけのルセルに、マリーとシャノンは顔を見合わせ、頷きあう。
事情は知らないけど、安易に踏み込んでいい話題ではなさそうだった。
-ーハイジェン外-ー
ハイジェンから出て、山道を少し進み、また森に入って、そこで草木にカモフラージュされて隠されていた、ちょっとした地下施設への出入り口。
それを普通に、いきなり開くルセル。
「ここは?」
すぐ尋ねるマリー。
「俺が住んでた洞窟と同じようなものだ。万が一のために用意されてたもの」
暗くて、その内部はあまり見えなかったが、ルセルが手をつっこみ、何かいじると、明かりがついて、階段が現れる。
「昔は、確か近くに村があって、旅人のための宿もあったんだけど、今もあるかはわからないし、どっちみち追われてる身の俺たちが、公共の施設を使うのはまずい」
マリーたちには、まだ知る由もないだろう。
ルセルの言う昔というのは、実に1000年も前のこと。
「ここなら安全だから。少し休もう」
「わかった」
「はい」
ハイジェンを出てからもう半日ほど。
マリーもシャノンも、疲れていたから、ルセルの提案はありがたかった。
「ルセル、手伝うよ。むしろ私がやるよ」
「私も、手伝います」
持ってきていた肉を、コンロで焼き始めようとしたルセルに、マリーもシャノンもすぐに言った。
「ええと、じゃあ任せるよ。ただ、コンロの火も水道の水もスイッチ押せば使えるけど、あまり強く押しすぎると勢いがすごいから気をつけて」
擬似的に隔絶されているようなその地下施設の中で火や水を使えるのは、やはり魔術によるもの。
密閉領域内でエネルギーをひたすらに循環させているのである。
それから、四角いテーブルに、四つあったイスの内の三つにそれぞれ座り、焼いた肉を食べるルセルたち。
「そういえば、ルセルはミグリッドの」
「悪いけどミグリッドへの道なら知らないよ。俺もテザリナの外にはあまり出たことないし」
マリーの質問途中で、さっさと答を返したルセル。
「ただ、道を知ってたとしても行けるかはわからない。確実に警戒されてる。テザリナの奴らからしたって、ミグリッドは逃亡者の逃げる先の最有力候補だろうから」
「ミグリッドってどんな国なの?」
それをまったく知らないマリー。
「俺も、あまり詳しいことは知らないけど」
テザリナはかつて、魔女のような契約とかによる借りた力でなく、生まれながらに様々な獣の力を持ったヒトを造ろうとした。
物理的操作や、魔法や魔術によって、複数の獣を組み合わせた獣をキメラというが、テザリナが造ろうとしたのは、言ってしまえば最強のキメラだった。
結果的に大量の犠牲を払った末、二人の、確かに大量の獣の力を持ったヒト型キメラ、シンビトが誕生した。
だが多くの仲間を犠牲にした上で、自分たちを望んでもいないような存在へと変えたテザリナから、二人は逃亡。
テザリナ側としては、好奇心に勝てず、力を与えすぎていたのが仇となった。
二人のシンビトは、ヒト至上主義のテザリナを嫌っていたエルフ族やヴァンパイア族など、知能の高い獣たちの多くと協力し、テザリナを敵とする一大国家を建国。
それが今の時代にまで残っているミグリッド国。
「テザリナから逃げてる者なら確かに受け入れてくれるだろうし、それにいざとなった時も、ミグリッドなら、テザリナ相手にしっかり戦えるくらいの国力もある。確かに普通に考えるなら、一番いい逃亡先だ」
「でも、場所が」
不安そうなシャノンに、しかしルセルは笑みを見せる。
「大丈夫。俺にはもっと確実な当てがある」
シャノンもマリーも、ルセルの方を見た。
「今は、信じて」
ルセルは、その時はそうとだけ言った。
その夜。
ルセルが、こそこそと外に出ていくのに、目ざとく気づいたマリー。
「ルセル」
なんとなく胸騒ぎがして、悪いような気がしたけど、彼に続いて外に出てきたマリー。
ルセルは、紙に何かを書いてるようだった。
そして突然、書いていた手を止めて、彼が紙を投げ捨てたかと思うとそれは消えた。
「魔術の手紙?」
魔術師は、不思議な手紙を使うという事を聞いた事があったので、そうでないかと考えたマリー。
「ああ」
また、あまり聞いてほしくないのがわかりやすい、そっけない返事。
しかし今回は、マリーはどうしても気になった。
「誰かに?」
「昔の、友達だ」
ルセルは最後に彼女と会った時の事を思い出す。
(「ごめんなさい。あなたへの憎しみを、私は消せません」
「あの人なら、あなたの幸せを願ったはずです」
「あなたの友達だったことは忘れません」)
「ルセル」
バカバカしいけど、まるで彼が消えてしまいそうに思えて、とっさにその腕を掴んだマリー。
「マリー」
少し照れてるような顔。
マリーが、大好きな。
「ごめん、なんか」
手を離し、少し彼から離れるマリー。
「私、先に戻ってるね」
そうして、マリーが地下の方に戻ったので、また夜空の下に一人となったルセル。
(「私が何も知らないと思ってるんですか?」
「ルセル、一緒に逃げよう。それでどこかで、どこかで静かに暮らそう。そうするしかないよ」
「私たち、きっと人がそうだと言うような深い付き合いがあったわけじゃないけど、けど……」)
「こんな時だけど、また会えるなら嬉しいよ、エミーシャ」
ルセルは呟き、それから、彼も地下へと戻った。