1・1000年前?
ーーテザリナ歴1722ーー
この世界に地獄があるなら、その時、彼女たちが戦っていた場所がそうだった。
燃え盛る炎。
崩壊した家々。
死に包まれ、泣き叫ぶしかなかった哀れな人々。
もはやガレキの山と化していた大都市の、破壊された西の門近くに、その少年は立っていた。
まだ10歳前後くらい。
彼は、ある魔女の弟。
この世界において、一部の女性は、特定の霊や獣と契約という行為で結びつくことで、その力を借りることが出来る。
そうして得られた力を魔法と言い、自在に魔法を操る女性を魔女と呼ぶ。
少年は待ち構えていた。
平気な顔で、まったく身の丈に合ってない大剣を持ち、復讐心に支配された軍勢をたった一人で足止めするために、そこに立っていた。
不意に空が、文字通りにひび割れる。
渦をまくように、空間に亀裂が走ったような、あるいは実はガラスで作られている空が割れたような光景。
そこから凄まじい暴風と共に次々現れる、様々な形態のドラゴンたち。
ドラゴンだった。
この世界で最強とされる獣たちだ。
それが何種類もいて、どの種も数百体はいる。
ワニのような長い口と、先端が三角に尖っている尾に、コウモリに似た翼を持つ、リンドブルム。
腕と同化している翼に、長い尻尾が特徴的な、ワイバーン。
真っ赤に輝く目と、翼を持つヘビのような、ヴィーヴル。
翼と手足を持たない、巨大な芋虫にも、ヘビにも似ている、ワーム。
カメのようなコウラに、それを突き破る十数本のトゲ、それに毛に包まれた細長い首と尾を持つベルーダ
「なんで?」
大量の巨大な翼が覆っていく空の下。
翼を持たないワームやベルーダが、次々落ちてくる。
「なんでだよ?」
怪物どもを呼んだのは、彼の敵ではなかった。
もう十二分に都市は崩壊しているというのに、そいつらは無差別に、さらなる破壊をもたらしていく。
崩れたガレキの山をさらに粉砕していく。
「どう、やって?」
死を覚悟していた。
目の前に迫っていた敵軍の兵士たちが、大量のヴィーヴルの吐いた炎で焼かれ、ワイバーンの尾で薙ぎ倒され、ベルーダに踏み潰されていく光景を見て、そんなものは無意味だったのだと気づく。
「よく耐えてくれたわね」
最後に会った時と一見は変わってない。
透き通るような、白い光に照らされてるようにも見える、肩にぎりぎりかかるくらいの金髪。
細身の体に、黒装束に、ダイヤ型の銀の首飾り。
最後に会った時と、服装まで何もかも同じ。
しかし違う。
背後に現れた姉は、その時の彼女はまさしく狂気に満ちていた。
「もう十分だろ、都市は粉々だ」
「奴らはまだ生きてるわ」
その声が、ちゃんと届いているのかも、もう疑問。
「あいつが、王が生きてる限り、私たちの戦いは終わらない」
「けど」
その時だった。
物陰から突如現れた、破損だらけの鎧をまとった赤髪の女兵士。
彼女はその手の槍で貫いた、平和だったはずの都市を地獄へと変えた、元凶たる魔女の体を。
「あなたは」
「知ってるの?」
弟に問いながら、槍に貫かれたまま、痛がる素振りも見せず、彼女は手を少しばかり振った。
「ぐっ」
次の瞬間には弾き飛ばされ、意識も失ってしまっていた女兵士。
魔女は自らに刺さった槍を抜き、倒れた女兵士の前まで来て、振り上げ、突き刺そうとする。
「待って」
間に入り、彼は姉を止めようとした。
「あら、あなたはこの女の何なのかしら?」
「この人は違うんだ。悪い人じゃない」
はっきり怒りを見せて、責めてくるような姉に怯えを感じながらも、彼は言葉を返す。
「こいつは、テザリナの兵士、敵よ」
「俺たちの敵は王だろ」
「いえ、この悪しき王国。この忌まわしき世界よ」
「でも、でもこの人は何も知らない」
「あの人だって、何も知らなかった」
そして、弟を蹴り飛ばした魔女は、いつの間にやら奪っていた大剣を、彼に向けた。
「いいわ、あなたにめんじて、そこの女は助けてあげる。よかったわね」
皮肉のようにそう言って、大剣を弟に返した姉。
「とにかく、これで第一段階は完了。行くわよ、今は」
弟は何も返さず、しかし、姉の後ろに続く。
そうして、ドラゴンたちが容赦ない破壊を続ける、崩壊した都市を背に、姉弟は去った。
-ー
(「いいじゃない。何が正しいかなんてどうでもいい」
「私はね、あいつらを決して許さない」)
(「恐ろしいと感じるのはおかしくない」
「ただ、この世界は滅びようとしている。たった一人がそのための力を得た」
「誰にも頼ることはできない。お前が決めるしかない」
「俺には会いに来ない事だ。今ここで誓うからな。次に会った時、お前を殺す」)
(「ごめんなさい。あなたへの憎しみを私は消せません」
「もう私があなたを助けることはないと思います。あなたもそれを望んではいないでしょう」
「さよなら」)
-ーテザリナ歴2729(?)ーー
リアルな夢だった。
昔の夢。
時々、ルセルはそれを見て、そして目覚める事で、もう全ては過去の事なのだと思い出す。
おそらくは、結構長く寝ていたが、今が朝なのか夜なのかはわからない。
彼が暮らしているのは、とある洞窟の奥であり、明かりを灯してないと、常に暗闇だからだ。
立ち上がり、ルセルは入り組んだ洞窟の、唯一の出入り口へと向かった。
光が入り込んできているから、今は朝か昼くらいなのだろう。
光以外に、剣が風を斬る音も聞こえてきている。
多分、あの子が来ているのだろう。
突然に現れて、ただ、絶望ばかりの心を癒やしてくれた、明るい少女。
何も知らないで。
何も知らないくせに。
ただ友達になってくれた、優しい女の子。