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ゼロ時空の魔術師  作者: 猫隼
1-1・過去の影
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2・少女剣士と、洞窟暮らしの少年

 ルーゲ海の先を知る者はいない。

その無限とも考えられている海のどこかに、エターニア大陸は浮かんでいる。


 テザリナ王国は、エターニアのちょうど中心くらいにあり、土地の広さ、人口、軍事力、機械技術のいずれにおいても、大陸中で最大の大国。


 呪われし魔女キーチェは、かつてテザリナを滅ぼそうとして、実際にそうなるところだった。

しかし、そうはならなかった。

結局、たったひとつの悲劇が、彼女を止めた。


 そしてそれから、彼女の弟ルセルはずっと、テザリナの首都ハイジェンの北側の外れの森にある洞窟で、静かに生きている。



-ーハイジェン外れの森-ー


 今では、すっかり我が家である洞窟から出てきたルセルは、かつてキーチェとドラゴンたちが、この国、テザリナに地獄のような光景を作り出した時に比べて、そんなには変わっていない。

背が伸びたのと、声が少し低くなったくらい。

それ以外はほとんど変わってない。


「はあ、はあ、やあっ」

もうずいぶん前からそれを続けてたのだろう。

洞窟の前で、息を切らしながら、木剣の素振り練習をしていた少女。

明るめなオリーブグリーンの髪のポニーテール。

ボーイッシュな雰囲気だけど、女の子らしいおしゃれさも感じさせる服装。


「マリー」

「ルセル」

名前を呼ぶや、実に楽しげな笑顔で振り向いてくれる。

「ん」

「へ?」


 いきなり、マリーの振り回していたそれと同じような木剣を渡され、ルセルは戸惑うしかない。


「へ、じゃないって、勝負勝負。実は新しい技、考えてさ」

「ああ、うん」

「なによ、私なんて相手にならない?」

「いや、全然そんな事ないだろ。うん」


 そうして、軽く戦う流れとなった二人。


「ルセル、今日こそ手加減抜きだよ」

右手に持った剣を腹部の辺りで水平に保つマリー。

「今日こそっていうか、手加減なんてしたことないけど」

ルセルの方は、両手で持った剣を垂直より少し斜めにしたような構え。


 マリーは身軽で素早い。

「やっ」

しかし、力はそんなには強くない。

急接近からの横斬りをあっさり迎え打ち、止めるルセル。

「いっ」

技というか、確かに優れた技術だった。

あえてそんなに力を入れなかったのだろうマリーは、ルセルの防御の反動を利用し、木剣を器用にねじり、回転させ、無防備となっていた反対側から、追撃してきたのだ。


「く」

思いきり地を蹴り、後ろに跳んで、なんとかマリーの追撃を避けたルセル。

「やあっ」

さらに、踏み込んできての突き。

なんとかルセルは、 自分へと伸びてきた木剣の先を自分の剣ではらい、反撃に、今度は自分の方が横斬りを放つ。

しかしマリーは、それを読んでいたのか、強引に自分を止めたのか、即座に地面を蹴って勢いよく後ろに少し下がり、ルセルの斬撃をぎりぎりかわす。


「もらった」

それで、今度こそだった。

少し下がったかと思いきや、また少し近づいてきたマリーの木剣がルセルの体を容赦なく叩いた。


 だが実は、どれだけ強く叩こうが別に全然痛くもない。

その木剣は特殊な加工が施されてあって、同素材同士の場合を除いて、物に当たるとグニャリと曲がり、衝撃などほぼ皆無な代物だから。

ようするに、テザリナの優れた工学技術が生んだ、ただの安全な練習用である。


「ねえ本当にさ、手加減してないんだよね。わざとじゃないんだよね?」

勝ちはしたが、しかし、それが本当の意味での勝利なのか、いまいち自信が持てないらしいマリー。

「なんでそんなに不安なんだよ。いや、ほんと、お前強くなったよ。もう俺じゃあんまり勝てる気しないくらい」

尻もちをついたが、すぐに立ち上がるルセル。


 マリーは、ハイジェンに十数個くらいあるらしい孤児院のひとつ、レントハウスで育った孤児。

ルセルには眩しいくらいに明るい性格で、孤児院の後輩達にも慕われているよきお姉ちゃんらしかった。

テザリナ軍剣士団(けんしだん)の、有名らしい女剣士のクローディアに憧れ、いつか自分も剣士として入団するのを夢見て、今は孤児院近くの宿屋で働きながら、独学で剣術練習を続けている。


 ルセルが彼女と知り合ったのは2年ほど前のこと。

人目を気にせず練習出来るので、もともとマリーはよく街外れの森に来ていた。

テザリナの領土内なら、森だろうが山だろうが徹底的な管理によって危険な野生モンスターは一切いない。

しかし、旅人を敵視する亡霊が住まうという噂のその森は、噂はともかく、確かに似たような景色ばかりで迷いやすく、マリーはある時、どこがどこだか全然わからなくなってしまう。


 サバイバルに関しては素人もいいとこな当時の彼女は、果実や、野生動物を見つけられる事もなく、空腹のあまりについに倒れてしまう。

そこを運よくルセルに見つけられ、助けられたのだった。


 気がついた時、ルセルの洞窟で寝かされていたマリーは、話をする内に、彼がテザリナ軍の正統剣術に妙に詳しい事に気づく。

実際ルセルは、それに関して非常に詳しく、かつ、実際にそれを一時期学んでいた事もあった。

それで剣士団志望のマリーは、ルセルとの手合わせを望み、結果、あっさり負けてしまった。

ついでに完全に我流なために型も何もなく、めちゃくちゃすぎである事を何気なく指摘されたマリーは、リベンジを誓うと共に、ルセルに練習を見てもらうようにもなった。


 そしてそんなこんなで、二人は仲良くなっていった。

また、優れてるかは微妙ながら、少なくとも人に教えれる程度には、ちゃんと戦闘の術を知っている指導者を得て、本来才能はあったのだろうマリーは、どんどん強くなっていったのだった。



「俺は飯にするけど、お前はどうする?」

「んん、じゃあ、おこぼれ、もらっちゃおっかな」

「わかった」


 それから洞窟奥の、氷と冷水により天然の冷蔵庫と化している領域から、保存していた切り肉を持ち出してきたルセル。

肉を片手のルセルがまた洞窟から出てくると、マリーは焚き火の用意をしていた。

互いにずいぶんと馴れたものである。


「ルセル、聞いて。私ね、戸籍登録してから、もう少しで12年経つんだよ」

それが凄い大発見かのように、嬉しそうなマリー。

「えっと、マリー、12歳?」

「違うって。孤児院に入った子は、その時点から新しい戸籍を得るの」


 しかし、レントハウスに引き取られた時の自分の年齢を知らないので、マリーは自分の実年齢は知らない。


「で、とにかく、12年経つから、次の軍の入隊試験、私受けれるんだよ」

テザリナの法律か、軍の入隊条件か。

とりあえず戸籍を持ってから12年経たないと、軍の入隊試験は受けれないらしい。

「そっか」

そっけないというより、ルセルは少し複雑そうだった。


「前から、なんとなくは、思ってたんだけどさ。ルセルは、軍隊が嫌いなの?」

2年の付き合いで、彼の、つい表に出てしまう態度というか、感情の変化というか、そういうのを少しは察する事が出来るようになったマリー。

「別に軍隊が嫌いなわけじゃない。ただ」

一瞬迷うような仕草を見せたが、しかしルセルはマリーの目を見て、真顔のままはっきりと言った。

「テザリナの軍はその政府の下にある。俺が嫌ってるのはそいつらだ、テザリナの政府」


 大陸で、最も強大な力を有する者たち。

この世界で最も恐ろしき罪を背負った者たち。

かつて、ルセルが、一番大切な人を裏切ってまで守った者たち。

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