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想像上のスティグマ  作者: kitaro-
22/23

第五章 スペルレス ~5~


          ✠  ✠  ✠


 琥珀の体躯が、こちらへと吹っ飛んでくる。

 受け身も取れず、琥珀が地に叩き付けられワンバウンド。更にもう一度跳ねた後、地を転がり、ようやく止まった。

「か、……っは! うぇっ……!!」

 声とも呼べない、苦悶の吐息。どうやら、鳩尾に全力の一撃を叩き込まれたらしい。

 琥珀の手にはレガリアはなく、今、それはイオータの手中にあった。身悶えするほどの威力を人体の急所にぶち込まれたのだから、仕方ない。彼に、非はないだろう。

 だとしても、状況は最悪に転がっていた。ルナは思う。

 ――懸念が、当たってしまいましたね……。

 クレマパレスで、デルタを止めた際に抱いた思いだ。

 琥珀は、デルタがゾンビであるために、ネクロマンサーさえ見付かれば、死に伏しても復活できると知っていた。

 だが、彼は心臓を貫くのではなく、アキレス腱を切断する手段を用いたのだ。

 理由は簡単。琥珀は躊躇ったのだろう。殺人行為を。

 果たして、自分を殺害した相手にすら情けを見せる優しい人が、仲間であるイオータを、彼を慕うリーガルの目の前で殺すことはできるのだろうか?

 現時点での二人の立場が答えだ。失敗した。もっと速く気付くべきだったのだ。

 ルナは、己の失態に柳眉を歪める。

 琥珀が四肢を突いて何とか体を起こした。が、一見して満身創痍。ここから先は、勝負にすらならないだろう。

 ――このままでは、琥珀が……。ワタシたちの最後の希望が……、

 琥珀は、スペルレスに対抗できる唯一の存在。彼が倒れてしまったら、もはやアドルフたちを止める方法は、ない。

 ただ一人。琥珀だけが、(ぜっ)(たい)()(れい)を防ぐ手立てを持っているのだから。

 そこで、ルナは気付いた。琥珀の能力が、司令を拒絶できるなら……。しかし、次の瞬間には、自分の策を否定する。

 ……ダメ。この方法では、琥珀は無事じゃ済まない。いや、確実に死んでしまう――!!

 しかも、

 ――この方法は、仮説に基づくもので、成功する確証はどこにもないんですよっ――!?

 最悪の事態が目に浮かぶ。

 琥珀の死亡。それでも、イオータは二足で立っていた。彼を、スペルレスを止める方法は奪われ、(しん)(きょう)とアドルフの争いにアトナコス人が巻き込まれる。

 何より、心臓を締め付ける恐怖の根源は、

 ……琥珀が……、琥珀がいなくなる――?

 ――たとえオレがいなくなっても、ルナにはスティグマがいるだろ――?

 何時かの言葉が反響し、ルナは自分の身を抱いた。歯と歯がカチカチ音を立てている。全身が震え、言いようのない不安が悪寒となって襲い来た。

 ……嫌っ……!!

 嫌なんだ。琥珀がいなくなることが。耐えられないくらいに。スティグマと出会えることを加味しても、絶対に。

 だって、ワタシは、

「――ルナ? 何か、思い付いたんだな?」

 はっとして意識を戻すと、琥珀がこちらの瞳を覗き込んでいた。短い付き合いだと思う。それでも、彼は確証を得たように微笑みを向け、打診してきた。

「オレは、どう動けば良いんだ? 教えてくれ。それに、賭けよう」

「ダメですっ!!」

 必死の形相で、ルナは拒む。

「この方法では、琥珀が死んでしまいます! 嫌なんです……! 琥珀が死んでしまったら、いなくなってしまったら、ワタシは……!!」

「――じゃあさ? 約束、しないか?」

 おびえるこちらを包み込む、柔らかな口調で彼が言う。

「――約束?」

「ああ。オレが死んだら、ルナが生き返らせてくれ。どんな状態になっても。たとえ、一〇〇パーセント無理に見えても、諦めないでオレを呼んでくれ」

 そしたら、

「オレは絶対に戻ってくる。閻魔様に喧嘩売って、スティグマとだって戦って、この体は誰にもくれてやらない。必ず、ルナの声に応えるさ」

 彼の言葉には根拠などなくて、ただの口から出任せにすら聞こえるけれど、

「本当……、ですか? 絶対に、ですよ?」

 震える声を振り絞るように、出した。

「オレはルナの言うことを信じる。だから、ルナもオレの言うことを信じてくれないか?ずっと、一緒なんだろ?」

「約束、ですよ?」

 涙で滲んだ世界の中で、

「約束する。誓うよ」

 確かに琥珀が頷いた。


          ✠  ✠  ✠


「何を言い合っているのか分かりませんが、この状況を打開できるならやって見せてください! ――イオータ!!」

 打ちのめされ、それでも立ち上がった琥珀へと、イオータが迫った。

 左の手には琥珀から奪ったレガリアが握られている。順手に持った刃を構え、猛然と駆け行く。

 それでも琥珀は不動を保ち、自然体で立っている。ルナからの指示を待つように。

「琥珀!」

 ルナが掛けた声は、指示へと続き、それもただ一言。

「――受けてください!!」

 避けろ。でも、止めろ。でもなく、即ち刃を受け入れろ、との意味合いだ。とてもじゃないが賛同できない、非情な命令である。

 琥珀は歯を食いしばり、緊張から表情筋を引きつらせ、だが、しっかりとした口調で、

「分かった」

 琥珀の腹部をレガリアが貫いた。

 刃が腹を割き、内蔵を掻き分け、背面へと通じ、刀身が姿を見せる。

 着用する制服の白シャツが、鮮血の赤に汚されていく。

「が……こふっ……!」

 琥珀が吐血した。

 誰がどう見たって致命傷だ。臓器が損傷し、出血量も尋常ではない。ショック死してもおかしくなかったし、ともあれ間もなく、琥珀は死に至る。

 だが、彼の目は燃えるようで、ルナもまた、諦めてはいない。

 その証拠に、涙を浮かべながらも高らかと、ルナが言葉を紡いだ。

『ルナ・エリクソンの名の下に、汝、己が力を誇り給え!』

 ネクロマンサーがゾンビに対して用いる、音声入力である。

 ルナが唱えた入力は、スティグマが固有に持った、能力増幅を目的としたものだ。

 スティグマの能力は〝生体電流〟による〝磁場〟の生成。能力増幅とは、生体電流のブーストと同義である。

 レガリアを奪われた現状では、全く無意味なものに思われるが、確かな成果が表れた。

 それを、スペルレスの声が示す。

「警告します。正体不明の、ノイズの影響で、イオータとアルバの通信が、遮断されつつあります」

「なっ……!?」

 アドルフが彼女の警告に狼狽えた。

「彼は、他者に対しても通信妨害を行えるのですか!?」

 結果から言えばそうだろう。

 琥珀が偶然手に入れた能力は、生体電流が放つ電磁波によるものだ。電磁波は、電流とセットになっており、ポテンシャルは比例関係にある。

 つまり、電流の勢いが増幅されれば、電磁波も強まることになるのだ。

「いけない! イオータ、下がって!!」

 後退を指示されたイオータの左手首を、琥珀の右手が掴む。

「逃がさ、ない……ぞ? イオータ? 悪い……が、オレと心中して、くれ……」

 息も絶え絶え。しかし、琥珀は掴んだ手首を離さない。

 彼がわざわざ体を貫かせたのは、電磁波の影響が届く効果範囲内に誘うこと。そして、その状態を維持するため。イオータを捕らえるためにあったのだ。

「再度、警告します。このままでは、イオータとアルバの通信が、遮断されます」

「イオータ!!」

「オレも、道連れになって、やるさ……。だから、……今は、眠れ」

 二者が小さく告げ、一人の叫びが聖堂に響く。

 二人の少女が見守る中、イオータの動きが止まった。

「エラー。通信の遮断を、確認」

 一人の神格が、囁く中で。


          ✠  ✠  ✠


 アドルフが見たのは、予想外の顛末だ。

 謎の(そう)(ぞう)(しん)(かく)、琥珀に、イオータが機能を停止させられた。最悪だ。まさか、(そう)(ぞう)(しん)(かく)が自分の人生を妨げるなんて。

「もう一度! スペルレス、もう一度です! 再度、(ぜっ)(たい)()(れい)を! イオータを支配下に置きなさい!!」

「不可能です。未だ、ノイズは収まっておらず、通信は不可能です」

 アドルフは、苛立たしげに唸った。

「ならば……、ならば、彼が倒れてからです!」

 琥珀は、死に瀕している。

 あの怪我の程度から察するに、保っても数分の筈だ。彼はゾンビであるから、再び蘇るだろう。しかし、その間にできることはまだある。

 ――こんなところで、止まってなるものか! 自分の生まれた意味を否定させてたまるかっ――!

 決意に、歯を軋ませたときだった。

「もう。……止めないか……?」

 彼が、話し掛けてきたのは。

「止める? そんなこと、できる訳ないでしょう!? ボクは、(しん)(きょう)への報復のために、人生を捧げてきたのですよ!?」

 言ったでしょう?

「ボクは、(しん)(きょう)に報復するために生まれ、(しん)(きょう)に報復するために育てられ、(しん)(きょう)に報復するために神父となりました! ボクの人生は、(しん)(きょう)への報復のためにあるもので、それ以外の何でもない!! ボクから、目的を奪わないでください!!」

 琥珀の言葉は、本当に苛立たしい。

 こちらのことなど考えもしない。ただ、正論を述べているだけだ。何も知りもしないで、宛ら、戦争を知らない子供の言い分。

「だから、さ? その生き方、……辛くないか?」

 だが、何故だろうか? 彼の言葉はやたらと刺さる。

「辛かったら、……止めよう。……あんたが、……人生楽しめなかったら、意味、ないだろう?」

 今もそうだ。死にかけで、途切れ途切れで、弱々しいのに。力が籠もっているように、強く響く。

「……辛い? 楽しむ?」

「そう、だよ。……あんた、自分の人生は報復のためって、……言ったけどさ? それ、あんたが、望んで選んだ、……のか?」

 自分の父親は、生粋のアトナコス人だった。

 (そう)(ぞう)(しん)(かく)を崇拝し、口癖は〝(しん)(きょう)なんて……〟。

 アドルフは、父から(かみ)()ろしを学び、父の死後、(しん)(きょう)の信者となった。もちろん、スパイ活動を行うためだ。

 全ては、父に応えるために。

 咳き込む声が聞こえる。琥珀がどす黒い血を吐き出し、血溜まりができつつあった。

 死が迫る中。それなのに、彼はこちらを真っ直ぐ見据える。虚ろなようで、確かな光が双眸に宿っていた。

「もし、そうなら……、悪いことは、言わない。……あんたの人生、送らない、か?」

「ボクの、人生」

 彼が倒れそうな動きで、頷く。

「しがらみも……、責任も、宿命とか、も、置いとけば、良い。……あんたの人生は、あんたのものだろ? ……どう生きるか。……生きたいか、は、自分で選んでも、望んでも、罰は当たらないよ……」

 それは、

「キミも、同じだ。……お嬢ちゃん」



          ✠  ✠  ✠


 琥珀に話を振られて、スペルレスは戸惑った。

 ――ワタクシも――?

 そんなことを言われても困ってしまう。自分は、造られた存在なのだから。

「ワタクシは、人工知能をインプットされた、極めて人工的な、存在です。そんなワタクシが、同じな筈――」

「そんなことは、良いからさ」

 そんなこと? スペルレスは目を皿のようにした。人工知能を人格の代わりとしている自分には、予め目的がインプットされている。生き方は決まっているのに。

「オレは、……キミの意見が、聞きたいんだ。……キミは、望んでいるのか? ……争いを、さ」

 ――意見……?

 意見とは、何だろう? インプットされた知識を参照するに、自分の考えのことだろう。では、自分の考えを述べるには、望んでいるかを判断するには、何が必要だろう? それは経験だ。

 約一〇日間の、少ない人生経験だが、意見を述べるには、振り替えらざるを得ない。

 スペルレスは、思い返す。

 ――はぐれちゃったのか――?

 ――心配いらないぞ、お嬢ちゃん――。

 何故だろう? スペルレスは、不思議に感じる。

 ――ソフトクリーム。嫌い――?

 ――だろ? 少し元気出たかな――?

 たった、一〇日程度の人生の一日。それも、ほんの数十分にすら満たない時間の筈なのに……、

 何故こんなにも、彼との思い出が鮮明に、色濃く見えるのだろう?

 ゴボっと音が聞こえた。

 回想の中にいた彼。(どう)()(みや)()(はく)が吐血している。苦悶の呼吸は、今にも途切れてしまいそうで、理由は分からないが心臓が痛い。

 高鳴る鼓動。なのに、胸が締め付けられるように窮屈だ。何故だろう? 彼に優しくして貰ったから? その彼を傷付けたのが、自分だから?

 震える声で、スペルレスは尋ねる。あの日、聞きそびれてしまった質問を。

「どうして、誰かのために、そんなに、優しく、するんですか?」

 ずっと分からなかった。彼は、どうして優しくしてくれるのだろう? 自分は、争いを起こすために生まれたのに。

 琥珀の答えは、苦笑混じりのもので、

「困っている人を、放っとけないんだ。誰であっても」

 聞いて、何かが頭の中に灯る。

 正体は不明だけれど、明確なことがあった。

 自分は、彼に優しくして貰った。そして、そのことに感謝した。では、彼を傷付け、多くの人に争いを強いる、自分がしていることは何だろう?

「……報告、します」

 頬に伝う、雫の正体は涙と呼ぶのだろうか。

「ワタクシは、彼を、……誰も、もう、傷付けたくありません」

 それは、

「それは、彼の優しさに対する、裏切りです。ワタクシは、争いを、望めません……」

 争いを生むことは、より多くの困っている人を生み出してしまう。それでは、彼が大変だ。彼に感謝しているのに、嫌がることを行うのは恩を仇で返すこと。

 自分は、誰も傷付けたくない。それが、自分の意見だ。

「自我……、ですか」

 アドルフが、大きく息を吐く。その音が聞こえた。

「仕方ないですね。スペルレスが折れてしまえば、ボクに、争う手段はありませんから」

 気のせいかもしれないが、柔らかな口調だ。安堵したような。

 琥珀が、微かに口端を上げ、瞼を降ろし、その体が緩りと傾いて、

「琥珀っ――!!」

 ルナの声が、木霊した。

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