表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

死神の苦悩

「……」

 一つに編み込んで束ね肩に流された水色の髪と褐色の瞳が特徴的な二十歳前後に見える姿をした彼は無言のまま私に歩み寄る。

「おや、久しぶりですね」

 だから、私は微笑みそう言った。


 ここは、狭間の扉。

 死と生の間。

 私が司る領域テリトリー



。☆・死神の苦悩・☆ 。



「……ぁぁ、久しぶり」

 私は目の前にいる長い銀髪と紅の瞳の人物に軽く返事を返す。

 そいつは自分自身のことを『死神もどき』という変わった奴だ。

「おや? 表情が暗いですよ、ヤレイ」

 彼は笑顔でさらりと私の内心にズキッとくることを言った。

「……呑気でいいな、お前」

 そして口から出た言葉は……少しキツめの口調になってしまった。

 しかし、彼がそれを気にしている様子は全くない。

「ちょうど暇だったんですよ。折角ですから、くだらない無駄話でもしましょう」

「……おい」

 つい、そう突っ込んでしまう。

 いつも、こうだ。

 必ず『この人物』のペースで話が進んでしまう……。

 そんなふうに少し後悔した後、ふと……疑問が浮かぶ。

「お前、そんなことをしている暇があるのか?」

「う〜ん」

 人差し指を軽く顎に当て、考える仕草をしているが……わざとらしく感じる。

「ありませんね」

 笑顔で悪意もなく、さらっと言った。

 この、マイペース野郎……。

「じゃあいいっ!」

 少し……いや、かなり苛立った口調で私がそう言うと……

「一人で悩んでいても仕方がない、とよく言いますが?」

 彼は素っ気なく言う。

 しかしその表情は悪戯をやった後の子供の《無邪気》という名の笑顔だ。

「……大したことじゃ無い」

 私は嘘を言った。

 本当は酷く辛くて、でも……誰にも触れられたくはなかった。

「『前世まえ』のことで悩んでいるのに?」

 けれど、彼は笑顔のままでそう言う。

 それは、的を射た一言だった。

「なっ……どうして……」

 確かに、私は……前世まえのことを……。

「大丈夫ですよ。私は嗤ったりしませんから」

 いや……絶対に嗤う。

 彼のその言葉を信じられなかった。

 本当は、信じたかったが……状況が状況だ。

 前世まえのことを覚えていたり思い出したりした死神は《異端の者》だから……。

 そんなことを知っていたから、迷ってしまった。

 けれどその口調は、声は、優しかった。

 だから、私は……彼にこう言っていた。

「だったら、何故思い出したのかも……聞いて欲しい……」

「……ええ。どうぞ」

 彼はそう言って頷き……そっと手で私を指し示した。

 だから私はゆっくりと目を閉じて、思い出し始めた。




『おにぃちゃん……だぁれ?』

 白が基調の殺風景な部屋の中には十歳ほどの少女がいた。

 その周りには少女とは不釣合いな機械。

 それと彼女の傍に在る点滴。

 そんな少女は余程大切にしていたのか所持してから長い年月が経っていそうなテディベアをしっかりと抱き締め……私を見上げていた。

 私もその少女を見る。

 その瞳は私に怯えているように見えたが、ある一点を見ていきなり変わった。

『おにぃちゃんのかみ、きれいだね』

 そのまま、ぱぁぁっと明るく笑う。

 その笑顔は私とはほど遠いモノで……。

『―――えっ?』

 思わず驚いて呟きを洩らしていた。 

 はっと我に返り、ばっと自分の口を手で押さえる。

『いいなぁ。ゆぅも、そんな色がよかったなぁ〜』

 そんなことを言いながら、彼女は私の水色の髪を見ている。

 ちなみに、その少女の髪の色は――少し赤みの強い茶色。 

 そして名前は……浅木あさぎ ゆう

 この日の夕方に、突然の発作で死ぬ運命さだめの少女。

 いや……正確に言えば、前から持ってしまっていた心臓の欠陥による心臓発作か。


 しかし、五年持てば奇跡が――十年か……。


『……おにぃちゃん』

 けれど、次の瞬間……彼女は驚くべきことを言った。

『ゆぅとどこかで会ったことない?』

 そして首を傾げる。

 子供らしい無邪気な笑顔のままで。

 それは……前にも何処かで見たことがあるような気がした。

 その瞬間、


 ズキッ


 と、頭が痛んだ。 

 しかしまだ軽いモノだと思って特には気にしなかった。

『……』

 それでも少し気分というのか居心地というのか……が悪くなった私は少女に背を向け、病室を出た。




「……」

 私は彼の表情を見ていた。

 笑顔ではなく……無表情に近い表情をして、何かを考えているような仕草をしていた。

 だが私が話を突然止めたためか、こう言った。

「……それで、続きは?」

 いつもは笑顔のせいで表情が読めないが、今日は……無表情で表情が読めない。

 けれどそれが何故なのかは分からなかった。

 そして……私は続きを話した。




 しばらくして――――時は来た。


『……ごほっ……ごほっ……はぁ……はぁ……』

 少女は酸素マスクを口元に当てられ、苦しそうに咳き込んでいた。

『先生、悠ちゃんの容態がっ!』

『おいっ、急いで鎮静剤を―――っ』

 バタバタと慌てる医師や看護婦達が……私の目の前を通り過ぎていく。

 誰も私の存在には気づかない。

 けれど―――無駄だ。

 これは《運命》なのだから。

 だから、私は鎌を手にする。

 そして、少女に振り下ろした。


 ピッ……ピッ……ピッ……ピィ――――――……


 直後、心電図は真っ直ぐに線を引いた。

 彼女の魂は、私の手の中に在る。 

 そして、空気に溶けていくかのようにすぅっと消えていった。

 これもいつもの作業と同じだと思っていた。

 何事もなく……ただ淡々と終わる作業だと。


 だが――――違った。


 ズキィィィィン……ッ


 先程よりも、もっと酷く頭が痛んだ。

 壊れそうになるくらいに……。

 そして……



 見知らぬ女性の中に抱かれている赤ん坊。

『……じゃあこの子の名前は今日から悠、ね』

 その女性は優しく微笑んでいた。

『お父さんの分まで……幸せになってね、悠ちゃん』

 そして、赤ん坊の頬を優しく撫でていた。 

 そう、父は交通事故で亡くなっていた。

 そして彼女が生まれたときの私は―――十五歳。



『ぁ』

 思い出した、いや―――思い出してしまった。

『ぁあ』

 自分のしてしまったことの意味に、気づいてしまった。

 私は……私は……

『ぁあああぁああああぁああああぁあ』

 自らの手で血の繋がっていた妹だった少女を―――……

『嘘だぁああああぁあ―――っ』

 がくりとしゃがみ込み、私は後悔から叫んで……泣いていた。


 どうしてなんだ……。


 今まで、多くの人々の魂を運んできたのに。

 涙が止まらない。

 痛い。

 胸が痛い。

 こんな、こんなに……辛いなんて、悲しいなんて、感情なんて忘れていたと思っていたのに。


 それは、自分で自らの命を絶った時の何倍もの辛さだった。




「……私は、妹の命を奪った」

 彼は私を真っ直ぐな目で見ていた。

 今……私はどのような表情かおをしているのだろう。

 彼はそんな私を見て……どう思っているのだろう。

「そして……それがキッカケで―――思い出した」

 不意に彼の表情が和らぎ……笑みを浮べる。

 ああ、やはり嗤うのか。

 私のことを愚かだと蔑んで。

 でも―――お前だけは嗤わないと思って話したんだけど、な。

 信じた私が……馬鹿なのだろうな。

 そう思いつつ、彼を見た。

「そんなに泣きそうな表情かおをして話さないで下さいよ」

「……えっ?」

 けれど、違った。

 彼は……少し悲しげに微笑んでいた。

 それは同情でもなければ、哀れみでもなかった。

 そして、ただ……そう言っただけだった。

「私には……貴方の悲しみも苦しみを分かりませんよ。貴方ではありませんから」

 それは実に、彼らしい言い方だと思う。そして、その言葉は突き放すように厳しいのかもしれないが、全てを包み込むような優しさを感じた。

「でも、なんとなく辛いんだろうな……ということは思いましたよ。同情する気は全くありませんが」

 いきなりいつもの笑顔になる。

 でも私は……それでいいと思った。

 下手に同情されるよりも、そう言われて良かったと。

「それに……前世まえのことを思い出すのはいいことじゃないですか」

 で、さらっと笑顔でそんなことを言う。

 一瞬、私は気が抜けてしまった。

 どうしてなのかと。

 ……こちらはそれで、真剣に悩んでいたのに。

 そして、軽く頭を押さえた。

 呆れて、はぁ……と深い溜息が出る。

「・……どうしてだ?」

 私はそう呟き、その理由を問う。

「だって、悲しいことだけではなかったでしょう?」

「……っ!」

 彼は……心の奥にあった棘にあっさりと触れ、溶かした。

「全てが悲しいことだけだったら……おかしいでしょう?」

 その笑顔は温かくて。

 悲しみのあまりに拒んでしまった記憶の中にある楽しかったことを思い出した。



かい、貴方の妹よ。貴方、今日からお兄ちゃんになったのよ』

 そのひとは自分に微笑んで穏やかに、そう言った。

 けれど、ふっ……と明るかった表情が曇ってしまう。

『でもね』

 急にその表情が悲しそうになって、少し心がズキリと痛む。

『もしかしたらいなくなっちゃうかもしれないの。だから……』

 女性の口元が動き、言葉を紡ぐ。

 悲しげで、でも……嬉しそうに見える、そんな笑顔で。

『どんな名前がいいと思う。出来れば長く一緒に居られような……そんな名前がいいわ』 

 だから……私はこう言っていた。

 正確には生きていたときの私が。

 あの少女の兄として生きていた、人間としての私が。

『……ゆう、は?』

 確かにそう言っていた。

『えっ?』

『……僕は悠久の悠がいい。ずっといられそうな……そんな感じがするから』

 自分の口から紡がれた言葉。

 そして眠っている赤ん坊を見て……嬉しく思えた。

 だからだったのだろうか?

 自然と笑えていた。

 今の私では出来なくなってしまったような微笑みで。



「……そうだな」



 無意識の内に、そう呟きを洩らしていた。

「それに、気に病むことはありませんよ」

「?」

 その言葉に首を傾げた。

 何故か、妙な含みを感じる。

「その少女……悠ちゃんでしたか? 笑ってこう言ってましたから」

 彼は微笑んだままの表情で少し言葉を区切った後、


「『おにぃちゃんに会えた』ってね」


 さらっとそう言い私から視線を逸らして、

「きっと思い出したんでしょうね。前世まえとは少し姿が変わってはしまったけれど、その雰囲気で……」

 うそぶく。

「私のことを……覚えていたのか……」

 けれどそんなはずはないと思った。

 なぜなら私は彼女が物心つく前に、すでにこの世にはいなかった。

 ……自分の好きだった眺めのある崖から飛び降り、自らの命を絶っていたから。

「きっと、大好きだったんだと思いますよ。自分に優しく接してくれていた貴方が」

「……そうだといいな」

 すると彼は嬉しそうに笑って、

「久しぶりですよ。貴方の笑顔」

 楽しそうにそう言った。

 笑っていたのか?

 私が?

 目の前にいる彼はそれが私にとって驚きだと言うことに気づいているのだろうか?

「それにクドオが心配していたんですよ。『ヤレイに元気が無い』って」

 あの天真爛漫てんしんらんまん・能天気・馬鹿が……か?

 そんなことを思いながら、私は碧の瞳と金髪の髪をした歳の近い外見をした死神を思い浮かべる。

 とりあえず、私にとっての悪友だ。

 しかし……初耳だ。 

 そして彼はのんびりと笑ったまま、

「少しは元気が出ましたか?」

 そんなことを言う。

 だから私はこう答えた。

「……当り前だ」

 なにせ……私の悩みを嗤わずにちゃんと聴いてくれたのだから。

 そして少しは……心の傷が和らいだから。

「……とりあえず礼は言っておく、イゼル」

 すると目の前の彼は……おやっと驚いたように目を丸くした。

「今日はやけに素直ですね」

「っ〜〜〜分かっているなら嫌味を言うな!」

 気のせいか自分の顔が熱く感じた。

 とても恥ずかしいことをした気分だ。

 そんな私の目の前には、絶対に愉しんでいる様子でクスクスと笑っている彼。

 私はそんな彼を見て、はぁと再び深い溜息を吐いてしまった。


 実は、彼には言わなかったが……もう一つ、救われたことがあった。


 悠が私の髪を見て言った、

『おにぃちゃんのかみ、きれいだね』

 という一言。

 私の髪は死神の中でもわりと稀な色だった。

 でも死ぬ前の色は―――黒。

 そう……記憶を思い出したときに知った真実はもう一つ在った。

 それは―――いつも好きだった眺めのある崖から飛び降りた後、その下にある綺麗な海に落ちていたこと。

 そして目覚めると……あの綺麗な海の色と同じ色の髪に変わっていた。

 私が死ぬときに落ちた綺麗な海の色と同じ髪。 

 もし悠が私の髪をそう言っていなければ―――私は『実の妹の魂を狩ったこと』だけではなく『自らの命を絶ったことの象徴』の罪悪感に押し潰されてしただろう。 

 でもお前がそう言ってくれたから、笑ってくれたから……そうならずにすんだ。



 もう届かないのかもしれないが、ありがとう……。



 記憶も名前も失って……その上で触れる他の魂。


 けれどそれは―――唯一の救いなのかもしれない……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ