表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想像上のスティグマ  作者: kitaro-
2/23

第一章 道化宮青年の受難 ~1~

 東京都大田区富()()(ざかい)

 国際線である〝東京国際空港〟の影響で、この町は、住民、町並みともに、とてもボーダーレスだった。

 南東に位置する〝()(こく)(せき)(むら)〟は、観光客だけでなく住民からも大人気で、南西に位置する〝(せい)(どう)()(かく)〟は、グローバルな住民の、宗教に関する要望を満たし、不安を一気に払拭してくれる。

 もちろん、〝()()(ざかい)高校〟も国際的な配慮は申し分ない。

 ()()(ざかい)の中央に所在を置く、高等学校だ。

 ()()(ざかい)高校は、主に三つの建物からなる。

〝コ〟の形をした、三階建ての本校舎は、茶色をメインカラーとしていた。

 デザインは、古来よりの〝学校〟のイメージとはほど遠く、ガラス張りの空間があったり、ベンチを擁する広場が屋上にあったりと、随分お洒落に見える。

 煉瓦造りの校門から見て、右側にはベランダ付きの教室が。左側には、休憩所を兼ねた図書室が目視できた。

 本校舎の隣。図書室側にあるのは、体育館だ。

 かまぼこ型の天井を持つ体育館は、本校舎と同じく茶色が中心で、本校舎と同じく三階建て。

 一階は、剣道・空手・柔道用。二階に三列のコート。三階には、テニスコート及び屋内プールが設けられている。

 特筆すべき建物は、キャンパスを出て、道を挟んだ向かい側。

 そこにそびえるのは、五階建ての白い台形だ。

 一階に食堂。二階三階に講堂。四階は礼拝堂、五階は教会となっている。

 全校生徒二五六名の内、約二割が異邦人。当然ながら、異なる教徒が共存生活を送る、国際学校のような()()(ざかい)高校特有の施設、と言えるだろう。異文化に寛容だ。

 この五階建ての建物は、食堂・講堂・礼拝堂の数から〝(さん)(どう)〟と名付けられていた。

 時刻にして、大凡一〇時。

 ()()(ざかい)高校一年三組の教室には、二〇名ほどの生徒がいる。

 東に光差す窓。廊下がある西には学生専用の、個別ロッカー。

 生徒の座席は計四列で、主に五席で一列だ。

 一見で、国際的と言えるだろう。生徒の中には、色素が薄い金髪の少女や、褐色肌で逞しい体つきの少年が点在。瞳の色も統一されていないため、全員が邦人だとは絶対に思えない。

 人種のるつぼとの表現が、とても似合う。

 だが、生来の文化が異なると予測されるクラス内のほぼ全員が、どう言う訳か一斉に、打ち合わせていたかのように、片手を挙げた。

 同時、教壇側のホワイトボードに、一人の生徒が〝正〟の字を、四つほど並べ書く。

〝正〟の一番上には、〝(どう)()(みや)()(はく)〟と綴られていた。

「はーい。では、本人以外の満場一致で、二学期の学級委員長は道化宮くんに決定ー!」

 ほぼ全員のクラスメイトは、やはり一斉にある一点へと目をやった。悪戯が成功した悪ガキに近い表情で。

 視線の先にいるのは、頬杖を突いた中肉中背の少年だ。

 黄色をベースに、黒色が混じったメッシュのミディアムヘア。

 紺色ズボンの上に白い半袖シャツを羽織り、深緑のネクタイを締めている。

 彼は、茶色の両目を瞬かせ、やや高い声域で、

「いや、良いんだけどさ? 悪意を感じるんだよね……」

 (どう)()(みや)()(はく)は、嘆息した。


          ✠  ✠  ✠


 (どう)()(みや)()(はく)には、悩みがある。

 例えば、学級委員が困っているときに、率先して助けてしまったり、仕事を肩代わりしてしまったり、とかだ。

 自分で言っといてなんだが、とても良いことだと思うし、寧ろ、美徳だと思う。日本人らしい日本人特有の行動だ、と誇って良いんじゃないだろうか?

 そんな行動を、迷うことなく実行に移せる自分が、自分自身好きだし、今更、性根を変えようとも思わない。

 ただし、

「じゃあ、面倒く……重要な仕事は道化宮くんに一任で!」

「ややこ……大切な案件宜しくな!」

 ご存知だろうか? 一般的に、〝イイ人〟と呼ばれる人種は、損をするようにできていると言う、悲しい現実を。

 お人好し:名・形動 何事も善意にとらえる傾向があり、他人に利用されたり騙されたりしやすいこと。また、そのさまや、そう言う人物。

 辞書は正直なことだ。

 事実として、先日を以て実力テストが終了。一学期の学級委員の仕事が、大方片付いたと言うことで、二学期の学級委員を選抜するべく開かれた、学級会。そこで見事、学級委員長の座を射止めたのだから。

「噂聞いたよ? 道化宮くん。中学の頃、全学期全学年通して学級委員長。って言う偉業を成し遂げたんだってね?」

 理由が見当たらないが、何故か不満そうな顔つきで、右隣にいる女生徒が話し掛けてくる。

 暴挙とも呼べる手段で、立ち位置を確定された自分が不満をぶつけられるなんて、酷い神様がいるものだ。

「そんな学級委員長のエキスパートなら早く言ってよね? 一学期目の失態で、皆勤賞が台無しじゃない」

「うん。まさに、そんな反応があると予測したから、黙ってたんだけどな?」

 自慢にならないような武勇伝を語って、委員長の仕事を押し付けられたら、流石にどうなんだ? と言う訳で、黙っていた次第なのだが、心内を察して貰う手段ってないのだろうか。

 ――しかも、兼任で生徒会に所属しながら、ポジションが副会長だったしなあ……。

 中学時代の苦い思い出だ。

 あんなにもしゃかりきに働いて、期待に応えながら、最終ポジションが〝副〟って何だよ。

 絶妙な達成感のなさから、高校ではもう少し公的なことと距離を置こう。そう思っていたのに、結局この立ち位置だ。

 生来の気質と言うのは、随分としつこいのだろう。

 いや、不満はない。先に述べた通り、自分は〝イイ人〟である(どう)()(みや)()(はく)のことを、気に入っている。

「じゃあ、これから宜しくねー」

 一学期の学級委員長からそう言われ、琥珀は諦めたように、もう一度息を吐いた。

 ……これから、ねえ……。

 その言葉の意味するところが。暗に〝ずっと〟と聞こえる、押し付けがましいニュアンスが〝不安〟なのだ。

 (どう)()(みや)()(はく)の悩みは、抽象的に表現すると〝そう言うこと〟だった。


          ✠  ✠  ✠


 昼休み。

 琥珀は、昼食を摂ろうと、〝(さん)(どう)〟の食堂へと向かっていた。

 ()()(ざかい)高校には、異邦人の生徒も数多い。

 だから、食堂のメニューもバリエーション豊富だ。

 各国の家庭料理も揃っているし、宗教的理由から食材が限定されている場合にも、しっかり対応している。しかも、学食なので安い。

 加えて、とある事情があって、琥珀は(さん)(どう)を良く利用していた。

 そんな琥珀の現在地は、

「あ、それは二階の本棚でお願いできますか?」

「了解」

 学生の憩いの場、こと〝図書室〟だ。

 何のことはない。何時ものように自分の生き様が、通常運行しているだけだ。

 (さん)(どう)へ行こうと思っていたら、非力そうな女子生徒が新しい書物を抱え、フラフラ廊下を歩いていたのだから、男として手伝わずにはいられない。

 乗り掛かった船だから、最後まで付き合おうと思い、現在に至る。

 ()()(ざかい)高校の図書室は、結構広い。

 三階まで吹き抜けになった開放的な一郭で、一階はカフェのような見た目の読書スペース。本棚は二、三階にあり、階層を繋ぐのは、らせん階段だ。

 ガラス張りで明るく、広々とした図書室は、くつろぐには持って来いだが、整頓には不向きかもしれない。

「はい。今ので最後でした。ありがとうございます」

「うん。お疲れ。じゃあ、オレはこれで」

 二階から一階に戻ると、図書委員の女子生徒が、ぺこりと一礼する。こう言う瞬間が、琥珀は好きだ。

 右手を挙げて、別れの挨拶としながら、壁際の時計を確認する。

 ――ってか、ちょっと時間マズいな――。

 時計が示す時刻は、昼休み終了十五分前。移動の時間を考えると、急いだ方が良いだろう。

 今月の自分は、サッカー部に所属している。

 サッカーは結構体力を使う。だとしたら、十分な栄養を補給しておくべきだ。

「あ、道化宮!」

 駆け足を始めようとしたところ、背後から声が掛かる。

 振り返ると、バスケ部に所属する友人が、少し遠い位置から右手を振っていた。

「ちょうど良かった。道化宮、昼飯まだ?」

「ああ、図書委員の手伝いしてて」

「相変わらずだなあ、お前」

 呆れたような苦笑いで、彼は近付いてくる。

 琥珀は、彼の思惑が分からず、尋ねた。

「で、ちょうど良かったって、何が?」

「おう。今日からお前には、バスケの練習に付き合って貰う」

「何でだ? 今月はサッカー部だろ?」

 恐らく、他校の生徒が聞いたら、訳の分からない会話だと思う。だが、()()(ざかい)高校の、特に運動部にしては、当たり前の会話だ。

(どう)()(みや)()(はく)レンタル制度〟と名付けられた、これから伝統にするらしい、助っ人制度がある。

 読んで字の如く、(どう)()(みや)()(はく)――つまり、オレ――を、運動部全般で共有すると言う、決まり事だ。

 自画自賛になるが、自分は結構運動神経が良い。

 それも、脚力・腕力・跳躍力・決断力・反射神経などを兼ね備えた、万能タイプだ。

 一学期の体育の授業でそれが露呈し、これは便利だ! となり、今に至る。

 正直に言うと、レンタルとか便利とか、人権無視も甚だしいのだが、おこぼれがあるのも確かだった。

 つまり、レンタル料金。

 琥珀は、一ヶ月毎に一つの部活に所属するのだが、その部活には〝昼食代金奢り〟と言う請求が、キッチリ設けられている。

 決して、家が裕福と言えないこちらに取っては、結構ありがたい制度だ。

「レンタル権を買い取ったんだよ。サッカー部、今月は部費がヤバいらしくさ」

 ――オレの飯代って、部費からだったのかよ……!

 どこか、罪悪感を覚える真相が発覚した。これからは、割安なメニューとか定食系で固める方が、精神衛生上良さそうだ。

 しかし、友人は悪びれもせず、笑顔で続ける。

「そんな訳で、今月の飯代はバスケ部が払ってあげよう。感謝しろよ?」

「分かった。今日から練習に加われば良いんだな? じゃあ、早速頼むよ。バスケもサッカー並に疲れるし」

 と、(さん)(どう)へ向かうべく踵を返そうとしたところ、

「ああ。……ところで、道化宮、今月末の練習試合なんだけどさ? 相手のガードが曲者らしくてさあ」

「オレの相手ってこと?」

「おう。ディフェンスが厄介だから、お前には外からの――」

 琥珀は、スポーツ全般が好きだ。

 好きこそものの上手なれ。との言葉が示す通り、食わず嫌いなく、全種ある程度囓っているし、経験値も豊富な方だと思う。

 中学では野球一筋だったが、高校でユーティリティーデビューしてからは、それぞれ楽しんでいる。

 さらに、その多角的な経験を活かし、それぞれのスポーツを、別の視点から語れるくらいになった。

 だから、こう言う戦略の話は、時間を忘れるくらい楽しい。

「――で、後は上手いこと〝ベン〟まで繋いでくれるか?」

「オーケー。ポイントガードの腕の見せ所だな?」

 拳と掌を合わせ、歯を見せるように笑う。

 友人も同様に笑い、しかし、おもむろに携帯を取り出して、やはり笑みの顔で液晶をこちらに向け、

「そんな訳で、もうすぐ昼休みも終わりだな」

 ディスプレイが示す時刻は、授業開始五分前。

「はあっ!? おまっ……! ま、まさか、そのために打合せを……!?」

「何のことだ、道化宮? さあ、授業の時間だ! 飯食ってる暇はないぞ?」

 言って、彼は颯爽と去っていき、一人残された琥珀は、ダメージから立ち直れず、口元をだらしなく半開きにする。

 高らかな笑い声を上げる友人が、廊下の角を曲がり見えなくなった頃、ダラリと両腕をリフトダウンして、

「空腹状態でバスケなんて……、殺す気かよ……」

 琥珀は項垂れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ