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想像上のスティグマ  作者: kitaro-
12/23

第三章 琥珀とルナの放課後 ~3~


          ✠  ✠  ✠


 約三分後。

 琥珀は飲み終えたシェイクの代わりに、二つのソフトクリームを手にして、二人の元へと戻ってきた。

「はい、お嬢ちゃん!」

 身をかがめ、左手の一つを少女に差し出す。

 不思議そうな視線は、もう見慣れていた。だから、琥珀の台詞は決まっている。

「ソフトクリーム。嫌い?」

 いらない? ではない。それでは、どこか押し付けがましく感じるだろうから。

 飽くまでも、このソフトクリームは自発的に買ってきたもの。少女のためを思ってとか、ご機嫌を取るためではない。

 彼女が食べてくれたら嬉しいと、自分で思ったからだ。だから、彼女の意思を尊重する。

 じっと、こちらの瞳の奥を覗く少女が、横に首を振る。食べる? と尋ねると、今度は縦に。

 ソフトクリームを受け取る少女に、もう一度笑みを見せて、

「じゃ、ルナも」

 立ち上がり、もう一人の少女に右手の一つを差し出した。

「ワタシも、ですか?」

「あれ? シェイク飲んでたから、嫌いじゃないと思ったんだけど……」

「好きですけど、何故?」

「お詫びとお礼だよ」

 彼女には迷惑掛けっぱなしだからだ。と言うか、出会ってから今まで、迷惑しか掛けていない。

 折角の街案内も中断させてしまったし、少女の面倒も見て貰っているし。

 ルナは、迷子の少女のそれに似た不思議な顔で、ソフトクリームとこちらの顔を代わり代わり見て、やがて、理由は分からないが照れた表情で、

「……ありがとうごさいます」

 受け取った彼女の指が、どこか火照っていた。

「…………美味しい」

 背後から、声がする。

 振り返ると、少女が手にしたソフトクリームに口を付けていた。

 正直な話、感情が掴めない少女だったが、現在、〝喜〟の感情を持っていることは、一目瞭然だ。

 一心不乱に、ソフトクリームを舐めているから。

「だろ? 少し元気出たかな?」

 先ほどよりも、ずっと子供めいた顔で頷く。

「よし! 元気が出てきたところで……」

「――あの、その子は?」

 親御さんを探しますか! と明るく提案しようとした言葉尻が、静かな。だが、良く通るテノールで遮られた。

 見ると、少女の体躯の先から、歩み来る痩身がいる。

 イオータに負けず劣らずの、かなり身長が高い男だ。

 ルナ並に色白で……いや、青白いが正確だ。ルナの健康的な白さではなく、血の気が引いた、病弱そうな肌色だった。

 年齢は、二〇代後半と言ったところだ。

「迷子になってしまったようで……、もしかして、この子のお父……お兄さんですか?」

 だとしたら、お父さんはおかしいだろうか? 少女の正確な年齢は分からないが、引き算したら、灰髪の青年は余りにも若い。

 失礼にならないよう、琥珀は、言い掛けた言葉を急遽修正する。

「いえ。ボクは、その子と血の繋がりはありません。ですが、保護者には当たりますね」

 青年は、鼻の上に掛けたメガネを、右の指二本で上げ、苦笑気味の微笑みを浮かべた。

 笑み顔に慣れているのだろう。彼の口角は自然と上げられ、黒目すら見えないくらいに細い瞳も、下弦の弧を描いている。

「ボクは、〝()()(ざかい)(しん)(きょう)聖堂〟で神父を務める、〝アドルフ・ラ・ヴォワザン〟と言うものです」

 確かに、彼はどう見ても神父にしか見えない。

 アドルフと名乗る青年が纏っているのは、牧師が着る黒い法衣だからだ。コスプレイヤーじゃないとしたら、アドルフは間違いなく聖職者だろう。

「その子には両親がいないので、代わりにボクが面倒を見ているのですよ」

 ――なるほど、それでか……。

 琥珀は納得を覚えた。

 少女に両親の存在を尋ねた際、否定のモーションを見せたのは、つまり、いないと言うことを示していたのだ。

 名前がない。との発言も、本当の名前は分からない。との意味合いかもしれない。

 彼女は孤児なのだろう。

「しかし、世の中も捨てたものではありませんね。あなたたちのように、慈悲深い方々もいらっしゃるのですから。これも、〝神童〟の思し召しなのでしょう」

 神父らしい感謝の言葉に、若干の照れを覚えた。

(しん)(きょう)〟とは、〝神童〟と呼ばれる〝現人神〟を崇拝する、世界最大の宗教だ。

 世界各国に根付き、信者の総数は二〇億に届くと言われている。

「良かったですね。お兄さんとお姉さんに、お礼を言って差し上げなさい?」

 肩に手を置かれた少女が、一旦、彼の方へと目を向けて、続いてこちらに上目遣いを見せ、ペコリと一礼。

 苦笑を浮かべる(しん)(きょう)神父に、琥珀は眉の寝た笑みを見せ、十分です。との意思表示をした。

「それでは、ボクたちは失礼いたします。〝(せい)(どう)()(かく)〟を訪れる予定がございましたら、是非とも〝()()(ざかい)(しん)(きょう)聖堂〟へお越しください。本日は〝礼拝〟も行われますので。――それでは、神童のご加護があらんことを」

 深々と一礼するアドルフを真似てか、もう一度、少女が浅く身を折る。

 去り行く二人の背中を見送って、安堵の一息を吐いた。

「良かったな、見付かって。ルナも、ありが……」

 協力者でもある、彼女の方へ頭を向けると、その顔つきは複雑そうだ。

 唇が尖り、眉根が寄った、困ったような戸惑ったような表情。

「……ルナ?」

「あ、はい! 良かったですね」

 呼び掛けると、直ぐに明るさが戻ってくる。だが、琥珀は違和感を得ていた。

 ルナが、ここまで満面の笑みを見せることは、珍しいから。


          ✠  ✠  ✠


 日が傾きつつある。

 太陽の光は、色味と角度を変えながら、降り注いでいた。

 斜陽の明かりが作るのは、長く伸びる二人分の人影。

 ルナと琥珀は〝(せい)(どう)()(かく)〟を歩んでいた。

「――で、この〝(せい)(どう)()(かく)〟は、ある意味、特区中の特区なんだ。教会、礼拝堂、寺院、仏閣などが普通に隣接してるから」

 (せい)(どう)()(かく)には、暗黙のルールがある。

 ――異文化に寛容であれ。

 との一文に、その全てが集約されているだろう。何しろ、異教徒と異教徒が隣り合わせしているのだから。

 当然だが、宗教関係の争いは、如何なる場合も御法度。

 ルールを守れる人だけが利用してくださいね? と言う話である。

(しん)(きょう)・エル教・(まん)()()(きょう)。もちろん、神道系もカバーしてある」

 解説しながら歩む琥珀の横で、ルナは浮かない顔をしていた。先ほどから、どうにも様子がおかしい。

「ルナ? どうかしたのか?」

「え? そう見えますか?」

「ああ。あの、アドルフって言う(しん)(きょう)の神父さんと話してから、何か、不機嫌そうに見えるけど……」

 琥珀がそう言ってから、僅かな沈黙が訪れた。

 ルナが俯き、逡巡する素振りを見せる。琥珀も、彼女の答えを待ってか、何も言わない。

 ややあって、彼女が細く、だが、長い呼気をして、

「実は、ワタシ、(しん)(きょう)が少し苦手なんです」

 琥珀が数回瞬きをした。彼女の言っていることを噛み砕くように。

「あ、そっか。ルナに取っては、アトナコスってとこが故郷になるんだっけ」

 彼の浮かべた解答は、ルナは(しん)(きょう)を異教と捉えている。だった。

 彼女は、古代文明都市アトナコスの子孫だ。詳しいことを琥珀は知らないが、故郷に根付いた宗教観をも引き継いでいる。そう考えたのだろう。

 俗に言う、〝土着信仰〟と言うものだと。

「アトナコスにも、独自の宗教があるのか?」

 琥珀は当然のようにそう続ける。自分の意見が正しければ、ルナは肯定するだろう。

「いえ。アトナコスは無宗教です」

 だが、ルナの答えは否定に近い。琥珀は思わず、え? と疑問形で呟いた。

「珍しいな。アトナコスは島国なんだろ? それに、古代ってことは歴史もそれなりにあるだろうし、宗教が根付かないって変じゃないか?」

 ルナは、一呼吸の間を開けて、歩を止めることなく、

「琥珀? 宗教とは、何を崇めるものですか?」

 琥珀に尋ね返す。

「そりゃあ、神様とか、聖人とか?」

「では、神様や聖人とは何でしょう? それを定義付ける概念は?」

 思わず口を噤み、唸りながら考える琥珀。

 異文化の街、()()(ざかい)に暮らす彼だが、余り気に掛けたことはないようだ。

「それは、奇跡や超常現象です。琥珀」

 十分に考えて貰い、困惑気味になってきたところで、助け船を出すように、解答をルナ自身で示す。

「人間は、己の知性が及ばない驚異や不可思議に対して、奇跡と名付ける習性があります。これは、理解できないものを説明するために、人智を超越した何者かを持ち出し、その仕業だとすることです」

 何故、そんな存在を創るかと言えば、

「そうやって、不思議なことや恐ろしいことを定義付けして、無理矢理納得させるんです。何しろ、人間が一番恐れることは〝分からないこと〟ですから」

 例えるならば、お化けなどが当てはまる。

 システムやメカニズムでは解明できない超常現象と言うものには、常に恐怖が付きまとうもの。

 人間は、不確かで説明のできない物事に対して、恐れを抱く生物なのだ。

「そうして創られた概念を、神様と言うんですよ。……ですが、琥珀。始めから〝分からないこと〟がなかったら、どうでしょう?」

「そりゃあ、神様なんて……」

 あ、と琥珀が口を開き、

「アトナコスには、現代文明を凌駕する科学技術が……!」

 ルナが首肯した。

「そうです。流石に現代人は、分からないことがあっても、これは神様の仕業だ。とは、言いませんよね? アトナコス人も同じです」

「なるほど。……あれ? じゃあ、〝(そう)(ぞう)(しん)(かく)〟ってのは何だ? 〝神格〟ってことは神様なんだろ?」

(そう)(ぞう)(しん)(かく)は、後世において、アトナコス人自らが創ったものです」

「神様を……創った?」

 琥珀の顔が怪訝に歪む。訳が分からないと言いたげな表情だ。

 確かに、現代文明超えのテクノロジーを持つ人々が、神様を創る理由は思い浮かばない。いや、それ以上に不可解なことは、

「創ろうと思って創れるものなのか? 神様って」

 それでも再度。ルナが首を縦に振る。

「〝有機演算器(バイオカリキュレイター)〟は、人間の脳髄三〇人分を素材にした、超高性能演算器です。そして、人間の脳を用いたゆえに、有機演算器(バイオカリキュレイター)は〝想像力〟と言う、人間独自の特殊機能を持っているんですよ」

 知っていますか?

「人間の想像できることは、ことごとく実現可能なんですよ? ライト兄弟が空を飛んだのも、彼らが空を飛べると思い続けたからですよね? ――(そう)(ぞう)(しん)(かく)は、想像力の粋を尽くして創造された、能力者のプログラム。有機演算器(バイオカリキュレイター)の材料〝人柱〟が持っていた人格を知能とした、人工生命体なんです。所謂〝偶像崇拝〟ですね」

「偶像崇拝……」

「はい。滅ぶことを選んだ、アトナコス人の心の支えになったと言えるでしょう。(そう)(ぞう)(しん)(かく)は、〝ゾンビパウダー〟と〝(かみ)()ろし〟を用いれば、どこにいても顕現して貰えますから」

 ルナの説明を聞き終えて、琥珀が耳の後ろに手を遣った。どこか、居心地が悪そうな顔つきだ。

 まるで、先ほどの二人の気分が交換されたような状況。

 戸惑い気味にルナが、琥珀? と聞く。

「いや、その心の支えってのを、オレが奪っちゃったんだよな……。偶像崇拝ってことは、やっぱり神様と同等なんだろ? 本当、ゴメン」

 歩みを止めた琥珀が、ルナと正対して頭を下げた。嘘のない、純粋な謝罪だ。

「……それほどじゃないですよ? 今は」

「え?」

 琥珀が顔を上げると、彼の双眸はルナの顔を映した。

 どこか照れたような、はにかむような、優しい顔だ。若干の赤らみは、夕日の所為なのだろうか?

「ルナ……?」

 と、彼が尋ねたときだ。彼の背後で破砕の音がしたのは。

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