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想像上のスティグマ  作者: kitaro-
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第一章 道化宮青年の受難 ~3~


          ✠  ✠  ✠


 耳に届いたのは、音だった。

 何か、鋭くて硬いものが、別の何かに当たる音。

 無機質と無機質が、ぶつかり、削り、削いでいるような、金属音だ。

 その音は、琥珀の右側。建物と建物の間から聞こえるもので、つまり、裏路地から響いている。

 ……何だ? この裏路地を使う人はいない筈だけど……。

 怪訝に眉を歪めつつ、興味本位に細道を行く。

 狭い狭い道を進むと、その先には、建物に囲まれたスペースがあった。

 建物の裏口が身を寄せ合った、使い道のない空白地帯だ。

 …………は?

 そこで目にした光景には、〝異様〟の単語しか浮かばない。

 舞い踊る、神父服姿の高身長。

 揺れる薄緑のポニーテールは、激しい運動の証拠だ。

 彼の青い瞳が見定めているのは、深紅の青年だった。やや長く、跳ね気味の毛髪も、纏うコートもズボンも赤い。

 黒いブーツとシャツだけを異色とした、筋骨隆々の大男。

 彼が両手に握り、白の青年に向け振るっているのも、また赤い。

 彼は、紅の双剣を振るっていた。


          ✠  ✠  ✠


 イオータは、彼の全てを注視する。

 筋肉の軋み。関節の可動。骨格の動作。心臓の鼓動に、呼気と吸気。

 それらを情報源とするため、〝(せん)()(がん)〟を駆使した。

 あらゆる〝光〟を看破する双眸は、〝デルタ〟の動きの先までも捕捉する。

 彼の体躯が、見せているのだ。自分がこれからどう動くかを。

 ――右の袈裟懸けから、回転。左のバックハンド。後に、下段から上方へ右の振り上げっ――!!

 その通りの攻撃が来る。

 だから、イオータは一つ一つ、丁寧に接した。

 身を沈め、バックステップを踏み、横にずれる。一切の断ち傷を受けることなく、回避行動を取り、そして、

 ――その体勢からは、左の逆袈裟でしょう――!?

 デルタは、回転の後に、右の〝赤剣〟を捻り、多少強引な動きで振り上げている。その勢いで、右の腕には惰性が残っているため、振り下ろすには時間が掛かる筈だ。

 ゆえに、次なる攻撃は限定される。左斜め下に払われた、左の赤剣による、右斜め上への薙ぎ払いだ。

 分かっていれば、対処は容易い。

 イオータは、一歩を踏み込み、右の腕で左手首を掴んだ。踏み込みとデルタの力を利用し、時計回りを描く。

 踏み込んだ右足を軸として、体を反転。さらに、深紅のコートの襟を左手で掴み、背負い投げのようにいなした。

 天地を逆転されたデルタが、重く鈍い音を響かせ、背中から地面に激突する。

 苦しげな吐息を発し、だが、焦点の定まらない虚ろな瞳が、こちらを見据えていた。

 体勢的に、見上げるような目の動き。両腕の振りによって放たれるのは、両手首の血管を破り、生まれ出でた血液が形作る、

 ――チャクラム――!

 風切る音を立てながら、鮮血色の円月輪が、高速回転で迫り来る。

 イオータは、視線を集中させ、軌道を読み、両の手刀を振るった。右は斜め上への叩き。左は地面に対して垂直の振り下ろしで。

 チャクラムを手刀で防ぎ切り、意識と視線を前方へと戻す。

 だが、そこに人影はない。先の一瞬。防御のために集中を逸らした隙に、彼は姿を眩ませたのだろう。

 致命的なミスだ。――普通の人間ならば。

「背後を捕っても無駄だよ」

 言いながら、イオータは旋回した。右の後ろ回し蹴り。靴底は確かに、デルタの左前腕を踏み締める。足の先に腕があるのは、お見通しだった。

「私の〝(せん)()(がん)〟は、三六〇度全ての光を、遮蔽物すら無視して捕らえる。ゆえに、私に死角はない」

 建物の壁面と、こちらの右足に挟まれた彼の腕から、両刃の赤剣が零れた。

 イオータはそれを右手でキャッチし、畳み掛ける。

 左に薙ぎ、払い上げ、躱すデルタが反撃のために、上段からの振り降ろしを放つのを先読みして、頭上に刃を構えた。

 構えは、左、柄側が上で、右、刀身を下にした受け流しのものだ。

 右上からの、かち割りを狙っていた敵側の刀身は、必然、滑るようにして、軌道を逸らされる。

 力任せの刃が地面にめり込み、生まれるのは大きな隙。

 イオータは、躊躇うことなく隙を突いた。

「これで終わりだよ!」

 円を描いて、左肩にある柄を左横まで移動させ、そのまま、デルタの首。彼の右側から掻き切る動きで払う。

 しかし、戦場に響いたのは金属音で、腕に伝う余韻は、肉や骨を断つものではない。寧ろ、痺れに似ていた。

「くっ……!?」

 それは宛ら、鉄パイプで鉄塊を殴ったようで、斬る感触とは似ても似付かわしくない。

「これは……〝(にく)(たい)(こう)()〟!? 血管内を鉄で固めたのか!?」

 その通りの事実がそこにあった。

 赤い刃は、デルタの皮膚を裂き、しかし、硬質化された血管に先を阻まれている。

 一瞬の逡巡が、こちらの隙となった。

 デルタが口元を弓形にして、地面に突き刺さった赤剣から手を離し、新たな獲物を形作る。

 両の手に滴る鮮血が〝結晶〟となり、出来上がったのは無数の短剣だ。

 彼は、それを指と指で挟むように持ち、疾く来た。

 左からの払い。右の刺突。

 払われた刃は、引く動きで追い打ちを掛け、こちらが後退を選べば、手首のスナップで投擲が来る。

 ――先ほどの力技ではない! こちらの能力を察し、手数と速度に移行した――!?

 イオータの(せん)()(がん)は、全てを映す。〝見る〟と決めた相手の座標から、未来に至るまでを。

 さらに、この肉体は反射神経が図抜けており、加えて、これまでの経験から、回避運動は骨の髄まで染み付いている。

 だが、現状の自分の武器は、一本の両刃刀と、この身一つだ。

 数多の刃が、上下左右から、遠近ない交ぜに放たれたら、不利にしかならない。

 それを見越したように、デルタが嵐の如く投擲を乱舞する。

 まるで、ガトリングと相対しているようだ。

 次々と放たれる短剣が、こちらを揺さぶり、ズレを生み、それを大きくしていく。

 赤剣を振り上げ、一本の短剣を弾いたとき。僅かな時間差で放たれた、もう一本の短剣が、こちらの防御を掻い潜り、前腕の骨の隙間を貫いた。

「ぐぅっ!?」

 刃は、背面の建物をも突き、こちらの右腕から自由を奪う。

「イオータ様っ!?」

 細い路地に隠れていたリーガルから、不安の声が上がり、だが、イオータは言った。

「来てはいけない! リーガル! 君だけでも逃げるんだ!」

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