出発
「それでは、いまから外に行くに当たっての注意事項を伝える」
遠足前の教師かよ。おやつは200円までとかか。
ダンが俺に教えてくれたのは以下の二つだった。
①三人は俺を死なさない様に頑張る。但し、死んだ時はごめんなさい。復活の呪文は唱えてあげないよ。
②三人が神であることは秘密。俺が他人に伝えた瞬間に、俺とそいつの記憶を問答無用で上書きしちゃうよ。
すっごい勝手なこと言ってるし。とりあえず、神様がここにいますよぉとか公言しなけりゃいいのね。やっぱり元の世界に戻らせてくれる条件みたいのは無いのか。いや、そもそも異世界なのかも怪しいが。
「俺はいつまでこっちの世界にいれば良いのか? 二億年?」
「……」
三人は無言でスマイルだ。アンドーさんの笑顔を見たのは初めてだ。あれ、本当に二億年?
「……帰れない?」
「大丈夫だ。来たんだから行ける時も来るさ」
ダンは豪快に笑いながら肩を叩いてきた。力が強くて痛い上に、回答も不愉快なんだけど。
「いや、そんな曖昧に言う必要ないだろ」
「ちょっと事情があってね。こっちも準備がいるのよ」
「事情って何だよ? 二億年も掛かる事情なんか想像もつかねぇよ」
「こっちのお話だからヒ・ミ・ツ。」
ティナは唇に指を当てながら言った。仕草と言い様に腹が立つ。が、向こうはそれ以上言う気がないらしい。
「事情が解決したら旅の途中でも帰って良い。それを約束しよう」
解決する間に化石になってるわ。
「俺が帰れなかった時に、お前らがどうしてくれるのかも教えろ」
ダンは少し考えてから言う。
「お前の記憶を操作して元の世界に戻ったと思わせてやろう」
おい!! それ、もう、今の時点で俺に掛ければいいだろ! 俺が二億年くらい幸せにしている間に、その事情とやらを解決して来いよ!!
「では、行くぞ」
「久々に行くなぁ。今回はどんな感じになるかな」
ダンの合図にティナは嬉しそうにクルクル回っている。
「待った」
俺は制止する。同時に、止まってこっちを見るティナ。
「……トイレを貸して欲しい。」
そんなに俺を見るな、ティナ。恥ずかしい。何かしゃべってくれ。仕方ないじゃないか。生理現象は抑えきれない。神様はトイレに行かないものなのか。
アンドーさんが、パチンと指を鳴らす。大型屋外イベントでよく見る仮設トイレが10mほど先に現れた。
「音は立てるな。耳が腐る」
アンドーさんは冷たく言い放つ。視線も冷たいよ。俺は少し小走りで向かった。
トイレから出たら手洗い場も用意してあった。アンドーさんかな? 意外に優しい。水がどこから出てくるのかは追求しない。
用が済んで俺は皆のところに戻る。今度は歩いてだ。ホントこっちを見んなって、みんな。ごめん。
ちょっと微妙な空気の中、ダンが俺を手招きする。鉄拳制裁でないことを祈る。
「さぁ、行くぞ」
ティナとアンドーさんもダンに少し歩み寄り、俺を含めた4人がそれぞれの手を握れるくらいの距離になる。
何が起きるのかと正面にいたティナの顔を見たところで、複数の紫色の光線が空中と床を走る。その光線たちは俺達の周りで折れ曲がりながら立方体の辺を形作り、次に、辺から面へと光の束が広がる。つまり、俺達は紫に輝く箱の中に入っている状態になった。
そして、紫光の囲みが一瞬で消え、俺はさっきとは違う場所に立っていた。