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 俺は喉が渇いていたこともあって、まずダンがカットしてくれた林檎を一口噛じった。もちろん、ブリーフは装備済みだ。


 うまっ!何これ!


 強い甘味と芳香が口の中に広がる。


「おいしいでしょ?」


 笑顔のティナが俺の顔を見て言う。


「私の農園で作ったものよ。品種改良を繰り返して、魔法なしで作り出した天然物なんだから」


 彼女はフフンと胸を張る。いちいち、胸を強調するな。


「神様でも食事が必要なのか?」


 俺はパンに手を伸ばしながら三人に訊く。


「不要と言えば不要だが、楽しみのひとつではあるな」


「規則正しい生活が美容の秘訣よ。」


 そういうものなのかと納得しつつ、パンを口に押し込む。アンドーさんは粛々と黙って食べ続けている。団欒に加わらないとは、中学ジャージと合わさって反抗期まっさかりの娘みたいだな。


「ところで旅とやらで何をすればいいんだ?」


「一緒に楽しんでくれたらいいよ」


「しかし、目的がよく分からないんだが。ブラブラしてればいいのか」


「パンツはもう穿いたのだろ」


 ダンよ、そっちのブラブラではない。それはもう解決している。


「お前らは何のためにここに来たんだ?」


「暇つぶし?」


 アンドーさん、疑問符付きで回答しないように。こちらも困る。


「表向きにはね、私達は世の中がうまく回っているか確認して、何かあれば是正するのよ。特に下の者が悪さとか誤解してないかを確かめるのが仕事かな。裏向きには、遊びたいのよ」


 表向きだけ説明しろよ。無理やり連れてきた奴に遊びたかっただけとか言うな。まぁ、いいや。前向きに旅のことだけを考えよう。


「下の者?」


「世界は広くて見切れないから、ある程度委任してるのよ。それが下の者」


「俺、必要なの?」


「長年生きているとどうしてもマンネリするのだ。ナベがいることで我々も楽しめるということだ」


「マンネリなら、俺でなくてもいいだろ。それこそ、こっちの住民で十分だと思うが」


「ナベをあの部屋に閉じ込めるのもどうかなと思ったのよ。それに、それはもうしたわよ。でも、こっちの人間は敬虔すぎてつまんないのよ。どうしても私達に従順になりすぎちゃう」


「従順で何が悪いのかと思うが、それこそ記憶や感情を操作すればいいじゃん?」


「躊躇なくのその発想、ドン引き」


 うるせぇな、そう思うなら俺の名前を思い出せよ。ついでに、そのジャージを寄越せ、アンドーさん。


 今一どんなことをするのかはっきりしないが、こいつらに付いて行くしかない。離れたところで生きていけるかも分からないしな。何より寂しい。俺は諦めて林檎にもう一度手を伸ばす。これ、うまいわ。



 食事を終え、俺達はまず道に向かう。林を抜けるわけだが鬱蒼と草が生えているわけでなく、楽に通れる。恐らく手入れされた場所なのだろう。


 歩きながらティナが言う。


「ナベが困らないように、一応、何かあったときの口裏合わせのためにそれぞれの役設定を決めておきましょう。」


 暗に『私達は困らない』とティナが言っていることを聞き流す。


 上流家庭の娘さん御一行、ティナが娘さんで、ダンが護衛、アンドーさんは小間使い、俺はダンの従者と決められた。娘さんが見聞を広めるために、ワガママ旅行中らしい。確かに俺にとってはワガママ旅行に間違いない。

 ティナの勝手な設定付けにアンドーさんが異議を唱える。


「私はティナの小間使い。しかし、真の姿は大魔王。淡々とご主人様の小さな失敗を狙っている」


「その裏設定、使うことあんのか?」


 言い終えて満足そうなアンドーさんに俺は訊く。大魔王については突っ込む価値もない。


「自己満足」


 じゃ、言うな。


「俺はダンの従者っていうことは武器は要らないのか?その剣みたいなのとか興味があるんだが」


「おっ、そうか」


 ダンは剣を抜く。見事な鏡面仕上げ、刃も鋭そうである。剣先を落としてから、俺が持ちやすいように柄を差し出してくれた。


 おもっ。


 片手では地面に突き刺してしまいそうになったので慌てて両手で持ち、剣を構える。


「これ、きついな」


 構えるだけでも1分持ちそうにない。これは振れない。そもそも、こんなの差して歩きたくない。何の拷問だよ。


 俺は無言でダンに剣を返す。そして、ダンが剣を納めてから訊く。


「他に何か武器はないのか。俺にピッタシなの」


「従者って、荷物運びのことが多いから、武器要らないんじゃない」


「そういうものなの?じゃあ、要らないや。あっ、ダンの荷物も要らないからな」


 少し不安でもあったが武器が必要なケースなどそうそうあるまいと俺は素直にティナの言葉に従った。ちょっと心の奥の方で寂しい気持ちになったが。


 前方の木々の間から石畳の道が見えた。もう林を抜けるのだろう。その手前でアンドーさんが背負い鞄を空間から2つ出す。


 ティナが言う。


「ナベ、背負いなさない。1つは背中に、1つは前に」


 俺は返答する前に、腰を折って鞄に手を伸ばし重さを確認する。ダメだ。


「2つも無理だな。皆で分けよう」


 重すぎた。それに今後も一人で持たされる前例を作ることになる。顔を上げると、ティナはもう道に出ていた。アンドーさんを伴って。ヤラレタ!俺は唖然とする。


「俺が持とう」


 ダンが二つとも持ってくれた。こいつ、いい奴だな。しかし、傍目から見たら俺の従者に見えてしまうのではなかろうか。どうでもいっか。


「この鞄、何のために出したんだ?」


「旅人が何も荷物も持ってないのは不審だろ」


「なるほどな。ところで、何が入ってるんだ?」


「さぁな。アンジェのことだから下らんものだろうな」


 ダンは声を出して笑った。


「さて、ここから先は目立った魔法は使わないからな。人間っぽく行くぞ」


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