3・魔法士団の姉妹
ーーハイジェン都市部ーー
マリーが住み込みで働く宿屋からルセルの暮らす洞窟までは、森の道と街の道とを合わせて、駆け足と電気列車で2時間くらいの距離。
街に帰ってきて、列車に乗り、しかし宿屋やレントハウスの最寄り駅ではなく、二つほど先の駅で降りたマリー。
「やばい、やばい、やばい」
そんなに長居するつもじゃなかったのに、ついルセルと長く話しこんでしまい、彼女は街の方の友人との待ち合わせ時間に遅れてしまっていた。
「ごめん、遅れて」
数十分くらい遅れてしまったものの、友人はしっかり待ってくれていた。
同じ孤児院で育った二人の幼なじみの内の一人。
マリーと同様に明るい雰囲気の少女、リリエ。
「うん、遅い」
別に怒っているという感じはなく、むしろ楽しそうにリリエはニヤける。
「男だな」
「ち、違うって」
と照れながら否定はするも、どこか嬉しさを抑えきれてない顔のマリーの言葉に、あまり説得力はない。
「またまた、どうせあれでしょ、森の亡霊少年君」
「えっと、そうだけど、そうなんだけど」
さすがに、洞窟に住むほとんど野生児みたいな奴という事は伏せている。
しかし、森の家で静かに暮らしている、どこか影があるようでかっこいい少年の知り合いの話は、まるで自慢するように何度もしてきたマリー。
「けどまあ私は嬉しいよ、マリー。彼氏が出来ても、同性の友人ともちゃんと遊んでくれるの」
「だからそんなんじゃないって。まだ」
「まだ、ねえ」
「もう」
マリーとリリエは、職場は違うが、休日はかぶっている。
そして休日の朝はルセルに会いに行き、昼すぎからはリリエと遊ぶのが、今のマリーの日常だった。
それから、庶民的な野外カフェの席についたマリーたち二人。
「いや、しかし、あのお転婆だったマリーがねえ」
「私だって女の子だよ、恋のひとつやふたつくらいします」
「ふたつね、初恋じゃないの?」
「うん、えっと、初恋です」
「ああ、あんた、可愛すぎだって」
「からかわないでって」
しかし、そんな気持ちを抱いたのがいつからだったのか。
思い出そうとしても、マリーには思い出せない。
一目惚れとかでなかった事は確かだ。
マリーの最初のルセルの印象といえば、「暗い」とか「恐い」とか、そんなだった。
でも、やる気なさそうだった彼にあっさり剣で負けちゃって。
それでいろいろ教わる事にもなって、いろいろ話をする内に、暗いとか恐いとかが、だんだんと「かっこいい」とか「優しい」に変わってきて。
それで……。
「亡霊少年との事、妄想でもしてた?」
「との事って何よ。ただ、ちょっとね、ちょっとだけ考えてただけ」
「そんな顔真っ赤でボーッとしちゃってさ。ほんとにちょっとなの?」
「わりとちょっとです」
「はは、ほんと。しかしガチ恋かあ、こりゃ次にミシェルに会った時が楽しみだね」
「どうせ手紙で全部教えちゃうでしょ。もうそれならいっそ、魔女的に何かいいアドバイスとかないかって聞いといてよ」
もう認めちゃって、隠す必要もないし、開き直るマリー。
マリーとリリエ、二人のもう一人の幼馴染であるミシェルは、テザリナ軍魔法士団に所属している魔女だった。
軍に入るには普通は入隊試験を受けれなければならないが、魔法士団のみは、基本的に魔女の才能を有する者に対するスカウト制。
そしてミシェルは魔女としての才があって、どういうわけだか、それがわかるらしい政府の使者からスカウトを受け、13歳の孤児院卒業を機に、魔法士団に正式に入隊した。
今のテザリナは内部でも周辺でも平和で、あまり大きな戦いもなく、軍と言っても、実際に戦闘を行ったりという事はあまりない。
しかし毎日の訓練や、いざという時のための工学技術や魔法の研究があるので、ミシェルもあまり暇は出来ず、マリーたちと会える機会は今やそう多くない。
しかし、同じ孤児院で育った同期で同性の三人。
友情に変わりはなかった。
文字の読み書きが出来ないマリーの言葉も交えて、リリエとミシェルは、手紙のやりとりも続けている。
-ールセルの洞窟-ー
マリーが帰ってからルセルは、夢の事とか、テザリナ軍の事とか、いろいろ考えていた。
軍の剣士団の入隊テストを受けるつもりと言っていたマリー。
まず間違いなく合格するだろう。
彼女は自分で思ってるより、きっとずっと強い。
だけどそれがルセルには複雑だった。
夢にも出てきた、かつて姉の体を突き刺した女兵士の事を思い出すルセル。
彼女、エレオノーラの事はよく覚えてる。
忘れるわけがない。
ある意味で、ルセルの決心までの道の、最初のところで手をひいてくれたような人。
マリーはでも、それなりに普通の女の子だ。
確かに強いと言っても、兵士学校のエリートや、肉体強化手術を受けた改造戦士とかには劣る。
真実に気づくような立場になって、どうにかなるような事もないだろう。
けれど、それでもルセルは恐れを抱かないではいられない。
このテザリナという国が築いた今の平和に何の秘密もないなんて、絶対に信じられなかったから。
マリーが心配だった。
そして実は、ルセルが恐れていたような事よりも、事態はずっと悪くなりつつあった。
平和の王国、栄光の王国、そして悪の王国テザリナ。
その大きな陰謀にマリーは巻き込まれつつあったのだ。
-ーテザリナ軍兵舎-ー
マリーがルセルと、軽く手合わせしてた頃と同時刻くらい。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
あまり似てはいない、だらしなくベッドに眠る姉の体を、声をかけながら揺らす、ちょっとくせ毛気味な髪をマシにしている赤いリボンが可愛らしい、10歳くらいの妹。
「ん、あっ、シャノン。ごめん、もう少ししてから」
なんて寝ぼけ顔で言いながら、あっさり二度寝しようとする、ストレートに長い髪の姉。
「じゃないよ、お姉ちゃん、起きなきゃ、今日は朝早いって言ってたじゃん」
「そうだったあ」
そこでようやく、ベッドから飛び起きたミシェル。
ミシェルと妹のシャノンは、実の姉妹ではない。
ただ、テザリナ軍に入隊した時点で身寄りのいない者は、巨大な王の城の周囲を囲む軍基地をさらに囲む城下町の、適当な家に引き取られる事になっている。
もっとも、それは政府側の管理のしやすさのためだけの制度。
法律上の家族になるだけで、会った事もないという者たちも多い。
ミシェルとシャノンも例外ではなかった。
二人は同じ家に引き取られているが、どちらも引き取り手である義理の両親とは会った事もない。
しかしミシェルとシャノンの当人たち二人は仲がよく、軍事基地の寮でも、同じ部屋で暮らしている。
朝早く出かけ、ミシェルが帰宅したのは昼頃。
「あれ、お姉ちゃん、用事はもういいの?」
「ええ、今日はもうね。で、シャノン、大事なお話」
そして、後ろ手に隠し持ってた一本の杖を、シャノンに差し出したミシェル。
「これって」
姉のとよく似ていて、そうだとすぐにわかる。
「あなたに支給された空間杖よ。もうすぐ正式入隊だし、渡しといてくれって」
空間杖は、魔法と呼ばれる秘技を使うのに非常に役立つ道具であり、魔女にはほとんど必須の道具。
「一応さ、私と同じ部隊に配属になれたから、これからは先輩としてもいろいろ教えてあげる」
「うん。よかった」
杖を渡された時点では少し不安もあったが、姉と同じ部隊と知って、シャノンは心底ホッとする。
「あと、ちょっと提出書類を書くために調べなきゃいけないことあるから、いきなりだけど、今日は時間ある?」
「うん、大丈夫」
シャノンが了承したので、提出する書類のために必要な情報を調べる簡単なテストを、ミシェルはいくつか行った。
そして、感応的数というものを、調べた時。
「嘘、でしょ」
急激に顔を青ざめるミシェル。
「お姉ちゃん?」
椅子に座り、その数値を図る腕時計のような装置をつけていたシャノン。
感応的数は、魔女が意思によって変化させられる感応数という数の、現時点での数値の事。
測った時点でのシャノンの感応的数は、12.8564325689352254。
これは別におかしな数値ではない。
問題はそこじゃなく、シャノンの感応的数の変化可能な数量だった。
彼女の最小の感応的数は12で、最大が14。
つまり変化可能な量は2。
これはありえなかった。
いや、ありえないわけじゃない。
決してありえないわけではなく、しかし恐ろしい事だった。
テザリナという国において、それはあまりに……。