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8.村からヘラゼムス王国へ

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あの悪夢のような祝勝会から2週間少しがたち、村は平穏を取り戻していた。

その間で俺はトラムードさんの家に入り浸り、国の歴史書などを読んだり、美味しい料理をごちそうになったりしていた。

「結局現れませんでしたね、中級悪魔は」

トラムードさんが料理を持って現れる。

いまは朝食の時間。そして、最後の食事だ。

「現れないに越したことはないです。まぁ、拍子抜けではありますけど」

手を合わせてから、食事にありつく。

「何だったんでしょうか。悪魔たちの考えは未だなぞに包まれていますが、不気味です」

「王国に着いたら手紙を出します。何かあればまた伝えてください、可能な限り力になりますよ」

「そうして貰えると助かります。ボクも例の件は調べておきますので」

「ロマヌに帰る方法、そして時の魔法を解除する方法。なにか分かったら教えてください」

トラムードさんには、俺の知り合いが時の女神に魔法を掛けられてしまったと相談した。

このあたりは国王も神への信仰が強く、俺が時の女神の話をした時は初めて話したのがボクでよかったとトラムードさんは言った。もし他の人に話していたら、いい顔はされないだろうと。

「久しぶりに腕がなってますよ。こういう研究をしたくて、前は王国で職についていたんです。

あっ、そうだ。せっかくだからボクが紹介状を持っていってください。ボクの名前を知ってる人なんて少ないかもしれませんが、役に立つかもしれません」

すでに準備していたのか、懐から書簡を取り出してこちらに渡してくる。

有り難く受け取り、荷物をまとめると外に出た。

「では、お気をつけて」

「ええ、トラムードさんも体調には気を付けてください」

簡単な言葉を掛けて、俺は長老の家に向かった。


長老の家の前にはモンテとガイデルが待っていた。

ガイデルは頬を真っ赤に腫らしている。

「…んだよ」

「まだ治らないんだね」

「チッ、親父もリリーも容赦ねぇんだよ」

「フェリクスさん、ボクはまだこの村の代表ではありませんが感謝させてください。あなたが召喚されてきてくれて本当によかった」

慌ただしくて忘れていた自己紹介を、2週間の間にすませていた。

名前を名乗らなかったのは、件の英雄さんと違っていたらまずいと思っていたのもあるが。

「いやいや、本当にすごいのは君の、君たちのこの村を思う気持ちだよ。中にはどうでもいいなんて言う子もいるけれどね」

「おまえなぁ! …俺だって、反省してんだ」

「ごめんごめん。ちょっとした冗談だよ」

笑いながら謝ると、ガイデルは溜息をついて、いいよ別に、と答える。

モンテが扉を開き手で示す。

「どうぞ、みなさん中でお待ちです」

中に入ると、長老とガイラムさん、細目の女性が座って待っていた。

…そういえばこの細目の女性の名前を聞いてなかったな。

「こたびは村を代表してお礼を申し上げる。また、ガイラムの悪い癖につきあわせてしまったことについても、非礼を詫びよう」

「あぁいいですよ。勝ったの俺ですし」

ぐっ、とガイラムさんが息を飲んだ。

「一言多いんだよおめぇ…」

「ぷっ、くっくっくっ」

「笑うんじゃねぇ!」

細目の女性にガイラムがどなり声をあげた。

けれどどこかで風が吹いた程度の様子で、女性が立ち上がり頭を下げた。

「わたくしからも、村の女性代表としてお礼を申し上げますわ。森での作戦には参加できなかったことは申し訳のうございますが」

「そんなことありません。しっかりと役割を守って、村を守っていたんでしょう。詫びることは何もないと思っています」

「そうおっしゃっていただけますと気持ちが救われますわ」

女性が座り、続いてガイラムさんが立ち上がった。

「俺からも礼を言う。今回はお前がいなけりゃ何もできなかった」

「みなさんがいてくれたからできたことです。俺一人でもできませんでした」

「それをつたえりゃ、村の男衆も喜ぶだろう。本当に感謝しかねぇ」

ガイラムが席につくと、長老が頷きこちらに向き直った。

「して、これからは王国に向かうとか」

「ええ。調べごとをするならば王国だとききましたので」

「然り然り。トラムードが取り寄せている書物も、王国ではだれでも手に取れるものでしかない。情報を集めるのであれば、王国で名をあげるのが近道じゃろう」

「冒険者として名をあげれば、希少な書物にも目を通す許可が下りるとは聞きました」

「そうじゃ。王国はここから歩いて1週間ほどはかかる。申し訳ないが、村の馬を貸すわけにはいかぬ」

「そこまでお世話になるつもりはありません。が、もっと貴重なものをもらいます」

長老が頷くと、その背後から特徴的な桃色髪が現れた。

「リリー。彼はお前を連れていきたいと言っておる。どうするのじゃ、お主が決めなさい」

リリーは不安そうに瞳を揺らしながら、俺と長老を交互に眺めた。

彼女は行動力があり、誰かを思いやることができる。そして、この村の人にお世話になってきたという自覚がある。だからこそ迷っている。

勝手に祭殿から麻布を持ちだしたのも村の為、ガイデルに憤慨したのも村の為、自分の為に何かをしていいのかを迷っている。

「長老さん、隣村とのお話ってもうすすんでるんでしょ…?」

「ああ。あちらに行っても苦労をしないよう、優しい人を儂が選んだ。お主は父母をなくし苦労した。じゃから再び家族の元にいた方がいいと、儂は思っておる」

「うん、うん。長老さんのいうことだもの、きっとそうよね。優しい人と一緒になったら、幸せになれるかな」

「なれるとも。苦労することなどない」

長老も答えを返すが、リリーにどうすべきかという言葉を掛けることはない。

決めるべきはリリーだと、そう思っているのだ。

「と、トラムードさんの家で御本を読んで、トラムードさんみたいにな…ってもいいんでしょ?」

「あやつは特別じゃ。苦労することもあるじゃろうが、トラムードもリリーを気にいっておる。リリーに覚悟があるのなら、それでもいいじゃろう」

「ど、どうしよっかなぁ。ねぇ、どうしたらいいかしら…」

リリーが誰ともなく声をあげる。まだ幼い子に求めるには酷な選択だ。

それは俺にも分かっている。けれど、後悔だけはしてほしくないのだ。

何度もリリーが周りに問いかける。

誰も答えない。大人はだれも、彼女にどうしてほしいかを言わない。


「――なに迷ってんだよ!」


突然扉が大きな音を立てて開いた。

そこにいたのは、ガイデルとモンテだ。

大声をあげたガイデルはリリーに向かってなおも叫ぶ。

「この村の誰もな、お前に何をしてほしいなんていわねぇ。そんなこと言うやつがいたら俺がボコボコにしてやる! お前は自由なんだ、やりたいことをやれよ! 誰かに迷惑かけるかなんて、考えてんじゃねぇ!」

息を荒げて叫ぶガイデルに、リリーは唖然とした表情を浮かべてから頭を振った。

そして、笑った。それを見たガイデルの頬が紅潮する。

「完全に惚れてないか」

小声でつぶやくと、近くにいたモンテが小声で返した。

「仲直りした時に抱きしめられて、惚れちゃったみたいです」

あれまぁ、そりゃ複雑だわ。

「お前ら、聞こえてんぞ!」

やべぇ、ガイデルがこっちをにらんでる。

リリーがガイデルを見つめて言う。

「ガイデル。……ごめんなさい! あと、ありがとう!」

「えっ、あっ…えっ?」

「……もしかして振られた?」

「みたいですね。フェリクスさん、ボク後に引きそうなんで失礼してもいいですか」

「絶対逃がさない。俺だって逃げたいのに」

「放してください。放して。あれ放心し終わったら絶対殴りかかってくる気ですよ」

「モンテを犠牲にして俺が生き残る」

「ふざけないでください…! あなたはすぐここからいなくなるんだからいいでしょ…!」

痛いの嫌だし。

モンテの肩を掴んでひきとめていると、リリーが口を開いた。

「ガイデルはなんか、お兄ちゃんみたいな感じなの。好きっていうのとはちょっと違う感じ」

リリーさんやそれは追い打ちじゃないかい。

ガイラムさんも頭抱えちゃったよ。

「…こほん。ではリリー、お主はどうしたい」

リリーは両手を見つめてから、まっすぐに長老を見つめた。

「お母さんを探したい。お母さんのお墓には、お母さんいないから」

「ふむぅ、なるほど。確かにお主の母の遺体は見つかっておらぬ。が、もう何年も前の事じゃぞ」

「見つからないかもしれないわ。だから、いつ戻ってこれるかもわからなくて、今までお世話になったこの村にも恩返しができなくなっちゃう。それでも、わたしは探しに行きたいの」

「それがお主の望みか。そのために村を出るか」

「それがわたしのやりたいこと。そのために、英雄さんについていきたい。王国ならお母さんのこと知っている人がいるかもしれないから」

「………わかった。お主に答えを求めたのは儂たちじゃ、それを曲げるようなことをいうつもりはないが、簡単にはいかぬぞ」

「お父さんと、お母さんがいなくなってから、ずっと考えていたことだもの。諦めるつもりなんてないわ」

とても12歳とは思えない覚悟を示して、リリーは答えた。

それにこの場にいる大人たちは頷きを示した。

「リリー。このまま村を出ていくのならつもる話もあるじゃろうて。お世話になって人たちに挨拶に行ってきなさい」

「あ、ありがとうございます、長老さん! わたし、わたしこの村が大好きですから!」

「ほっほっほっ。そんなことはの、みなしっておるよ」

えへへ、と笑いリリーは飛び出していった。

残った放心状態のガイデルをガイラムさんが回収し、細目の女性が出ていき、モンテと長老だけが残る。

長老は改まって視線を落とした。そして、モンテに耳打ちする。

モンテはそれを深い頷きで返すと、外へ出て行った。

「話をさせてもらってもよいかの。リリーの話じゃ、お主がリリーを連れていくのならきいておいてもらいたい」

俺も居住まいを正して、長老の真向かいに腰を下ろした。

長老は深く息をつくと、ぽつぽつと話始めた。

「リリーの父親は猟師じゃった。ちょっと抜けておるところがあってな、日が落ちた後の磔の森には入ってはならぬとしきたりがありながらも、奴は森に入った。

 振り返ってみると、その次の日はリリーの誕生日だったのじゃ。きっと内密に獣を狩って誕生日を祝いたかったんじゃろう。しきたりを破って磔の森にはいった猟師は、言い伝えの通り翌朝磔になっておった」

俺は息を呑んだ。

「見つけたのは他の猟師じゃ。森に入ると、すぐに分かった。その上、見つけた時にリリーの父親は生きておった。奴は見つけた猟師にこう言ったらしい『魔女に会った。魔女は言った。夜は魔女の領域、それを侵したものは誰であろうと許さない、と』それだけを伝え、奴は息絶えた。魔女には分かっておったのだろう、我らがいつ森に入るのかが。しかし、その魔女の言葉は一部の者にしか伝えておらん」

「……魔女は、この村の事を熟知している。それを伝えることは余計な不安を煽るから、ですか」

「そうじゃ。儂らにとっては、しきたりどおり夜には磔の森に入らなければそれでよかった。魔女の言葉など、しきたりの正しさを裏付けておるだけじゃ。中には昼間のうちに魔女を退治しようというものもおったが、儂とガイラムで説得した。いらぬ反感を買う必要はない。事実リリーの父より前にも後にも被害は出ておらん」

が、と長老はつづけた。

「不幸にも、じゃ。リリーの母は魔法使いじゃった。治癒魔法を得意としておってな、他にもいくつか魔法のスキルを持っておったが。彼女は魔法の書物を借りるためにトラムードと頻繁に交流しておった。そこにリリーもおったのじゃ」

リリーとトラムードさんの繋がりはそこからなのか。

両親が生きていた時から、二人には繋がりがあった。だからリリーもトラムードさんに懐いているのだろう。

「リリーの母は自分をせめた。見つけた猟師がの、迂闊にも見つけた時は息があったなどといったものじゃから特に自分を責めたのじゃ。もし自分が見つけていれば、救えたかもしれない。あるいは予兆を感じ取って、彼を引きとめていれば…とな」

「その場にいない俺でも、痛いほどに気持ちは察します」

「後悔が彼女を突き動かしたのじゃ。まだ幼いリリーをおいて、彼女は森へ向かった。自分も魔法が使えるという驕りがあったのかもしれぬ。その予兆はあったが、彼女は娘を強く愛していたものじゃから、そんな突発的な行動をとるとは思っておらなんだ」

「ですが、森の魔女にやられたわけではないんでしょう? 先ほど遺体は見つかっていないと」

「そうじゃ。…じゃが、少々事情が絡んでおっての」

軋み音をあげて扉が開く。そこには一枚の紙を携えたモンテの姿があった。

「お爺さま、持ってまいりました」

「うむ。リリーの母はの、この紙を儂のおいていった」

机に広げられた紙を見ると、そこにはこう書かれていた。

『森の魔女に会いました。もう魔女が現れることはないでしょう。しかし私も深く傷を負い、娘に会うことができません。娘の事をどうか、どうかお願いいたします』

「リリーの母は優れた治癒魔法の使い手じゃった。彼女をして深手を負い、というのが儂らには実に不思議に思ったんじゃ。そして、あれほどまで娘を愛していた母が娘を儂らに任せないといけないような状況にある。これは一筋縄にはいかないと儂は感じ、この手紙はリリーには伝えず母は森に入り行方が分からなくなったと伝えた。葬式もあげたが、墓にはなにも入っていない、リリーの気持ちを整理するためじゃったがうまくはいかなかったようじゃの」

「森の魔女がいなくなったというのは?」

「わからぬ。犠牲者がでて、追い払ったというものもこの村にはおらぬ。その上で確かめようと村人を立ち入らせるわけにはいかぬ。朝昼の猟だけも儂らの村は十分に成り立っておるのじゃから」

「そうですね、試すためには命を掛ける必要がある、か」

指導者としては正しい判断だ。

「俺に伝えたいというのは、この手紙にある娘に会うことができないほどの深い傷、というところですね」

「その通りじゃ。この手紙を読みとれば、リリーの母はリリーと会うことを拒絶していると受け止められる。リリーの母は生きておる。じゃが、リリーと会うことを喜びはしないかもしれぬ。それをリリー自身に伝えるのは憚られるのじゃ」

「……分かりました。この紙は頂くことはできますか?」

「よかろう。いずれリリーの母とまみえた時は、この紙の真意を聞いてほしい」

「引き受けました」

「リリーの事を頼む。あの娘はいい子じゃ。村の事をいつも一番に考え、愛嬌もある。お主になら任せられる、というほどともにおるわけじゃないからの。見返りとして王国にたどり着くまでの食糧はこの村から出るときに用意しよう」

「助かります」

それだけはなすと、俺は村長の家を出た。


村の入り口にはリリーが待っていた。

目立つ桃色髪は楽しそうに揺れている。

「お待たせしました、お姫様」

恭しく膝をつくと、リリーも胸を張りながらノってくる。

「待っていませんわ。あなたが追いかけてくるのは、いつものことじゃありませんか」

絵本のセリフだ。

「いきますわよ、ついてらっしゃい!」

「どこまでもお護りいたしますよ、我が姫」

村長の言うとおり、用意された食料が詰め込まれた袋を持ち上げ足早に進むリリーを追いかける。

とはいえ足の長さがちがうから、すぐに追いついてしまった。

目をキラキラさせながら歩を進めるリリーに、一抹の罪悪感からつい言葉を漏らした。

「…実は俺、英雄じゃないんだ」

「知ってるわ!」

リリーはこちらを見ずに言った。

そして真っすぐ走り続けるとくるりと、踵を返した。

「あなたの名前がフェリクスっていうことも、500年以上前から来たんじゃなくて、ロマヌっていうところから来たってことも、全部知ってるわ。英雄さんの名前とは違うもの、いくらわたしだって気付くわ」

でもね、とリリーはつづけた。

「フェリクスはわたしの世界を広げてくれた英雄なの。だから英雄さん、って呼ぶわ。絵本のお姫様もね、初めは内気だったけれど英雄さんに元気づけられていろんなことをするようになるんだもの!」

「そっか、でも英雄は恥かしいから名前で呼んでほしいかな」

「ぜっっっったい嫌!」

子供らしい無邪気さでリリーは笑う。

俺達の王国への旅は、ここから始まった。

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