服装とか
ひんやりした空気、草の葉に残った露、湿った土、空の明るさから、今が朝方であることが分かる。四方を木々に囲まれた原っぱに立っている。
「さてと、まずは町を目指すぞ」
俺と同じ様な茶色い布製の服を着たダンが言う。俺と違うのは、その左腰に鞘に入った長剣を一本、ベルトに吊っていることだ。服の盛り上がりで筋肉が強調されているのは、サイズがなかったのか、わざとなのか。恐らく、後者だな。なんか半ズボンだし。
「町はあっちと、こっちにありそう」
ティナが皆に言う。
「来たことあるの?」
俺は素朴な疑問をした。まずは、知っている所からスタートだよな。初めの一歩を踏み出す前から砂漠や大洋のど真ん中とか嫌すぎるもんな。
「ないわよ。マップサーチしたのよ」
ティナの説明が続き、周辺の地域情報が分かる魔法を使ったことを教えてくれた。魔法、何て魅力的な言葉なんだろう。詳しく知りたい。俺も使いたい。
「さぁ、ナベ、どっちに進むの? お勧めはこっちかな。ここから近いし、町も大きめ」
あっ、ナベって俺のことか。全く聞き慣れない自分の名前だったから、他に誰かいるのかとちょっと待ってしまったよ。
「くるしゅうない。それで良ろし」
俺はティナに少しばかり茶化して返答してやる。こういうやり取りで人の距離は近くなるからな。どれくらい一緒にいないといけないのか分からないが、仲良くすることは良いことだ。
「お代官様もお人が悪い。ゲヘヘ」
ティナもそれが分かっているのであろう。意外にも俺に合わせてくれた。しかし、よくそんなセリフを知っているな。聞いたら、俺の世界のテレビで見たんだと。
ティナは金ボタン止めの白いシャツの上に青染めのジャケットを着ている。下は黒ズボンに革靴だ。これは貴族様だ。とんでもなく綺麗だわ。それ以上の感情は出て来ないけど。
「ここはナベに慣れてもらうために大きい街に行くか」
「ストップ。その前にナベにご飯を」
ジャージを着たアンドーさんがダンを制して言う。お前らが俺にナベなんて名前を付けるから、その言い様ではおじや作りに入った鍋奉行みたいに聞こえるじゃないか。卵が先か、ご飯が先か。
「そうしてくれるとありがたい。あと、この服じゃ動きにくいからアンドーさんみたいにジャージが着たい」
「えっ、食事はいいけど、アンジェの服は目立つかもよ」
「旅なんだろ? ジャージでなくともデニム生地とか、合成繊維とかの方が都合いいと思う。この服、なんかゴワゴワして固いし」
「あー、ナベ、ここは中世のヨーロッパくらいのイメージでいてくれ。そんなとこにアンジェみたいな格好してる奴が来たら奇異に見られるだろ」
俺の言葉を受けてダンが気付いたように言う。ダンが教えてくれた内容は、この村人服を着せられた時に何となく理解している。俺は、奇異と言う単語から貧乳Tシャツを着た大男が脳裡に浮かぶものの、我慢して質問する。
「アンドーさんはジャージでいいの?」
「快適。これがいい」
「アンジェはいいよ」
「うむ、アンジェはいい」
なんでだよ! アンドーさんだけ、ずるいぞ。俺には退けない理由があった。
「別に奇妙に見えてもいい。お前達が守ってくれるだろ。……俺達、仲間だろ?」
最後はダンの眼を真剣に見ながら俺は言った。
「無論、守るぞ。……仲間ではないな。今日出会ったばかりだろう」
おい! せめて、言葉だけでも俺を騙せよ!! そこは『仲間なんかじゃない、俺達は家族だ』とか、俺を引かすくらいで返せよ!
俺もこれぽっちも仲間とは思ってないが、はっきり言われると悲しいわ! 守ってくれても悲しいわ!!
ダンに続いて、ティナがしゃべる。
「守るつもりだけど、私達の目が届かない時のリスクが高くなるじゃない。珍しいものだから盗まれやすいわよ。そうなったら裸で旅する気?」
「見る人間全てに記憶操作すればいいじゃん。俺はジャージを着たい」
「何言ってるの。どれだけの人間に迷惑掛ける気。じゃあ、今すぐ、その服を脱ぎなさい。ジャージは上げないけど、裸になることは許してあげる。裸にした上で服を着ていると記憶操作してあげるわよ、あなただけに」
このアマ、ジャージくらい支給しろよ。
平気で裸でうろうろしていたら『あいつが真の冒険者だな』とか『あいつこそ、勇者だよ』とか、違う意味で称賛されるだろ。
「アンドーさんはどうなんだよ? 同じ様に盗まれるんじゃないの」
俺はアンドーさんの方を向きながら言う。
「盗もうとした奴は半殺し。いや、八分殺し」
あっ、本気だ。この眼は本気だ。八分殺しって、何だよ。怖すぎだわ。
「アンジェは神様なんだから、どうとでもできるわよ」
ぐぬぬ。
「まぁ、そういうことだ。飯にするぞ」
無理やりダンは場を纏めた。というより、俺が諦めた。
ダンの言葉を受けてアンドーさんが指を鳴らすと、テーブルと四脚の椅子が草の上に出現する。あの指鳴らしは魔法の発動のためのものなのだろうか。何か詠唱的なものは必要ないのか。
テーブルの上には編み籠に入ったバゲット、林檎、皿に乗った目玉焼きが人数分用意されていた。
それぞれが椅子に付く。
食事の前に、俺はどうしても言わなくてもならないことを皆に伝える。今回を逃すとしばらく言う機会がないかもしれない。
「お願いです。下着が欲しいです」
「却下」
アンドーさんに即答された。しかし、俺は負けない。
「落ち着かないよ」
「慣れろ」
クソが。これでどうだ。
「でも、大事なとこがブラブラし」
「ナベ! ……黙れ」
俺の言葉をアンドーさんが遮って指を鳴らした。
テーブルの上に白いブリーフが1枚出現した。よし、ゲットだぜ! でも、木陰で履くのかこれ。