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7.祝勝会②

転生してからの話は回想みたいな感じで小出しにする予定です。

「準備できたぜ! 席につきな!」


大声に誘われて、ガイラムさんの隣の席に着く。

眼前には並々酒が注がれたコップが無数に広がっていた。

「…物理的に入らなくないですか?」

「棄権してもいいんだぜ。席についた時点で勝負は始まってるからよ、逃げたらここにいる奴らは俺が勝ったと思うだろうよ」

「やりますよ。やりますけどね」

「よぉし! そこのお前、さっき俺に話しかけて来たやつだな。審判を頼んだ!」

嫌そうな顔してますけど。とは言わずにすごすごとやってきた村人さんに、頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「へ、へい。審判なんざやったことありませんが…」

「ルールは簡単だ! 飲んだふりして捨てたら即刻失格、というかそんなふうに酒を扱うやつはここにいる奴らで袋叩きにしたやれ! 飲めなくなったり、ぶった倒ても失格。飲めなくなったかどうかは自分で言えぃ! ぶっ倒れたかどうかは審判が判断しろ、ぶんなぐってもいいぞ!」

男衆の叫び声で空がわれそうだ。

耳が暫くイカレそうになる。

指で耳栓をしていると、審判が右手を空に掲げた。

「は、始めっ」

振り下ろされた瞬間、眼前のコップが3つ一瞬でなくなった。

一つはくわえたまま流し込み、両手に一杯ずつ。

アホみたいな飲み方をしている人が、隣にいた。

「………うわぁ」

思わず頭の中の言葉がそのまま出てしまった。

「ぷはぁっ、おいおいどうした。そんなんじゃ酒がなくなっちまうぜ! ガハハハハ!」

「…ちなみに酒がなくなったらどうなるんです?」

審判に聞く。

「勝敗は飲んだコップの数で決まるので、なくなったらそこまでで一番飲んだ人の勝ちかと…」

「早い者勝ちってわけか。よし」

気合いを入れて酒を呷る。ここは寒冷地ではないから作っている酒も度数の高いものではないが、消化する前に飲み始めていくとさすがにきつい。

「おっせぇおっせぇ! そんなんじゃ俺が全部飲みつくしちまうぜ」

ガハハハと笑うガイラムの事は気にせず、自分のペースで飲み進めていく。

次第に机の上に広がった酒がなくなっていく。

酒と食べ物くらいしか娯楽がなかったロマヌでの暮らしが役に立っているのかいないのか、ペースはガイラムさんよりやや遅いくらい。

ガイラムさんもあのペースを維持できるわけではないだろうと高をくくっていると。

「おめぇさんよ、俺が飲む早さを落とすのを待ってるだろ。無駄なこって、同じ早さでここにある酒全部飲み切れる自信があるぜ俺ぁ」

虚勢に決まっている。飲みながら垂れ流さないと絶対無理な量だぞ。

酔っ払いはいつもそんな事をいうんだよなぁ、と思っていると審判が耳打ちしてきた。

「本当ですよ。前に飲み比べした時は終わった後に、今と同じくらいの早さで残ってる酒全部ガイラムさんが飲んじまったんです」

「うわばみってレベルじゃないな…」

やや遅い位では間に合わない。俺も早さをあげながらコップを空けていく。

次々と空けられていくコップは山のようになっていて、振り返ると現実が俺の胃を刺激して戻してしまいそうになる。

気にしない、気にしない、気にしない。

自分に暗示を掛けながらコップを空けていくが、あと2杯の差が縮まらない。

それに俺も限界が近くなって。

「…うぷ」

「おいおい、吐いたら負けだぜ! んなの酒を捨ててんのと一緒だ、無理やり飲みこませてやるよ!」

アルハラパワハラなんてレベルじゃねぇ。この催し絶対何人か逝ってるに違いない。

名を連ねてなるものかと気合いで飲みこんで、コップを叩きつけた。

限界だ。もう飲めない。全身か酒になったんじゃないかと思うほど、身体から酒気が空に伸びているようだった。

「いいねぇ、それでどうするんだ? 俺ぁまだ飲めるぜ。棄権するかい」

これ見よがしにコップの酒を揺らしながら、ガイラムが煽る。

するわけない、するわけないが、物理的に無理な領域に辿りついていることは、俺自身が分かっていた。


「負けんじゃねぇぞ!」


はやし立てる群集の中から、ひと際大きな声が響いた。

「…ガイデル? あいつなにを」

ガイラムの声が震える。

視界は飲みほした酒のせいで歪んでいるが、トラムードさんがガイデルを持ち上げているようだ。

群衆から文字通り一つ頭抜けたガイデルが、声を荒げる。

「負けたらゆるさねぇぞ! でかい口叩いたんだから勝てよ!」

他にも何か言いかけていたが、橙の頭が隠れると次は目立つ桃色髪が現れた。

「英雄さーん! がんばってー! 英雄さんは負けないんだから!」

「おめぇ、ガキども使って俺の勢いそごうってか?」

「…視界、曇ってるんじゃありませんか。あれは子供たちの純粋な応援ですよ。子供に慕われるタイプの人間なんで」

「ほぉん。そらぁなんだ、当てつけか?」

勢いを削ぐどころか、ブースターが点火した音がした気がする。

俺の返しが悪いわけだけど。

「……ふぅ。分かりました。俺も本気を出します」

覚悟を決める。

「本気だと? 今にも吐き出しそうな奴がそこまで言えんなら十分だぜ。だが、本気出してどうすんだ?」

「審判、酒樽を持ってきてください。ガイラムさん、それを俺が飲みほしたら俺の勝ちってのはどうです」

「おめぇ、本気で言ってんなら頭どうかしてんのか?」

すでに頭おかしい量飲んでるんだから、お互いさまだろ。

それに、俺には飲み干せる確信があった。もちろん、今のままの俺では一口喉を通しただけで吐き出してしまうだろう。

「勝負ってのは、仕掛けられたらふたつしかない。受けるか、逃げるかです。逃げますか?」

「言うじゃねぇか。言ったよな、はねっかえりはすきだぜぇ! その勝負のった! だが、てめぇが飲んでる間俺の手持ちが無くなっちまうのはいけねぇ。おい、俺の分の酒樽も持ってこい」

審判が慌てて周りに声を掛けた。

すぐにふたつの酒樽がテーブルの上に載せられた。10リットル位はありそうだなぁこれ。

「飲み比べ勝負だ。俺にも飲ませてくれよ! 後ろに積み上がってるもんなんか関係ねぇ。これで勝負だ」

「わかりました。合図はまた審判に任せてでいいですか」

「おうよ、一瞬で吐くんじゃねぇぞ」

審判がまた手を空に掲げる。

ふと、ロマヌにいた時の事を思い出した。


ロマヌでは、変化のない日々が毎日繰り返されていて、何ヶ月かに一回、気分転換の為に酒宴が開かれていた。

アストロノアの屋敷には、犬耳が生えた人がそれこそ何十人と勤めていて、酒宴はいつも盛り上がりを見せていた。中には今みたいに、つぶれるまで飲み比べをしている者もいて、それに巻き込まれることもあった。

彼らはみなアストロノアを気にいっていたから、いつも気を使われていた俺のことを目の敵にしている奴もいたんだ。

酒樽から飲み比べをする、なんてよく考えなくても頭の悪いことだと分かるが、その日は付き合ってやろうと思った。一度負けておけば、変に突っかかられることもないだろうと。

驚いたのは飲もうとした瞬間に、アストロノアが酒樽を破壊したことだ。

それはもう大層な暴れようだった。屋敷にも深い爪跡が残ったほどだ。

アストロノアは、酒樽を持ちだした奴らをひどく叱責し俺に近寄らないよう厳命し、俺には絶対に酒樽から酒を飲まないように言った。

大げさだとは思ったが、理由をきいてもアストロノアは答えなかった。負けるかと思ったのかと聞くと、勝てるとは思っておるが勝てることが問題なのじゃ。と彼女は語った。


「開始!」

審判の手が振り下ろされる。

俺は力を振り絞って酒樽を持ち上げると、中身を傾けた。

――[スキルがアンロックされました]

変化は一瞬だった。酔いが回っていた頭がクリアになっていく。

一体何に苦しんでいたのかと思うほど、酒は喉を滑り落ちていく。

隣でガイラムさんが焦っているのが見えた。

あっという間に酒を呑みほし、酒樽を叩きつける。

ダンッ!

「……俺の、勝ちだ」

酒樽を持ち上げていたガイラムさんがゆっくりと下ろす。

中にはまだ酒が入っている。

「ハァ…俺の負けだ…!」

ひと際大きな歓声が会場を包み込んだ。

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