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想像上のスティグマ  作者: kitaro-
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第一章 道化宮青年の受難 ~4~


          ✠  ✠  ✠


「嘘、……だろ?」

 琥珀は、呆然と呟いた。

 空腹が限界まで達し、幻覚でも見えだしたのか? そう、現実逃避したくなるくらい、信じられない光景だ。

 白い神父も、赤い大男も、化け物染みた体術を駆使して、赤い大男が血液を刃に変えて、首を切られても死ななくて、白い神父を磔にした。

 夢ならば覚めてくれ。何だ、この異世界めいたワンシーンは。

 そんな琥珀の気持ちを裏切り、赤い大男が右手を頭上に構え、その掌から、死神が持つような大鎌を生み出した。

 つまり、

 ……冗談は止してくれ。まさか、そんな、本当に? 殺す、訳ないよな……?

 それでも、男は口端を引く。瞬間、琥珀の体中の汗腺から、嫌な汗が吹き出した。

 助けなきゃ……。――いや、オレが出てって何になるってんだ?

 助けなきゃ……。――落ち着け。あの人は、オレとは無関係だろう?

 助けなきゃ……。――オレまで殺されるかもしれないんだぞ?

 助けなきゃ……。――でも、ここで逃げてオレは自分を許せるのか?

 助けなきゃ……。――ああ! もう、分かったよ!!

 ガクガク震える足を、両の拳で叩き付け、ガチガチ音を立てる歯を食いしばり、そして、琥珀は前を見据え、路地から飛び出した。

「ああああぁぁぁぁ――――っ!!」

 白い神父を助けるために、必死の形相で大男にタックルをかます。

 思った以上に、大男は重量級だった。サンドバッグに激突したような感触を覚え、脳が揺れ、視界がふらつく。

「ちょっ!? な、何してマースカ! キミはっ!?」

 かなり日本慣れしていない、たどたどしい日本語の美声が、オレンジボブの小柄女子から掛けられる。

 幼女にも似た、可愛らしいソプラノだが、今は彼女の声質について、どうこう言ってる場合じゃない。

「良いから、この人連れてとっとと逃げてくれ!」

 彼女と同じく、神父服姿の青年も呆気に取られた表情をしている。

 彼の右腕を壁に縫い付けている、赤い短剣を力任せに引き抜くと、苦悶の声の後に、忠告が来た。

 それは、青年自身の低い声色のもので、

「いけない! 早く逃げて!」

「もう遅いって! 逃げるんなら、あなたも一緒に……」

 琥珀は、二つの勘違いをしていた。

 一つは、彼の台詞が助けに来た自分に対する、ワンテンポ遅れたものだと思ったこと。

 そしてもう一つは、いくら何でも、見ず知らずの少年に矛先を向けるほど、大男も狂っていないと思っていたことだ。

 琥珀は、背中から胸元に掛けて、違和感を得た。

「…………え?」

 具体的に言うと、背中に何かがめり込み、それが体内を通り、胸元から突き出たような感触だ。

 そんな現実が起こっていた。

「マジ、かよ?」

 自分の体を、赤い刃が貫いている。

 それが、ズルリと引き抜かれ、全身から力が奪われ、琥珀は地に伏した。

 ドクドクと傷口から鼓動を感じる。だが、痛みはない。痛みを感じない。

 その無感は、直ぐ様全身を支配した。体の熱が失われ、覚醒は眠気へ代わり、意識が遠のく。

 やがて、傷口から感じる鼓動も止まり、闇の中へと思考が溶けていった。

 ――この日。琥珀は、死を迎えた。


          ✠  ✠  ✠


 ()()(ざかい)の空が黒い。

 時刻は八時を過ぎていて、それは等しく、住民に夜をもたらしていた。

 空に浮かぶ月は赤く、その下に一つの建物がある。

 エントランスと中庭を持った、上質の見た目をしたマンションだ。

 方形の敷地内にそびえ立つ、九の階層を連ねたL字型のマンション。

 ()()(ざかい)北部の〝クレマパレス〟と呼ばれるものだ。

「彼には、悪いことをしてしまった」

 クレマパレスの最上階。九○一号室に、溜め息交じりの反省が零れる。

 テーブルとソファのみと言う、必要最低限の家具しかない空間には、小さな一言が大きく響いた。

「彼のおかげで、凌ぎ切れたというのに……。〝(せん)()(がん)のイオータ〟の名に泥を塗るような、大失態だね」

「仕方がないデースヨ。イオータ様」

 彼と同じく、渋面を浮かべながらも、リーガルはイオータを励ます。

「イオータ様の(せん)()(がん)は、全ての光を捕らえマースガ、それゆえ、対象物を限定する必要がありマースネー」

 即ち、

「多くが見え過ぎるため、取捨選択による脳内処理が働きマース。〝視認しようとするものしか見えない〟のですから、これは不可抗力デスヨー」

 それに、と、リーガルが目をやる先には、とある物体があった。

 テーブルの上に横たわるそれは、黄色に黒が混じった、メッシュのミディアム。中肉中背の体つきを持った、〝(どう)()(みや)()(はく)〟と呼ばれていた物体だ。

 残念なことに、現在は、水分と有機物が構築するただの肉塊。上半身を露出しているそれの胸元には、致命傷となった切り傷が入っている。

「行方を眩ました、デルタに対抗するための〝駒〟。〝スティグマ〟様を〝(かみ)()ろし〟するための〝器〟が手に入ったのデースヨ。前向きに考えマスネー」

 話し合う二人の目の前で、ルナが粛々と作業を行っていた。

『我、ルナ・エリクソンが呼び掛ける。汝の名はスティグマなり』

 彼女の言葉に応えるように、琥珀だったものが口を開き、

『承認。七番目の(そう)(ぞう)(しん)(かく)〝スティグマ〟で宜しいですか?』

 と無機質な声で確認する。

 生き返った訳ではない。それにしては、余りにも機械的過ぎる声だ。

()(かい)(おう)たる汝が力を顕現せんがため、我はこの者を贄とせん。この者を不老とし、この者を不死とする。我、ルナ・エリクソンは、汝に誓う。降り給え、スティグマよ。我を汝の僕とせよ』

 対し、ルナが唱えると、一つの変化が訪れた。

 琥珀だったものの傷口が、ゆっくりと、しかし、確実に塞がっていったのだ。

 その様子を見るルナの口元に、笑みが浮かんだ。

 どこか妖艶で、愉悦を醸し出す、このときを待ち望んでいたと訴える、笑みが。


          ✠  ✠  ✠


 瞼を開けると、まず見えたのは、笑みを湛える少女だ。

 緩い癖の付いた、水色の髪を揺らし、金色の虹彩が、こちらの双眸を見詰めている。

 その瞳の奥には、きっと聖母にも似付かわしい、優しさが宿っているのだろう。

 まるで天使のような、慈悲と喜びを抱く、甘美な微笑み。

 どこか香しく暖かな匂いが、鼻腔をくすぐった。

「お初にお目に掛かります。我が名は〝ルナ・エリクソン〟。あなたに仕える〝ネクロマンサー〟でございます」

 薄紅の、花弁に親しい唇が、言葉を紡ぐ。聖歌を彷彿させる透き通った声で。

「……ネクロ、マンサー?」

 ルナと名乗った少女の言葉を、真似るように復唱すると、彼女が不意にこちらの右手を握り、胸元まで持って行く。

 両腕で包み込むように握り、宛ら、愛の誓いと勘違いしそうな声色で、だが、同時に情熱的に、

「ずっと……、ずっと、お目に掛かりたく思っていました。スティグマ様!」

 彼女は蕩けた目つきを見せた。

「スティグマ?」

「はい。〝()(かい)(おう)のスティグマ〟。我が、愛しきご主人様! 今、このときより、ワタシはあなたの所有物です!」

 ――いやいやいや、待ってくれ――。

 混乱しながら、こう思う。

 ――確かに、こんなシチュエーションを妄想しなかった。って言うのは、嘘になるけど、いくら何でもおかしくないか――?

 目が覚めたら、超美少女が、主従関係を望んできました。

 とても良いと思う。バラ色の状況だ。

 しかし、どうにも彼女は、大きな勘違いをしている気がする。だから、言ってあげるのが、正しい対応だろう。

「いや、オレの名前は〝(どう)()(みや)()(はく)〟って言うんだけど」

「…………はい?」

 ルナの表情が、見事なまでに固まった。

 ふと、彼女の背後へ目をやると、二人の人影がある。

「良かった。あんたたち、無事だったんだな。ところでさあ……」

 ルナと同じく、固い表情の二人に、琥珀は疑問した。

「オレ、生きてるのか?」

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