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第1章(1)

 夜半から降った雪は、長靴の縁を越える高さまで積もったらしい。

 階段下の収納庫に半身を突っ込んで、ポールは台所の女房衆の話を聞くとはなしに聞く。

 ここ大臣官邸を含む王宮の炊事洗濯掃除のために雇用された女性職員を、特に女房衆という。布をたっぷり絞って襞をつけた機能性とはかけ離れた揃いの制服に身を包む彼女たちには特定の休日がない。休みを取るのは交代制で、しかも、家事労働に対する世の中の評価そのもののように給与は安い。それでも採用倍率が百倍を下らないほどに希望者が殺到するのは、実のところ、王宮勤務の経歴よりも、官吏との出会いよりも、手を動かしてさえいれば口はもっと動かしていて構わないという気安さにあるのではないかとポールはにらんでいる。

「どうしよう~。これ、この冬用に下ろしたばっかりなのに」

「寮に戻りなさいよ。ここは見ておくから」

「でも~、また、濡れちゃうじゃない?」

「そりゃそうよ。なにしろ、76年ぶりの大雪ですってもの」

「濡れてもよいものを履いてくれば良いのよ」

「早くしないと、臭いがついちゃうわよ」

 大臣官邸に住まうポールとマチルダのための朝食を作りながら、女房衆が話をしている。たった二人のために四人もの人手が要るのかとか、そもそも自分で作れるのにとか、思うところはいろいろありつつも、ポールは暗い収納庫を掻き分ける。

「う~、やっぱり履き替えて来ようかな」

「いってらっしゃい、いってらっしゃい。どうせマチルダさまは昼過ぎにならないと起きてこないし」

「ポールさまは同じ女子だから、話せばわかってくれるわよ」

 背中で話を聞いていたポールは、自分の名前を聞いて手を止める。ポール個人としては、勤務時間中に私用で自室に戻るなど許されないと思う。しかし、ものわかりがよいふりをしておくことが大事だと前任者からきつく言い含められているため、それは胸の中に畳んでおく。

「マチルダさまもさあ」

 頭を低くして収納庫に三歩ほど入ると、奥に、丁寧に袋に包まれたまま立て掛けられたものを見つけた。積みあがった荷物の中で背伸びをして、ポールは包みに手を伸ばす。

「もっと、自覚してくだされば良いのにね」

「何を?」

「この王宮には今、マチルダ様しか男がいないってこと、でしょ?」

 人差し指と中指が目的の包みに触れて、ポールはさらに爪先立ちになって手を伸ばす。女房衆たちの会話を途切れさせないように、音をさせないように、細心の注意を払って。

 週休日も出勤しなければならない女房衆たちは、代わりに、官吏の勤務日に休暇を取ることができる。彼女たちはもれなく休日となれば町に出向き、おしゃべりにいそしむ。その話を漏れ聞くことで情勢を把握するのもポールの仕事の一つである。

 マチルダは女房衆たちにとってどういう立場の人になるのだろう? 形式上、女房衆の雇い主は王家である。だからその代理人であるマチルダは彼女たちの雇い主ということになるのだろうか? それとも、実際は年若いために軽くあしらわれているけれども、採用から教育までを任されているポールが上司だとして、その上役だからやはり上司ということになる? とりあえず、女房衆たちの心象を聞いておくに越したことはない。

「男、ねえ。……妹みたいなもんだと思うけど」

「確かにねえ。ちっちゃいし、かわいいし、一生懸命だし?」

「あのやわらかい髪とか、撫でてあげたくなるよね!」

「そうそう。睫毛も長いし、爪の形もきれいなの!」

 二十歳を過ぎたというのに少女のようにしか見えないマチルダの顔を思い出し、ポールは乾いた笑みを浮かべる。女房衆に妹のように思われていると知ったら、マチルダは何と言うのだろう。目を逸らして、考えて、何とかしてとこぼすだろうか。

 朝食の支度が終盤に差し掛かったらしく、女房衆たちはおしゃべりを中断して必要事項のみを話し始めた。ポールは安心して荷物に手を掛け、身を乗り出して目的の包みを人差し指と中指で引き寄せる。

「うん、おいしい」

「これならマチルダさまがお昼に起きていらしても大丈夫ね」

「うん。……お昼、かあ。お昼だよねえ」

「どうしたの? マチルダさまが週休日にお昼過ぎまでお休みなのはいつものことでしょ?」

「そうだけど、さあ」

「わかる。雪道を歩くって、いやだよねえ」

「あ~、何で今日が週休日なんだろう……」

「ねえ? 出勤日だったら、官吏のみなさんが除雪してくださるのに」

指先に引っ掻けた包みを開け、ポールは苦笑する。包みの中には新品同様の輝きを見せる除雪具。官邸内の庭に畑を作ってしまった前任者の性質からしてきっとあるはずだろうと見当をつけていた。明日官吏が出勤する前に通り道くらいは作っておこうとポールは考えている。除雪は確かに力仕事だが、ポールがやってやれないことはない。

「そういう意味では、マチルダさまには期待するだけ無駄だと思う」

 階段下収納庫に積み上げられた荷物を崩さないように細心の注意を払って体の向きを変える。柄の長い除雪具は重心が後ろに下がっているので注意が必要だ。

「確かに。マチルダさまにはポールさまがいらっしゃるからねえ……」

「え? お二人ってやっぱり……」

「そうじゃなくて、さ。ポールさまみたいに何でもできる人がいると、王城に暮らす男が自分だけで、自分が除雪しなければ私たちが困るだろうっていう発想が出てこないって話」

「ああ……」

 暗闇の中から首を伸ばして外に誰もいないことを確かめ、ポールはそっと廊下に出る。まさか開け放しの扉の外に人がいるとは思っていないのだろう、女房衆たちのおしゃべりは続く。

「シェルリナさまがいらしたら、あたしも靴を濡らさなくて済んだんだろうなあ」

「それは、シェルリナさまは気配りの方だもの」

「寮から王宮、大臣官邸だけでなく、市街地まで除雪してくださるでしょうけど」

「市街地までって……いやそれ遠いでしょ?」

「そうなのよねえ。……たぶんそれでも何ともない顔でしてくださるから、それはそれで心苦しいというか……」

「お優しいのはわかるのだけど、もう少しご自分の幸せというかそういうことを考えてくださいって思っちゃうよね」

「わかる。お部屋もいつもきれいで、ごみもまとめてあるのに、『助かります』とか『いつもありがとうございます』って丁寧におっしゃるから、なんだか申し訳ないというか」

「ねえ。そのシェルリナさまが初めて望まれたことが、よりにもよって旅に出ることだったなんて……」

 壁越しに、女房衆たちのしんみりと物思いにふける空気が伝わってくるようだった。しばらく四人は何も言わず、ポールもまたそこを動けずに除雪具を持って立ち尽くす。

「お元気でいらっしゃるといいわねえ」

「旅を楽しんでいらっしゃるといいと思う」

「うん。王様とか、国とか、そういうこととか忘れて」

「そしてできれば立派なお妃さまを連れてお戻りになってほしい」

 シェルリナは家事能力が高く、気配りもできて優しい。きっと結婚すれば唯一の生涯の伴侶として守り抜いてくれそうだけれども、そこはやはり国王である。結婚すると家庭に入って家事育児に専念するシェトラの女性たちにとって、王妃としての職務が課せられる現実は敬遠したいものであるらしい。シェルリナのことはあれほど褒め称えるのに、誰一人その伴侶となりたいと思わないのが女房衆たちである。

 王妃話をきっかけに、女房衆の噂話は広がっていく。今日は誰が誰とくっついたとか、誰と誰が別れそうだとかそういう話が中心である。ポールも思いつく限り官吏の顔を思い出しながら、ありがたくそれを拝聴する。

「そういえば、フレデリク長官が彼女と別れたって話」

「今頃? 秋には出てたよその話」

「え? 別れた原因は?」

「ええと、フレデリク長官が教育庁長官に抜擢されてから忙しくなったから」

「そうそう。『しごとと結婚すれば?』とか言われたんだってね?」

「ひっどーい」

「秋と言えば、この春から、グレンヴィル長官の息子さんがリナレア勤務になるんだって」

「リナレア勤務? グレンヴィル長官の息子さんってなんだっけ?」

「えーと、確か……」

「貿易商社勤務。三か国語を扱える天才らしいよ」

「独身?」

「もちろん。グレンヴィル長官がもうすぐ三十になるのに浮いた話ひとつないって心配しているのを、食堂のセイルが聞いたもの」

「もうすぐ三十っていうことは、ギリ二十代か……」

「グレンヴィル長官のお子さんということは、きっと穏やかで優しい人なのよね」

「そうそう。グレンヴィル課長を長官に抜擢すると知ったとき、わたし、シェルリナさま見る目あるなあって思ったもの」

「そうだよね。お父上のリクシェルさまさえ目を留めなかったグレンヴィル長官に目を付けたんだから」

 かちゃかちゃと食器の触れ合う音と水音が聞こえてくる。口も動かすが手も動かすというのが女房衆の鉄則である。食事の支度に使った鍋釜を洗い終わったら――次は。

「掃除の前に、靴、履き替えてきなさいよ」

「でも――どうせまた濡れるんだよねえ。他人の足跡を踏んでいっても、長靴の縁から入ってくる分には変わらないし」

「もう少し長めのものないの?」

「短いほうならあるけど……」

 除雪具を担ぎ、ポールは息をついた。

 雪の日の朝は寒い。おしゃべりに興じながらとは言え長靴を濡らして新雪を踏みしめ、しっかり朝食を作ってくれた女房衆たちも立派な職業人だとポールは思う。

 台所の声を邪魔しないように気をつけて食堂に回る。ポールやマチルダがいつ起きてくるかわからない週休日は、朝の配膳はない。それでも人がいないのを確かめて、除雪具を担いで部屋を横切り、外に通じる扉に手をかける。女房衆が出入りする勝手口から除雪をすれば、あの長靴が濡れた女房衆も安心して勤務できるだろう。

 磨き上げられた窓ごしに、銀世界が見えた。夜半からの雪が嘘のように、夜明けの空には雲一つない。なるほど雪は膝丈近く降り積もり、庇ごしに窓の桟にさえ張り付いている。音を立てないように細心の注意を払って手をのばし――ポールは眉をしかめた。

 扉が、動かない。

 鍵はさっき確かに解錠した。念のために目を向けるが、鍵を操作するつまみは確かに横に向いている。大臣官邸の鍵はどこも縦向きが施錠で横向きが解錠だったはずだ。――もしかしたら思い込みかもしれないと思い直して、つまみをひねる。

 ごとり、と重い音がする。

 もう一度ひねって横に戻すと、カチリと小気味の良い音が聞こえた。

 やはり――解錠されている。

 ポールは扉を見上げた。扉が天井に打ち付けられている様子はない。足元も同じである。

 首をひねりながら扉に肩を預け、全体重を押し付けるように強く押す。

 重い、重い手ごたえだけがあって、扉はぴくりとも動かない。

 七六年ぶりの大雪は、廂を越えて扉の下にも吹き溜まりを作っていた。ポールの膝には届かないが、それでも高く、そして均一に厚い。降り積もった雪が扉の回転半径を塞いで動きを封じているのだが、二十歳のポールはそれに気づくことができない。

 ただ困惑して、何度も扉を押すのみである。

「誰!」

 夢中になって扉と格闘していたポールは、鋭い誰何の声に文字通り飛び上がった。おそるおそる振り返れば、台所へと通じる通路から四人の女房衆が顔を覗かせている。朝早いというのに睫毛は上を向き、頬は赤く、唇はつややかに、髪は後れ毛ひとつなく結い上げている。綺麗に手入れされた眉根を寄せた二十代の女性四人は、それぞれ手に鍋やおたまや包丁を持っていた。とりあえず目についたものを持ってきたのだろう。

「おはよう、ございます」

いたずら現場を押さえられた子どものような気持ちで、ポールはぎこちない笑みを浮かべる。磨き上げられ花が飾られた長い食卓を挟んで向かい合う女房衆も、おはようございます、と反射的に挨拶を返す。

「まあまあ、ポールさまったら」

お互いに反応をうかがうような沈黙を最初に破ったのは、ソワンという熟練の女房衆だった。女房衆の束ね役の一人で、採用されてもうすぐ十年になるはずだ。素肌のような透明感のある化粧が美しい。本人は鼻梁の大きさを気にするけれど、それよりも年齢不詳の肌の方が気になるとポールはいつも思う。

「それはもしや除雪具ではありませんか?」

 隣の女房衆に鍋を預け、ソワンはカツカツと踵を鳴らして食堂を横切る。鍋を預けられた女房衆が我に返り、残り二人を伴って台所に戻って行った。食器の触れ合う音がするから、できあがった朝食の配膳を開始したのかもしれない。

 特に悪いことはしていないはずなのに、なんとなく、ポールは除雪具を背中に隠す。ポールの背丈より長い包みはもちろんそんなことでは隠れない。それでもどうにか隠せないかと悪戦苦闘するポールのそばに、ソワンが凛と立つ。

 朝起きたら除雪をしようと決めたのは昨晩のことだった。しんしんと音もなく降る雪は、ポールが今まで見たこともないような勢いで窓の桟に積みあがって行った。きっと明日はとんでもない量の積雪になるだろう、明後日の仕事に差し障ったら大変だ――そう思うと、ポールが除雪するのはごくあたりまえの選択だと思われた。夜のうちになるべくあたたかい外套を選び、中に着るものも厚手のものを選び抜いた。もこもこに着ぶくれした姿を見れば、背中に除雪具を隠さなくてもポールが何をしようとしているか一目瞭然である。

「除雪なんてそんな、力仕事をなさってお怪我をなさったらどうします? ポールさまは今やこの国にとってなくてはならない方なんですよ? 慣れぬ力仕事をして腰をひねった肉刺ができた風邪を引いたからといって、週休日以外にお休みになるのは本当に難しい。ポールさまの気配りは素敵ですけれど、先々のことをお考えになって、除雪は男性にお任せなさいまし」

 ちょうど朝食ができたところですのと微笑むソワンの声を合図に、女房衆たちが食器を食卓に並べ始める。ポールは扉に背を押し付けたまま、除雪具を受け取るべく差し出されたソワンの手を見つめる。

「マチルダは、今日は、リナフィー様のところに行っているから……」

 行っているから、だから、何だと言うのだろう? わずかに眉をしかめたソワンの、丁寧に化粧をほどこされた顔を見てポールは考える。

ポールは仕事には男も女もないと思う。女性だから奥向きのことをしていればよいという考えは間違っていると考えている。女はすべてたおやかに家事と育児をしていれば良いというこの国の価値観には違和感を覚える。実際それってどうなの、と国王であるシェルリナにさえ問いただしたことさえある。

それなのに、目の前のソワンには、言えないと思った。女房衆とうまくやらないと仕事に支障が出ると前任者に言い含められていたことは関係ない。ただ、言っても通じないな、という思いはあった。彼女たちには彼女たちの信念があり、しかもそれがあまねく女性に通じるものと思っている。こちらの主張を聞いてもらうには時間と論理性以上のものが必要だろう。

「ティアナ!」

ほんのりと花の香りを漂わせて振り向いて、ソワンが大声で誰かを呼んだ。すぐにはあいと返事が聞こえ、少し湿った足音を立てて髪の短い女房衆が一人、戸口に顔を表す。彼女がティアナなのだろう。ややつり気味の目が、化粧でより際立って見える。

「ごめんなさい。今、盛り付けが終わったところよ」

「ああ、うん、ありがとう。でね、マチルダ様の今日のご予定を確認してもらえる?」

「マチルダさまの?」

 ティアナのつり気味の目がポールを見る。ポールはソワンとティアナをただ見比べる。ソワンはそう、とほんのわずか、考えるようだった。

「今ね、本日はご不在だとうかがったの」

「え? ご不在は明日でしょう? ご出張で」

驚いた声を出して、ティアナと呼ばれた女房衆は首を引っ込める。ぱたぱたと足音が遠ざかり、うあ、という悲鳴を挟んで戻ってくる。

「確認した。……今日だった」

「やっぱり……」

ソワンはほんのわずか、唇を噛んだ。その間にポールはじりじりと後退し、外に通じる扉の取っ手を必死に動かす。全体重を必死にもたせかけ、開けようともがく。

「思い込みよね。今日は週休日だから、きっといらっしゃるに違いないという……」

「ええ。予定表を改良する必要があるわね。偶数の日と奇数の日を色分けするくらいのことは、今すぐしない――ポールさま?」

 ティアナとぼそぼそ話していたソワンが振り向く。ポールがようやく、ほんの少しだけ開いた扉から、風がびょうと音を立てて吹き込んできた。まるで年長の姉が妹をしかりつけるような顔で、ソワンはポールをまっすぐに見る。

「風でお食事が冷めてしまいます。扉の前からおどきください」

 こういうとき、なんと返事をすればいいのだろう――ポールは表情筋の一つも動かせず、打ち付けられたように扉を背に立ち尽くしたまま、考える。マチルダだったらきっとうまい言い訳が思いつくだろう。シェルリナは――いや、仮にも国王であるシェルリナには、こんな言い方はしないだろう。それを言うなら一応男性であるマチルダも違うか。上司と言うならポールだってそうなのに、理不尽なのだろうか? 男女差別?

 カツカツ、と女房衆の正装である踵のある靴を高く響かせて、ソワンはポールのそばにやってきた。小指の先も通らないほどほんのわずか開いた扉をそっと閉める。音もなく滑らかなその所作は、さすが女房衆というべきか。

「ポールさま」

 ソワンはにっこりとポールに微笑みかける。その眼尻にうっすらとしわがあることにポールは気付いた。やっと二十歳になったばかりのポールにはわからない長い年月が彼女の身にあったことを示すものだ。

「はい」

 ポールは女性としてはやや背が高いほうに入る。対してソワンはマチルダと同じくらいだから平均ほどだろうか――それでも十分威圧されるように感じて、ポールは折り目正しい返答を返す。ソワンはあたりまえにポールの手の除雪具に手を伸ばした。

「予定をお伝えいただいていたのに、マチルダさまのご不在を失念しておりまして、申し訳ございません」

 抵抗するように手を離さないポールに向けて、頭を下げる。

「王宮の維持管理は、わたくしたち女房衆の務めでございます。ご存じのとおり、わたくしたち女房衆の休日は暦とは異なり、本日出勤のものも多くおります。除雪についても、もちろんお任せくださいましね」

「いや、でも……」

 位負け、ということばがとっさにポールの頭に浮かんだ。まるでリクシェルと話しているようだと思った。迫力でも道理でもなく、ただ、圧倒される。自分が何を言っても言い訳にしか聞こえない。

「あのぅ」

 除雪具を握る手袋の中の手がじっとりと汗ばんできて、それを不快に感じたときだった。食卓に食器を並べ終えたティアナが、小首を傾げてこちらを見ておそるおそる声をかける。

「ポールさまって、天賦は何ですか?」

 ティアナの話し方にはわずかだが訛りがある。年齢もポールとそう変わりないように見えるところから察するに、王宮に採用されてそれほど経っていないのだろう。

「どうして、そんなもの使おうとなさるんですか?」

 心底不思議そうな物言いだった。ポールははたと目を見開き、それからソワンを見る。

王宮に住むようになって五年、除雪は常に男性の仕事だった。シェルリナが先陣を切って除雪に励むから、官吏たちは早々に出勤して門側から除雪をする。剣の国であるシェトラではごくあたりまえに剣士が多いから、天賦を用いて除雪しようという人は見たことがなかった。黙々と手を動かすものだと思っていた――それが女性である自分であっても。

「わたしは真言魔術師です」

 ソワンがくすりと笑って、手のひらを再度ポールに向ける。あたしは元素魔術師ですと別の誰かが言って、わたしと言いなさいとソワンに指導される。はいとうなずき、彼女が言い直す――ポールは除雪具をソワンの手に渡す。

「もちろん、ポール様が善意でお手伝いくださるのは大歓迎です。男がいないなんて滅多にないことですもの、せいぜい羽を伸ばしましょう」

 晴れやかに笑うソワンを見て、ポールはぽかんと口を開けた。マチルダの不在を、男性がいないことをそんなふうに女性が受け止めるなんて、ポールはまったくわからなかった。ポールはまだものを知らないとリクシェルにさんざん言われたことを、今さらながらに思い出す。

 せっかくだからお食事ご一緒してもいいですかとソワンに問われ、ポールはうなずく。女ばかりで食卓を囲んだのは初めてだった。美容に健康に男女のあり方とよくまあここまで話題が途切れないものだと感心するほどに止まらぬおしゃべりを楽しむ余裕はまだなかったが、それでも、女同士の食事も楽しいものだなと思えた。


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