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気まぐれ猫と華仙の宝玉  作者: 白椿
2/4

二話・偶然は躊躇わない。

随分日付が開いてしまいすみません。あけましておめでとうございました。



「それではお姉様、おやすみなさいまし」


「おやすみ、紅琳」


「また明日」


さぁ、今日は随分と夜更かししてしまった。

部屋へ行く途中でついて来ていた侍女を下がらせる。


「後は自分でやりますから貴女達も休んでいいわよ」


どうせ後は着替えて寝るだけ、彼女たちの手を煩わせるほどのことでもない。普段から皇城に籠りきりの紅琳は、他の姉妹に比べて大抵のことは一人で出来る。

10年前に攫われて以来、遠出することは滅多なことも無ければ無くなり、どうしても出かける時はとても大掛かりになった。当事者の自分はお忍びで城下に降りることも禁じられ、他の姉妹にも厳重に警備がついている。それに関しての不満は無かった。自分は皇女で、こうされることは必要なことであり、それが仕事に繋がる人もいる。

それに自分や家族が動けば少なくないお金が動くことを紅琳は何よりも気にしていた。自分のわがままで動くお金は少ないほうがいい。


そう考えた結果、身の回りで出来ることにはなんでも手を出していた。だから皇女であるにも関わらず、紅琳は侍女の手をほとんど必要としない。

その日も、その流れはいつも通りであり、心得た侍女たちもさっと下がって行った。


けれど。

紅琳の望む非日常は、案外とすぐそこにあったりする。




☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..




「…こんな簡単に忍び込めるとか、この城の警備大丈夫?」


いや、自分が忍び込んだ分際で何を言うって話だが。

普段万全な時ならまだしも、手負いで、動けなくなりそうなくらい意識がぶれる。


「にしても…」


部屋を見回して呟く。調度の品の良さと色合いからして部屋の主は貴賓、しかも面倒なことに女人の部屋に当たってしまったらしい。

空き部屋に入り込めれば良かったのだが、部屋をえり好みできるほどの余裕はなかったのだから言っても詮無きことである。


「早くでないとまずい…」

「誰かいるの?」


最後まで言い切ることなく、あっさりと部屋の主と鉢合わせした。涼やかな声は予想通り女人のものだった。なんなんだ今日は。らしくない失敗に、思わぬ怪我、おまけにあっさり鉢合わせとは、とんだ厄日である。舌打ちを隠しもせず、入ってきた女を見据える。こんな有様だが女一人ならば容易い。


「貴方っ…」

「チッ…見つかっちまったならしょうが…」

「どうしてこんなケガをしているの!?」

「…は?」

「ちょっと見せて!」

「おっ、おい!?うぐっ…」


力を振り絞ってとびかかろうと構えた瞬間、場違いなセリフに思わず膝をついた。ついでに滴った自分の血で滑り体勢まで崩れる。

患部に衝撃が伝わり呻いた隙に、躊躇なく庇っていた右腕をとり、検分し始める女。なんだこいつ!?


「おいっ…俺は侵入者だっ、いっつ…!?」


「えっ?…あらごめんなさい、ちょっと暗くて手元がおぼつかなくて…見つかっちゃあまずいんですのよね?」


思わず間抜けた言葉が口をついたが、思わぬ力で止血されて呻く。

今まで飛びかけていた意識が嘘のように鮮明になる。

相手はズレた反応を返しながら、持っていた明かりをより近づけると、引き出しから布を取り出し、一瞬の躊躇なく縦に裂いた。


「(…っげ、一級品の東国の織物じゃねぇかこれ!?)」


呆然とそれを眺めていると、手慣れた様子で血を拭き取り、瓶から水を汲んで丁寧に処置を施していく。そういえばかすかに薬草のにおいもする。

思わぬ女の反応に呆気に取られていたが存在を主張する痛みに現実へ引き戻された。幸いにも大した傷ではなさそうだが。


「医務社はしまってしまっているから、ちゃんとした薬は明日になるけれどそんなに傷は深くないから大丈夫だと思いますわ」


裂いた布を応急処置として包帯替わりにした女はにこりと微笑んだ。艶やかな黒い髪、白く健康的で手入れされた肌、ややたれ目気味で大きな黒曜石のような瞳、

ふっくらとした唇はやや童顔な印象の顔に相応の色気を与えている。暗いうえに床に座り込んでいるため体つきまでは見えないが、不覚にも一瞬見とれたほど、非常に好みの見た目なのが癪である。

思わずといった体で口からため息が漏れた。


「…お前頭のネジ大丈夫?」

「え?」

「俺がお前を殺すとは思わないのか?それとも、王宮から金目のものを盗みに来た盗人とかさ」


今更のように目を丸くする女に思わず脱力しそうになる。

深層の貴賓令嬢であるのは察した通りだが、ずいぶんと警戒心の薄いお姫様のようだ。箱入りにもほどがある。

それでも礼は言うべきかと口を開こうとしたとき、女がニッコリと笑って口を開いた。


「…もし貴方が暗殺や間者や盗人だとして、本気になられたらわたくしは今死んでいるのでしょう?生きているから問題ありませんわ」


「…あ…?」


言おうとした言葉は口の中で随分と変な音になった。微笑む女を凝視した。


「密偵ならばお気の毒ですけれど、ここは皇城ではありませんし」


こいつはなんなんだ。

なんなんだなんなんだ!?


ただの箱入り娘にしては肝が据わりすぎている。だが何か訓練している風情は見受けられない。手だってとても柔らかい。…いやそうじゃなくて、本来なら箱入り女は血を見ただけでも卒倒すると相場が決まっている。なのにこいつは怯まない。ぐるぐると回る思考にくらりと頭痛がした。ただでさえここ数日まともなものを食べていないのに余計な出血のせいで思考がまとまらない。

心なしか傷もずきずきとしだした気がする。かろうじて引っかかった言葉をつぶやいた。


「…皇城だ…?」

「あら、本当にご存じなくって?」


心底驚いたという声は、娼館の女のような耳にまとわりつく高い声ではなく、不思議と安堵を覚えるような涼やかで柔らかい声だった。


「ここは華仙国後宮の東北棟、朱雀殿といいますの。…わたくし第三皇女、夏紅琳の私邸ですわ」


頭痛のせいでまたぼーっとし始めた頭の中を何かがかすめた。どこかで似たような口上を聞いたような気がする気がする。でも頭痛が勝った。とりあえず、間抜けなんだかお人よしなんだかわからないが、お姫様の厚意に甘えてみることにした。後はどうにでもなれという気分だ。もはや考えるのもしんどい。


「あなたのことはわたくししか知りませんから、安心して回復するまで滞在なさったらよろしくてよ!」



…とりあえず、あとは起きてからにしよう。



ここまでお読みくださってありがとうございます。

がんばってちまちま進めてみようと思います。

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