表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想像上のスティグマ  作者: kitaro-
20/23

第五章 スペルレス ~3~


          ✠  ✠  ✠


 琥珀は感じた。

 聴覚から音を。触覚から風を。そして、第六感で気配を。

 音は、駆け足が地を鳴らすもので、風は、駆け来る誰かが大気を乱すもので、それは即ち気配だ。

 気配は、猛烈な速さを以て、迫り来る。背筋に走った悪寒を合図に、琥珀は左に横っ飛びした。

 その動作は極めて本能的な反応だ。危機感からの回避行動。刹那、風と影が自分が立っていた地点を走り抜けた。恐らくは、強襲の動き。

 通り過ぎた影は、見知った男の形をしていて、動作で言えば、蹴りの型を取っている。だから、琥珀は目を見開いた。

 そんな……。内心を感想にしたら、その一言が相応しい。

「イオー……タ?」

 琥珀は彼の名を呼んだ。

 自分を蹴り飛ばそうとした男は、長身を白いローブで包み、薄緑のポニーテールを風に遊ばせている。

 メガネを掛けた男の容姿は、紛れもなくイオータのものだ。

 ただし、その瞳に知的な輝きは見えず、言うなれば、デルタが宿していた空虚な闇が見て取れた。

 まさか、とは言わない。心の奥で予想はしていた筈だから。

 ――イオータも、操られているのか……?

 信じたくない、事実であるが。

「質問に答えましょう」

 アドルフが口を開いた。信じたくない事実を、説明によって強固なものにするが如く。

「デルタを。――そして現在、イオータを操っているのは、彼女〝()()しのスペルレス〟ですよ」

 白髪の少女を示しながら告げたアドルフに、食って掛かる勢いでルナが反論した。

「そんな能力は聞いたことがありません!」

「そうでしょう。ボクが生み出したのですから」

 ルナが絶句する。

 信じられない。しかし、現実として、信じなくてはならない。イオータとデルタがその証拠。

 そんなふうに、葛藤しているようにも見えた。

「〝(かみ)()ろし〟時。(そう)(ぞう)(しん)(かく)をダウンロードするに際し、〝()(げん)(のう)(かい)〟へのアクセスが可能となります。そのタイミングで特定のプログラムを入力することで、架空の(そう)(ぞう)(しん)(かく)を組み込むことができる」

 追い打ちだと言わんばかりに、アドルフは詳しい説明を繰り出す。内容は良く分からないが、考えるに、スペルレスの製造方法だ。それしか考えられない。

「普通のコンピュータで呼ぶところのハッキングに似ていますね。有機演算器(バイオカリキュレイター)の素材は人間の脳です。当然、騙し偽ることも可能なのですよ。錯覚や暗示を用いれば」

「何故……? 何故、そんなに詳しく……? アナタは(しん)(きょう)の神父なのでしょう?」

 ルナの瞳が揺れている。仕方ないことだ。

 彼女の先祖が秘匿していた、テクノロジー。それが、筒抜けになっていたのだから、いくらルナと言えど、動揺は隠せないだろう。

 加えて、彼女は(しん)(きょう)を嫌っている。そのショックは、想像し難いほどである筈だ。

「だとしたら、何故――」

 ルナが言葉を止めた。握る拳が、微かに震えている。知りたくもない真実を知ってしまった。彼女の様子が、そう訴えている。

「そうですよ? 簡単な話だったんです」

 ようやく分かりましたか? そんな副音声を含んだ口調で、

「ボクはアトナコスの末裔。知っていて当然でしょう?」

 アドルフが、口角を僅かに上げた。


          ✠  ✠  ✠


 頭の中で歯車が噛み合う。

 ルナは、ピースとピースが組み合わさり、パズルが完成するように、脳裏に正解を導き出した。

 ……そうですか。確かに、それならば答えになりますね――。

 自分が提示した、三つの質問。その答えが、アドルフの一言に集約されている。

 彼がアトナコスの末裔ならば、(そう)(ぞう)(しん)(かく)を知っていて当然だ。(そう)(ぞう)(しん)(かく)は、アトナコス人の心の支えなのだから。

 アトナコス人ならば、優れた技術水準から、(そう)(ぞう)(しん)(かく)の製造技法を編み出すことも考えられる。そもそも、(そう)(ぞう)(しん)(かく)を造ったのはアトナコスの人々だ。

 ……そして、彼が(しん)(きょう)聖堂を襲った理由は明白。自分同様、否、それ以上に、彼は(しん)(きょう)を恨んでいるのだろう。

 ルナには分かる。自分も、(しん)(きょう)は苦手だ。――アトナコスが滅びる原因を作ったのは、(しん)(きょう)だから。

「あんたが……、アトナコスの末裔?」

 一人。琥珀だけが取り残されている。分からないのは当然だ。彼は、完全なる部外者なのだから。

「ええ。ですから、(しん)(きょう)聖堂を襲った理由も分かりますよね? アトナコスは、(しん)(きょう)に滅ぼされたようなものですから」

「…………は?」

 必然戸惑う琥珀に、ルナは弱々しく囁く。

「アトナコスは、(しん)(きょう)からの植民地支配を受けていたんですよ」

 言ってる自分で、覇気のない声だと感じる。戸惑っているのは彼だけではない。自分もだ。いや、放心していると言った方が近いか?

「それが、終わりの始まりだったそうです」

「そう。一五〇〇年代のことでした」

 こちらの言葉を拾って、アドルフが語り始めた。

「欧州からやって来た侵略者たちは、(しん)(きょう)の名の下に、アトナコスを蹂躙しました。戦う術のない我らが祖先を、虐殺し、隷属し、支配下に置いたのです」

 それが、(そう)(ぞう)(しん)(かく)誕生の切っ掛けになったのだから、皮肉なものだ。

 侵略者が絶対視していたのは、〝神童〟と言う不確かな存在。

 存在と言って良いのかすら分からない概念を、正義と唱える彼らの所行は、アトナコスの常識を変えるに足るものだった。

 結果として、一六〇〇年代前半。(そう)(ぞう)(しん)(かく)が生み出されたと言われている。

「侵略者たちは、高度な水準を誇っていたアトナコスの科学技術を、暴力的手段を以て奪い去りました。所謂、搾取です」

 その頃、世界に産声を上げた理論や、発明、発見などは、ことごとくがアトナコス由来のものだったそうだ。全て、権利を不当に踏みにじられた。

「搾取の魔の手は、〝有機演算器(バイオカリキュレイター)〟にまで迫ろうとしました。有機演算器(バイオカリキュレイター)が奪われてしまっては、アトナコスはお仕舞いです」

 有機演算器(バイオカリキュレイター)を失うことは、()(げん)(のう)(かい)の消失、及び、(そう)(ぞう)(しん)(かく)の離散を意味していた。だから、

「アトナコス人は、〝ジャッジメント〟を起こしました。爆発的なウイルスの流行〝パンデミック〟です。それにより、アトナコスは呪われた地、退廃の都と呼ばれるまでになりました。――有機演算器(バイオカリキュレイター)の秘匿と引き替えに」

 真正面から(しん)(きょう)と対立したら、何れ、有機演算器(バイオカリキュレイター)の存在も暴かれる。

 そこでアトナコスの住人は、パンデミックを引き起こすことで、国ごと歴史の闇に葬った。もはや、誰も近付きたいと思わないように。

 それが、アトナコス滅びの歴史。(しん)(きょう)との因縁の始まり。

「……だったら、何で、あんたは神父を務めているんだよ!」

 静聴していた琥珀が、アドルフに叫び掛ける。

「あんたは、(しん)(きょう)を恨んでいる。それは分かったよ。だったら、(しん)(きょう)の神父って立場は矛盾するだろう!」

「神父という立場を、利用したんですね?」

 アドルフへの質問と言う形で、ルナは琥珀に答えた。考えられるのは、それだけだ。敵の懐に入るとしたら、それ以外考えられない。

「内部調査するには、神父と言う立場は最良ですから」

 同時に、恐ろしく冷徹な判断だと感じる。自分では到底真似できない。憎む相手側の重役に就くなどとは。

「そうです。神父とあらば、多くの情報が入ってきますからね。お陰で、内部事情にも大分精通しました。とてもじゃないですが、神童を敬うことなどできませんが、計画を練るには最高の環境でしたよ」

 礼拝中の聖堂を襲ったのも、より悪い印象を与えるため。信仰の最中に、暴漢が襲い来るなどと言うシチュエーションは、信者に取って脅威でしかない。

 彼が、(しん)(きょう)に報復するとしたら、願ってもない結果を生む筈だ。

「全ては、火種となるためですよ。アトナコス人が決起する切っ掛けになるため。(しん)(きょう)との戦争を始めるためです!」

 だから、

「ボクはスペルレスを生み出し、デルタを支配下に置いた。アトナコスに取っての絶対正義が立ち上がれば、皆も決心を抱くだろうと……!」


          ✠  ✠  ✠


「イオータとデルタの遭遇は、ハッキリ言って予定外でした」

 アドルフがスペルレスを〝(かみ)()ろし〟したのは、九日前のことだ。

 製造者は自分だが、如何せん、存在しなかった神格を、ほとんど無理矢理〝想像力〟頼りで創造したのだから、性能テストが必要だった。

 スペルレスの〝(ぜっ)(たい)()(れい)〟は、〝(ねむ)(ひめ)のアルバ〟の〝上位命令〟を改竄し、こちらの司令を強制的に実行させるものだ。

 (ぜっ)(たい)()(れい)によって、どれだけ緻密に動くだろうか? どれくらい明確な司令を与えるべきなのか? それを調べるために、テストを行っていた。

 つまり、テスト中のデルタが、イオータと偶然出会ってしまった次第だ。

「デルタが、イオータとの戦闘に至った経緯は、具体的には分かりません。恐らく、制止や情報開示を求めてきたイオータを、敵と見なしたのでしょう」

 デルタに取って最優先すべきことは、如何な状況でも止められないことだった。

 当然だが、制止を促されて行動を中断するようでは話にならないし、情報を探られれば、反発しなくてはならない。

 ある程度の危機的状況に陥っても、自己判断で乗り越えなくてはいけなかった。計画の実行者である自分が、そんなふうに命じたのだから。

「そして、本日、ボクは満を持してこの聖堂を襲撃させました。ときの声を上げるために、ですね」

 これで、アトナコスの末裔は目を覚ます。そう思ってのことだ。

 現在、人々は平穏に毎日を送っていることだろう。だが、果たしてそれで良いのだろうか?

 (しん)(きょう)は、無慈悲にも我らが故郷を踏みにじったのだ。ならば、相応の屈辱を味わわせるのが自然の摂理。否、アトナコスの子孫である、自分たちの使命なのだ。

 それでも……、

「イオータの答えには、正直ガッカリしました。幻滅しそうでしたよ。彼は、平和ボケに荷担し、愚かな(しん)(きょう)信徒までも庇おうとしたのですからね」

「だから、……ですか?」

 ルナの問い掛けは、不明瞭なものだった。それでも、アドルフは彼女が何を言いたいか、瞬時に把握する。

 ……だから、イオータを支配したのですか?

「ええ。ボクは生粋のアトナコス人。できるならば、支配下に置くのは最終手段としたいのですが、腑抜けたことを言われては仕方がありません」

 アドルフは、ルナへと向けていた視線を、初対面の(そう)(ぞう)(しん)(かく)に移した。

〝琥珀〟と言っただろうか? 自分の知る(そう)(ぞう)(しん)(かく)に、そんな名をしたものは思い当たらないが。

 何にせよ、彼も絶対正義なら良い。賛同してくれれば、切っ掛けになる。それで良い。

「あなたは、分かっていただけますよね? 琥珀?」

「ああ、分かったよ。――だけど、協力はできない」

 だが、琥珀は即否定した。

「あんたが(しん)(きょう)を恨む気持ちは分かるさ。許せないよな。オレも、自分の故郷が踏みにじられたら、そんな奴らは憎いと思うだろうよ」

 だけど、

「今! 今、生きている(しん)(きょう)信徒には! ――あんたには! 裁く権利も、裁かれる責任もない筈だ! 全部、過去のことなんだろう? あんたがしがらみに捕らわれる必要はないんだよ!」

 彼の言葉に、自分の顔つきが歪む感触を得る。眉間に皺が入り、奥歯がギリギリと軋んでいた。

 彼もまた、イオータのように(しん)(きょう)を庇うのか。いや、それよりも、

 ――ボクが……、ボクを救おうと、そう思っているのですか……?

 不可解だ。それ以上に、不愉快だ。まるで、聖職者にも似た物言い。余計なお世話だ。こちらの人生を知りもしないで……。

「あなたに……、何が分かるんですか? ボクは、(しん)(きょう)に報復するために生まれ、(しん)(きょう)に報復するために育てられ、(しん)(きょう)に報復するために神父となりました! 全ては、(しん)(きょう)への報復のためにっ!!」

 なのに、自分の存在価値はそれだけなのに……、

「ボクから全てを奪うつもりですかっ!?」

「そんな訳ないだろっ!! オレは……」

「黙りなさい! ――良いでしょう! もはや問答は不要! あなたの意見にはうんざりです! 我が支配下に落ちて貰いましょう! スペルレス!」

 荒く呼吸を繰り返し、三十一番目に司令を下す。

 彼女は、頷きを一つ返し、

「〝(ぜっ)(たい)()(れい)〟。――今から、ワタクシが、支配者」

 能力を行使する。

 アドルフは口元に、サディズムな笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ