6・友情のためにこそ、一番戦うように
ミーカスが聞いてきた内容は、ミシェルにはわりと意味不明であった。
彼はただ二つ聞いてきただけ。
軍内の誰かにマリーのことを話したか?
話しているわけがない。
なぜマリーに助けを求めたのか?
彼女が洗脳波を受けないことがわかっていたからだ。
どちらも聞くまでもなく、わかりきっているようなこと。
というかミーカスの問いは、むしろ問いというより確認であった。
だが、ミシェルにはわからない。
ミーカスにとって、何が重要であったのか。
ミーカスが部屋を出ていった後、入れ替わるように入ってきた、魔法士団の魔女二人と、剣士団の女性。
魔女二人は知らない二人だったが、剣士団の女性は知っていた。
確か剣士団第五部隊の隊長補佐であるレミーナ。
剣士団はただでさえ女性が少ないから、それなりの地位にあるレミーナは、それだけでなかなか有名である。
一方で同じ魔法士団所属にも関わらず知らない二人は、自分と同じく一般兵だろう。
「あなたが私の見張り役ってわけね」
「あなたの処罰が決定するまではそうです」
レミーナは、別にミシェルに対して興味などはないようだった。
見張り役になっているのは、ただ命令があったからというだけの話だろう。
「剣士団に女性は少ないと聞いてるけど」
「そうですね。十人に一人もいないと思います」
剣士団の総隊長候補にまでなった事があるクローディアに、マリーが憧れてしまうのも納得というものである。
「私が女である事が嫌ですか」
「いや、私はそんなに異性慣れしてないし、知らない男よりは、知らない女の人の方がずっといいわ。だけど」
ただひとつ、どうしようもなく気になった。
「女の人の見張りに、女の人を回してくれるような気遣いが、上の人たちにも出来るんだなと思って」
「そういうことなら私たちの隊長に感謝すべきですね。自分の仕事を増やしてまで、私をここの見張りにあてたのは、あの人です」
「あなたの、隊長」
剣士団第五部隊の隊長リズ。
クローディアは、すでに隊長階級を辞しているため、現在唯一の剣士団の女性部隊長。
-ールセルの洞窟-ー
ルセルの洞窟の一部屋のような空間の、木作りのベッドで目覚めたマリー。
隣を見ると、シャノンが同じような、しかしやや粗めに見える作りの、木製ベッドで寝ていた。
「ほとんど入れ替わりだ。さっきまでは、この子、シャノンも起きてたんだけど」
寝ているシャノンに、毛布をかけてやるルセル。
「ルセル」
お礼を言いたいのに、ただ涙を必死でこらえるのが精一杯だったマリー。
「事情はだいたい、シャノンから聞いたよ」
皮をむいて、食べやすい大きさに切ったリンゴを置いた皿をマリーの前に置くルセル。
「よかったら、食べなよ。あんまり新鮮じゃなくて悪いけど。お腹すいてるだろ」
「うん」
いよいよ涙を見せるも、すぐに無理やり止めるマリー。
「マリー、ここに来たのは正解だ。あいつらの捜索隊はどんどん数を増してるみたいだから」
「わかる、の?」
なんでもないことのように言うルセルに、マリーは素直に驚く。
「ああ、この暗いって言われてる森と、周囲のある程度の範囲のことなら。わかるって言っても、どれくらいの人がいるかとか、そのくらいだけど」
そこで、マリーはふと思う。
「この洞窟は、安全なの?」
「中に誰かがいるなら、テザリナの奴らには見つけられない。それと、俺にはもともと効かないけど洗脳波も無効化される。そういう魔術がかかってるから」
「魔術、ルセルは」
「俺は魔術師じゃないよ。声質的に向いてないんだ」
呪文を使うのに、向いてる声と、向いてない声があるが、ルセルは完全に向いていない声だった。
「まあでも、ずっとこの洞窟にいるわけにもいかない。食料だって底をつくだろうし。結局、君の友人が言うように、この国、少なくともあちこち監視だらけの、このハイジェンは出てくべきだと思う」
それから寝てるシャノンを見てから、またマリーの方を向いたルセル。
「だけど今は、ゆっくり休んで」
それからほぼ一日が経った。
「マリー、この森に知り合いがいる事を誰か知ってる?」
洞窟の一部屋に用意された風呂からあがってきて間もないマリーに、いきなり問うルセル。
「あの、ごめんなさい、友達のリリエが知ってます」
「そっか」
真剣な表情のまま、何か石遊びでもしてるようなルセルに、隣のシャノンも少し不安そうな顔。
「いきなりで悪いけど、もうここは出よう。後になれば後になるほどやばそうだ」
置いていた大剣を持つルセル。
「30分後には出ていきたいけど、大丈夫?」
「うん」
「はい」
マリーもシャノンも、すぐ頷く。
「ここのこと、リリエが」
「洗脳兵器ではないと思う。あれは、行動や言葉は操れるけど、記憶を引き出させたりはできないものだから。まあ、一時的に意識のない操り人形にしてるみたいな感じだ」
おそらくは記憶を引き出す魔術を使われたと、ルセルは説明した。
「あの、ごめんね、ルセル。その」
ルセルが用意してくれた剣の鞘を両手で握りしめ、今さらながら申し訳なさそうなマリー。
「もし巻き込んでしまった、とか思ってるなら、そんなの気にしないでいい。実のところ、俺は元々、テザリナ政府から敵視されてる。それにあいつらは嫌いだって言ったろ」
笑顔すらルセルは見せた。
「門から?」
マリーの剣と同じように、ルセルが用意してくれた空間杖を持ったシャノン。
「ああ、北門から出よう」
ルセルは迷わずそう返す。
「けど見張りが」
とマリー。
「マリー、あいつらが知ってるのは、この森にお前の友人がいる事までだ。それが俺だって事は知られてないだろうし、多分、正面突破できると思う」
「ルセルさんは、いったい」
ルセルの自信に、正直少し恐さすら感じるシャノン。
そしてシャノンの内心を知ってか知らずか、ルセルはまた少し笑みを見せて言った。
「今は信頼して。俺は、友情のためにこそ一番戦うように教えられて育ったんだ。昔、とても強い人の下で」
-ーテザリナの機密施設-ー
ミーカスは、逃亡したシャノンと、彼女を連れたマリーの追跡に加わっていたわけではない。
ただ彼はひたすらに、マリーの友人がいるらしい暗い森について調べていた。
ミーカスがハイジェンの地図を広げ、その横に積み上げられたいくつかの資料を繰り返し読んでいた部屋。
そこにいきなり入ってきた、紫の花飾りを二つ頭につけた女性。
「この森に何かあるの?」
魔術により微かに光っていた、地図上の暗い森を見て、女性はミーカスに聞く。
「この森はおそらく以前、1000の前だ。呪われし魔女によって何らかの魔術をかけられている。おそらくは、我々テザリナの者には見つけられないとか、そういう類のもの」
1000の前。
真実を知らない者には、何か、暗号言葉のようなものにしか思えないだろう表現。
「で、シトレナ。お前は魔法士団の者が逃亡した話は聞いたか?」
「いえ、全然」
ミーカス同様、シトレナと呼ばれた女性も、軍の逃亡者などには興味がない。
「逃亡した一人に手助けしてる者には、この森に知り合いがいるらしい。おそらくは十代後半くらいの少年だそうだ」
「彼だと言うの?」
ミーカスの考えに感づくや、シトレナも急に声を大きくする。
「可能性はある。彼の死は確認されてない」
しかし、ミーカスも、あまり高い可能性とは考えていないようだった。
「王には」
「言うべきではないな。おそらく今の段階では」
シトレナの言葉を途中で遮ったミーカス。
それから彼は、まるで本物の虫にそうするかのように、いつからか飛び交っていた虫型の機械を掴んで、握りつぶした。
「誰の虫か確認することは可能か?」
「無理だと思う」
聞いたミーカスも、答えたシトレナも、別にそれに関してもわりと無関心そうであった。
「そうか」
そして、シトレナを置いてミーカスが部屋を出ていくや、広げられた地図は勝手に丸まり、資料は全て本棚の空いていたところに戻った。