3時限目:20年隠していたこと
「では、神業が使えることを20年も隠していたというのですね」
「はい」
自衛隊に属する神業使い専門だというの女性士官に、僕は開き直って答えた。
「8歳の時に浮島騒動が起こって、その時に能力が発現しました」
浮島騒動。
それは日本の上空に突如として東京都ほどの広さの島が4つ現れたことを指す。
ただそれだけ。
それだけなのだが、当時の人は動転した。
それはそうだろう。頭上に訳の分からない島が現れて、落ちてくるでもなく周回しているのだ。用心しないはずがない。
誰も彼もが避難をしようとしたのだ。
僕の両親も例にもれず避難をしようとして、車で移動中に事故にあった。
能力が発現したのはその時だ。
僕は火の手の上がりつつある車内で、死にたくないと必死に願った。
願うと、車と…動かなくなっていた両親が灰になった。
怪我が痛い!
そう思えば、見る見るうちに傷が癒えた。
「では、徳永さんの能力は2つということになりますね」
「そうですね。僕の能力は、たぶんですけど腐敗および腐食と人体の治癒だと思います」
「それは追々調べていきましょう。では、次にお訊きしますが、どうして神業使いであることを黙っていたのですか? 神業使いは名乗り出るのが義務であると、知っていますよね?」
「それは…」
僕は事情を話した。
両親を亡くした…というよりも行方不明扱いで孤児になってしまった僕は、父方の親戚に引き取られた。
その引き取ってくれた叔母さんというのが、末期のガンだった。
僕を引き取ったのも、最後の最後に善行をしておこうという積もりだったと叔父さんが言っていた。
で、だ。
僕は神業が使えることを朧気ながらも自覚していたから、恩返しのつもりで叔母さんのガンを治療することにした。
でも相手は末期のガン患者だ。
1日2日で、どうこうなる病状じゃない。
それこそ末期であればこその自宅療養から、再度の入院になるまでに1年はかかった。
そうして入院した叔母さんを足しげく通っては内緒で治療を続け、完治したころには3年とちょっとの月日が経ってしまっていた。
当時の僕は12歳だったか。
巷では、幼児が特殊な能力を発現させたというニュースがちらほら聞こえていた頃だ。
危険な幼児たち。
隔離すべし。
両親から引き離して専門の施設で養育を。
そういったニュースの見出しが躍っていたなか、ようやく家族の一員として受け入れられて幸福を感じ始めていた僕が、自ら神業使いであると名乗りでることが出来るはずもなかった。
「そういうことですか」
女性士官は調書に書き込むと、顔を上げて僕を見据えた。
「ですが、どういった事情があろうと義務は履行していただきます。さいわい徳永さんは未婚ですし、周辺にしがらみもないようですから、直ぐにでも学園に入学してもらうことになります」
「学園、ですか?」
「そうです。春島にある神業使いだけの学園で新入生になってもらいます」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は28歳ですよ!」
「同情はいたします。ですが、学園に入学するのは義務ですので」
女性士官はちっとも同情してない風で言うと、僕にスマフォを返してくれた。
「親密な方に、電話をしてください。これからしばらく帰れなくなる、と」
ここに至って、僕はようやく自分が日常と隔離されようとしていることに気づいた。
姉ちゃんに連絡を取る。やっぱり、最後に頼れるのは姉ちゃんだった。もっとも同い年なんだけど…。
「余計なことは言わないように。社会人なら、分かっていますよね?」
女性士官の注意に、僕はゴクリと生唾を飲み込んでうなずいた。
しばらくのコールのあと、姉ちゃんが出た。
「マモ? どーしたの、あんたから電話くれるなんて珍しいじゃない」
「あ、うん。えーと、言わないといけないことがあって」
「何よ? 例の娘と結婚でもするとか?」
「いやー、彼女には振られたから」
「あんたは本当にガッカリね」
そっちこそ、彼氏と何時結婚するんだよ? なんてことを言えるはずもなく。
「あのさ、本題を言うよ。僕、しばらく浮島に行くことになったから」
「は? 凄いじゃない!」
「うん、つーことで。それだけだから」
通話を切る。まだ姉ちゃんが何か言いかけてたけど、これ以上の長電話はマズイと女性士官の無表情が語っていた。
はぁーと、女性士官は聞えよがしに溜め息をついた。
「浮島に行くとか、言わないでおいてほしかったんですけどね」
「まずかったですかね?」
「あれぐらいなら誤魔化しも利きますし、いいですけどね。では、さっそく行きましょうか」
立ち上がった女性士官を、僕は呆けたように見上げた。
「何処へですか?」
「さっきも言ったじゃないですか。徳永衛さん、あなたには明日にでも学園に入ってもらいます」
「い、いきなりですね」
もちろんです。と、これまで無表情だった女性士官がニッコリと笑った。
「1日でもはやく、徳永さんには戦力になってもらわなければなりませんから」