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想像上のスティグマ  作者: kitaro-
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第三章 琥珀とルナの放課後 ~5~


          ✠  ✠  ✠


「うわあぁぁ――――っ!!」

 赤い大男が、こちらの頭部を目掛けて、突きを放つ。その直前、抱き締めるようにしてルナを庇い、倒れ込むことで回避した。

 床に転がり、何故か少し赤い顔をしているルナに、

「危ないから、どっか隠れていてくれ! オレはオレで何とか頑張るから!」

「わ、分かりました!」

 戦線から離れていくルナに背を向け、立ち上がると、即座に左側から風が来る。薙ぎ払いの一閃だ。

「ひぃっ!!」

 慌てて沈み込んで回避。続け様に、目前のデルタが、赤い剣を上段に振りかぶった。

 その剣が、問答無用の瓦割りを放つ。

「ぎゃあぁぁぁ――――っ!!」

 青ざめながら、サイドステップで右へと跳ぶ。聖堂の奥へと転がり込む形だ。

 何とか頑張ると言ったが、先ほどから口を突くのはほぼ絶叫。いや、仕方がない。気合でどうこうできる状況ではないのだ。

 無理な理由が最低でも四個、瞬時に思い付く。

「ルナ、頼む! ヒントで良いから、能力の使い方を教えてくれ!!」

 右サイドの長椅子に隠れていたルナに、解決策を求めた。理由の一つでも解決したいがために。

「えっと……、スティグマ様の能力は〝磁場〟の生成なんです! 〝生体電流〟の向きを操り、コイル状にすることで、電流から磁場を生み出すんです!」

 思いの外、余裕のない声だ。もしかしたら、実戦経験がないのかもしれない。

「だ、だから、あの、こう、ビリビリって言うのが、グルグルグルってなっているのを想像すれば……」

「抽象的だなあっ!!」

 思わずツッコミを入れていると、猛然としたスピードで男が来た。

 心の中で、やるしかない! と叫びながら、イメージを掻き立てる。

 自分の左腕に流れる光の線。それが、巻き付くように螺旋を描き、間隔を狭め、渦の形となり力場を発生させていくイメージ。

 デルタが、再び赤剣を振りかぶる。

 打ち下ろすような、容赦のない一撃が頭上から迫り来て、

 ――うっぎゃあぁぁ――っ!!

 涙目になりながら、反射的に左手を横に払った。

 狙いを込めた動きではなく、生命の危機から始まる防衛反応だ。

 だが、その動作に確かな成果が表れた。デルタの太刀筋が、途中から軌道を逸らしたのだ。

 宛ら、何かに無理矢理引っ張られたような動きで、軌跡がズレる。

 ありがたいことに、剣は膝を突いたこちらの体躯に触れることなく、聖堂の床に断ち傷をいれた。

 ――能力が発動したのか――!?

 考えられるのは、それだけだ。磁場による吸引力に引き付けられて、太刀筋が狂ったのだろう。

 とにかく、これは勝機だ。

「あああぁぁぁ――――っ!!」

 琥珀は、右手に持ったレガリアと呼ばれる短剣で、思い切りデルタの右肩を突く。

 躊躇いなどはない。じゃないと、こちらが殺される。いや、死にはしないらしいが。

 迷いのない全力の一撃は、だが、薄皮を貫いたところで止まった。

「そのままではダメです、琥珀! デルタの能力は体内にある鉄分の〝結晶化〟! 並大抵の刃では、彼の〝(にく)(たい)(こう)()〟は敗れません!」

 なるほど。彼の持つ赤い剣は、鉄分の結晶で造られたものなのか。

「じゃあ、どうするんだ!? こんな小さなダガーで鉄の体を切れるのか!?」

 自分で言っといて何だが、無理だろう。

 運動神経は優れていると自負しているが、金属を叩き切るほどの腕力はない。

 ルナに叫んでいると、デルタが左腕を斜め上に掲げていた。

 慌てて、膝を伸ばし跳躍。

 振り下ろされた男の、剣を握っている方。右腕と右肩を足場にして、宙空で一回転。コンマ数秒の後に、左手の掌底が床にヒビを入れるのを見た。

 着地後、直ぐ様体を反転。デルタの方へと向き直す。

「大丈夫です! レガリアに磁界を加えてください!」

 ルナのアドバイスに従い、先ほどのイメージを右手にて行う。

 反応は直ぐに来た。ガラスを引っ掻くような高音を上げながら、レガリアが振動を始めたのだ。

「その短剣は、磁界により外形を変化させる〝超磁歪材料(ちょじわいざいりょう)〟を用いた、〝超磁歪振動子(ちょうじわいしんどうし)〟なんです!」

 振り返り、男がまたしても突っ込んでくる。

 琥珀は、左手に磁場を生成し、

「高速振動する刃は、本来の切れ味を遙かに超えます! だから、それなら……!!」

 左からの横薙ぎを上方へと誘導し、レガリアを逆手に持ち替え、アッパーカットの動きで隙だらけの右腕を削いだ。

 硬化でもしたのか、血液は出ない。しかし、さっきよりもずっと深い裂傷が、男の上腕に生じている。

 ――刃が通った――!!

 ならば、勝機も見えてくるものだ。

 視界の端で、デルタが左腕を引いている。その手に生まれるのは赤い槍。

 こちらの腹部を狙った突貫を、左の掌で押すようにいなし、同じ方向へと琥珀は体を捻った。

 半回転の後、時計周りに捻った体をバネにして、溜めた力を爆発させる。

 下半身から上半身へ。右半身を前に出し、順手に持ち直したレガリアを穿つ。

 レガリアは高速の振動を音で表し、デルタの体躯を軽々と貫いた。……の、だが、

 ――右手で……?

 正確に表現すると、受けられた、に近い。

 レガリアはデルタの右手中央部分に突き立っている。それは、先ほどまで赤い大剣を握っていた手だ。

 一瞬、その狙いが自分には分からなかった。

 デルタの(にく)(たい)(こう)()は、レガリアに対しては役に立たない。そもそも、受けるならば、わざわざ武器を捨てる必要はないだろう。

 しかし、レガリアを引き抜こうとして、琥珀は気付いた。

 ――抜け、ない……!

 そう。掌を穿った刃が、ピクリとも動かない。理由は明確だ。突き立った刃ごと、こちらの手をデルタが掴んでいる。

 この状態では、いくら振動させようとも意味がない。

 レガリアを握ったまま、琥珀は左側へと引き寄せられる力を感じる。

 男が、力任せに右腕を横に払った。

「ぐうっ……!?」

 体が浮遊感を得る。

 デルタに振り回されて、左横へと体が投げ出されたのだ。右腕を握られていたから当然だが。

「しまっ……! レガリアが……!!」

 宙へと放り出され、手の中からレガリアがすっぽ抜ける。刃は男の掌に突き立ったままだ。

 体勢を整えたところに、槍を手にした男が襲い掛かってくる。

 ヤバいと思い、直感的に両手を突き出して能力を使用した。防御に用いようと思っての動きだ。

 その結果は意外なものだった。男の速度が緩む。

 ――そうか! さっきから接近戦を挑んでいたから、磁性を帯びたんだ――!

 承知の事実だが、S極とS極、N極とN極は反発する。加えて、磁力は鉄に移る性質があり、デルタの能力は鉄分を用いたものだ。恐らく、相当な鉄分を体内に保有しているのだろう。

 磁性を帯びて、磁石化する可能性は、もちろんある。そして、それを利用して反発力を生み出すことも可能だ。

「なら……、このまま時間を稼いで……」

「ダメです! 琥珀!!」

 彼の背後から、ルナが声を荒らげた。

「デルタは能力のために、常人の一〇〇倍以上の鉄分を含有しているんです! その重量は三〇キログラム!!」

 ルナの言いたいことを、琥珀は体感する。見えない壁に押されるように、自分の体が後退を始めた。

「質量で押し返されたら、壁との間で……!!」

 背後に目をやると、聖堂の壁が徐々に近付いている。結果的にどうなるか、想像しただけでおぞましい。

 ――どうする! 磁力解除して接近戦か? だが、武器なしで……!?

 こうなれば、無謀な接近戦を挑む外ないだろう。もっとも、こちらの攻撃は通じず、ただ回避を繰り返すだけの、文字通りの消耗戦だが。

 とにもかくにも、琥珀が真っ先に告げねばならない台詞は、

「……逃げろ、ルナ……!」


          ✠  ✠  ✠


 ルナは、琥珀の言葉に沈黙する。傍聴と言った方が良いかもしれない。

 何も言えず、困惑するこちらに、

「早く! オレが足止めするから、その間にイオータに知らせてきてくれ!」

「でも、琥珀が……!」

 彼が口元を歪める。不格好でわざとらしい、見るからに作り笑顔。

「心配すんな! 致命傷を負っても、意識を失うだけなんだろ?」

 話している間にも、彼の体は後ろへと下がっていく。

「一応、死んだ経験はあるんだ。できたら二度とゴメンだったけど、耐性くらい付いてるさ!」

「でもっ……!」

「それに……、たとえオレがいなくなっても、ルナにはスティグマがいるだろ? 本来の……ルナが願ってた結果になる、だけだ」

 琥珀の言葉に、ルナは強い恐怖を感じた。

 ……琥珀が、いなくなる――?

 腹部に鉄塊が落ちたような。背筋を冷水が流れるような。そんな、重く冷ややかな戦慄を。

「嫌ですっ!!」

 気付けば、叫んでいた。

「ワタシは、勝手に琥珀の体を利用して、勝手に琥珀を毛嫌いしました……。でも、だから、これ以上勝手なことはできません!!」

 何故、こんなにも怖いんだろう? 彼がいなくなることが。

 ただ、一つ、これだけは断言できる。

「お願いだから、そんなことを言わないでください……。お願いだから、死なないでください……。生きていて、ください。琥珀……!」

「……ルナ?」

 彼が戸惑った目で、こちらを見ていた。涙に濡れた、こちらの瞳を。

「良く言った! ルナ!」

 そのとき、声がした。

 声は破砕の音とともにあるもので、音程はかなり低く、称賛の意味を含んだ台詞を紡いでいる。

 イオータが、聖堂の右側から、窓ガラスを蹴破って突入してきた。


          ✠  ✠  ✠


 跳び蹴りで窓ガラスを破り、速度をそのままにするイオータが、背を向けているデルタに駆け寄った。

 ガラスが砕ける音に反応したデルタが体を反転させながら、それを勢いと変えて、槍によるカウンターを放つ。

 イオータの判断は一瞬。

(せん)()(がん)〟により、筋肉の収縮を見据えていたゆえ、デルタがどう動くか。そして、どのような攻撃を繰り出すかが、彼には見えていた。

 だから、槍の一撃が首を狙ったものであることも、刹那のタイミングで放たれることも、どう避ければ最善かも、彼には分かっている。

 イオータは前傾姿勢を取ることで、最短距離を来た一閃を躱し、沈んだ重心を一点で固定した。

 重心を乗せるのは、一歩前に出た左足。その足を軸にして、イオータが一回転を行う。上から見たら、時計回りの。

 振り抜くのは右足で、狙うのはデルタの右顎。

 左腕を伸ばし切った状態で、懐に潜り込まれたデルタは隙だらけだ。彼の顎にイオータの踵が、後ろ回し蹴りの形で蹴り込まれる。

 何かが砕けたような音がして、デルタの体躯が大きく揺れた。

 数歩の千鳥足を踏み、彼が倒れる。

 流石に、蹴りの一撃では、硬化したデルタに致命傷を負わせることは不可能だ。が、衝撃で脳を揺らし、一時的に行動不能に陥れることはできる。

「琥珀! 今の内に、これでデルタを拘束するデスヨー!」

 大きく穴の空いた聖堂の窓から、リーガルが遅れて登場した。

 彼女が両の手に持っているのは、どう見ても頑丈な鉄の鎖だ。

「あ、ああ! 分かった!」

 いきなり味方が登場したことで、安堵を超えて呆然としていた琥珀が、はっと意識を取り戻す。

 彼は、己の磁場生成能力を以て、動かなくなった大男を縛り上げた。

 一連の作業を終えて、四人全員が、疲労のこもった溜め息を大きく吐く。

 琥珀が、床にへたり込んで、だが、へへっと気楽そうに緊張を緩める。

「マジで死ぬかと思った……。ありがとうイオータ」

 しかし、表情が緩んでいるのは琥珀だけ。

 残りの三人は、未だに真剣な面持ちだった。

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