表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想像上のスティグマ  作者: kitaro-
16/23

第四章 赤剣と千里眼 ~2~


          ✠  ✠  ✠


 なるほど、と琥珀は思った。

 一旦、デルタを捕らえておけば、そこに送られてくる信号の発信源を、確実に探索することができる。

 そうすれば、被害を抑えつつ、黒幕にも芋づる式に辿り着けるだろう。イオータもそう思って行動したのだ。

「ただ、この現状は予想外だったかな」

「どう言う意味だ?」

 尋ねると、イオータがデルタの方へと視線を向けながら、

「現在のデルタは、活動停止中だ。そして命令の役目を果たす信号も送られていない。恐らく、戦闘不能状態に陥ってのことだろう」

「黒幕にもデルタの状態が分かるってことか?」

「ああ。無駄な抵抗にエネルギーを割かない、と言うことじゃないかな。随分と倹約家な発想だね」

 困ったように微笑するイオータ。その表情の意味するところを、琥珀はどことなく理解できた。

 彼が自分に無茶な頼みをする際、よく見られる目つきだ。恐らく、行き詰まったことに対して、そして、こちらに対する申し訳なさの表れだろう。

 何しろ、

「また、大暴れできる状態になれば、信号は送られてくるだろう。ってことか……」

 それは彼の解放と、付随して起こるだろう再戦を示唆しているのだから。

 既に二回体験した悪夢のような戦闘を、もう一度お願いするのだ。正直自分もできれば避けたい。

 参ったなあ、と後頭部に手を遣ると、ゆっくりとイオータが頷く。

「琥珀? 私は強制したくはないのだが……」

「良いよ。気持ちだけで十分だ」

 言って、息を長く吐いた。

 まだ、彼らの任務は遂行されていない。ならば、彼らに命を救って貰った、自分にできる恩返しは、最後まで付き合うことだ。

 黒幕を見つけ出し、止めるまで。

 そのために、デルタを解放し、彼を食い止める側と、黒幕を探す側に別れる。

 必然的に、食い止める側は自分だろう。

「乗り掛かった船だしな。それに、やられっぱなしも格好悪い」

 精一杯強がりながら、床に置いたバッグからレガリアを取り出した。

 もちろん抜き身ではなく、革製のホルダーに装填されている。ルナも同じようにして携帯していたのだろう。

 決意したつもりだが、やはり握る手は震えていた。

 情けないと思う。いや、こんな非常事態で落ち着けるほど修羅場は潜っていないか。まあ、昨日の自分ならば、腰を抜かす事態だ。赤い両刃刀を振り回す大男との、命を賭したガチンコ勝負なんて。

 ぐっと、逆手に握ったレガリアに力を込める。強く一つ、腹式呼吸を入れて、無理矢理その気を作った。

「――よし。ルナは下がっていてくれ。イオータとリーガルは、何時でも行けるように、頼む」

 振り返り、三人の頷きを見る。

 ルナがキッチンまで移動し、イオータとリーガルが玄関まで続く通路に立ったところで、琥珀は磁界を発した。

超磁歪振動子(ちょうじわいしんどうし)〟とやらでできた、鉄の短剣が高速の振動を始める。

 琥珀は身をかがめ、床に膝を突いて、奥歯を軋らせるように噛み合わせ、

「行くぞ!」

 気合を入れるために、必要以上の大声で告げながら、デルタを捕らえる鎖に一太刀を入れた。


          ✠  ✠  ✠


 鉄が断たれる、鈍くも高い音がする。

 断ち切られた鎖の端が、ジャラジャラと地面へと零れていった。

 これで、束縛も見た目だけのもの。内側から外側へと力を加えれば、容易く鎖は解け、デルタは自由の身となるだろう。

 暴走の準備は整った。

 そして、イオータの(せん)()(がん)は見る。僅かな弧を描きつつ、光の波長が彼の頭部に届いたのを。

「――来た!」

 さらに、イオータの目は見る。机の上に横たわっていたデルタが、両の腕を広げていくのを。

「イオータ! 行ってくれ! オレはここで、こいつを止めておく!」

「ああ。くれぐれも無茶はしないように」

 ゆっくりとデルタが上体を起こす。

 視界の端でその動きを見ながら、イオータは玄関を飛び出した。靴は予め履いてる。欧米風の文化などではなく、何時でも駆け出せるようにだ。

 ここを貸してくれている男は、自由に使って良いと言ってくれたし、これから戦闘が始まれば、土足すら些細に思われる大惨事が室内を襲う筈だ。

 早速、何かが何かをぶち壊す騒音が響いた。

「これは……早くしないと、入居者の皆さんから苦情が殺到するね」

 皮肉気味に口端を歪め、イオータは非常階段を駆け上る。目指す地点は屋上だ。

 (せん)()(がん)ならば、あらゆる物質を透視できる。が、(せん)()(がん)状態では、位置関係の捕捉が難しい。

 クレマパレスは九階建てだ。その屋上となれば、結構な高みに立つことになる。そこからの見晴らしならば、通常の視界でも見通しが良いだろう。

 (せん)()(がん)と普通の目の併用により、黒幕の居所を掴む。それが、イオータの狙いだ。

 屋上のドアを、若干乱暴に開け放ち、イオータは夜空の下に躍り出た。

 流石は日本が世界に誇る都市、東京だ。こんな状況にも拘わらず、感嘆と溜め息が漏れた。

 ネオンや街灯の明かりによって、真夜中でも、街では煌めきがいくつも自己主張している。

 感動してる場合ではない。その中から、イオータは一つの〝光〟に注目した。光は、通信用の電波だ。

 その電波を、受信しているこちら側から、送信しているあちら側へと、視線を滑らせるように追って見る。

 光の紐は、放物線を描き遠く遠くへと続いていた。

 ――これは……、送信元はやはりアトナコス……?

 光は南東へと続き、地平線に消えている。

 その方角の先。海の向こうには、アトナコスがあった。

 今はもう、〝有機演算器(バイオカリキュレイター)〟の管理者である〝イプシロン〟ただ一人。それと、彼のネクロマンサーが時折やって来るだけの、滅びを迎えた文明都市。

 ……何故? いや、一体誰が? どうやって……?

 いくつもの疑問と困惑を覚える。

 アトナコスとデルタが送受信を行っているとしたら、考えられる可能性は〝アルバ〟だけだ。

 彼女は、(そう)(ぞう)(しん)(かく)の司令塔。唯一、〝()(げん)(のう)(かい)〟だけを住処とし、そこから信号を送ることで、残り二十九の(そう)(ぞう)(しん)(かく)を統括・制御する。言わば、安全装置だ。

 ならば、アルバがデルタの暴走を指示していると言うことか? それこそあり得ない。

 (そう)(ぞう)(しん)(かく)は、アトナコス人に取っての絶対正義。他のゾンビやネクロマンサーに害を及ぼすことは、プログラム上起こり得ない。

 そこまで考えて、イオータは気付いた。

 ……もう一つ、信号が……?

 (せん)()(がん)が映したのは、海の向こうと結ばれた、一筋の光。デルタに送られる信号の送信源、アトナコスと同じ方角に繋がる信号だ。

 角度を計算すれば、断定できるだろう。この電波もまた、アトナコスに続いていると。

 だとしたら、

 ――こちらの光が、真の送信源! アトナコスを経由して、デルタへと送られているのか――!

 との仮説が成り立ちそうだ。

 そして、光の出所は、クレマパレスからも目視可能だった。特別、(せん)()(がん)を用いなくても。

 何故ならば、そこは南西数キロメートルの地点にあるからだ。

 少しだけ、信号の出所に疑念を抱くが、

「リーガル! ナビゲーションをお願いできるかい!?」

 イオータは、屋上のドア付近にて様子を見守っていた、ネクロマンサーの少女に呼び掛ける。

「もちろんデスネー! 行き先はどこデスカー?」

「ああ、行き先は――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ