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4.悪魔を食べる植物

筆がノったので、ぼちぼち書きます。

一旦会議は解散として、俺はリリーの家に来ていた。

飾り気のない質素な部屋で、せいぜい雨風をしのげる程度の薄い壁に、藁敷きの寝どこが置いてある。

リリーやモンテ、そして目を覚ました時傍らにいたオレンジ髪の少年、ガイデルといったか。

彼らは12歳ほどに見えたが、皆こんな生活をしているのだろうか。

会議が終わった後、モンテは長老と話があるらしく、トラムードは必要な物を取りに行くとかですぐに姿を消してしまった。

残った俺はリリーに連れられてここに辿りついていた。

家に入るなり、リリーは壁に立てかけていた絵本を拾い上げ、俺に手渡した。

「これは?」

「英雄さんの絵本よ! わたしのお気に入りなの、さっきどんな話が伝わっているのか知りたいっていってたでしょ?」

眩しすぎる笑顔に、いい返す言葉もなく俺は頷いた。

「英雄さんはね、貧しい村で生まれたけれどすっごく頑張って、王国の騎士になったの。そして第三王女様の近衛兵に抜擢されてからは、すごいのよ! この王女さまがとってもお転婆で、すぐにいろんなところに行っちゃうの。ある時はふととある山にしかいない狼が見たいって言って一人で出かけちゃって、その山のドラゴンに食べられそうになっちゃうの。でもね、そこで英雄さんがズバっとドラゴンをやっつけて、『姫、お怪我はないですか』っていうの! とにかく英雄さんは強くて、お姫様のお転婆に付き合わされて色々なことに巻き込まれるんだけど、どんなことでも解決しちゃうのよ! ね、すごいでしょ!」

あぁそうだね、という言葉を吐きそうになって口をつぐんだ。

彼女からしたら、俺がその英雄さんだと思っているのだ。

「それだけじゃない。お姫様が神様に連れて行かれそうになった時なんて苦労したよ。3日3晩戦ってなんとか取り戻したけどね」

得意げな表情で話すと、リリーは一瞬きょとんとした顔をしてから目を見開いた。

「すっっっっごい! それもね、この絵本の最後に描いてあるのよ! やっぱり英雄さん本物だったのね!」

あるのかよ。

絵本をめくり続けるリリーの手元を見ると、身の丈ほどもある剣を空に掲げた騎士の姿が描かれていた。その切っ先は、空から舞い降りる女性に向けられている。

「ねぇ、どうして神様は王女様を連れていこうとしたの?」

リリーの指先が空から舞い降りる女性を指す。

「どうして王女様は神様になることを嫌がったのかな。英雄さんと一緒にいたかったから?」

「…どうしてだろうね。俺は王女様じゃないから、わかんないな」

「そっか、うん、そうだよね」

リリーが本をしまうのと同時に、扉が開かれた。

姿を見せたのはトラムードだ。

「や、やっぱりここにいたんですね。も、持ってきましたよ、召喚された後の陣から拾ってきた、低級悪魔の身体の一部です」

それは青ざめた肌の指先だった。

「こ、これをもって王国に村一番の早馬で嘆願に向かったのですが、魔力反応がないとのことで、い、一蹴されてしまいまして」

「召喚に使われてますしね」

一度召喚に使った依代は、二度は使えないようになる。

トラムードは不安と興奮をないまぜにしたような表情で、呟く。

「本当にこれで、呼び出せるんでしょうか」

「まぁ見ててくださいよ。ちなみに村の人の協力の方はどうです?」

「い、いま、ガイラムさんと長老が説得をしています。明日の朝には取りかかれるようになるかと」

「そうですか。じゃあ今日のところはゆっくりしましょうか」

伸びをして床に身を横たえた。満腹妖精のりんぷんで体力を回復したとはいえ、まだまだ身体は衰えている。今は休養しよう。

「あ、あぁ、あのですね。よろしければボ、ボクの家来ませんか。温かいスープも食べ物をご用意していますので。その代わりと言っては何ですが、色々とお話を聞かせてもらえたらぁ、なんて」

「いいんですか、俺は何もお返しできませんが」

「かっ、かま、構いませんよ! この村で魔法の話ができる人と出会えるとは思えなかったんです。是非来てください! あっ、リリーちゃんもよかったらおいで」

「わたしも行ってもいいの?」

「いつだって来ていいよって言ってるでしょ? 本に興味を持ってくれる子はいつでも歓迎だよ!」

「やったーー!」

いい人、なのだろうか。

本の虫という印象を抱きながら、俺達はトラムード宅へお邪魔することとした。


「ど、どうぞ、少し散らかってますが」

足の踏み場もないほど本が散らかった空間を少しというのは無理があると思うが、慣れた様子でトラムードとリリーはジャンプして先に進んでいく。

俺は足場を確保する為に散らかった本を傍らに寄せながらそのあとについて行った。

拾い上げた本のひとつ、ヘラゼムス王国の歴史①という本に目が止まった。

どこかで聞いた覚えのある名前だ。

「そ、それに興味があるんですか? それはこの国の歴史について編纂された歴史書ですよ。この国の歴史は一度途切れてしまっているから、出版されるたびに内容が変わって非常に興味深いんですよ」

「へぇ。っていうか結構離れてますけど、よくそこから見えましたね」

「へ、へへ、目はいい方でして」

目がいいで済ませられるレベルだろうか。一旦置いておこう。

「国の歴史が途切れたっていうのは?」

「なんだか、神様からお告げがあったらしいです。当時の国王はそれはもう敬虔な教徒でしたので、言われるがまま歴史書を焚書する王命を出したと聞いています」

狂信者にして暴君かよ。

「お、王が代替わりして、編纂者が暫くして現れてから、ま、また綴られるようになったので、途中から空白があるんです。興味があるならばお見せしますよ、こちらに最新の編纂書がありますので!」

声に誘われて廊下を進むと、広々とした部屋にたどり着いた。壁面には天井まで書棚が伸びている。

背表紙を見る限り、ジャンルは学術書がばかりで、歴史書や魔法指南書、農学や工学についても本も置いてある。

「これ全部、トラムードさんの?」

「お恥ずかしながら、ここから得た知識を使って村の農業に口出しをするのがボクの役目です。農業なんてあまりやったことはありませんが、村のみなさんはボクの言葉を真摯に聞いてくれます。とても有り難いことです」

その言葉には力強さがあった。普段のおどおどした姿からはかけ離れ、自信が根底にあるように見えた。

「あまり外から口を出すことじゃないけど。こういう役割の人をおける場所は、いい場所だと、俺も思う」

「で、できれば皆さんにも書物の素晴らしさをお伝えしたいんですが、そこはなかなか…。でもリリーちゃんは興味を持ってくれてるから、将来このお役目はリリーちゃんに引き継ぎたいなぁなんて」

「ぜっっっったいに嫌! わたしが好きなのは絵本だもん」

「え、えぇぇぇ、だってこのまえ召喚魔法の本読んでたじゃない。興味出てきたんでしょ?ね?」

「召喚魔法は英雄さんを呼ぶために我慢して読んだの! 文字いっぱいでくらくらしちゃったわ」

「ん? 英雄さんを呼ぶため? この人を、呼ぶため?」

話の流れに不穏な影を感じた。

「そう、モンテに頼んで祭殿から英雄さんが持ってた麻袋を依代に召喚したの! だから絶対にこの人が英雄さんなんだから!」

「い、いやいやいやいや! まずいよそれ! 麻袋はちゃんと戻したの!? っていうか成功しちゃったの!? 何で、何でだろ、救国の英雄をつづった話はもう500年以上前の話のはず、依代を使ったって成功するはずないのに。もしかして何か模様を描いちゃったんじゃ」

「本の通りにしたから、○描いて真ん中に麻袋置いただけよ」

「にしたって、500年以上前だよ。あり得ない、あり得るはずがない。どの魔法学書の記述ともそぐわない!」

「いいじゃない。英雄さんを呼び出せたし、村の問題も解決できるんだから」

「そりゃそうかも知れないけどさリリーちゃん」

「トラムードおじさん、なんだか今日眠くなっちゃった。お布団借りてもいい?」

「あぁ、い、いいよ。ちょっとボクは考え事がしたい気分だし」

「英雄さんも一緒にねる? 絵本読んであげる!」

「俺も少し考え事があるから、先に寝てて」

元気よく返事をしてから、リリーは奥の部屋に走って行った。

俺は一人ごとを繰り返しているトラムードさんに声を掛ける。

「混乱しているところ申し訳ないんだが、ひとついい」

「あ、あぁ、ごめん。なんだろう」

「俺があの子に呼び出されたというのは本当で、呼ばれる前は別の場所にいた。ロマヌっていう場所。聞いたことはある?」

アストロノアとともにいた日々を思い出す。

あの子が寂しがっていないかが心配になる。

「ロマヌ…ロマヌ…何かで見たことがあるはず」

トラムードさんが立ち上がり、書棚に並べられた本の背表紙をなぞる。

が、途中で指先が止まった。

「ダメだ、すぐには思いだせない。けれどどこか遠い場所だった気がする。君はそこから来たってことなんですね」

「そう。そして、俺自身は召喚陣を刻印しているわけじゃないから、依代で呼び出されたっていうのまでは正しいんだ。けれど幾つか不思議なことがある」

どこまで話そうか迷っていたが、俺が召喚されたことがつまびらかにされた以上、隠していてもしょうがないだろう。むしろ打ち明けて情報を引き出せないかと、そう思った。

「まず一つが、俺とリリーの間に魔力線が存在していないんだ。つまり、俺は召喚された身でありながら、彼女の魔力を使っていまの状況を維持しているわけじゃない」

召喚魔法には、陣から現出した存在を維持するように魔力線が召喚者と被召喚者の間で結ばれる。

召喚者との魔力線が切れると、被召喚者は元の場所に戻るのだが、それが発生しえない。

「まて、待ってくれ。ということは何だ、君は元の場所に戻る手段がないということになるのか」

「そういうこと。そしてもう一つが、俺が召喚された時点で陣が効果を失くしたってこと」

「召喚陣が、効果を失くしたって…? 呼び出すだけの召喚魔法なんて聞いたことがないぞ。えぇと召喚魔法の学術書は…あったあった、えぇとなになに、やっぱりこの学術書にも召喚魔法はあくまで一時的に呼び出すだけだと記載されている。本当に本当なのか君の言っていることは!」

「嘘だったらいいとは俺も思う。トラムードさん、あなたなら何かご存じじゃないかと思ったんだけど、すみません余計なことを話してしまった」

「いやまて、待ってください。仮にも幾多の村の渡り歩いて知恵者と言われたこのボクだ。何か考えてみるので、少し時間をくれませんか」

顎を投げつけながら、どこかわくわくした表情でトラムードさんは笑い、あやまった。

「すまない、やはり知識というのは使う時にわくわくするものだと思っ、思いまして」

「敬語、使わなくてもいいですよ。相談しているのはこっちなんですし」

「そ、そうでしょ…そうかな。実は興奮するとこんな喋り方になってしまって。昔は王国の方で働いていたんだけれど、お偉方にこんな喋り方をしたらクビになってしまったんだ。気をつけるようにはしていたんだけど。なかなか直らないものだね」

困った困ったと後ろ髪を撫でつける姿は、どこか楽しそうだ。

「君の悩みはボクでもあたりをつけてみる。ところで話が変わるんだけど、明日からの作戦で呼び出す生物っていうのは、なんなんだい。それが気になってしようがなくてね」

「それはですね――」

俺が発した言葉を聞いた瞬間、彼ははね飛びながら書棚を探り始めた。


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